ベラルーシソビエト社会主義共和国(以下ベラルーシ)は現在のベラルーシ共和国と同じ位置にありました。ベラルーシは内陸国で、北から東にかけてロシア、南部はウクライナ、北西でラトビアとリトアニアと接しています。この国の大体北部にベラルーシ丘陵があり、運河が縦横に張り巡らされています。国全体にいえることですが湿原と湖沼が広がっています。
気候は大陸性気候です。特に北西部では遠く大西洋の影響を受けてそれほど寒くは無いようです。
農業もそこそこに発展していますし、湖沼地帯の干拓も進められています。
ですが、ベラルーシで最も重要なことは交通の要所であるということです。モスクワからワルシャワ、ベルリン、パリへはこの国のブレスト市を通っています。道路も結構整備され、西欧の車がスモレンスク〜首都ミンスク〜ブレスト街道を基本として往来しています。
この国は工業国で、革命以前は農業国でした。しかし第二次大戦でムッチャクチャに国土を蹂躙され、住民の4人に一人が戦死するほどの大被害をこうむりました。しかしその後の計画で産業は立ち直りました。現在ではタービンやら自動車やら、カメラ、時計などもを作っています。
歴史は原始から13世紀くらいまではロシア史と同じです。12、3世紀くらいになってモンゴル軍がここを占領したころ現在の国土を東西に両分しました。そしてモンゴルに占領された東部は「黒いロシア人」とよばれ、生き残った西部は「白いロシア人」と呼ばれました。
この白いロシア人という呼び名は彼等自身の尊称であります。(黒いロシア人はいい意味ではない)
自由なロシア人という意味やもともと白い服装をしていたからこの名が付いたということもありますね。
そして勘の良い人ならお気づきでしょうがこの「白いロシア人」という名前が現在のベラルーシの名前となったわけです。
そして時は坂くだり。14世紀になって北方のポーランド・リトアニア連合王国が勢力を増しこの地を占領しました。このころになってロシアと分化されたわけです。しかしその後の三度に及ぶポーランド分割で再びロシア領となり革命を迎えます。1919年に共和国が誕生。29年以降ポーランドより領土を獲得し二倍になりました。そして第二次大戦により国土が廃墟と化しましたがその後徐々に回復。国連にソ連、ウクライナと並び議席を持つまでになりました。
首都はミンスク(Minsk)で、900年以上の歴史を持つ由緒正しい町です。
ミンスクに付いては面白い話があります。この都市は1898年に共産党第一回党大会が開かれたソ連発祥の地というわけです。しかしその後のソ連崩壊に基づくCIS設立の会議もここで開かれました。つまり、ソ連発祥の地であり消滅の地でもあるわけです。なんとも皮肉ですね。
そして、この国を語る上でなんと言っても重要なのはチェルノブイリ事故でしょう。チェルノブイリ自体はキエフの北50キロ(東京で言えば茨城県くらい)のウクライナ領なわけですが、被害はほぼベラルーシ全土に広がりました。ですからソ連崩壊によって生じた経済的・政治的混乱に加え放射能汚染という不安まで付け加わってしまいました。本当にこれから大変でしょうが何とか頑張ってもらいたいものです。
ほんのちょっとベラルーシという国が分かったでしょうか?
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