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    「ことばの力」による癒しで

      あらゆる心の病を解決。

       必ず新しい自分に生まれ変われます

           

    JR京都駅から地下鉄烏丸線で5分あまり。 烏丸御池駅周辺には、近代的なオフィスビルや

      ホテルにまじってレンガ造りの建物や装束店、 染物店といった老舗が点在し、現代に息づく

      古都の歴史を感じさせる。

       御池通を二条城方面に歩いてほどなく、室町通に折れると昔ながらの街並みが目に飛び込む。

      整然と立ち並ぶ木造家屋の軒先に牛乳箱を見つけ、なつかしさに心がなごむ。

       長野安晃先生が主宰される京都カウンセリングルームは、この室町通に面した瀟洒なマンシ

      ョンの五階にある。一階のフロントからインターホンで到着を告げると、先生は5回のエレベ

      ーターホールまで出迎えてくださった。低めの穏やかな声と、メガネの奥のやさしい目が印象

      的だ。 

       玄関の左手にある一室に通される。白壁の室内にはテーブルを挟んで向かい合う形で、それ

      ぞれ低めのソファが置かれている。勧められるまま腰を下ろすと、先のオフィス街からわずか

      2,3分とは思えないほどの静寂に包まれていることにあらためて気づく。長野先生はいつ

      も、この部屋で相談者のことばに耳を傾けられているという。

  

      「自分と同じように悩みを抱えて苦しんでいる人の力になりたい」

        長野先生は自宅の一室に京都カウンセリングルームを開設され、独自の方法論によるカウン

       セリングでさまざまな心の問題の解決にあたっている。

        相談例でもとくに多いのは子どもの引きこもりや不登校、非行、浮気や不和といった夫婦間

       の悩み、また世相を反映して、リストラや倒産のショックからうつ症状に陥った方のご家族か

       らの相談などがあるという。このほか、家庭内暴力、出社拒否、対人恐怖、赤面症、あがり症、

       吃音、摂食障害、パニック障害、不眠、対人関係の悩み、失恋による心の傷まで、幅広く対応

       が可能である。

        世界では戦争や未知の病が絶えず、周囲を見回せばリストラによる生活苦、若年層におよぶ

       就職難など、こどもから大人まで、私たちはいま、非常に生きにくい時代に身を置いている。

       悩みの種は尽きることがないが、こんな時代だからこそ安心して中身のあるカウンセリングを

       受けられるところが必要なのかもしれない。

        カウンセリングというと従来、それほど安価に受けられるものではないが、長野先生のとこ

       ろでは安心して心の問題を解決してもらいたいという思いから、カウンセリング料を一回五千

       円という設定にしている。また、一回のカウンセリングには一時間から一時間半をかけて、ク

       ライアントとじっくり話しをする。

       「ここに来てよかった」と実感してもらえたときがなにより嬉しいという長野先生。先生のそ

       んな熱意の源はどこにあるのだろうか。

       「私自身、過去に何度となく自殺を考え、苦しんだ経験がありますから。だからこそ人の痛み

       も理解できると自負しています。自分と同じように心の痛み、悩みを抱えて苦しんでいる人の

       力になりたい、いまはそう思っています」

        こう真情を明かされた。どのような人生を歩んでこられたのだろう。先生の温かい目や、包

       みこむような穏やかな口調からは想像することができない。

       

       ことばによって傷ついた心を、ことばで癒す独自のカウンセリング

       「私は『ことばの力』というものを信じています」と長野先生は言う。

        カウンセリングという行為がことばを伴うものであることは言うまでもない。カウンセラー

       によっては、催眠療法を併用することで問題の解決にあたられている方もあり、実際に長野

       先生ご自身、催眠療法の心得があるという。

        あえてそうしたものを用いず、ことばの力を重視する手法は一見、第三者的に見れば「話を

       しているだけ」に映るかもしれない。しかし、内実は、話を聞くだけでも、一方的に相談者の

       問題点を指摘して指導を行うといったものでもない。

       「私はクライアントのことばを聞きますが、それはただ聞くのではなくて、クライアントの存

       在そのものの声、心の叫びを聞いているのです」

        とはいえ、相談者にむずかしいことを要求するようなものではなく、あくまで気楽に話をす

       ればいいという。

   精神分析学では象徴的なことをとらえてさまざまな分析を行うが、それでは相談者の心の痛

       みが本当に癒されることはない。思うままに話してもらい、そこに相談者の心の中のことばを

       聞き出すことこそ自らの役割と自負している。「ことばによって、私たちは喜んだり、傷つい

       たり、さみしがったりするものです」

        たしかに、「きれいですね」とことばをかけられれば、その女性は嬉しさで心が弾むだろう

       し、ちょっとした手助けでも「ありがとう」といわれればお互いに気持ちがいいものだ。一方、

       「こんなことは君に頼んだ覚えはない」と上司から否定的なことばを投げかけられれば、誰で

       も気持ちが落ち込むものである。

       「つまり、ことばには人を変化させる力があるのです。ことばが私たちの行動を支配し、さら

       には、私たちを取り巻く環境もことばがつくり出しているのです。ことばは脳の言語機能があ

       って発せられるのですが、それ以前に、人間には心というものがあります。これは心臓にある

       のでも、脳にあるのでもない。言霊ということばがありますが、まさにことばとは心であり、

       人間を超えた存在なのです」

        長野先生のカウンセリングの特徴は、まさにクライアントの“内心のことば”を引き出すと

       ころにある。クライアントに心を開いて話しをしてもらうことで、最終的にはクライアントが

       自身のことばによって問題の核心に気づいてもらうことを、とくに重要視している。

        そのためには、先生ご自身の内心のことばを積極的にクライアントに投げかけることもある。

       こうして、クライアントとのあいだに言語の交通回路が開けたとき、クライアントはすでに快

       方に向かっているという。

       「私のもとを訪れる方は、来られたときと、帰るときとでは表情が変わっています。笑顔に近

       い表情になっている。それは、私とクライアントとのあいだに言語交通の回路が開けたという

       ことを意味するのです。わたしは、カウンセラーとクライアントとの関係性は、現代人に失わ

       れた言語活動を復活させる活動だととらえています」

        クライアントの“内心のことば”を引き出すため、カウンセリングの際には、相手はそれと

       気づくことはないが、ご自身のなかでは、それこそ「火花が散っている」という。

       

       自ら原因に気づいたとき癒しがはじまる

        ことばの力を重視する長野先生のもとでは、たとえ子どもの不登校の相談であっても、直接、

       当人を伴ってくる必要はない。父親、あるいは母親から話を聞くことで、必ず問題解決の糸口

       が見えてくるといい、事実、これまでにそうした手法によって家族関係が一変し、子どもが立

       ち直った事例を見てきた。

        かっては不登校の子どもの問題で相談といえば、「ご本人が来なければ問題になりません」

       というのが常識だった。長野先生の方法論は、そうしたカウンセリングの壁を取り払ったもの

       で、相談者の立場から見るとじつに心強いものがある。

       「たとえばお子さんのことで相談にこられた方は、当然、お子さんのことを一生懸命話されま

       す。でもよくよく聞いてみると、じつはお子さんではなくて、ご自身の心の悩みであったりす

       る。それが跳ね返って、お子さんに影響を与えているというケースがあります」

        話をしているうちに、問題の原因がじつは自分のなかにあったと自ら気づいたとき、その人

       の心の底に沈んでいた澱が雲散霧消する。

       「それが癒しのはじまりなのです。その瞬間、その方の表情はガラリと変わります」

        最終的にはその人自身が原因に気づいて、自分のことばでそれを口にする。長野先生はそこ

       まで持っていくことをとても重要視している。

       「ご自分で気がついたことは必ず実行することができます。そうすると、ご本人を含めた周囲

       の状況も必ず変わるものなのです」

        新たな真実に気づくことで、クライアント自身に余裕が生まれ、周囲にいい影響を与える

       「ことばの力」がつくという。

       「そうなったときはじめて、私の方法論が生きてくるのです」

        家庭においても職場においても、私たちの日常生活が、いかにことばに対する信頼を失った

       ままであるか、そのことに気づいている人は少ない。もちろん、ことばは日常にあふれている

       が、内心のことばを聞いたり、発したりする機会を現代人が喪失していることが、さまざまな

       問題を招く要因になっていると長野先生は語る。

        たしかに心が歪んだり折れ曲がったりしているとき、その人から発せられることばは同様に

       歪んだり、折れ曲がったものになるのかもしれない。まさに、ことばは心である。

       

       母親が変わることで家庭環境が一転。引きこもりの子どもが動きはじめる

        最近の事例をひとつあげていただこう。

        A子さん、52歳。4ヶ月前、22歳になる息子、Bさんの引きこもりをなんとかしたいと

       相談に訪れた。

        Bさんは大学受験に2年つづけて失敗。その後、母親のA子さんに勧められるまましばらく

       予備校に通っていたが、夏前あたりから休みがちになり、しだいに自室に引きこもるようにな

       っていったという。

        この2年半あまりは友達との行き来もなく、1日中自室でゲームをしている様子で、髪は伸

       び放題、ヒゲも剃らないなど、わが子の変わりようを切々と訴えるA子さん。

        彼女の家庭は夫と、Bさんの上に少し年の離れた兄が1人という4人家族。夫は弁護士をし

       ており、長男も司法試験に合格、法律事務所で働いている。

        A子さんは息子たちに父親と同じ弁護士の道に進むことを望み、小さい頃からそう言い聞か

       せてきた。

        そんな母親の希望で、法学部がとくに優秀といわれているC大学を2年つづけて受験したB

       さん。父親もC大出身であり、長男は現役で同大学に合格。ことあるごとに「お兄ちゃんは現

       役で受かったのよ。B君もがんばりなさい」、「堅い職業ならまちがいないんだから」などと

       ことばをかけてきた。

        母親に言われるがまま受験勉強に打ち込んだBさんだったが、結果は前述のとおり、合格に

       は至らなかった。

        2度の失敗から自信をなくし、ふさぎ込むようになったBさん。A子さんは、そんな息子に

       別の予備校の手続きを済ませてきたからと受講案内を手渡し、来年こそはと励ましたという。

        結果的にその予備校には途中から行かなくなり、引きこもるようになってしまったBさん。

       「なんであの子が・・・・・」、「小さいころから、あの子のことを思って育ててきたつもり

       なんです」と、自らの不幸を訴えるA子さん。

        そんな彼女を見守り、内心のことばを少しずつ引き出していく長野先生。

        3回目のカウンセリングのとき、A子さんに変化が起こった。長野先生を前にしてわが子と

       の関わりをふりかえるなかで、「あ!」と小さな声をあげたあとだった。

       「私はずっと、あの子のいいところを見てやらずに、悪い面ばかり見てきたんですね」

        ことあるごとに長男とBさんを比べるようなことばを投げかけてきた自分。テストでいい成

       績をとったときには褒めても、理屈抜きに、ただ愛情からBさんを抱きしめてやることがなか

       った自分。そんな言動が長年にわたって、わが子を追い詰めていたことに自ら気づいたのであ

       る。

        苦しみの原因を知った彼女の顔には、「自分が変わらなければ息子はよくならない」という

       自覚の色が浮かんでいた。

        以後、自分ほど不幸な人間はいないという考え方から抜け出した彼女。自ずとBさんを含め

       た家族への接し方、ことばや態度もそれまでとは変わり、7回目のカウンセリングを終えるこ

       ろには、家庭内の空気は以前とは比べ物にならないほどよくなっていた。4ヵ月たったいま、

       Bさんも自分らしい生き方を求めて動きはじめている。

        早い人では1,2回のカウンセリングで心の問題から解放されるケースもあるが、だいたい

       5回から10回程度のカウンセリングが必要だという。すぐにも心の病気を治したい、よくし

       たいというお気持ちはよくわかります。と断ったうえで、先生はこう言った。

       「引きこもりにしろ不登校にしろ、心の問題というのは長年かかって出てきた現象ですから、

       それを治すには少し時間がかかります。このことは相談者の方にも理解していただくようにし

       ています。そうすることで、いっそうご本人のなかに『治そう』、『良くしよう』という力が

       湧いてくるんです」

        たしかに心の問題とは、日々の積み重ねのなかで少しずつ歯車が狂い、それが何年にもおよ

       んだ結果表出するものだろう。一朝一夕で解決できるものではないことは自明である。

       

       苦悩の末に自らの使命に目覚め、カウンセラーの道へ

        長野先生は大学卒業後、京都市内の私立中学・高校の英語教師となり、23年にわたって

       教鞭をとってこられた。大学では英文学を専攻されたが、在学中は「学校に行かずに本ばかり

       読んでいました(笑)」というほど、膨大な文学作品にふれてきた。

       「本を読むということは、そこに書かれたことばのつながりでできている、その人の思想を汲

       み取っているということ。それはものすごく大きな体験です。本との出会いによっては、その

       人の人生が変わると思います」

        こんなところにも先生の「ことば」への想いがうかがえる。教師の道を選んだきっかけにつ

       いて、「人間に興味があった」と振り返られているが、だからこそ幅広く、文学という人間存

       在と正面から向かい合うものにふれてこられたのかもしれない。

        教員時代には、保護者が気軽に足を運ぶことのできる開かれた学校こそ「いい学校」である

       という考えに立ち、学校行事としての集まり以外にも積極的に保護者と集まる機会を持ち、開

       かれたコミュニケーションをとってきた。

        最近の生徒の傾向として、教師のことばなど意に介さないということがよく言われるが、

       「本当にその子どものことを考えて発せられたことばというのは、生徒にも届くものです」

        と長野先生は当時を振り返る。生徒や保護者から信頼され、当時からさまざまな相談が寄せ

       られていたようである。教職から退いたいまも、先生のもとには教え子やその保護者たちから

       の近況報告や、先生をなつかしむ手紙が後を絶たない。

        教師として充実した日々を送っていた長野先生だが、やがて少子化による学校改革の波が押

       し寄せ、改革案で学校側と対立することに。日本の社会は出る杭は打たれる式の嫉妬の文化な

       どと表現されることがあるが、何事にも熱心に取り組む長野先生をふだんから快く思わない一

       部の人たちとのあいだで軋轢が生じるところとなった。

        組織の権力抗争に翻弄され、結果的に、策に嵌められるような形で自ら学校を去らざるをえ

       ない状況に追い込まれた。

        退職に至るまでの何年間かは誠実さゆえに、教育者としての喜びや熱意と、組織からの重圧

       という対極の狭間で苦しみもがくことになった。

       「教師としての終盤部分には、私自身が暴力的になっていました。妻に対して暴力をふるうよ

       うになっていましたし、子どもに対しても、愛情を持つことができなくなってしまっていたん

       です」

        凄惨なまでに苦しんだあげくの不本意な退職。家庭は崩壊し、ついに離婚に至った。

       「自分の人生は終わったんだ・・・・・」

        残されたものは、なにもかも失ったという絶望感だけだった。

        失意のどん底に身を置く日々。少年時代から自らの一部のように接してきた書物さえ手にす

       る気力もなかった。喪失感を抱えたまま、講師としていくつかの予備校を渡り歩くが、心に開

       いた穴がふさがることはなかった。

       「明日こそ飛び降りよう」― 予備校の高層階の裏階段にある開け放たれた窓から下を見下ろ

       すたびに、そんな思いがよぎった。

        自分にとって大切なのは今までの教員生活の経験なのか。いや、ちがう。ではなぜ教員生活

       をしてきたのか。何が喜びだったのか・・・・・。自分はなにをなすべきなのか。自問自答し

       ては、存在価値を見出せない自分を呪った。

        転機が訪れたのは、少しずつではあるが、気持ちが落ち着きはじめたころだった。

        ある日、ひとりもの思いにふけっていると、ふと教員時代のシーンがいくつも蘇った。23

       年の間に出会った保護者たちの喜ぶ顔や声が、次々と浮かんでは消えてゆくのである。

        教員時代、積極的に集まりを催しては保護者と接してきた長野先生。その場で保護者から子

       どものことで相談を受けたり、何気ない会話のなかで、自らが発することばによって、相手の

       表情や考え方がガラリと変わる、そんな経験がいくつもあったことが思い出されたのだ。

       「人と話すこと」

        これこそ23年間の教師生活をとおして得ることのできた財産、自らの生きる意味だ。自分

       が誰かのために役に立てるとしたらこれしかない―このとき、心に小さな灯りが灯るのを感じ

       た。

        そんなある日、何気なく手にした新聞を繰っていると、カウンセラー養成学校の広告が目に

       飛び込んできた。その瞬間、長野先生の心が動いた。

        こうしてアルバイトをしながらの通学生活がスタート。2年間にわたって専門的な勉強を重

       ね、日本プロカウンセリング協会の一級カウンセラーの資格を取得した。

       「私は遅咲きなんですよ」

        と長野先生は苦笑いした。

        カウンセラーを志してからというもの、今までの人生が収斂され、内在されているものが一

       気に醸成されるようなある種の手ごたえを感じたという。

        暗く長いトンネルを試行錯誤の末に脱け出た、そんな長野先生には気づくところがあり、

       カウンセリング企業で働く道よりも個別の事情に応じた対応をしたいと自宅開業を決意。こう

       して現在に至っている。

       

       考える機会をあたえられている、そう感謝する心を持つこと

        長野先生のカウンセリングは長年にわたる実体験の蓄積、人生そのものが凝縮されることに

       よって得られた方法論といってもいいだろう。

       「いまは問題を抱えて苦しんでいても、人は誰でも変わっていくことができる。たとえどんな

       に心の傷が深くても、これから変わりうるんです。そして、どんどん幸せになれる」

        こんなことばにも重みを感じる。悩みを抱えて苦しんでいるとき、私たちはとかく、まさに

       いま起きている現象だけにとらわれ、そこから視線をはずしてみるということを忘れがちであ

       る。自らの、あるいは相手の悪い面だけを見ては不幸を嘆くばかりでは堂々巡りに過ぎない。

        悩むことと考えることは違うとは時おり耳にする表現であるが、「悩む」とは出口のない不

       毛な行為。ちょっと視点をずらして別の面を見るようにすることで、人は「考える」ことが可

       能になる。考えることができれば、その人は変わることができる。

       「苦しい時は、自分はいままさにこの問題によって、考える機会を与えられているのだ、そう

       とらえてみてください。そのように感謝することができる人は心が開かれ、ことばにも心から

       のやさしさや思いやりが宿ります。いいことばは周囲にもいい影響をおよぼします。いいこと

       ば、やさしいことばを使うことの大切さを知っている人は必ず幸せになっていきますし。ご自

       分のいまの幸せが見えてくると思います」

        長野先生のことばは終始、温かく心に届くものであった。これからもそんな先生を慕って相

       談に訪れる人は後を絶たないだろう。 
 

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