エジプト 1994年2月
首都:カイロ 主要言語:アラビア語 通貨単位:ポンド
エジプトを初めて意識したのは10歳の時だった。(と細かく書くと、私ばかりでなくみんなの歳がばれていく・・・)偶然見たテレビで「ツタンカーメン」をやっていたのだ。
エジプトがどこにあるのかもわからなかったその日から、エジプトに行くことは私の夢になった。
そして94年、友人H、N、Cと4人でエジプトツアーに参加することを決定した!
※エジプトは有名観光地なので、あえてよくある写真は載せていません。
★★★ 1日目 移動 ★★★
首都よりロシアに近い札幌在住の我々は、日本を出るためにまず成田に行かなくてはならない。
そんな日本の片隅、千歳空港でいきなり事件発覚。「ねえ、予約落ちてるよ」と、全日空のグラホスをしていた友達に言われる。旅行業界用語で「TL落ち」と呼ばれる最低の現象だ。業者が発券報告を忘れたため、未購入とみなされ自動キャンセルになっていたのだ。
羽田行きに乗ったのでは国際線に間に合わない!幸い4席の空席があったので無事に出発できたが、あやうくエジプトどころか成田にも行けないところだった。
さらに、成田に着いたら着いたで、全員分預かっていた荷物の照合タグを私が紛失しており、一番最後までゲートを出られないという珍事に見舞われた。(って犯人、自分だけど)
なんとなく、先行き不安になる。
16:00、ついに成田を離陸。
さすがエジプト航空。ふと気づくとHとCの毛布がない。そしてスチュワーデスは外人だ。「ちょっと、毛布って英語でなんだっけ?」と私が言ってるうちに、Cはキッパリと言っていた。「毛布ください」
途中、マニラ・バンコクを経由する約20時間のフライトが始まった。
★★★ 2日目 カイロ ★★★
早朝5時20分カイロに着陸----寸前に、いきなり私のカメラの電池が切れる。しかも添乗員に「この型の電池はエジプトにないかも」と不吉なことを言われ青ざめる。
カイロ着が早朝すぎるため、我が団体はホテルにて観光タイムまで待機。それを好機としてホテル売店で電池を求めることにした。添乗員の不吉な言葉にドキドキしながら店のお姉ちゃんに古い電池を見せると、一瞬首をかしげたが在庫発見!よかった〜〜〜〜
カメラ準備もOK。(って私だけだっての。電池切らしてるの) いよいよ観光タイムを迎え、一行はバスに乗ってギザのピラミッドへGO!
百聞は一見にしかず(または勉強不足)、とはこういうことを言うことかと思った。
1.街のすぐ横に砂漠地帯&ピラミッドがあるとは!
2.ピラミッドとスフィンクスって隣あってるんじゃないの!?
いやはや、驚きました。よく見る写真では、いかにも砂漠のど真ん中にピラミッドが3つあり、それに寄り添うようにスフィンクスってかんじで写ってたのに。ピラミッド〜スフィンクス、バスで移動(数分)かよ。
驚きつつ、3大ピラミッドの一つ、クフ王のピラミッドの中に入る。
これがまた・・・傾斜が急すぎます。(写真) 板に小細工した程度の通路を昇りながら、私は正確に翌日の筋肉痛を予言した。
昇りきったところが「玄室」と呼ばれているガランとした空間。「石棺」といわれている欠けた石の入れ物があるだけ。そして、それはどうみても「棺」には見えなかった。もちろん、部屋も玄室には見えない。本当はなんの部屋だったんだろ、ここ。
昼食後はエジプト考古学博物館にてツタンカーメンの黄金マスクとご対面。本物だよ、しかも写真撮り放題。なんて大らかなんだ、エジプト。
多くの発掘品を外国に持って行かれたとはいえ、さすが本場である。博物館には、我が家の百科事典に写真が載っているブツが何点もあった。現物を見るのはとても感動的である。
つつがなく観光を終え、ホテルにてバッフェスタイルの食事をとったあとの添乗員の言葉に我々はおののいた。
「明日は4時半に出発しますので、モーニングコールは3時にします」
なにぃ!?と言ってもどうなるものでもない。こうしてる場合ではない!風呂に入って寝なければ!
憧れのエジプト、初海外旅行の者もいるというのに、我々4人は今日の観光を語ることも振り返ることすらもせず、速攻寝た。ああ、日本安ツアーの怖ろしさよ・・・
★★★ 3日目 その1 アブシンベル ★★★
AM3時。容赦ないモーニングコール。3時っていえばヘタしたら寝る時間。朝食ったって食えるか!!
という状況のもと、飛行機でアブシンベルへ。
日本地図にあてはめると(あてはめる必要ないけど)カイロが東北でアブシンベルは沖縄ってところか。ようは南端へと飛行機で一気に飛んだ。
2月というのに30度近くの暑さにびっくり。ここは暑い。
アブシンベル神殿はラムセス2世が建てた神殿である。写真に見える大神殿の4体の像は誰と誰?と思わせておいて、ぜ〜んぶラムセスだったりする。幼年期〜壮年期の年代別に掘ってあるらしい。彼の権力の強さがうかがえる。
この神殿はアスワンダム開発のため水没するはずだったものを、あまりに惜しいということでユネスコが解体・移動・組立したものだ。ユネスコ、ありがとう。
それにしても大きいな〜この神殿。
さて、安ツアーは観光客をゆっくりさせはしない。昼飯もまだ、という時間から私達は再度飛行機に乗ってアスワンへと移動した。