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渡邉恒雄暴言集

野球・読売・巨人編
1991年シーズンオフで
「落合(当時中日)を5億で獲る」
これを聞いた中日フロントは激怒

いしいひさいち氏の「ののちゃん」にでてきた「ワンマンマン(=町内会長)」を見て
「通常漫画に許される風刺やユーモアの域を越えたものであり、しかも単なる“モデル”でなく、『ナベツネ』とか『巨人』とか『ヨミウリ』といった実名が出ていることからも、悪意と中傷と侮辱の意に満ちたものだ」
さらに「小生および読売新聞並びに巨人軍のイメージダウンを狙った意図によるものであることは、何人も容易に理解できるだろ」

2002年5月31日、本塁打を打った清原に対し
「給料を100億円にしてもいい」

ビジターユニフォームを「TOKYO」から「YOMIURI」に変えたことにより、巨人ファンが「俺たちは読売ファンじゃない!巨人ファン!」などの横断幕を掲げた際、
「あの横断幕は、純粋なファンが出したものではない。右翼だ。バックに暴力団が付いている。読売に対する嫌がらせだ。金を脅し取ろうとしている。払うものか。警察とも連絡を取った。ああいうことが続くなら、裁判にまでいったっていい」

2002年6月12日
「なんでヤクルトや日ハムや西武は企業名をつけていて巨人は駄目なんだ。東京にある三球団がみんな東京ってつけたらややこしいだろ」

2002年セリーグ屈辱の日に
「原は大監督になる。10連覇、20連覇は確実だ」

2002年シーズンオフにFAした中村紀洋に対し
「モヒカン、金髪は大巨人軍のカラーに合わない。子供が真似したらどうする」
「土下座なんかする必要は無い」
「巨人に来るのなら、髪を黒く染めろ」
翌日、中村の髪の色は派手に染まっていた。

そして破談した時には
「モヒカン、金髪は知性とか教養が表れる。本音を言えば、ああいうタイプはいらない!」と吐き捨てた

1996年、オリックスを「金貸し球団は消えろ」

2002年、近鉄が消費者金融業とスポンサー契約したとき
「プロ野球のイメージにふさわしくない。懲罰は下す。リーグから出て行ってもらう」

2002年読売新聞にて
「巨人が来年負けたら困るから、勝つためには何だってやる」

1999年5月2日
「ゴールデンウィークは絶対勝ち越さなければ駄目だ。負け越したら巨人は解散だ」

2000年も
「今年のゴールデンウィーク、負け越したら巨人は解散だ」
そして巨人はめでたく負け越した

2001年シーズンオフで
「代理人をつれてきたら年俸半分カットだ。いや、クビだ!」
この発言は「不当労働行為予告」として問題になっただけでなく、年俸の協約違反(30%ダウンまで)でもある

名誉毀損で出版者を訴えていた清原に対し
「損害賠償金1000万円は史上初だ。これからは2000万、3000万、1億と跳ね上げていく」

マルティネスを西武から獲ったとき
「あんな太った豚は活躍できん」

清原が絶不調の時
「巨人にいてもいいが他の人に迷惑をかけなければいい」

選手会長・古田に対して
「ストライキをしたら、古田はファンに殺されるぞ」

アルモンテを獲ったが役に立たなかったので
「ヤクルトがペタジーニで、なんでうちがアルモンテなんだ」

2001年シーズンオフ
「高校生の逆指名か完全自由契約にしなければリーグを脱退して新リーグ設立だ」

マントに対し
「マントが全て悪い!マントとクスリは逆さから呼んではだめだ」

松井メジャー移籍話が出てきたときに
「ツインズのようにCクラスの球団に行ってもしょうがない。わが大巨人軍のほうがよっぽどいい。メジャーはいっぺん怪我をしたら捨てる。わが大巨人軍は大選手に対してはそんなことはしない」

中日とリナレス獲得合戦になったとき
「(日テレの)氏家がカストロと仲がいいので、いざとなったら頼もうとしている」

2001年の惨々会で
「巨人が優勝できなかったら、関東大震災が来る」

同じく惨々会にて「長嶋は総理大臣より偉い」

やはり惨々会にて「大巨人軍が20連覇したら日本は好景気だ」

2000年惨々会「巨人が優勝しなかったらデフレスパイラル、世界恐慌になっていた」

松井のドーム天井に"消えた"打球を「高く売れるだろうな」

ダイエー・王監督の「FA獲得は1球団1人まで」との意見に対し
「反対だ。ワン(王)はなんでそんなバカを言う。ダイエーは貧乏だからな」

ドラフト完全ウェーバー制の意見に対し
「断じて認めん!それなら新リーグ設立だ」

日米野球をみて「ボンズ・ジアンビーが欲しい」

日米野球、メジャー投手が苦戦しているのを見て
「レベルが低いな。アレなら松井でも高橋でも50本は打てる」

  メジャーリーグに対し
「労使ばかりやっているアメリカの野球は社会主義に堕落している。メジャーは滅びる」

星野のナベツネ批判に激怒し
「星野の頭は茹っている。暴言を連発している」

さらに星野に対し
「星野みたいなガキが俺に喧嘩を売っても仕方がない。余所者の星野が渡り歩いてヤクザの国定みたく殺されなければいいが」

ペタジーニを獲ったことについて
「これ以上大巨人軍が強くなってどうすんのかね」とバカ笑いをしていた

アメリカのイラク侵攻が始まり、アスレチックス対マリナーズが中止になったことに対し
「ウチが一番初めの被害者だ。切符の払い戻しとか、キャンセル料とか大損害だ。残念至極だ。サダム・フセインのヤツ」

「アメリカがイラクに勝つように、虚塵が優勝する」

2003年4月23日、オリックス・石毛監督が解任されたのを
「あれは監督の責任じゃない。宮内オーナーが悪いんだ。何せ一切、補強をしないんだから」

さらにオリックスに対して
「あんな客が来ない赤字を生むとこなんか、とっとと解散しろ」

2003年5月14日の負け試合を見て
「ペドラザは130キロ台しかでない。巨人軍はスカウトがダメなんだ。ダイエーは金がなくても、巨人がほしい選手をみんな持っていく。金がないくせに。ウチは金があるくせになんでペケやカスばっかなんだ!金があっても努力をしないフロントが悪いんだよ!」

2003年虚塵がV逸し9連敗したとき
「次の阪神戦で3連敗したら、原の続投は白紙だ」

2003年9月24日、原の続投問題に対して
「いいかげんなことを書いているのがいけない。迷惑かけるな。これだけやっているのに、嘘八百ならべて」
そして車に乗り込む直前
「お前ら俺を誰だと思ってるんだ!俺のことをコケにしてるくせによく質問しにくるな。特に夕刊紙!」

2003年11月1日、近鉄がローズの所有・交渉権を保有しているにも関わらず、「欲しいな。球団代表に任せてある」
これを聞いた近鉄梨田監督、阪神前監督星野氏は「タンパリング(事前交渉)」と激怒

バファローズを買収しようとしたライブドアの社長に対して
「俺の知らない奴は入れられない」

近鉄合併問題で反旗を翻した選手会長の古田に対して
「古田君はバカ」

「無礼な!たかが選手の分際でオーナーと話をしたいとは」

ライブドアに対して
「ベンチャーか、便所だか知らんが・・・」

ダイエーの外資吸収問題にて
「ワンちゃんは俺が守る!ハゲタカホークスなんぞ認められん!」

インタビューにて
「実際に野球を見に行くようになったのは、社長になってから」

FA宣言した、当時中日の落合に対して
「名古屋みたいな田舎でやるよりは巨人がいい。名古屋人なんぞケチで見栄っ張りだ」
これについて、中日新聞から謝罪を要求され、渋々謝罪した

河原の結婚問題に対して
「若い奴の下半身まで面倒見切れんよ」

虚塵オーナー就任後の一声
「これでフロントは俺の指揮下に入った。これからは俺が指揮を執る。金は出すが口も出すぞ!」

桑田がFA権を取得して
「俺が肩代わりしている17億円はどうなるんだ?」
なお、この時点で桑田は完済していた

桑田の結婚に対して
「あんな借金まみれの男に、よく嫁が来てくれたな」

高橋由の入団が決まって
1996年オリックスと日本シリーズで対戦することが決まって
「宮内ごときが大読売と日本シリーズ?汚れる!不愉快!」

清原がケガで戦列離脱して
「これで勝利の要因が増えた」

メジャー移籍がめでたく決まった、松井秀喜へのセレモニーについて
「あの裏切り者め!そんなモン取りやめろ!」

2002年開幕前に
「虚塵が勝って景気がよくならないのなら、総理に辞めていただくしか他無い」

上原の代理人交渉について
「俺がやれば手数料は安い。いいアイデアだろ?」

1リーグ制に反対するオーナーに対し
「ケツの穴の小さい人といつまで話をしていても、きりがない」

桑田に対し
「桑田こそ将来の監督候補。ダーティーなイメージはあるものの、頭脳と知名度は素晴らしい」とかいいながら将来、松井に監督の座を渡すとほざいていた

1996年の虚塵の茶番メークドラマに「長嶋君は希代の名将だ。」と持ち上げながら、シゲヲの契約更改の席で「最終戦で、どうにか決めただけじゃないか。」

2004年5月3日付の日刊スポーツより4月の虚塵について聞かれて「虚塵・楽天・ハルウララ」と暴言

午後5時開催のゲームについてこんなバカな事(デーゲーム)をやってるから、視聴率が取れないんだよと暴言

2006年の虚塵の負け試合に「俺が疫病神」と自らの本分を認める

日ハムから小笠原を強奪してなお「まだ、足りない。特にセカンドがね」と欲深い発言をして、霊柩車に乗り込んだ。

2005年6月5日・交流戦のVS便器戦で煮死ドジヒサ(現:仁志敏久)がドームランを打った時、貴賓席の一番前まで飛び出して、観客に向かって右手を上に突き上げて喜んでいた。
この事について、2005年7月28日発売の週刊文春:27ページにて豊田泰光氏が「ああ、この人はホームランが趣味なんだなと思いました。彼は野球の知識がなさ過ぎる。球団の経営を云々言う資格はない。ヤンキースのスタインブレイナーのように自分の金でやるなら別だが、自分の金でもないのに、ホームランバッターばかり集めて失敗した責任は重い」とバッサリ。

2005年7月25日・都内で会食後、後半戦のテコ入れについての質問に「現場のことをオレが知るわけないじゃないか」と一蹴。
27日には、阪神に勝った事に機嫌をよくして「後半戦は、45勝15敗で勝てばいいんだ」

2005年8月14日の阪神戦で危険球退場となった、桑田の去就問題を問われ「若返りだよ。と(滝鼻)オーナーも言っているじゃないか。若返り。老人を一生懸命使うバカがいるか。若手をドンチャン使えばいいんだよ」

2005年8月16日、893清原去就問題でマスコミに取沙汰され、揉みくちゃにされた挙句ブチ切れて、帰り際に霊柩車(ナベツネ専用車)が待ってなかった事に激怒し、「車はどこだよ!!どうだっていいからタクシー呼んでくれ!!その辺にいなきゃおかしい、虚塵と一緒だよ!!」とほざきタクシーで帰り、霊柩車の運転手をその日付けで解雇した。

2005年12月5日、大リーグのポスティング・システム(入札制度)の廃止を強く訴えた際に「良くないよ。あれは不平等条約だよ。だからポスティングは絶対ダメ。廃止?当たり前だ」、さらに「入団させるときにポスティングを約束して、途中でポスティングを出してそれでもうける。(イチローを入札制度で移籍させた)オリックスもそうだ」と嘆き、それらの動きを「これは邪道だよ」と発言。

日本野球連盟の山本英一郎前会長の功績を称える「感謝の集い」に出席し、そのインタビューで「山本さんは僕の野球の先生」「山本さんの方が長生きする。100(歳)まで生きる。僕の葬式には弔辞を読んでもらう」と戯言をほざく。

2007年クライマックスシリーズでめでたく3連敗の惨敗を喫した後のコメント
「制度がよくない。リーグ優勝はなんの意味もない。おれがオーナーの時は絶対に反対した。誰がどうしたか知らねぇが、こんなくだらん制度をつくった」と負け惜しみ

そして、フロント及び害人に対し「こんなバカな状況で補強しないでいられるか。おれは十何年、言い続けているが、ろくな外人がいない。クロマティ、ちょっとローズとペタジーニぐらい。全部間違っている。それが分からねぇ、フロントがどうかしてるわな。だから負けるべくして負けるんだよ」とめった切りした挙句「これを教訓にして来年、生かせないようなら、虚塵はおしまいだな。だけど、おしまいになると、野球が全部つぶれるな
このとき、日刊スポーツの記者は「大権力者の傍若無人な発言がチームの士気を弱め、虚塵人気を低迷させていることに、まだ気がついていないようだ」と発言

サッカー編
2002年ワールドカップ誘致に対し
「まぁ無理だろう。俺が潰しに廻るから」

2002年5月31日サッカーW杯が開催したとき
「6月でサッカーは滅びる。これからは野球の時代だ」

「川崎は東京で無いから駄目だ。調布に移転する。移転後のチーム名は読売ヴェルディだ」

97年「チーム名に企業名を認めなければ解散だ」
それに対し川淵氏は一言「認めません」

「企業の名前が出ないからJは駄目だ」

Jリーグで「チーム名からスポンサー(親会社)名を外す」という決定に激怒し「こうなったら読売ヴェルディは脱退だ。全日空(フリューゲルス)・JR(ジェフ)と共に新リーグ設立だ」
しかし川淵氏は「出て行くならどうぞ」と無視

1998年「Jリーグは全18球団が赤字だ。川淵の地域密着という妄想が駄目にした」

そんでもって「川淵のバカは独裁者だ。夢を食う獏(バク)だ」

サッカーW杯でフジテレビが視聴率66.1%を獲得したのに激怒し
「サッカーでアレだけの視聴率を出せるのは数回あるかないか。毎年コンスタントに18%を出す巨人戦と比較するのは愚劣だ!」

五輪編
1998年3月4日
「サマランチは商業主義者で金のことしか頭に無い。そんな奴には協力できん」

1999年1月5日
「五輪自体が金権主義で腐敗してる。政治より汚い。五輪を粛清する」

1999年12月8日
「つまらん商業五輪の礼賛はわが大巨人軍、セリーグとして組みしない。大巨人軍とワシが国賊扱いされるのは我慢ならん」

2000年1月19日
「いつから五輪は"ただ勝てばいい"哲学に変わったんだ?」

シドニー五輪・野球アジア最終予選で
「いらん選手なら出してもいい」

五輪から野球が除外されると聞いて
「野球をやる国は110ヵ国ある。その野球を排除するのは論理的でない。アイススケートや体操のように審判でどうでもよくなる競技が五輪の腐敗になる」

相撲編
2002年9月2日、バカ乃花の休業発言について
「失望した。貴乃花は秋場所に出ろ。納得いかないのなら、私が委員長を辞めるしかない」

そのバカ乃花が秋場所に準優勝して「あと3年はやってもらわんと困る」
しかし無理を押して出場したバカ乃花はまた休場した。

内館牧子に「横綱審議委員のクセに、本場所を一度も見に来ない、本場所総見にさえ参加しないというのはいかがなものか」とツッコまれ、ぐうの音も出ず沈黙。記者会見でその事を指摘されて逆ギレして退席した

その他・失態編
『私の死亡記事』という本で『私が亡くなる時は虚塵群が20連覇して、長嶋シゲヲがノーベルスポーツ賞を受賞』と寝言を記述

モー娘。に日本刀を振りかざしてご満悦。
なお、矢口真里が好みのようだ

2001年自宅に押し入ったカラスに対し、屋根の2階から空気銃を発砲。
雨の事もあり、滑って庭に転落したものの左腕単純骨折だけで済んだ。

1998年前立腺がんを告白時に
「どうせ何年も勃っていねぇよ」と高笑い。そして、手術終了後に「俺に言わせれば、盲腸の手術みたいなもの」

2002年なぜか、メガネドレッサー賞を受賞

週刊読売のインタビューにて
ホントは朝日新聞に入りたかったらしいが、若きの至りで朝日新聞に不合格。
そして読売に入った理由を「朝日のような一流よりも、読売のような二流のほうが天下を取りやすい」と負け惜しみ。

今の嫁さんに対して「君は、俺の28番目の女だ」と訳の分からんプロポーズをした。

中学受験に失敗して、彼の母親に親戚の前で「あんなボロ中学に入って。」と泣かされた。

中学の時、クラスメイトに女優のプロマイド1枚と一升瓶を渡して、「この中にザーメンを入れろ!」と言ったので、あだ名は淫長と呼ばれていた。

大学時代、カップルで山中湖に遊びに行き、泊まった所で(ナベツネの)好きな女の子の日記を勝手に読み、文面の内容から「この娘には、好きな人がいる。」とショックを受け、大学教授に「今から山中湖に飛び込みます。」と遺書を速達で送った。
ちなみに女の子の好きな相手は、なぜかナベツネだった。

雑誌の対談で阿川佐和子さん(エッセイスト)と記念撮影を終えた後
「その後、キスしてくれるの?」

毎日新聞社に今、潰れられたら困る。印刷工場が出来ていないんだから。完成後潰れたら大読売は1500万部だ!

安室奈美恵の曲と衣装を見て
「あれは歌じゃなくて土人の踊り。アフリカに行ったらいい。」
この暴言にコンゴ民主共和国の大使から謝罪を要求される。

取材で取り囲む記者達に
「犯罪者でも被告とか容疑者(という呼称)が付くのに、記者達に俺だけ「ナベツネ」と呼び捨てされるのは名誉毀損だ!弁護士に書類を用意させているから(告訴されるのを)待っていろ!!

昔、好きだった女の子に「愛している証拠を見せて。」と言われて、自分の両手の甲に1分間煙草の火を押し付けていた。


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