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色々なところで噂される『ロード・オブ・ザ・リング』のライバル映画。
ここではそれを順番に見ていきたい。
ただし各映画雑誌があてつけがましく、意味もなく、取り敢えず名前を出してきた比べて小躍りしていることに関して「ん?」と思うことが多いのでそういう在り来たりなことはしたくない。取り敢えず、いやこれは比べちゃ駄目でしょう?という駄目だしから行きたい。
さて、まず第一に『ハリーポッターと賢者の石』だが、これは対抗馬とはいえない。ファンタジー同士で競わされており、その上大人向け=指輪物語(『ロード・オブ・ザ・リング』)子供向け=ハリーポッタ−とされているが、どうだろうか?雑誌の投稿・BBSでの投稿などで「比べるな!」と叫ばれていたが、気になるもんは気になる。その心理は分かる。だが、本当に正当にどう比べられるべきなのか?
悪意のある、あるいはどちらかのファンが知りもせず、どちらかを貶すようなことがあってはならない。そこで、両方が好きという立場で言わせてもらうなら、この仁義無き争い、全体の風貌はこういうことになるらしい。
無論、一部の小競り合いであり、全体としてファンが二分するような馬鹿な騒ぎが起こってないことだけは述べておく。
ハリーポッター=「子供向け」/指輪=「大人向け」 の怪
これはどちらものファンがやめてくれといっている(一部ハリーポッターファンの方がこの止めて欲しいという主張が多い)ようだが、ローリング氏(ハリーポッターの作者)は子供向けのつもりでかいたのではく、自分含めた大人が楽しめるよう書いたのだと名言している。
つまり、ハリーポッターは子供向けとは一概にいえないといえる。
ここがハリーポッタ−ファンに上の構図にまとめることを反対させる根拠であり、確かに原作者がそういう以上、また内容に関しても暗さを持ち合わせる分、正しいと思われる。
では何故こうもハリポッター=子供・指輪=大人説が出回ってしまっているのか。
言うまでもなく、悪いのはマスコミなのだが、指輪とハリーを比較したとき、どうやっても指輪の方が難しく思われることにどうやら起因があるようだ。
加えてJ・R・R・トールキンは教授職にあった。それも言語学。そして、それを使ってエルフ語を形成し、物語・一つの大陸に、纏め上げたのは有名な話。またイギリスにおける神話学の体系・形成づけをも目的としていたといわれている。こうかかれると指輪物語は大人向けに思われるのだろう。
そこから指輪を原型とする数々のファンタジィー、(ゲーム・映画・小説など)が登場しているのである。
だが、現在の指輪物語のファンが大半、少年少女時代に指輪物語を読んだ思い出を持って、なおファンとしてやっていることを考えるに、指輪の方も決して『大人(のみ)向け』とレッテルを貼られていい根拠はないのである。
以上が両者の、上の説への否定理由になる。
マスコミは面白半分に騒ぎ立てているが、それに関して両者のファンの中で、のせられて相手を貶めることで贔屓の作品を持ち上げるような可笑しな行為をする者がいるために、益々マスコミは葉っぱをかけ〜……以下略……というのが今回の顛末。
どちらも好きな人間も多く、どちらにも全く別の魅力があると感じている人間からしてみれば、くだらないので止めて欲しいものである。何より煽るな、マスコミ。あるいはそれで宣伝して映画動員数を増やす手だというのなら、うまいぞ、マスコミ!情けないぞ、のせられる日本人!である
さて、次にライバルとして名が挙がるが、今年もいよいよ7月公開EP2を待っているスターウォーズだが、こちらに関しては結構比べられるわりにファンはさめているというのが実情。
それもそのはず、スターウォーズの生みの親、ジョージ・ルーカス自体が指輪物語の大ファンで、影響に関しても直接述べているからである。
更にスターウォーズファンはおかげで指輪物語ファンとかねている人間も多い。言うなれば指輪物語はスターウォーズの原点のうち一つなのだから、反抗したり対抗する気もないファンが多いのである。ただし、それでもなお興行収入では負けたくない、映像としては本家はこちらだという主張は幾分あるようだが。
スターウォーズに関しては次の項以降にも述べるので、これくらいにしておくが、かく言う私もスターウォーズファン。勿論指輪ファンでもあり、どちらもの大ファンなのでどちらかだけを選べといわれても選べない。なぜならそれは私にとっては図らずも小説VS映画になってしまう為である。と、まず立場を述べておく。ともあれ、この敵に関していうならば、ファンタジーというカテゴリー同士でハリーポッターと比べられ、映画というジャンルで、スターウォーズと比べられているのが現状のようだ。ちなみにハリーポッターも映画化されているが、映画が元で無い以上、ファンタジーというカテゴリー以外ロード〜と同じ土俵にあるといえよう。 |