鶏の歴史について書くのは今回が初めてです。待っていた人にはお待たせ致しました。日本の鶏史を、この機会に知っておくと良いでしょう。
鶏の祖先は、約3000〜4000年前に現在のインド・タイ・ミャンマー・インドネシア地方に住んでいる数種の野鶏から飼いならされたもので、この地方を中心に全世界に広がり、日本には弥生時代に中国から朝鮮半島を通じて、土佐国(現在の高知県)に伝えられたようです。この事は、現在の高知県の貝塚から発見された鶏類の骨や、古墳の鶏埴輪の出土などから"土佐地鶏"と言う鶏が日本最古の鶏であるのが有力です。
この土佐地鶏が日本中に渡り帰化していき、その後中国大陸や東南アジアから、小国(中国産)・軍鶏(タイ産)・チャボ(インドネシア産)などの品種が伝えられ、土佐地鶏系の純粋日本鶏&これらを加えたものを基礎に"日本鶏"と言う地鶏が作られていきました。
特に鶏先進国だった土佐では、土佐地鶏に小国を掛けた"東天紅"や、土佐チャボ・長尾鶏etc.現在天然記念物に指定されている"日本鶏14種"のうち、8種類が土佐で改良されたものです。
養鶏と言う産業が本格化するのは明治に入ってからで、それまでの鶏の用途は闘鶏用(軍鶏)・時計用(小国・東天紅)・観賞用(チャボ)がメインで、軍鶏鍋と言う"鬼平犯科帳の名物"は闘鶏で負けた軍鶏が、その場で打ち首にされ食用になったもので、お世辞にも産業としての養鶏とは言えません。
1887年、イタリア原産でアメリカで改良された"白色レグホン"種が輸入されると、鶏の品種改良に一役買う事になり、昭和の初めになると、当時の農林省は産業養鶏の普及に努め、白色レグホンをメインにした種鶏場を青森・埼玉・愛知・兵庫県に設置し、強健で産卵能力の高い系統の品種改良に努力しました。
そして戦後、急激な鶏卵の消費増加に伴い、専業の養鶏家が増えていきます。
また当時の鶏肉は卵用種の"廃用鶏"を肉にし、これを"鶏肉屋"と言う鶏肉専門の肉屋が販売していました。
現在、食用にされる鶏の"ブロイラー"が日本に入ってきたのは意外に新しく、高度成長期時代に"肉用鶏"として注目されていたブロイラーの種鶏をアメリカから輸入した事に始まります。
現在の鶏の用途別は4タイプあり、卵用・肉用・卵肉兼用・愛玩用の4種類に分けられます。
・卵用種は、専ら卵を産むために改良された品種で、年間産卵数は多いものになると350個以上の鶏もいます。鶏に限らず鳥類は期間産卵を続けた後、産卵を止めた後に卵を抱いて、雛を孵化させる能力を持っています(これを専門用語で"就巣性"と言います)が、下垂体前葉から分泌される"就巣性ホルモン"を改良したものが、今の卵用鶏で就巣性は全くありません。主な品種が白色レグホン等です。
・肉用種も、同じく就巣性の改良をされていて、就巣性が全くありません。ただ、純粋肉用種は成長が早い割に、年間産卵数が100〜150個と非常に少ないのが特徴です。これに、卵肉兼用種の"ホワイトロック"と言う鶏の雌に、純粋肉用種の"白色コーニッシュ"を掛けてできた雑種雛が"ブロイラー"になります。肉用種の主な品種は、軍鶏・白色コーニッシュ・薩摩鶏等です。
・兼用種は、体型が大きくて肉量も多く、肉質も優れた上で、年間産卵数も200〜260個前後と言うタイプが多く、現在は地鶏改良に用いられています。また性質が温順なタイプが多いので、愛玩用としても一部用いられています。兼用種の主な品種は、ロードアイランドレッド・ゼブラ(横班プリマ)・名古屋コーチン・ホワイトロック等と多数多彩です。
・愛玩用は、声を楽しむ・見た目を楽しむのが目的の鶏で、産業用として改良はされていませんので、就巣性が強く残っています。また、肉量も多くなく"純粋にペット"としての鶏と現在はなっています。愛玩種の代表的なものはチャボ(40種類以上の毛色があります)ですが、この他に東天紅・長尾鶏・小国・蜀丸(とうまる)の他、兼用種のゼブラやロードアイランドレッドも"愛玩種として人気"があります。最近は、高知県畜産試験場で"プチコッコ"と言う愛玩鶏も誕生しています。