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”前進あるのみ”

 釜石SEAWAVESを昨季で引退し、オックスにオールドルーキーとして入り早や4ヶ月が過ぎました。東日本クラブ選手権で勝つ為にコーチとして何を教え、選手として何が出来るかを錯誤して毎日を過ごしております。

 オックスはクラブチーム。年代をも超えた仲良しクラブでありながら勝利をも目指す欲張りチームです。素晴らしい事だと思います。そんなチームに参加している事で楽しくてなりません。「皆さん、ラグビー好きですか?勝ちたいですか?」
 みなさんは企業チームの様に義務も強制力も無い中でPLAYする訳です。そこには確固たる意思(ラグビーがしたい)があり、チームの為に自分に何が出来るかを思い、何かの行動に移す事にこそ意義があるのではないでしょうか?もちろん、練習や試合・催しに常に参加出来ることがベストではありますが、仕事や家庭の事情により参加出来ない事もあるでしょう。しかし、行事に参加する事だけが全てではありません。参加出来ない時もあなた個人が1人で走ってみたり、ビデオをみたり何かする事が十分に本人・チームの為になります。何もしないでは成長はありません。みんな、何かを始めてみてください。

 話は少しそれますが私は努力という言葉/使い方があまり好きではありません。努力を辞書でひくと「目的を達成するために、途中で休んだり怠けたりせず、持てる能力のすべてを傾けてすること」と意味が書いてます。でも、それって当たり前じゃない?試合に勝ちたい!優勝したい!出世したい!モテたい!金持ちになりたい!目的はなんでも構いません。何か目的を達成しようとする時にあなた自身がしなければならない勉強や行動(練習)の事を努力とは言わないと思います。それは目的に対する義務であって、当たり前の必ずしなければならないことなのです。

 それを過程(プロセス)と思うか?努力と思うか?努力と思った人にそれ以上の成長・成果はないと思います。オックスも今に満足せず上を常に目指し発展させて行きましょう。
※「努力」という言葉が好きな方、すみません。

最後に 高橋竜次 盛岡ラグビースクールからラグビーを始め、22年!。今年で32歳になりますが20代の選手に負ける気はサラサラ御座いません。私は生涯現役です。

2005年7月5日 高橋 竜次
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クラブにあるべき姿」

 10年前に私がNZに行った時の話をしたいと思います。 10年前の3月、大学1年の時だ。成田から1日かけ、向かったラグビーの聖地NZ。オークランド空港を出た瞬間、その光景が私を包み込む。 看板には当時NZ1モテる男、カルロス・スペンサーがデカデカと、立ち並ぶラグビーショップ、ジャージ姿の街人。全てがラグビー1色だったことを覚えている。
 オークランドから飛行機で1時間ほどの距離にある、クライストチャーチ。そこで私は友人のツテで大学の友人数人とモーテル生活をしながら2週間、とあるクラブチームに参加させてもらう事となった。
 初めての練習となった木曜日。4時くらいにグランドへ向かった。行く途中、いたる場所に広がる芝のグランド、ラグビー王国の凄さを見せ付けられた。グランドへ到着するとそこも凄かった。八幡平くらいの芝だが2面、横に歴史ある感じのクラブハウス。施設の充実さに大学の設備を使っている私たちも驚いたものだ。既に私たちと同い年くらいだろうと思われる何人かの若者たちが個人でアップをしていた。徐々に集まってくるチームメイト達。10代から3〜40代の人たちだろうか?総勢で80人くらいになった。
 このクラブチームはU19(高校の部活をやってる者もいた)、U23のジュニアチーム、メインチーム、40代からのシニアチームと様々な人たちがいる充実したチームだった。メインチームの成績は中の上くらいだったろうか?州代表クラスが何人かいる程度でクラブチームとしてこの程度のチームは当たり前の事らしい。私は当時19歳だったのでU19のチームでプレイさせてもらうこととなった。片言の英語でコミニケーションを図る。専門用語は一緒なので何とかやることが出来た。
 大学では毎日遅くまで練習していたので練習量の少なさに驚いた。練習は週2回しかないのに練習はアップで1時間程度体を動かした後FW,BKで30分、そしてコンビ。コレで終了なのだ・・・。しかし後々聞いた話だが、練習はあくまでコーチ陣が週末のゲームの為のセレクションでしかないという。それ以外は個人でトレーニングをしなければ選手としてプレイはさせてもらえない為、それぞれが必死にトレーニングを行うらしい。
 試合当日の日曜日。前回の練習でスタメンを言い渡された選手、そうでない選手、ほぼ全員が集まった。ゲームはU19、U23、メイン、シニア、それぞれが行った。私はU19でマオリ族の高校生チームと対戦。デカかった・・・・試合は僅差で負けたがとてもいい経験だった。相手にF○CKと言われたのは正直へコんだ・・・とても生々しかった・・
 試合後、横のクラブハウスでのアフターファンクション。テーブルの上には肉、肉、ビール×6、肉、肉、ビール×7。肉屋と酒屋のチームメイトが用意してくれた。まずはメインチームのキャプテンが挨拶、その後それぞれのキャプテンが挨拶をする。皆笑顔で祝福する。勝ったチームも負けたチームも。乾杯の後、各試合のMVPが発表された。U19では大学の友人が選ばれた。よそ者扱いせず、皆がもの凄く賞賛してくれた。もうビールかけ状態で優勝したかのようだ。チームメイトとはすっかり意気投合。さっそく下ネタで盛り上がる。男は世界共通だった・・・・ メインチームのキャプテンが皆に呼びかける。「今回は日本の助っ人たちが活躍してくれた!!皆で讃えようじゃないか!!」それぞれが名前を言って皆に拍手を浴びる。そしてまたビールかけ・・・もうビショビショである・・1時間ほど飲みまくり、程よく酔っ払ったところであるチームメイトが結婚するということで皆に報告。また皆が盛り上がる・・・またビールかけ・・・式には全員で出席するということだった・・・こんな事が毎試合後行われるらしい。今回のゲームはコッチで言えば市長杯の試合のようなものだった。それでこの盛り上がり。ゲームも含め、とても楽しい時を過ごした。2週間の参加を終え、皆に挨拶した時は皆が本気で寂しがってくれた・・泣けた・・・・。
 岩手県でこんな感じに一番近いチームは間違いなくオックスであろうと思う。 勝利に向かい全力を尽くす、コレはスポーツをする者にとって1番重要である。 現在のオックスは絶対強者でなければならない存在である。全てのチームメイトが県内、県外を問わず皆で勝利する事を目標にしてもらいたい。 しかし、それだけでは絶対にダメだ。オックスに長い歴史があるのはそんなこと(強者という立場)がなくともチームメイトの固い結束、首脳陣の支え、先輩諸君の教えがあったからではないだろうか??一つもかけてはならない。私も含め、今のオックスを支えている選手諸君にもこの事を強く理解して欲しいと思う。練習、試合、そしてその他の飲み会やイベント、さまざまな理由から参加、不参加という事が出てくることは当たり前だ。ただ、オックスのチームメイトとして、社会人としての自覚を持って欲しい。そして、オックスを生活の一部として、チームメイトを第2の家族として、考えてくれたら幸いであると私は思う。
 長々と申し訳ないです。とにかく!!今年こそは2年連続東日本出場をしましょう!!そしてさらにオックスを盛上げ、人生の快楽として行きましょう!!

2005年5月1日 田中館 光
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「25周年を振り返って」

 オックスRFCも今年で25周年を迎えたわけですが長いようで短かった25年ではないかと思われます。以前にもラグビーマガジンで紹介した事がありますが、発足時には部長の足沢先生、長谷川顧問、田森顧問、出雲総監督等が紫波町の電信柱に張り紙をして部員を募集したらしいです。今の部員はオックス45名とゴールデンが80名程登録しておりますから昔に比べたら天と地の差であります。私自身も今年でオックス21年目を迎える訳ですが、本当に楽しい20年でした。多くの仲間に逢えて本当に良かったと思います。オックス単体では沖縄遠征、海外遠征2回、東北クラブ選手権の福島遠征、更に東日本クラブ選手権準々決勝で北海道遠征、昨年の福島との交流試合と熱い試合が多かったように思い出します。そして忘れてはならない奥さん方と子供の協力が合ってのオックスだと思われます。奥さんと子供の協力なしでは、ここまでは出来ないと思います。オックス万歳。
 さて最近のオックスですが、新人部員等が毎年少しではありますが入部しております。昔から居る部員、ちっと前の部員、新人部員と競争があって羨ましいかぎりです。コラムでいろいろな人が書いていますが、お互いに切磋琢磨しあってプレーに磨きをかけてほしいです。やはり強くなる為には練習をしなければならないと思います。クラブチームですから練習にも参加出来ない人がいると思いますが一人でも練習は出来ます。今年は岩手のチャンピオンに返り咲きましょう。そしてがんばりましょう。1度きりの人生です。大勢の仲間とラグビーを大いに楽しみましょう。  また、ここ2〜3年前から都道県ラグビーに岩手選抜としてオックスからも数名出場しており今年はキャプテンが田中館とオックス初です。いろいろな意味で大変素晴らしい事だと思います。ちなみに私も去年から副主務で出雲さんとお手伝いに行っております。 最後になりましたがオックスを愛してラグビーを愛して大いに楽しみましょう。

2004年4月14日 近藤 浩之
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「今いる人間で何が出来るか?」

 2003シーズン、お疲れ様でした。振り返ると、東日本クラブ選手権出場こそ逃したものの、内容的には充実した内容であったと思います。
 雪の残る頃から都道府県対抗の県代表の練習に多数参加し、県の代表としてゲームで活躍したプレーヤーが複数いたし、2回あった盛岡選抜にもオックスから多数のプレーヤーを送り込むことが出来ました。昨年に比べゲーム数が減ったという点がちょっと個人的には残念でしたが、今年は大収穫がありました。それはルーキーの活躍です。
 多田、福田、藤原、山下輝、宮。みんな良く頑張ってくれました。高卒ということもあって、入るまではちょっと心配していた所ではありましたが、想像以上の活躍で非常に安心しました。山下弟が部を去り、高橋勝が仕事の関係上、殆ど来れなかったのが残念ですが。
 シーズン終了間際に実は2名新人が入りました。オックスでプレーしたい人は大歓迎です。来シーズンに向け、ドンドン勧誘をお願いします。
 オックスには創部してから23年かけて築き上げたチームカラーがあります。これを最優先しつつ、強いオックスを目指すべく日々研鑚していきたいと思います。

 実は「若いヤツには・・・」という気持ちが自分の中では非常に大きく、負けたくない一心でゲームはもちろん(飲みも)練習もほぼ皆勤で頑張ってきたつもりですが、年齢的に近い将来スタメンから外れ、その次には番号ももらえなくなる時がくるはず。でも私はオックスを辞めません。
 ゲームに出れないからといってゲームや練習に参加しなくなると、チームの層がいつまで経っても厚くなることはありません。たとえ新入部員が毎年入ってきたとしても。
 現在でもゲームに出れないことを理由に不参加する部員は残念ながらいるとは思いますが、本当にそれでいいのでしょうか?
 他のチームには無い縦と横の厚いつながり。すべて同じ仲間です。仲間の為に私はもっともっとオックスを大事にしていきたいです。(仲間同士で飲む酒は美味しいよ)

 どんどんいいプレーヤーや足りない部分をかき集めて強いチームを築き上げるのは簡単なこと。今いる人間で何が出来るか?プロでもなければ実業団でもない我々草クラブチーム(自分では草ラグビーとは認めたくない)ではそれが一番重要なことだと思います。
 そんな中、我々は幸いにも部長をはじめスタッフ、仲間と非常に恵まれた環境です。またいいライバルチームも存在します。オックスは他のチームとは何か違う要素を沢山もってると自負してます。
 今こそ、考えているだけではなく行動しなければなりません。実際これが一番難しいのですが、やるべきことは沢山あるはず・・・。 
 今いる人間で何が出来るか?なかなかむずかしいことですが、クラブチームの永遠のテーマ・・・今日からもっともっと成長しなければなりません。更なる上を目指して!

2003年11月17日 中村 雅章
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「日本体育協会公認スポーツ指導者等表彰功労賞を受賞 」


足 沢 輝 夫(たるさわてるお)さん

 岩手医大放射線医学講座講師・医局長を経て77年紫波町内に放射線科医院を開業。同町桜町上川原。68歳。盛岡市生まれ。
 

 過酷な条件下で開催される競技会の中止勧告や医科学的な面からアスリートたちをサポートしてきた。今後ますます期待されるスポーツドクターとして本県初の受賞となった。

 「今は本業の傍らスポーツドクターとして活動する医師がほとんど。将来的には病と闘う人を助けるほかにも、健康な人をますます健康に育てる専門集団があってもいいと思う」と社会的な認知を見据える。

 医者の家系に生まれ、亡父・三之介さんは放射線医学の第一人者。1950年、中尊寺で行われた藤原四代の遺体学術調査にも参加、本県の温泉療法医の草分けとしても知られる。

 そんな父を見て、幼いころは四六時中、研究ばかりの医者は嫌だった。成長とともに「一見患者に厳しいが、根は優しい」父を理解、同じ道を選んだ。「おやじに比べれば今の自分は門前小僧のようなもの」と笑う。

 大学以来、ラグビーは人生の一部。選手生活は引退したが、自身が紫波町内に創設した社会人クラブ「オックス」は、昨年の東日本クラブ選手権大会に初出場し、本県初の初戦、2回戦突破を達成した。「選手たちがかわいくて仕方ない」と大健闘を昨日のことのように思い出す。

 娘2人は医者、息子は会社員となって巣立ち、今は妻澄さん(59)と2人暮らし。「『お父さんの文章はいつも起承転、転、転ばかり』と娘に怒られっぱなしだが、海外の温泉旅行記を書いてみたい」と顔をほころばす。(志田 澄子)

いくつカップを集められるかではなく、幸せな選手生活をサポートしたい

2003年3月21日岩手日報より
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「二流のプレーヤーであっても、その取り組む姿勢は一流でなければならない。」

 私は、仕事の都合で幼稚園や小学校を「避難訓練」指導などといった形でよくお邪魔します。普段、品行方正でない私も、この時ばかりはその期待を裏切らないようお手本のような消防士を目一杯演じます。また年を重ねたせいか、職場でも、オックスチーム内でも沢山の若い子達を前にして、何かお手本とまではいかなくても、それなりの行動を示さなければと思うようになりました。「偽善」っぽいし、私自身、若いときの自分を考えれば確かに身分不相応ですが、これが何と年を重なれば自然発生的に思ってしまいます。俗に言う「丸くなる」ってことでしょうか。(年をとって体が丸くなる人もいるけど・・・。)では、若い子達に何を伝えれるかと考えますと・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は小学校の体育5段階評価の3もしくは4でした。小学校のサッカー少年団では「12番」補欠でした。小学校のスキー合宿は、学年男子ほとんどが「Aチーム」なのに、大方の女子に混じって男子では貴重な「Bチーム」でした。100mは高校自分14秒台でした。おまけにヘッドキャップは特注でした。 といくつか過去の戦歴の挙げまして、おわかりになったかと思いますが、相当運動神経の悪い子供でした。小、中学校と運動神経が良い男子が「女子にモテル」この時期にそれはそれは何もない味気ない平坦な道のような人生を歩みました。 
ですが、中学校のとある時期、いつ頃かはわかりませんが「練習すればうまくなるもので勝負しようということ」を無自覚に悟ったようで、「素質と関係ない分野」を向上させようと、近くの公園で幼なじみの川原太一(鵜飼小→滝沢南→盛工→日大→岩手東芝→釜石SW)と川村宏(鵜飼小→滝沢南→盛工→関東学院大→アコム)を誘っては自主練習をよくやりました。木にタックルしたり、家からタックルマシン(学校から〇〇したもの)担いで持っててタックルしたり、キック練習してガラス割ったり。で逃げたり・・・。 
で、やっとのことで今の私のキック、スタミナ、ベンチ120sがあります。全部努力すれば得られる「チカラ」です。そんなかんやで、今では、人として当たり前の努力と周りの人たちの支えのお陰で、県の代表ジャージーに袖を通すまで成長することができました。
ということで、誰でも努力すれば「日本代表」はともかく「県代表レベル」ましてや「一チームのレギュラー」などは達成できない目標ではないと思います。
幼稚園からラグビーばっかりやって25年ぐらいになりますので、「ラグビー限定」で何か若い子達にはアドバイスできるかとは思います。遠慮なく皆さんの方から聞いてください。(「山崎さんから何でも言ってください。」と言ってくれる若い子がいますが、私が若い時は先輩のアドバイスも「うっせえなー。」と思っていたので、私からは恐れ多くて何も言えないから。)で最後に、何かの本に書いていた言葉をお伝えします。「二流のプレーヤーであっても、その取り組む姿勢は一流でなければならない。」

2003年8月4日 山崎 豪夫
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「県クラブ選手権を振り返って」
 
 一回戦、IKTイーグルス戦は、市民体でメンバーが違っていたとはいえ、負けた相手。私は楽には勝てないと思っていました。しかし、ミスが少なくオックスのよい所が出て大差にて勝ちました。大変結構。
 二回戦宮古ヤングマン戦では、ミス(特にノックオン)が非常に多い試合で、ゲームとしては面白くない内容ではあったが、相手のミスにも助けられ大差にて勝利しました。まあ良しとしときましょう。
 問題の決勝戦。相手は昨年決勝で勝っているノーサイド。前半5分で斎藤(晶)、10分で吉岡の立て続けのトライで、これはいけるぞと思いました。しかし、前半中盤より敵陣に入ってはペナルティーを犯し、キックで自陣インゴール前まで戻され、FWでトライを3本奪われる最悪のパターン。確かにセットスクラムは完全に劣勢であったが、前半15個もペナルティーをすること自体不思議でならない。結局、後半追い上げることができず、24対31で負けてしまった。
 この試合、前半に15個もペナルティーを犯さなければ、勝敗はどうなっていたかわかりませんが、非常に残念でなりません。でも皆よく頑張ってくれたのでしょうがないと今回は諦めるしかありません。
 この悔しさを忘れずに、来年はリベンジに向けクラブ全員で頑張りましょう。

2003年6月24日 出雲 克明
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「決勝を前に」

 昨今、部員が増えて選手層も厚くなり、ポジション争いもいよいよ激しくなってきました。昨シーズン、先発メンバーとしてゲームに出場できていても、今シーズンはなかなかそうもいかなくなった者、それをバネに毎回練習・ゲームに参加する者、いじけて顔を出す回数が減った者、クラブを離れていく者。様々です。
 こうした背景をきっかけに、ここ2〜3年オックスには活気が出てきたと感じられます。チームとしての組織化が図られはっきりとした役割分担、競争率が激しくなった事によるレベルアップが顕著に見られ、その結果、岩手県のチャンピオンチームとして現在に至る訳です。
 オックスとして最も力を入れている大会が県クラブ選手権で、現在行っている東日本クラブ選手権県予選はこの大会を兼ねています。東日本クラブ選手権県予選はトーナメント戦で、県クラブ選手権はリーグ戦です。最終的に、リーグ戦で首位に立てれば岩手県チャンピオンですが、目標である東日本クラブ選手権の出場権をかけたこの予選はトーナメント戦につき、負けたらその時点で先はありません。
 先日、出雲総監督と食事する機会がありまして、その時、しつこい程『絶対に勝ってくれ、俺を熊谷に連れてってくれ』と言われました。私個人としては、大好きな酒を優勝するまでは…、と絶っており、(凄くイライラです)相当気合が入っていますが、オックス全体でモチベーションにムラがあると決勝戦での勝利はないのではないか、と思います。
 昨年の決勝、東日本一回戦、二回戦は『みんなどうしたの?』と思う程、好プレー連発でした。個々のモチベーションが高く、ゲーム後涙ぐむ者、中にはゲーム前に泣く者もいた程です(今回も、かかっているモノが違うので相当気合が入っているとは思いますが)。
 いよいよ、6月15日は東日本クラブ選手権岩手県予選、決勝戦です。このゲームに勝つために今まで活動してきたといっても過言ではありません。勝てば東日本クラブ選手権と東北クラブ選手権の出場権が、負ければ何も残りません。
 昨年同様、優勝を果たし、みんなで抱き合い、お互いを称え合い、笑って乾杯したいです。
 東日本クラブ選手権岩手県予選、必ず優勝しましょう!

2003年6月10日 中村 雅章
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「初陣「オックス」健闘も、ベスト4に波乱なし
第12回東日本クラブ選手権大会」

9月8日からはじまっていた東日本選手権大会。秋の気配とともに内容が濃くなってきた。
 10月第1週には準々決勝が行われベスト4が決定した。昨年優勝のタマリバが今期好調だったピックノーズを退ければ、今年こそ頂点に立ちたい北海道バーバリアンズが三桁得点で仕上がりの良さをアピール。曼荼羅は実力上昇中の上磯ラガーに前半リードを許したが後半に結束して逆転勝ちを収め、三鷹オールカマーズは三洋み快勝と東京勢も好スタートを切った。
 シードの4クラブが順当に準決勝に駒を進めた今大会。が、すでに姿を消した各クラブもそれぞれのスタンスで勝利、敗戦を受け止め、新しい目標が浮かんだようだ。初出場の岩手代表、オックスRFCも貴重な経験を積んだ。

 北海道バーバリアンズに大敗したが、初出場ながら2勝を挙げ、準々決勝まで進出したオックスRFC。今年で創部24年目を迎えた岩手の代表だ。
 盛岡市に隣接した紫波町にある足沢放射線科の先生が、まだ医大生だった頃に抱いていた「いつかは自分のチームを作ってみたい」の夢が叶って産声をあげた同クラブ。オックスは雄牛を表すがスペルは『OCHS』で、医学系に原点を持つチームらしくドイツ語表記としている。急激に力を伸ばしてきたのは最近のこと。2年前に初めて経験した東北クラブ大会が転機となった。
 同大会で初戦完敗を味わったオックスは、初めて知った各県代表のレベルの高さに触発された。どうせやるなら上を目指した方がもっと面白くなる。そこからチームの意識改革が始まり、「部員集めを積極的に展開し、以前に増して練習に力を入れるようになりました。試合のなかでも2、3次までの攻撃をかんがえたり」(オックス代表近藤さん)。そんな日々が実り、今年の春の大会で優勝を飾り東日本への出場権を手にした。
 実は今大会の初戦で対戦した相手、秋田代表のニッカンクラブは2年前に初めて出場した東北大会で完敗したチーム。つまり意識改革のきっかけを作ってくれた『恩人』だった。チームの中には2年前に苦杯を喫していることから対戦に不安を抱く者もいたが、「うちはメンバーも若くなったり、あの頃のチームとは違う。そのことを選手たちが理解して『よし、リベンジ』という気持ちで試合に臨めました」(近藤さん)。結果、63−10の大勝。今期の目標としていた『東日本初出場』を飛び越し、初勝利まで手にした。
 続く2回戦では大会常連の新潟・北斗クラブにフルタイム直前に一度は23−25と逆転を許すもインジャリータイムに入ってトライ、ゴールを決めて劇的な勝利。チームの勢いを感じさせた。
 負けた北海道バーバリアンズ戦はスクラム、ラインアウトで圧倒されて10−108のスコアだったが、チーム関係者は、2年前の東北大会の敗戦をスタートに生まれ変わった経験があるから前向きだ。
「東日本のトップどころか、全国レベルで見てもトップクラスのクラブの強さを肌で知っているチームはほんのひと握りです。これほど貴重な経験は望んでもなかなかできない。体感したレベルを目指して、少しずつでも差を詰めていこうとみんなで確認しました。この2年間でできたんだから同じように、と」(近藤さん)。
 勝利も敗戦も、全てクラブの財産として積み上げているオックス。上昇気流はしばらく止みそうにない。

ラグビーマガジン2002年12月号より
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「忘れていませんか、ラグビーで最も大切なものを」
 
 ラグビー人気復活のために色々な場で様々な論議がなされ、改革が始まった。組織の変更、大会システムの見直し、プロ化・・・。それぞれの試みは試行錯誤をしながらも一定の成果をもたらすだろう。しかし、このような改革の嵐の中で、もっとも大切なものが忘れられてはいないだろうか。
 新日鐵釜石が日本選手権を連覇し続けた時代、満員の国立競技場のグランドには「ラグビーの素晴らしさ」が満ちあふれ、「感動」が、「生きる力」が、そして「とびっきりの明るさ」が輝いていた。多くの人々は、「一人は15人のために、15人は一人のために」「自分を殺して他人を生かす」「ノーサイドの精神」「アフタマッチファンクション」「フェアプレーの精神」・・・、これらラグビーの持つ独特の文化に感動し、ラグビーにとりつかれていった。
 あれから10年。ラグビー人気の凋落とともに、ラグビーで最も大切なものが忘れ去られようとしている。ストッキングをだらしなく下ろしてプレーする選手。ジャージがパンツの外に出ていても平気なプレヤー。相手選手がつかみにくいようにジャージのエリを中に折り込んでしまう。挙げ句の果てに、ジャージの袖をまくり上げてテープで止めてしまう者さえ現れた。そこには「フェアプレーの精神」のかけらもない。試合終了後、レフリーと、そして相手選手と健闘を称えあい握手する選手を見ることも少なくなった。ノーサイドの心はどこへ行ってしまったのだろうか?
 多くの人々を魅了したラグビーの精神が失われようとしている。ラグビーの魅力を高め、ラグビーが多くの人々に愛されるため、私たちクラブのラグビーに携わる者に、今こそラグビー精神の涵養が求められる時はない。
 日本クラブ委員会は、直ちに活動を始める。日本ラグビー再建のため、ラグビー精神のルネッサンス運動を。
・ 試合終了後、レフリーと、そして相手選手と握手をしよう。
・ 規律ある服装で試合をしよう。
・ ファンクションで相手チームとともに語ろう。
・ そして、フェアプレーでラグビーを楽しもう。

2002年度 日本クラブ委員会アピール
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「THINK BLUE」

どんな意味だと思いますか?
 この言葉は、野茂英雄投手の所属しているロサンゼルス・ドジャースが掲げるスローガンの一つで、青いユニフォームのドジャースを励ますためのメッセージで、スタジアムのレフトスタンド後方に巨大なロゴでライトアップされているそうです。 
この言葉には、ドジャースの関係者全員(球団・フロント・監督・選手はもちろんのこと、グランド整備の方も、スタジアム売店の販売員も、そして応援するファンも)が、「とにかくドジャースが勝つためにはどうすればいいかを常に考えようぜ!」という意味が込められている、ということです。(全部、人から聞いた話ですが・・・。)
 
 オックスはクラブチームですから、「勝つため」だけでなく、「勝つため、そして楽しくあるため」に置き換えると良いかもしれません。おそらく、オックスは「THINK BLUE」の精神を20数年の歴史の中で培ってきたチームだと思います。
ここ数年で多くの新メンバーが加入したオックスRFC。だからこそ、2003年度は改めて、「オックスが勝つため、そして楽しくあるためには何をすればいいかを一人一人が考えよう!」という「オックス版・THINK BLUE」で行きましょう!! 

2003年5月31日 長尾孝宏
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