検索エンジン対策・サーチエンジン対策(SEO)、無料サーバー、ホームページ運営相談・セミナーのメディアネットジャパン
Click here to visit our sponsor



イタリア 2005年4月
首都:ローマ  公用語:イタリア語  通貨単位:ユーロ



 退職して約4ヶ月。 互いにシフトを合わせる必要がなくなったこの機を逃すことはない、と同僚のリーさん(勝手につけた仮名)からイタリア旅行に誘われた。
基本的に欧米に興味を示さない私が、えらそーにも「行ってもいいヨーロッパ」が何ヶ国かある。

・スペイン
・イタリア
・ギリシャ

 今回はリーさんの職場の関係で6日間しか旅行できないので、ローマのみということだが即OKだ。
当初5月出発のつもりだったが、申し込み直前に4月と5月の旅行代金差がけっこうあったため、4月出発に変更した。

旅行期間2005年4月13日〜18日
とくに何も考えずに、値段から割り出した日付だったが、実はここに色々な意味が含まれ始めたのは申し込み直後だった。

ローマ法王ヨハネパウロ2世 重態

 私はキリシタンではない。 リーさんもキリシタンではない。 
しかし、私とリーさんは実は同じ学校出身でその学校はキリスト教だった。
どんなご大層な学校だったのか、「ローマ法王に会いに行く」 という50万近くのツアーが掲示板に貼ってあったこともあったような記憶。 
シスターは法王をパパ様と呼んでいた。
いろんな記憶が蘇った。
リーさんはきっとそんな学校で育ったからだろう。バチカン&システィナ礼拝堂を見るというのが今回の旅の第一目標だったのだ。
ニュースをみながら思わずメールのやりとり。

「うわ〜もってくれ!法王!」
「いっそさっさと交代した方が観光に影響ないのか!?」

 そんな二人にはまったく関係なく、4月3日にヨハネパウロ2世ご逝去。
 何億というカトリック信者と違う意味で 「あ〜〜あ・・・」 と私は膝をついた。
またしても、である。 次期法王選挙会場となるシスティナ礼拝堂は閉鎖された・・・
私の 「頻度の低い出来事のために見れませんでした」 伝説更新だ。

 修学旅行で金閣寺が修復中でした。
 初めて熊本に行った時、熊本城が修復中でした。
 山鹿に行った時、八千代座が修復中でした。
 日御碕神社が修復中でした。
 タヒチ観光日が日曜でほとんどクローズでした。
 イースター島では、国勢調査でオールクローズでした。

これに追加されただけです・・・

 しかしどうだろう? 逆に考えるとめったに出会えない歴史的場面遭遇ともいえるではないか。
リーさんはどうだか知らんが、美術にさして興味のない私はシスティナ礼拝堂は見れなくてもよしとした。 すごくあっさりと。


 支払い以外の手続きはすべてリーさんがやってくれた。 私はパンフレットもろくに見ず、安いガイドブックだけを持ち、旅支度を終了した。
 今回は関空経由のため、新千歳空港発は朝8時だ。 ツアー集合は空港に7時。 
 ・・・ん?
 ・・・・・7時に空港に着くには6時か6時13分のJRに乗る必要がある。
 いずれにせよ接続する地下鉄動いてない!!!
 うわっ。 タクシーか。 どっちにしても5時起きだよな・・・
このところ飛行機に乗る日に必ず寝坊している私は、目覚ましを3つかけた。 いろんな場所において。

 でもなぜだろう。 3つとも何か間違ってたのかな・・・
当日、目が覚めたら5時半だった。
 やばい! 出雲と違って旅行自体が行けなくなる上、リーさんにも迷惑をかける!
とりあえず歯を磨いて顔を洗って、パスポートと財布さえ確認しときゃあとはどうにかなるさ〜!
 めずらしく、親からキャリーバッグを借りていたため、いつもの修学旅行バッグよりも機動力が落ちるのがうらめしい。 私はタクシー乗り場がある地下鉄駅まで走った。 いや、走りたかったのだが持久力がないため、早歩きした。 ガラガラとキャリーをひきながら。
 なんとかタクシーに乗り、JR駅につき、切符を買い、ぎりぎり乗車。
 旅行に行ける資格を得た(笑)

 そんなはなっからギリギリな旅行がまた開始した――――

次ページ

TOP