

ここでは、ドイツで出会った新人類をA氏とし、もう一人の新人類をB氏と呼ぶ事にします。
B氏はA氏の知り合いであり、今も日本に住んでいます。
また、私はB氏とは一回しかお会いしたことがありません。
その出会いは、B氏がドイツのA氏に会いにいった時になります。
B氏も名前を伏せてあれば自身を語ることに対し問題はないと話されました。
何れ公になるものであり、少しずつ真実を広めてゆく必要があるとも話されました。
A氏とB氏は同じ新人類ですが、両者には大きな違いがありました。
A氏は前世認識者であり、前世は名も無き平民として生き現在は人類向上の為にドイツにいます。
そして、A氏は主として超人類と共に暮らしており地上での暮らしはほんの一部にしか過ぎません。
対してB氏は特異高寿命であり、生れ出でた時から全人類に影響を及ぼす役割を持ちながらも歴史の表舞台には立たず人類を陰ながら支え見守ってきました。
また、B氏は新人類の詞を聴けますが、超人類との直接のコンタクトはありません。
そして、B氏は超人類をヤーウェと呼んでいます。
以下にB氏から頂いた簡単な自叙伝をここに残します。
大筋はA氏の発言と似通っていますが、この簡単な自叙伝を通してもB氏の半生が良く分かると思います。
自叙伝
遠い過去になるが、初めて記憶が生まれた時はアンテルキアスと呼ばれていた。あれから千八百年近くたつ。多分、自分は世界でも稀な長寿であろう。ヤーウェ(注:B氏は超人類をヤーウェと呼んでいる)の意志(詞)では、自分以外にも世界には数人が千年以上生きているそうだ。彼らの大半は世を忍び仙人と呼ばれるようになった者や、ドラキュラや魔女や悪魔と呼ばれていた者が多い。日本の修験道者である役の小角や、尼の八百比丘尼もそうである。一部の千年長寿者は同じ名前を語り同じ風体で政治の中枢に現れ混乱を招いたりした。サン・ジェルマン伯爵もその一人であった。自分も表の日本史では掻き消されているが竹内宿彌として世に現れた時もあった。現代人には驚異的な長寿であろうが、一万年以上前の人々は皆、千年以上生きていた様だ。不老不死に思えるであろうがヤーウェが知っている過去の最大寿命は2792歳との事である。
自分の実の父親はユダヤ人であった。養父もユダヤ系であった(注:宗教ではなく民族的区分として。ちなみに当時のユダヤ人はモンゴロイド系の姿をした超人類とコーカソイドの中間的な容姿をしていたとの事で、超人類と旧人類との混血はゆっくりながら進んでいたようだ)。実の父の記憶は遠い彼方にあり、キプロス反乱以後の小アジアでの意気消沈した姿しか今は思い浮かばない。しかし、父の存在は自分の骨骼の一部をなしている事は確かだ。ユダヤ人は国を失った民族である。実父は厳格なユダヤ教徒でもあった。現代では自分自身として、ユダヤ至上主義とも思えるユダヤ教に疑問の余地が大分有るが、だからこそユダヤ人である自分が聖櫃と出会った事にも運命を感じる。自分はそれまで、ユダヤ人の血が入っている事に対し何の感慨も持っていなかった。しかし聖櫃に出会った事により、ユダヤに対し愛憎入り混じる思いの特別の感情を抱くようになった。だが、今は違う。より高次元な“生きる意義”に対して特別の感情を抱くようになったのだ。この意識の変化は、千年を越える時の流れもあるであろうが、聖櫃の存在が一番大きいであろう。
過去の偽政者による歴史の改竄と、その後の歴史学者による誤った見解により、聖櫃に対して間違ったイメージが現在は罷り通っている。聖櫃はユダヤ人の為だけに存在しているわけでは決してない。ヤーウェは、当時の人間で一番シンクロニシティー率の高いモーゼを媒体として人間を高次元の存在に導こうとした。だが当時のユダヤ人にもモーゼにも、そこまでの意識を理解する者はいなかった。当時の社会情勢も一因だが、彼らは自分達の保身で精一杯であった。結局、聖櫃を保身の為に利用したユダヤ人は聖櫃から見離されてしまったのだ。現代の永きに渡るユダヤ人の受難はその為でも有る。余談ではあるが、ここでも歴史の悪戯が有る事に気付いてもらいたい。現代の大半の東欧系ユダヤ人は、過去にユダヤ教に改宗したハザール人だという事実に。これは当の東欧系ユダヤ人も気付いていない事実であり、現代イスラエルの苦悩の一因でもある。
なぜ自分がヤーウェに選ばれたのか。それはモーゼが選ばれた事と同じ理由であった。ヤーウェとの波長(シンクロニシティー)があったのだ。自分とモーゼがユダヤ人であったのも偶然であったのだろうか。なぜ二人ともユダヤ人なのか、ヤーウェは遺伝的な原因があるとだけ伝えた。自分と他人が異なっていた事といえば、生まれ乍ら体の代謝能力が高かった事が浮かぶ。傷も早く癒え。大食漢の酒豪だが、顔色一つ変わらず体調も体型も全く変化しなかった。日焼け(サンターンもサンバーンも)もしなかった。風邪も殆どしなかったし、逸れ以外の病気とも無縁であった。だが今以て、因果関係は分からない。長寿はヤーウェの力でもあり、ヤーウェに出会ってからは更に年を取らなくなった。自分は、超古代人や一部の千年長寿者の様に超人的な力を持つまでは至らなかったようだが、それ故に人間の儚さや弱さ素晴らしさが分かるようになった。
同じ選ばれた媒体者として、ヒットラーについても語らなくてはならない事は多い。彼も私と似たように最初は選ばれた媒体者だった。そして信じられないであろうが、彼もまたユダヤ系であったのだ。過去には世界の多くの宗教創設者を媒体者としたが、彼は近年での最後の媒体者であろう。だが、彼は道を踏み外した。結局、最終的に彼は歴史上最大のヤーウェに対する反逆者として息を引き取ることとなった。そして、彼も聖櫃を探していた。当時、私は満州に日本企業の駐在員として潜伏していた。日本政府による満州でのユダヤ人国家建設の動きと、ナチスのチベット地区シャンバラヤ(地底都市)探索の動向を探るためであった。ヒットラーは現在言われているような民族主義者ではなく、帝国主義者でもなかった。彼はヤーウェの詞を曲解し、性急に人類の遺伝的進化を求めすぎたのだ。結果、世界は破局の危機に陥ることとなった。
ヤーウェはこの教訓と自らの過ちを嘆き、新たな媒体者を選ぶ時期を受動的にすることとした。ヤーウェの介入無しでの、人類の力を測ることにしたのだ。現在のヤーウェからの、公な行動を慎み時を待てとの詞はこの為であろう。また、現在のクローンやバイオに代表される遺伝子操作技術に対しヤーウェは今、静観を保っている。そして、本来の人類の姿を取り戻すには必要であるが、まだ幼い人類には制御できないであろうとの見解を下している。今現在の媒体者は私一人である。ヤァーウェは過去に何人もの媒体者を世に出してきたが、これも超古代技術の業である。遠隔テレパシーも可能だからだ。だが、媒体者の精神的倫理観道徳観が弱くなると媒体者の媒体能力は極端に落ちる。そして聖櫃が破壊されれば、過去の過ちも永遠に封印される。以上の事からも分かるように、自重して聖櫃を守ってゆくのが自分の役目なのであろう。
今は顔を変え、日本の普通の会社で普通の社員として働いている。1994年位までは二十代前半の若さのままで生きてきた。過去には、竹内宿禰として世に現れた時期もあった。徳川幕府の支配以後は農民として生きてきた。今の生活は年を取るようになってからだ。理解者の協力を得て疑似家族の兼業農家の次男として生活している。大東亜戦争以後は、疑似家族を三回持った。今の世の中では、戸籍を持たないと生活できない為である。自分は長年生きてきた分、人より知識がある。だが普段は一切隠している。普通と異なるのは、同調者と理解者の協力によりあるサイトで暗号文による情報交換をしている位であろう。それ以外は、普通のサラリーマンとして妻を持ち子を持ち普通のアパートに住んでいる。来たるべき時の為に、目立たぬように生きている。だが、それも終わりに近付いている・・・。ヤーウェはそう語っている。そして、聖櫃の在り処はまだ誰にも知られてない。
戸籍上は三十四歳として生きているが自分がこのまま歳を取り 、現在の平均寿命である八十歳位まで年老いて生き伸びたとして、その頃にはこの世界がどうなっているか自分には分からない。その時には新しい世の中になっているのか、全てが無に帰しているのか。但一つ言えるのは、何か大きな変化が或るということである。是については、ヤーウェは何も答えない。一つ自分が気になる事は、アーク が見つかった場所が現在も印度とバキスタン間で紛争のあるカシミール地方であった事である。自分の最後の役割も近い気がする。自分を地球に捧げる覚悟は、既に出来ている。そして今もヤーウェは真実を発信し続けている。自分の今の役割は、このヤーウェの詞を同調者と協力者に伝える事にあると思っている。何故、一部の人々にだけしか伝えられないのか、ヤーウェは公にするには早すぎるとだけ発した。
人類は何が為に存在するのか。自分が千年以上に渡り、思い悩んでいた問題であった。ローマ時代は愚かだが、自然を統治する為に存在すると思っていた。疎の後は、長い間存在理由が分からないでいた。だが今は違う。地球は産みの苦しみの後に、新たな人類を産み出すのであろう。人類の是からの為すべき事の第一は、地球内外からの地球の保護、そしてより高次元への精神的な進化である。次の時代が或るとすれば、超精神社会が来るであろう。だが一万年前の超古代文明の様な失敗だけは、繰り返さない様にしなければならない。これ程に渡って生きてくると、人々の愚かさが鮮明に分かってくるが、同時に素晴らしさも切ないほどに分かってくる。地球という一つの大きな生命集合体の為にも、まだしなければならないことは多い。
多くの人々はヤーウェを一般に言う″神″と思っているであろう。だが、実際は多少異なる。ここで、過去の宗教家により歪曲改竄された神の定義や発言は、忘れさってもらいたい。私はユダヤ人でもあり、便宜上ヘブル語の「有って在る」の意味であるヤーウェで呼んでいる。だが、ヤーウェは自らを神ともヤーウェとも言わない。自らをテレパシーで「私」と発する。そして、聖櫃の中枢は超古代人の意識残存集合体であり、私は超古代の技術力と英知の結晶である聖櫃の力を利用して媒体者と綿密なコンタクトをしている。そして、その意識残存集合体も人々が言う神と同一なのである。ヤーウェは神の定義をこう述べた。「神とは生きとし生ける物の意識(俗に言う霊魂生霊)の集合体であり今現在、生ける物はその末端にあり、神である深層部分とは繋がっている。分かりやすく表現すれば、栗のイガの先端が生命であり中心が神である。」そう・・・我々自身も神の一部なのである。
私は今、生かされていることに喜びを感じている。
彼の数奇なる運命。その半生を此処に綴る。
AD.189/2 生誕
ローマ帝国領キプロスにて、ユダヤ系有力名士の父ジャコブと塩商人の娘である母ミリアとの間に、三男として生まれる。誕生時の名前は不明。当時、長男は父の英才教育の元で育ち、護民官として活躍していた。次男は母の実家の資金を元に、貿易業を営んでいた。これからも分かるように、裕福な家庭ではあるが年の離れた兄弟と老年の両親の元という環境で乳児期を過ごす。
AD.190/6 養子
三男であった為、父ジャコブの勧めもあり高齢で子供の居ないローマ帝国キプロス属州総督アルテウスの養子として迎えられる。アルテウスもまた養子として育ち、同郷出身者として成功した人間の一人であった。そして、彼によりアンテルキアスと名付けられる。アルテウスは生涯独身であった為、自分の意思と財産を次ぐ優秀な後継者としてアンテルキアスを育てる必要があった。
AD.195/9 反乱
日々の圧政により、キプロス住民がローマ帝国に対する反乱を起こす。実父ジャコブの住民への説得も功を制せず、実母ミリアが邸宅焼き討ちにより亡くなる。日ごろからローマ中央拠りの長男も暗殺の危機に遭うが難を逃れローマに亡命する。父は小アジアに居る次男を頼り、その後小アジアで余生を過ごす事となる。
AD.195/12 移住
養父アルテウス総督は、事前に察知できなかったキプロス内乱の責任を取らされる状況になり一時、元老院により更迭されるも、実父ジャコフの嘆願により皇帝の許しを得る。そして、植民都市カラトバ(現在のレバノン周辺だが現存していない)にて、新たに一個軍団の将軍として赴任することになった。この時アンテルキアスもカラトバへ同行する。
AD.197/1 入学
アンテルキアスは養父アルテウス将軍の強い要望により、植民都市カラトバの全寮制名門軍事学校に入学する。
AD.208/6 卒業
養父の推奨と資金力により、学校長ヨシュエルの許で特別教育を受けたアンテルキアスは、次第に才覚を発揮し学内で頭角を現していった。そして、カラトバ軍事学校を首席で卒業することになる。
当時の学校側からは、公平な目と先見の明に富み軍事戦略と格闘技術ともに逸品である、との評価を得ている。
AD.208/10 付人
才能を見込まれたアンテルキアスは、アルテウスの勧めで戦略に長け勇敢な将軍として兵士に親しまれていた北方警護オルディラント将軍の付き人となる。此処で帝王学を学ぶ。
AD.213/4 参謀
歴戦を重ねる度にアンテルキアスの評価は不動のものとなってゆく。そして遂に、オルディラント将軍の右肩でもある参謀にまで登りつめる。その直後、実の息子の出世に安心したかのように実父は息を引き取る。
AD.218/7 将軍
ゲルマニア遠征時、オルディラント将軍は敵の放った矢に当たり不慮の戦死をする。その後、ローマ帝国将軍達とオルディラント配下兵士達の推薦により、アンテルキアスは将軍となる。これにより、故オルディラント将軍配下の兵士指揮権を握ることとなる。
AD.220/6 平定
歴戦不敗のアンテルキアス将軍は故オルディラント将軍の意志を継ぎ、ゲルマニアの数部族を平定する。是により皇帝からも信頼され、そして最も近い男となる。
AD.235/5 結婚
アンテルキアス将軍とのより親密な関係を望んだ新皇帝マクシミヌスは、アンテルキアス将軍に自分の娘との結婚を勧めた。その勧めにアンテルキアス将軍も同意し、二人は結婚した。
AD.235/9 疑惑
アンテルキアス将軍は皇帝の娘と結婚し、元来の人望と相まって皇帝に次ぐ権力者となった。その事により、皇太子や皇帝側近親衛隊や元老院の嫉みを買うこととなる。そんな中、皇太子一派がアンテルキアス将軍が皇帝を暗殺しクーデターを起こすというデマをローマ市内に流布した。その最中に、アンテルキアス将軍の妻が皇太子一派により暗殺される。更に一派は、クーデターを妻に悟られた為にアンテルキアス将軍が殺したとの噂を流し、妻殺しの疑いもアンテルキアス将軍に被せた。
AD.235/10 反抗
アンテルキアス将軍によるクーデターの噂は、遂に皇帝の知れるところとなる。皇太子の将来を案じた皇帝は、皇太子を信じたのだ。皇帝はアンテルキアス討伐を画策する。皇帝は念を入れ、諸都市に軍隊を要請する。その動きに気付いたアンテルキアスは、自軍を出軍させる。これにより、事態は皇帝軍対アンテルキアス軍との戦になった。アンテルキアス将軍は元老院に武力で自分を皇帝に推薦させるも失敗、荷担した元老院一派は処刑される。そして皇帝と元老院により逆賊として討伐させられる事となる。
AD.235/12 敗北
アンテルキアス軍は最後の抵抗を試みるが、多勢に無勢、部下の勧めにより側近の精鋭と供に少数で戦場から離脱する。残されたアンテルキアス軍は遂に四面楚歌となり全滅する。先陣をきった皇太子軍は影武者の死体をアンテルキアスと認めた。また故郷のキプロスの親戚縁者は、直ちに処刑された。これによってその直後、皇太子は更なる皇帝権力の地盤強化の為に副帝に任命される。その後、皇帝は史実を改竄しアンテルキアスを語る者は極刑にした。その皇帝も238年に暗殺され、その後ローマ帝国は長い混乱期が続くことになる。結局、真実が再び世に現れることはなく、アンテルキアスは歴史から抹消され忘れ去られた。
AD.237/3 発見
アンテルキアスと少数の部下達は、再起を誓いユーラシア大陸の東方へと逃れた。そして、現在のパキスタンとインド国境付近の朽ち果てた寺院に着いた。そこで、ユダヤの失われた聖櫃を発見した。その時、アンテルキアスはヤーウェの声を聞く。「我が子よ。選ばれし者よ。我をこの忘れ去られし常から、我が子等の居る約束の地に誘わん。今此処に、汝に約束の時までの永遠の命を授けよう。」アンテルキアスはローマを忘れ、聖櫃を運ぶ事を約束した。
AD.435/4 守護
部下が次々と亡くなる中、不老不死を得たアンテルキアスは聖櫃の将軍として、遂に極東日本に約束の地を発見した。其処には聖櫃を託された筈のユダヤ失われた十支族の二部族であるガド族とマナセ族の末裔が居た。だが彼らは聖櫃を失っている程、堕落し過去を失っていた。アンテルキアスはユダヤ系居住圏の中心であった紀伊半島に社を建てた。それが現在の伊勢神宮である。その後、アンテルキアスは我が名を聖櫃を置いた場所に因んで竹内と名乗るようになった。
21c. 現在
現在、聖櫃は伊勢神宮より更に安全な約束の地に置かれている。アンテルキアスは聖櫃を守る為、日本に残り名を変えながら生きてきた。現在は整形し顔も変えている。そして今、来たるべき時が近付いている。アンテルキアスは、年を取り始めたのだ。約束の時が近付いている。聖櫃が再び眠りから目覚め日の目を見るとき、今の時が終わり新しい時が始まる。そして、アンテルキアスの将軍としての使命も終わるのだろう。