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トルコ旅行3

 ★★★ パムッカレ の巻
 イズミールで私は替えの靴の右側をなくした。たぶん袋の口が開いていて、バスの揺れの中で流れ出たと推測。靴片方なんてシンデレラ状態である。
「私、この靴のためにまたトルコにくるかもね」
pamu.jpg  悔し紛れの冗談は、本当になった。5年後に家族でトルコ旅行したからだ。
2度目も周遊ツアーだったが、一箇所だけ1度目に行かなかった場所に行った。それがパムッカレだ。
 パムッカレは石灰棚に温泉が流れこんでいるトルコの名所。エフェソスよりも小規模であるが、温泉地として発展したヒエラポリスやネクロポリス(墓場)といった遺跡も残っている。
 強い日差しは石灰棚にみごとに反射。まぶしいし、写真にもうまく撮れなかったが、雰囲気で一枚。
 後日、山口県の秋芳洞で「百枚皿」と名付けられた石灰棚を見た時、小型パムッカレだなぁと思った。


★★★ 首都は寒かった の巻
 話を戻して'93年2月11日早朝、イズミール空港からアンカラ空港へ移動。朝っぱらから空港で吐瀉物を目撃してしまったことを不覚にもよーく覚えている。
 アンカラは20世紀になってからトルコの首都になった政治機能が集中した街である。
 位置的に内陸部にあるためか、アンカラ行きの待合室に入るとモンゴルっぽい顔立ちの人がぐっと増える。イスタンブールやイズミールでは背は低めだが金髪もめずらしくない感じなのだが、明らかにアジア寄りになってきた気分だ。

atachuruku.jpg  さて、2月の内陸部といえば寒いに決まっている。アンカラも例外ない。
トルコの近代化の父アタチュルクが眠るアタチュルク廟はもう寒さ万点。兵隊さんが氷割りしちゃってるのね。見よ、ロシアのような雰囲気の写真を(笑)
 観光客相手の説明のせいかもしれないが、とにかくアタチュルクの持ち上げ方はすごくて、ここで変なことしたら撃たれるな、と思った。
 ここにはアタチュルクにまつわる品も展示されている(写真右側の建物)。それがモスクと同じで土足禁止。トルコもアジアだから靴を脱ぐ社会なのだ。でも石は冷える〜
 そんなこんなで見たアタチュルクゆかりの品々の中に、日本の皇族の写真や皇族が贈った日本刀なんかがあった。
 トルコの宿敵であるロシアに日露戦争で勝ったことや、日本沖でトルコ船が沈没した時に手厚く扱ったことを理由に、トルコはかなり親日的と聞いていた。認識時代が昔とはいえ、日本人にとってのトルコよりトルコ人にとっての日本はずっと近いのかもしれない、と思った。なにしろアタチュルク廟に日本のものが展示されてたりするのだから。
 ※ちなみに9月に行くと花が咲いていてけっこうきれいなアタチュルク廟であった。

 ☆☆ その他のアンカラ観光
 キャラバン・サライ(隊商宿)を利用して建てられたアナトリア考古学博物館e.jpgヒッタイト王国時代からの発掘品が展示されている。
 ヒッタイトといえば「王家の紋章」のイズミル王子。関連していつも舌をだしているアッシリアのアルゴン王。
待っていたようにアッシリアのものと思われるパーマ髪&円錐形の帽子&モジャ髭のレリーフが展示されている。お約束としてNと私は「うぬぅ!ミヌーエ!」とか「ジャマリ〜!」などと王家ごっこをやっておいた。(誰にも通じないこと覚悟で書く)
 この博物館、遺跡の壁のレリーフ部分などが惜しげもなくそのまんま展示されており、さらに掃除機でホコリを吸っているという恐ろしい管理をしていたが、5年後に行った時には全部ガラスや柵の中だった。ちょっと安心(笑)


★★★ クロスロード の巻
 アンカラで食べた昼食のデザート、チョコレートクレープは油焼けした味がした。
 食後、アンカラからカッパドキアへ5時間以上のシルクロード、バスの旅スタート。
 バスの中でかかっていた曲は「クロスロード」。シンセサイザー演奏のその曲は、喜太郎のシルクロードのバッタものであると私たちは信じている。
 この行程、9月は焼畑っぽい大地や羊の群と羊飼いといった日本と一味違う風景を楽しめるのだが、冬は雪のみ!そんなもの北海道で見飽きている私は寝るしかない。
途中、旅も3日目になってやったツアー参加者自己紹介の時以外はトイレタイムですら寝ていた。


★★★ ハマムでびっくり の巻
 夕方過ぎ、オテルムスタファに到着。トルコ語は「H」の発音がないのかホテルはオテルと表記されている。
 そのオテルムスタファにはトルコ風呂=ハマムがあるというので、さっそく行ってみた。
ハマムはサウナ風の浴場で、垢すりやマッサージのサービスもある人々の社交場である。この感覚、日本にも通じるな。
料金はUのメモによると5万リラ。チップ一万リラとなっている。私達は入り口で5万リラを払い、マッサージ師へのチップのために1万リラ札を握り締めて浴場に入っていった。
 マッサージルームは個室になっていて一つしかないので順番制になっている。私たちはサウナであったまったっていたのだが、その間Wが体調不良を訴え、先に部屋に帰った。

 順番が来て個室に入ると、そこにはなんと腰巻一枚のオヤジがいた。ハマムって女性には女性スタッフなのでは・・・
といったところでどーしよーもない。腰巻オヤジvsタオル一本女
「さあやってくれ」と台に上がった私を観光客対応で5分以内で洗うオヤジ。腕を伸ばし、背中を指圧というのはたしかに気持ちよかったが、いかんせん5分。体の硬い私は肩をボキボキいわせながら「いやぁ、硬いんですよね」とオヤジと笑いあったものだ。だってもう笑うしかないんだもの。
 Uも私も大笑いだったが、Nだけは帰って来た時ガクリと膝を着きしばらくショック状態だった。笑っとけ、N。

 このありさまを聞いて、Wは「体調悪くてよかった・・・」とつぶやいた。

 ※5年後、同じホテルに泊まったが、二度とハマムには行かなかった。

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