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アンコールワット&ホーチミン 2005年7月
カンボジア王国  首都:プノンペン 主要言語:クメール語 通貨単位:リエル
ベトナム社会主義共和国  首都:ハノイ 主要言語:ベトナム語 通貨単位:ドン  


 会社を退職して半年以上。 今のうちといってはなんだが、家族で海外に行く計画がもちあがった。
母は職場で「良い」という噂になっていたベトナムを希望。
 いくら退職したとはいえ、旅行会社に長年勤めていたことからすべては私にまかされた。
 ということはベトナムでおさまるわけはないのだ。
 初めて個人客としてパンフ集めをしているうちに
    アンコールワット行けるな・・・
という結論に達した。 
 アンコールワットはどう考えても遺跡を歩く。 かなり歩くだろう。
実は母は動くのが大嫌いなのだが、まあ黙っときゃ着くまでわからんだろう・・・と一人暮らしの部屋で悪い笑みを浮かべた。
 問題はアンコールワットを入れることによって数万上がる代金だ。 そしてカンボジアのビザ取得。
 私は職場で客に対する時にも見せたことのない熱心さで調べた。 そしてインターネットで「HIS大阪発 世界遺産アンコールワットとホーチミン2カ国周遊6日間」を見つけ、ビザもインターネットに載っているビザ代行屋に頼むに至ったのだった。
  よく考えれば友人とではなく親との旅行だからそんなにケチらなくていいんだ・・・と気づいたのは出発1週間前だった。
しみついた貧乏性はどうにもならんということだ。 私はついいつものクセで最低のホテルグレードを選択していた。 親連れのカンボジアとベトナムでそれはむしろ問題ではないか? まさしく「苦笑」。

 出発一週間前にアンコールワット遺跡があるシェムリアップのインターナショナル幼稚園で園児一名が死亡する銃撃事件があった。
事件事態は非常に痛ましい事だったが、渡航を取りやめるようなものではないということで、そのまま出発することになった。



《 前泊は大阪 》
顔出し  大阪発11:15のツアーのため、首都(ましてや大阪府)よりロシアに近い北海道からは当日接続はできない。
 大阪に一泊である。
 やったー大阪城だ〜!
 私の修学旅行は名古屋空港使いの京都、母は貧乏で修学旅行に行けなかったため、我が家で大阪城に行ったことがあるのは父のみ。
 といっても父の大阪城見学は半世紀も前の話なので、家族3人ほぼ全員初体験の大阪城登城とと言えるだろう。
 記念に天守閣前にあった観光地名物「顔出し」で撮影。 淀君の顔が空欄なのが残念だがしかたない。 
ちなみに母は横の姫で写していたが、父は強固に撮影拒否した。

 この夜、大阪城ごときで筋肉痛を予感してしまい、翌日からのアンコールワット見学に不安を感じた。


《 カンボジアって? 》
 さて、アンコールワット遺跡は有名であるが、私は歴史で習うまでそれがカンボジアにあると知らなかった。
そして、カンボジアがどんな国か、今回調べるまでほとんど意識していなかった。
ネットで調べて見て
 ・シアヌーク殿下
 ・ポル=ポト
 ・キリングフィールド
という単語をみてようやく、あ、あのカンボジアか〜と現実化。 カンボジアにアレもソレもないわけだが、シアヌーク殿下やポル=ポトはしょっちゅうニュースで聞いていても、カンボジア――――ましてやアンコールワットと重ならなかったというのが正直なところだ。
 今までも政情安定とは言えない国に行ってきたが、戦後(内乱)15年という国に行くのは初めてではないか?
「シアヌーク殿下」という人名+敬称にも太陽にほえろの「殿下=小野寺昭」装甲騎兵ボトムズのカンジェルマン殿下をだぶらせていた程度の私は、ちょっとばかり気をひきしめて旅立つことにしたのだ。
※もっともボトムズの方はシアヌーク殿下を意識したネーミングとも思える。親友のポタリアも今となってはポル=ポトがらみか?「ポ」しかあってないけど。


《 シェムリアップへ 》
 関空→ホーチミン 2時間待ち ホーチミン→シェムリアップ という航路だった。
 航空会社はベトナム航空。 写真を取り忘れたのが悔しい! 東南アジアの若い女性独特のスタイルの良さを際立てるアオザイコスチュームに ほぅ とため息。 シンガポール航空やタイ航空もかなりオヤジ好みだが、ベトナム航空にもファンがいるに違いない。
 なかなか美味な機内食を楽しみながら14:45(日本より2時間早い)にホーチミン到着。
「あぁ〜コレか」
と思ったのは私だけでしょうか。 なんか軍服っぽい制服の空港職員・・・そう、ベトナムは社会主義の国だ。
私は北京にも行ったことあるが、こんなに違和感を覚えたろうか? 空港が狭いから?
 なんとなくわかりずらいトランジット手続きをへて、出国ロビーへ向かった。
売店で水とお菓子を購入したところ、米ドルのお釣がなく、お釣分お菓子というアジアスタイルに持ち込まれたのも良い思い出だ。 その辺の店じゃなく空港でこれがくるとは思わなかった。 お菓子を買ってお菓子をもらう、バッグを買ってもう一つポーチがついてくるテレビショッピングのようなものだ。 お菓子はしょっぱいとんがりコーンもどきだったので美味しくいただいた。

 ホーチミンからシェムリアップは飛行時間1時間。 札幌−羽田より短い。
 離陸後しばらくすると入国カードが配られるが、親は案の定知らん顔。 自分を含め3名分書いているうちに着陸態勢に入るしまつだ。
働いている時は「こんなカード書くのに手数料取ってボッタクリだな、旅行会社」って思っていたが、さすがに知らない国のカードを3名分書くうちに手数料の必要性を実感した。
 
 そうやって到着したシェムリアップ空港は我が札幌の丘珠空港か?という小ささだった。
 念のため書いておくと、カンボジアの首都プノンペンを東京とするなら、シェムリアップは同じく世界遺産がある屋久島といったところか。(屋久島に行った事ないけど) とにかく首都からははずれてるくせにかなり有名な田舎観光地なのだ。
 入るとすぐ入国のカウンターがベロッと見える。 警備は大丈夫なのか。
 しかし、そこで油断させておいて、その入国審査ときたら、今までの旅行の中で一番きびしかった。 さすが戦後15年たらずの国だ。
 あきらかに田舎をかもし出す空港の中で、高めのカウンターに設置された可動式(?)カメラを容赦なく向けられる。 カメラに連動してるであろうパソコン画面で一分以上見られる。 母はパスポートの写真と違う髪形をしていたせいか、よりいっそうチェックされていた。 いいのか、10年パスポートの10年目の写真とか!?と思わざるを得なかった。
 チェックは厳しいが、空港は狭い。 ターンテーブルは一個しかなく、もう出口は見えている。
 そして外は・・・
   雨が降っていました。
   出ました、雨女(自分) でも今回は雨季だから当然
 熱帯の国の雨季は日本の梅雨と違って、毎日1,2時間のスコールが降る。 ちょうどその時間だったようだ。
雨の中、さわやかな青年ガイドのサイさんが私達3人を迎えてくれて、簡単な説明をしながらホテルまで送ってくれた。 翌朝の観光は早朝5時出発と聞き、うっすら気が遠くなった。
 ホテル到着は19時頃。 ガイドに渡された観光客への現地案内に 「現地人だけが集うところは危険を伴う」 と書いてかったので、夕食はホテルで取ることに決める。
 ちなみに、今ツアー最低グレードのホテル名は「シェムリアップタウンホテル」。 何階建てか知らんが、少なくとも3階の部屋まではエレベーター無しの階段だった。 そして客の気配がない。
そんなことはバリやサイパンで経験済みなのでノープロブレム。 親も世間知らずで 「日本っぽくなくていいんじゃないの?」 と適当なことを言っていた。 親は低いランクということに気づいていない(笑)
 ホテルの従業員はすごいほどの笑顔だ。イヤな笑顔じゃないけど、すごい笑顔だ。
 英語が通じるかどうかというレベルの中、いくらなんでも単語は大丈夫だろうと
「レストラン」
と言ったら、笑顔で暗い通路を指した。 ・・・・通じてない?
不安になるも、2回「レストラン?」と聞き返しても笑顔でうなづいているので、暗い廊下に進入。
 10m程度の短い廊下も長く感じました。 そしてふと気づくと背後に複数の人の気配が。
びくぅっと振り向くと、数人の従業員らしき人がついてきていたのだ。
不気味なまま暗い屋根以外は外(オープンエア?)の空間に到着。 よく見るとテーブルや椅子。
 ジジ〜ッ
 次の瞬間、という言葉をつかうにはあまりにも鈍く蛍光灯がともり始めた。
 レストランだ。
 後ろからついてきていた従業員数名はそのまま私達を追い抜き、奥の厨房へ消えた。 残った一人が座席を勧めた。
 これ・・・私達のために営業すんの・・・? というか電気も客がきてから点けるんだ・・・
 贅沢なんだか超省エネなのか。 軽いカルチャーショックだ。

暗いレストラン
写真ではわかりにくいが暗い。
一応言っておくと、雰囲気のための暗さではない。
天井だけなので、横は庭というか外。
なぜかすぐそこに屋台がでていた・・・(笑)
※ちなみに寄生虫Tシャツ着用です。 カンボジアではリアルだったかもしれません。

 メニューは英語とクメール語?とフランス語しかない。 カンボジアは元フランス領だからフランス語はあるのか? 
「とりあえずビール」でメニュー読みの時間を稼ぐ。 ビールはなぜかカンボジアビールが高い。国産なのに。
 メニューにはアジア料理と西洋料理とクメール料理があった。 が、今までの感じから言って現地もののクメール料理を渋ってしまう。 なんか怖い。
 明日から観光だし親連れだし、ここは冒険せずにアジア料理と西洋料理にしておこう、と読めない英語を必死に読む。 日本で英語だと思ってる横文字メニューが必ずしも外国でも通じるとは限らない。 その証拠に何の料理かわからない西洋料理がいっぱいある(笑) しかも従業員はハイレベルな英語じゃないと通じないとみた。(外国語はどちらかがハイレベルであればある程度通じるものである)
 絶対間違いない「トムヤムクン」の他、アジア料理から「ポーク&ジンジャー」「チキンのなんとか」と西洋料理から「トマトサラダ」を注文したつもりだった
 いかんせん、客と同時に厨房に入った有様だから、そう簡単に出てくるものではない。 日本なら「豚でもつぶしてんのか?」という長い時を経て、一気に注文すべてがやってきた。
塩分過多の夕食
 何を注文したかも忘れた頃やってきた料理たち。
一品どうしても腑に落ちないのが正面のオレンジ色のスープ。
消去法で、トマトサラダ と思ったものと判明。 トマト以外なんだかわからなかったのだが、よりによってスープとは・・・トムヤムクンもあるのに・・・
 責任をもってこのスープを一口飲んだ私は叫んだ。
    「うわっ!しょっぱ〜〜〜い!!!!」
なんじゃこりゃぁ?レベルだ。 塩だ、塩。
いや、待て。 よ〜く味わうと、塩分の向こうにウマミが・・・
悔しいことに、こんなにしょっぱくなければ確実に美味いとわかるのである。

 暑い国のせいでしょうか。 全体的に塩分がキツイのではありますが美味しいです。
 しかし!このスープは塩分キツイという域を遥かに越えていたため、我々には二口以上飲むことはできませんでした。

 カンボジア最初の洗礼は 「塩」 だったと思っています。


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