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 ★★★ 5日目 ルクソール ★★★
 4日目にさんざん神殿を見学して行程をつめたので、午前中は自由行動。お土産なんぞを選びに町をうろつく。

 午後の見学は王家の谷からスタート。
 こんなに埋まってるのによく見つかったな、という墓群はピラミッドのようにこれ見よがしではない。(ピラミッドが墓ならば、だが) 盗掘防止策なのかもしれないが、これぞ墓という趣であった。
そう「墓」なのだ。なのになぜ上半身裸で日光浴するのか、白人よ。そういや、アスワンでもジョギングしている白人をみかけた。どこに行ってもマイペースな自信に満ちあふれた人々だと思う・・・

 王家の谷のあとは、ハトシェプスト神殿へ。ここは、この旅行の3年後にテロの乱射事件という痛ましい事件があった場所だ。もちろん、この時は知る由もないのだが。
 権勢を誇った男装の女王ハトシェプストの神殿。外国からの貢ぎ物や奴隷の絵を描いた壁画にはまだ色が残っている。貢ぎ物の食品が興味深かった。
 炎天下のハトシェプスト神殿見学で、初めて砂漠っぽさを味わう。口の中が乾燥と砂で粘つくのだ。出かける時はミネラルウォーター必携である!

 さらにメムノンの巨像を見学したあと、我々はルクソール駅に向かった。
 カイロまで寝台列車の旅をするのだ!

 個室に運ばれてきた夕食は異常にまずかった。スパゲティ、肉を煮込んだもの、付け合わせ。スパゲティが無味なのは、肉の煮込みと混ぜろということなのだろうが・・・うーむ。
美味しいのは種満載の原種っぽいミカンだけだった。

 
 ★★★ 6日目 カイロ ★★★
 列車好きの私は寝台車を心おきなく楽しんだ。同室下段に寝たCもそこそこだったのだと思う。だが、朝、HとNの淀んだ顔を見るにあたり、列車は万人に楽しいのではないと知った。一つ勉強した。

 カイロに着くと、バスにてメンフィス、サッカラ観光。
 メンフィスは美しい彫像があるところで、サッカラはジョゼル王の階段ピラミッドがあるところだ。
 とくに、サッカラが良かった。ギザはピラミッドがバーン!とあるかんじだったが、こちらは広範囲に町の遺跡が広がり、砂漠も雄大だ。
 それにしても右の写真・・・友人Hは迷写真を撮る名手なのだが、これは代表作かも。油断ならない。

 昼食はレバノン料理。特筆すべきは「シナモンご飯」だろう。日本食と白米を愛する私は見ただけで具合悪くなった。

 午後、土産屋などをまわる。ツアーだからやむを得ない。
 こういう買い物ツアーを嫌う人もいるが、見方によってはけっこう楽しめる。たとえば左の写真だ。
カーペット売場で発見したのだが、何を考えているのかエジプト人。カーペットとしても飾りとしても、そしてデザイン・画力すべてダメだ。どうしようというのだ。

 夜はベリーダンスを見ながらナイル川クルーズ。やや腹のだぶついたベリーダンサーだったが、まあ良しとしよう。

 そして、エジプト観光が終わった------


 ★★★ 6〜9日目 移動 ★★★
 翌日、ホテルで活きの悪そうな白身魚を使った日本食をいただく。カイロは大都会なので日本人ビジネスマンが多いから日本食もあるのだ。まあまあの味だった。

 11:15、ついにカイロを離陸。
 ちょうど来た時とは逆にバンコク・マニラを経由して20時間ばかりのフライトが始まる。

 そして、悲劇は起こった。
 25年ぶりの大雪で羽田からの飛行機全便欠航!
 なんだそりゃぁぁぁぁぁ!?
 なんか成田でやたら旋回してたと思ったよ。雪かい。しかも道民にしてみりゃちゃちい雪!こんなんで欠航?おふざけじゃないよ!
 当然近いホテルは満室。いや、そんなことより宿泊代どーするよ?  15分ばかり悪あがきはしたが、結果として私達4人は羽田ビッグバードで一夜を明かすことを決断した。 よくTVでやってるアレだ。飛行機が欠航して空港のカウンター前で夜を明かす人。かっこいー(笑)

 航空三社は野宿組のために毛布を支給した。だが、おばちゃん達が何枚も持っていったりして、まだまだ未熟の私達は一枚も確保できなかった。
しょうがないので、持っている服を重ね着していたら、一人のおばさまが新聞紙をわけてくれた。「これ、敷きなさい。すこしはいいよ」
 たしかに少しはよかった。こんなところで新聞紙の力を知る私。

 翌朝6:45羽田から札幌行きの1便が離陸した。
今まで自衛隊しか乗らないと思っていた早朝便JAL501便に、よもや自分が搭乗することになるとは・・・
 いやぁ、まいったまいった。でもめったにできない貴重な経験ができました!


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