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このサイトの心髄になります。
ここには彼と私の対話の記録を残しました。
彼の話す人称代名詞は「我々」の場合と「私」の場合があります。
「我々」とは新人類及び超人類の共通の見解、「私」においては彼の個人的見解と考えております。
テープに録音したものを書き記している為、一部実際と表現が異なる点がある事をご了承ください。
また対話の流れをそのまま記しているため、内容が多少本題から外れる点もご了承ください。
上記一覧からリンク出来ます。



 新人類の厳しくも優しい詞に人類の、そして貴方の存在の尊さを感じ取って下さい。      


人類の成すべき事




人類は新たなる進化を迎える必要に迫られています。
人類がこれを拒めば、結果はお分かりになられる事でしょう。
人類は生き残る術を模索する必要があります。
人類が新たなる進化を拒む事は即ち、私利私欲に走る事や自暴自棄に陥る事なのです。
現在伝えられている人類の歴史を進歩と言えるのでしょうか?
超古代を知っている我々には、退化はすれど進歩しているとは到底思えません。
その結果が現代の精神文明の崩壊と、物質社会の到来による地球存亡の危機です。
今後、我々は時には目視できる物体として、時には思想として徐徐に世界の人類の前に現れます。
我々の理解者がまだ少ない現代、あからさまに現れることは時期尚早でしょう。
しかし、そのシグナルは感じ取って欲しいのです。






宗教




現存の宗教は、人類の未熟さを証明する以外の何者でも有りません。
神とは生きとし生けるものの深層精神なのです。
いわば、生命の根本が神なのです。
分かりやすく説明しますと、神とは栗や海栗の中心部であり生命はその先端部なのです。
常識を覆すかもしれませんが、生命の根本が神なのです。
我々の定義する神とは、旧人類の定義する汎神論や一神論とも異なります。
汎神論の説くように一切万有が神との事でも、一神論の説くように唯一の神でもありません。
真実はこれらと近いようで、全く違うのです。

貴方の想像される一般的な宗教は人類の進化を拒んでいます。
これは忌々しき問題でしょう。

我々は現代の旧人類の宗教には賛同出来ません。
現代宗教に蔓延るものは私利私欲だけです。
しかし本来、全ての宗教は同じ根源なのです。
全ての宗教は1つなのです。
そして、全ての生命は1つなのです。
人類及び生命は等しく平等であり、深部では1つなのです。
その深部が人類の捉える神なのです。
旧人類の表現として言葉を作ると、『万有根源一神論』とでも言いましょうか。

各々が自分なりの解釈を止め、最初に他人のその発言の意図や原因を理解できなくても理解しようとする意思が大切なのです。
全体としては人類の指針を知り、個人としては他人の違いを知り、その違いを愛するようになれば宗教は自ずと必要がなくなる事でしょう。






宗教のこの先



我々は再三、宗教からの解放を訴えていますが、だからといい旧人類が生んだ社会主義や共産主義のように宗教を破壊し撲滅せしめる行為とは根本的に違います。
極古代(超人類の言う祖星時代の太古)において我々の宗教は科学と融合し宗教としての役割を終え、全く別の存在に昇華しました。
人生に無駄がないように、人類の歴史にも無駄はありません。
全ては過去の積み重ねの結果なのです。
だから過去を無碍にする人は、未来をも無碍にします。歴史を蔑ろにするものは、歴史に蔑ろにされます。
現在の宗教の殆どは、確かに金と権力と欲望に染まっています。
そして、現在も影響力のある古くからの宗教は、それらを利用して大きくなりました。
とは言えど、宗教を巨大な悪と定義し、糾弾する行為は果たして正義なのでしょうか?それは全く違います。
この世界の完全なる悪が“無”だけとの事実からも分かるように、宗教は悪ではありません。むしろ、既存の宗教が如何に権力や金や欲望に利用されたとしても、信者の中には、純粋な心を持っているが故に信じているとの事実あります。そして、虚栄のためとはいえ、多くの貴重な文化芸術を保護してきました。
日本は世界屈指の先進国ですが、神道は世界屈指の原始宗教でもあります。そして、これらが共存しあう世界は日本が最高峰といえるでしょう。
日本人はこのように既存の宗教を破壊せず、巧みに後世に残してきました。我々の過去の宗教も神道に近い多神教でした。
神道には八百万の神々が存在します。
既存の多くの宗教は、多神教でも一神教でもない万有根源一神論の元に一つに纏まり、宗教の枠組みを超える時に来ているのです。
宗教弾圧等の性急な革新は多くの弊害を生みます。
緩やかながらも万有根源一神論を世界に浸透させ、宗教を一つにまとめることの方が、人類にとってより多くの幸を生み出します。
その時になってやっと、宗教は宗教でなくなるのです。





悪魔




悪魔とは一体何を示しているのでしょうか?
一神教である宗教は、悪魔も神が作り出したものと説いています。
この考えは、あながち間違ってはいません。
悪魔は外に存在するものではありません。
悪魔とは人の心に巣食う闇なのです。
具体的に定義しますと、無への欲求心です。
生命は常に有への欲求心を持つことで自己のアイデンティティーを確立してきました。
生命自体が有なのですから無は避けるべきものあり、それと同時に生命には完全な無が存在しない事を意味しています。
つまり、意思を持った完全で絶対的な悪魔は存在しないとの事です。
破壊、殺人、暴力は全て無への欲求心が起こすものです。
我々には、これら無への欲求心が存在しません。
より高度な存在な筈の旧人類が、同族を殺めるのは相反する無への欲求心が起きているからです。
これは何故起こるのでしょうか?
それは、現状に不満を持っているからなのです。
では、その気持ちを無への欲求ではなく有への欲求へ向けられないものなのでしょうか?
そもそも何故、無への欲求は無くならないのでしょうか?
それは、旧人類社会のシステム自体が闇を背負っているからなのです。
この闇とは一体何であるか、私の様々な話しを聞いて頂ければ何れお分かりになられる事と思います。






悪魔崇拝



宗教は有への道であり、我々は無への道を説く行為を宗教として定義しませんでした。
ご存知のように、キリスト教や多くの宗教は既存の宗教を悪と定義して弾劾してきました。現在、悪魔と定義されるものもキリスト教によって駆逐された異教の神々に過ぎません。サタンにしても、イエスの時代では“遮るもの”との意味しか持っていませんでした。他の例えとして“意を異にするもの”の意味しか持っていました。それらを、悪魔と定義したのは何故でしょうか。要は、自分と意見を異にするものの存在が許されなかっただけなのです。
サタンを悪魔として思想弾圧し、己の宗教概念と意を同じくするものだけが救われ神に近い存在と洗脳する行為は非常に簡単です。
日本は八百万の神々が住まう国であり今も惟神の神道を守っていますが、それでも悪魔とまでは表現されなくても、妖怪や物の怪として定義される存在があります。だからといって、これら存在を撲滅せしめる事は殆ど無く、共存の伝統が受け継がれてきました。

一体、一神教は何を齎したのでしょうか?
一神教は、過去の魔女狩り裁判や異端審問や十字軍遠征を持ち出すまでも無く、昨今のイスラム原理主義による行為を持ち出すまでもなく、多くの殺戮と差別と迫害を生みました。グノーシスは我々の意志に近い概念を有していましたが、それすらもキリスト教は悪魔信仰として弾劾しました。
これら相反する宗教を悪魔崇拝と定義し糾弾する行為は、果たして正しいと言えるのでしょうか。
キリスト教徒がそのように定義するのであれば、我々はキリスト教も悪魔崇拝を行う悪魔教と定義し、超人類であったイエスまでをも悪魔として糾弾しなければならなくなります。

現在、既存の宗教が弾劾する悪とは、偽りの正義が生み出したものであり、実際の悪とは全く異なります。
大宗教により悪魔教と定義されているのが、迫害された宗教との事はお分かりになられたと思います。それとは対照的に、悪魔的な行為を行う旧人類の定義するところのカルト宗教が存在することも確かです。
殺人や暴行は悪です。そして、それらを奨励する宗教には無への欲求があります。集団自殺を奨励する宗教、殺人を奨励する宗教、それら宗教の欲求が無、即ち悪であっても真の宗教となるには、有の思想への転化が必要です。
キリスト教は多くの罪もない人々を虐殺してきました。イスラム原理主義は正義の名の元に多くの人々を虐殺しています。このように双方共、同じ行為をしてきた宗教であり、お互いを責める権利は有していません。

何故、旧人類は自分と意見の相容れない存在を悪と定義し、糾弾したがるのでしょうか。そういった糾弾行為こそが、悪への道を生み出しているのです。
相手に悪との烙印を押すことは非常に楽で好都合な行為ですが、自身の精神的価値を貶めているとの現実を直視するべきでしょう。

他人と意見が違うことが、他人と行動や外見が違うことが悪なのでしょうか?旧人類が誤った悪の定義、宗教の定義を見直さない限り、この世から悪への欲求も永遠に消えない事でしょうし、宗教も権力と矛盾に執着し続ける事でしょう。
光ある限り闇は在る。それは、当たり前です。しかし、その比喩は現実とは違っています。
闇や暗黒は無ではありません。闇も有なのです。無には光も闇も存在しません。無は、即ち無であり、無こそが唯一無比の絶対悪なのです。存在の対称軸が無である限り、存在が存在で無くならない限り、無も無いのです。

悪魔を求める信仰とは、無への執着です。悪魔とは、人の心に巣食う無への欲求です。
この現実を比喩としてではなく、旧人類全てが気付かれる事を願います。







欲求



我々の欲求解消として、宇宙の真理の解明や歴史探索や人類の精神向上策があげられます。
貴方方には、面白みのない解消方法だと思われるのでしょうが追究心や探究心には底が在りません。
世界は広く、人類は儚い程小さく無知です。
まだまだ我々にも調べるべき対象は無限に存在します。
そして、それが如いては人類及び自身の向上にも繋がるのです。
また一見無駄にみえる行為でも、自身の探究心が満たされる事の喜びは大きいものなのです。
この点では、人類の趣味と似ているでしょう。

我々からすると貴方方の欲求解消策こそが面白みの無いものに感じますが、それは価値観の問題で仕方のない事であると認知しております。
しかし、その貴方方の欲求解消策が地球や人類をここまで落としめました。
他人を卑下し優越感を感じる事により欲求を解消はしていませんか?
これは原始的で最も恥ずべき解消方法です。
優劣を付ける競技は憂うべき存在です。





社会



我々の社会は、超共産主義と例える事が出来ます。
勿論、現状の中国や北朝鮮は共産主義では御座いません。
我々の社会主義は、フィンランドの国家体制の遥か延長線上に存在する主義と表現すれば良いでしょうか。
そこには国家が存在せず、個々が個々の責任で存在しています。
かといって、特定のコミュニティーに閉じこもることはありません。
違う価値観を認め合う社会ですから、特定の同じ価値観同士が引き篭もる行為は精神の停滞を意味するとの事を人々が理解しているからです。
そして、引き篭もりが無理解の増徴と協調性の退化を引き起こす事も理解しています。
我々の社会の人々は非常に個性的で豊かな生活を営んでいます。
自由でありながら、財産を享有しながらも個性を尊ぶ社会なのです。
我々の社会を、無機質な未来社会や共産社会として思い描かないで下さい。
法律も簡素化されています。
善の洗脳が進んでおり精神と肉体の病を克服し、貧富も無い世界での法律は至ってシンプルなものです。
子孫は男女の交配で残します。
我々はまだこの形式を残しています。
更に進化した生命体は家族の様式も保っていませんが、我々はまだこの考えまでには至っておりません。
我々の社会は全て計画出産で管理されています。
その為、重度の身体障害や知能障害の方は存在しません。
これは自然に逆らう行為だと旧人類は思われるでしょうが、それは旧人類が病気や怪我を人工的に治療し克服する行為と何ら変わりがありません。
我々の社会では犯罪はほぼ存在いたしません。
競争は己のみでもあり犯罪の原因は貧困や精神病や暴力遺伝子や教育であるとの事も分かっており、解消しております。
我々の社会には、その根源は存在致しません。
現代でも、地域や経済的理由や教育が良く精神病を患っていない人々が犯罪を行わない事からも、撲滅する事は可能です。
全ての人類が同じ環境になれば良いだけなのです。
旧人類には想像出来ないかもしれませんが、そのような世の中が存在するのです。
理想論的社会では決してありません。
現実社会として実在するのです。
旧人類が過去の人類以上の存在になるには、現状では遺伝子操作しか方法が無いのかもしれません。
自然界の突然変異に頼るには余りにも時間が足りない為です。
しかし我々の間でも未熟な旧人類による遺伝子操作に対し賛否両論なのが現状です。
また、過去の旧人類への干渉による過ちにより我々が人類に対し直接指南する事に現状として躊躇しています。






悲観論



悲観論を述べる発想こそが旧人類なのです。
我々は新たなる進化の土壌と感じるでしょう。
悲観論者は自身の発言に責任を持たなければなりません。
人類は何度も崩壊の危機を迎えました。
しかし、何れにおいても変化しつつ生き延びてきました。
それは偏に生きる気力とプラス思考の賜物でもあります。
旧人類は自己保身能力が高くても、共栄共存能力は余りにも低すぎます。
旧人類よ、目覚めなさい。
流言蜚語に惑わされてはいけません。
カタストロフィーは惑星や自然災害などの外からだけでは断じてありません。

人々に巣食う心の闇や不安や妬みからも齎されます。
仮に人類だけが滅びるとしたら、人類が原因でしょう。






脳の活動と睡眠



我々の脳は、ほぼ100%活動出来ます。
その場合では、旧人類の表現する超能力が活用出来ます。
また、1日の間に3時間は50%の脳が眠りますが、残りの50%は活動しています。
しかし、その間は旧人類と同じ位の脳の活動しか出来ないため睡眠まではしませんが安息しています。
その為、我々には睡眠も夢も興味の対象となっています。
人類にも睡眠が出来ない人間が居ますが、病気と判断されており睡眠を必要としない我々は旧人類には考えられない存在でしょう。
では、熊は何故長時間冬眠が出来るのでしょうか?
熊からすれば、冬眠をしない他の哺乳類は異常に見えることでしょう。
また、地球上のキリンは立ったまま眠ることもあり平均睡眠時間も20分に過ぎません。そしてノンレム睡眠の時間は2分程度に過ぎません。
超人類の身体及び精神は進化の過程で睡眠を必要としなくなりました。
とは申しましても、通常の脳の持ち主の旧人類が睡眠をしない事は不可能です。
宇宙には恒星を一つ以上持つ惑星もあり、そこで生まれた生命は睡眠を必要としない種が多数派です。
暗闇が無かったから睡眠する必要が無かったのでしょう。
または、暗闇が無かったから睡眠をする生物が外敵から逃れられず生き残れなかったのかも知れません。
例えが地球外にも及びましたが、これらも全て厳寒な冬が無いから冬眠をしないとの事と全く同じです。




精神病



現代日本人は、我々の解釈で70%が鬱病との統計も理解できます。
我々には鬱病を含む精神病は存在しません。
原因を究明し解釈し、その根本である環境を改善した結果、疾うの昔に克服しました。
人類は精神病に対し余りにも無知であり、未だに何ら改善策を見いだせられないでいます。
日本人の生活自体が、稀に見るストレスの温床なのです。
我々からすれば70%の鬱病患者とそれに準ずる症状のある日本人は病人です。
そして、その日本人の価値観からすれば我々は理解不能な病人に見える事でしょう。
殆どの旧人類は、我々を精神異常者と捉える事でしょう。
しかし、我々からすれば全くの逆なのです。
貴方方、現代人は未来人から見れば異常に見えますし
古代人からみても異常に見えることでしょう。
その逆もあることでしょう。
今の常識が未来の非常識になる事もあります。
今の非常識が未来の常識になる事もあります。

しかし、どちらが生命として豊かな心を持っているかは明白ではないでしょうか。
我々は精神病を含む全ての病を疾うの昔に克服しました。
自己保身の為に生きる旧人類にもかかわらず、精神病を克服出来ないでいるのは悲しい事に自己欲求が邪魔をしているからです。


日本は、世界でも稀な鬱病発症に適した環境です。
教育・仕事・対人環境・生活環境、どれをとってもです。
妬み・嫉妬・恨み・不満もまた健全な精神状態ではなく、我々はこれらの症状も過去に病気と判断しました。
故に、旧人類は殆どが病に侵されていると言えるでしょう。




競争



我々は争いを致しません。
スポーツも自己鍛錬のみです。
優劣や勝敗を決める事はありません。
争いや競争が人類の発展に繋がるなどとの発想は間違っています。
我々は争いを捨てても進歩発展しました。
これは偏に自己向上心と探究心の力によります。
しいて競争に近いものを挙げるとすれば、自身との競争でしょうか。
人類がこの考えに及ぶには、現代の環境では到底無理でしょう。

超人類が幼少期に何度も親から躾けられる事は、相手の立場になり相手の話を聞き、相手の違いを理解せよとの事です。
非常に簡単な事なのですが、人類はこの発想を理解しても行動する事が出来ません。
競争社会に生き、他人を蹴落としても生き残れと物心がついた時から教育されている旧人類には難しい事なのでしょう。
またそれを諭すべき宗教も教団の利益や強大化を望み、他宗教を認めようとはしません。
我々は現在、満ち足りた差別の無い競争も無い社会に生きております。
我々は自身に何ら不満はありません。
故に、他人の心を理解しようとする心の余裕も生まれるのでしょう。
我々の未来は、自己探求心の解明と他との共栄共存の為に存在します。
今、我々は精神的に健康体でありますが、常に自己向上と探究心の飽くなき欲求が存在します。
旧人類からすれば到底理解出来ない欲求ですが、その欲求が我々を進歩させました。
分かりやすく説明致しましょう。
貴方方にも趣味はあると思います。
その趣味は全て他人との競争の為に行っているのでしょうか?
否、他人を介さない自己満足の為だけの趣味もあります。
我々の存在理由と、旧人類の趣味は似ているのかもしれません。
趣味より更に世界も広く壮大な研究でしょうが・・・。
自己向上心は貴方にはありませんか?
自分の国家を良くしようとは思いませんか?
便利で快適な生活をしたいと思いませんか?
趣味はありませんか?
他人を愛し守りたいという気持ちはありますか?
これら一部を取っても他人との競争無しで向上できるものなのです。
貴方方に必要なのは他人との競争ではなく他人との協調なのです。
それと自己探究心を開花させる時間と環境です。
我々は貴方方からすれば、学生や教授のようなものでしょうか。
生涯に渡り、探求の為に生きています。
しかし学生や教授とは異なり、生産性も伴っています。
日々、人類と自身の向上を行っているからです。
今は我々の発言を空想上の話としてしか理解出来ないのは、仕方のない事でしょう。
しかし、何れこの我々の発言が現実だと分かる事でしょう。
その時には、今より良い世の中になっている事を祈るのみです。




探究心



我々は旧人類の社会には属しておりません。
我々が旧人類の社会に降りたら敗者となる事でしょう。
そして、旧人類が我々の環境に立ったら病人となる事でしょう。
それは環境の違いですから、仕方のない事です。
しかし、どちらが生命として豊かな心を持っているかは明白です。
かと申しましても、我々は旧人類社会では明らかな負け組みになる事でしょう。

しかし、勝ち負けを決めたがる行為は望ましくありません。
そもそも、我々の社会には貴方方の言われる勝ち組負け組みは存在しません。
我々の社会では物心がついたときから、興味の対象や個人の素質を伸ばす教育をしています。
その為、子供は自分の才能や探究心を向上させる事が役目になります。
得意であり興味のある対象の勉強や鍛錬ですから、旧人類より遥かに早く上達します。
脳がほぼ100%活動している理由もありますが、我々の子供達はストレスも無く早期に才能が開花します。
その為、我々は全てにおいてあらゆる分野のエリートとして活躍しています。
旧人類の人々も1人1人に必ず1つは得意な事や、興味のある事があるはずです。
我々の社会ではそれを最大限まで伸ばす教育をしている為、落ちこぼれは存在しません。




日本人



超人類は、貴方方と同じモンゴロイドとしての遺伝的特徴が多く、その中でも日本人は超人類に最も近い遺伝的特徴を持っています。
そしてモンゴロイド以外では大分アラブ化していますが、スファラディーユダヤ人(祖先より中東近辺に住むユダヤ人)が一番近い特徴を残しています。
しかし現代のイスラエルの大半のユダヤ人支配者は、ユダヤ教に改宗しただけのスラブ系白人(アシュケナジーユダヤ人)で実際のユダヤ人ではありません。
アメリカ政府は、そのスラブ系白人を利用しています。
スラブ系ユダヤ人資本を利用するアメリカ政府は我々にとっての脅威です。
そして、我々もアメリカ政府にとって脅威でしょう。
人類の先祖で平等な平和的思想を持ち、そしてモンゴロイドに近い超人類の存在はアングロサクソンを継承するアメリカ政府には許せないようです。
そしてユダヤ人の真実のルーツも、スラブ系ユダヤ人には厄介なのでしょう。
アメリカ政府は今後も、世界の火種を作り上げ自国の利益を生んで行きます。
この事実が分かってからでは手遅れなのです。

先の見えない不安な時代ではありますが、我々の発言に日本人の役割を少しでも感じ取って下さい。
日本人ではなくても真実の彼らを理解し、彼らを見守って下さい。
彼らの遺伝子がそれらを全て物語っています。
しかし今現在の彼らは方向を見失い、自虐精神と他人への不信不満が蔓延しつつあります。
彼らの本質が、誤った方向で活動しているのです。
一般的日本人は現在、内側に悪い気を溜め込みます。
同じ境遇でも、外側に悪い気を放つ民族とも明らかに異なります。
楽観的な民族も多く、そういった民族は悪い気を作る事も有りません。
日本民族の代表的な役割は、世界への平等思想と平和社会建設の役割があります。
個人や人類全体にも役割が有る様に、民族にもそれぞれ役割があります。
これは差別ではなく適性なのです。






日本人の起源



日本人は何処から来たのでしょうか?
日本人は単一民族ではありません。
様々な民族の混血です。
民族の混血は何処の国でも存在しますが、日本人は更に広い範囲での混血が進んだ民族でしょう。
隣国の朝鮮民族にしても民族間の混血により生まれましたが、朝鮮民族の混血範囲は日本人よりも狭く、殆どが北方モンゴロイド間での混血で成り立っています。
では具体的に日本人の起源を遡ってみましょう。
最初に日本列島に渡ってきた人々はアイヌや琉球人に代表される原日本人です。
古モンゴロイドとの名称は欺瞞に満ちていますので、ここでは原日本人と表現しましょう。
現在はアイヌ人と琉球人しか知られていませんが、本来は数部族存在し各々が独自の言語を使用していました。
アイヌ人と琉球人以外の原日本人は後からやってきた日本人と同化し、現在は各地の伝統や方言に僅かに残るのみとなっています。
次に朝鮮半島を経由して、西方から落ち延びてきた超人類移民団の末裔の集団が旧人類に追われるようにやってきました。(超人類再移住派末裔の発祥は古代文明を参照)
彼らは最終的に極東の最果ての地で安住の土地を発見したのです。
また、当時の朝鮮半島には先住民族の北方モンゴロイド系住民が僅かしか居住していませんでした。
そして、日本列島の原日本人は旧人類の中でも性質は温厚であり、彼らもまた旧人類社会に馴染めず東へと逃れた意味では超人類再移住派の末裔と同じでした。
超人類再移住派の末裔の集団は南朝鮮の任那と北九州に王国Amhta国を築きました。
この名称は時代と共に転化していますが超人類の言語の”Amh”即ち”生命の中心”の意味を持っており、阿弥陀と同じ語源でもあります。
そうです、このAmhta国が邪馬台国や大和と称されているのです。
Amhta国の勢力は南朝鮮と北九州及び中国地方までに及びました。
その間にも各民族の大移動は進み、超人類再移住派末裔の集団の後に朝鮮民族が朝鮮半島に大挙して居住するようになりました。
更にその後を追うようにツングース系民族も南下してきました。
こうして、百済や新羅や高句麗等の国家も生まれました。

朝鮮民族と原住の北方モンゴロイド系民族と日本民族の複合民族国家であった百済は当初はツングース系民族の国家である高句麗の属国でしたが、Amhta国の勢力が強まるにつれAmhta国に靡くようになり、最終的にはAmhta国に吸収されます。
その後、朝鮮民族の国家である新羅及び原日本人の国家が乱立していた南九州の諸国もAmhta国の保護国となりました。
Amhta国は積極的な各国王族への政略結婚を繰り返しAmhta国の文化と言語は百済及び南九州全域にも広まりました。
これが日本語の発端です。
その後、Amhta国の勢力は東北を除く日本各地に及ぶまでになりました。
しかし、隆盛もそこまででした。
王位継承問題で王都北九州で騒乱が起こり、中央の勢力が弱まりはじめたのです。
遂に、王族は北九州と出雲に分かれ長い反目が続くようになります。
それに乗じたように、朝鮮半島で分離独立紛争が生じるようになりました。
これには、大陸での混乱も原因として上げられる事でしょう。
その後、王都の騒乱は和解により落ち着きましたが王都は忌諱された土地とされ、奈良の山奥に移りました。
新羅はその間に混乱に乗じた結果、Amhta国から離れていき、遂には縁を切り唐に恭順しました。
対照的に、当時既にAmhta国との強い絆で結ばれていた百済は新羅の属国勧告にも応じませんでした。
それにより唐・新羅連合軍とAmhta国・百済連合軍の戦が始まり、百済は最初に滅ぼされる運命を辿りました。
その後、Amhta国の一部であった任那が唐・新羅連合軍に平定されるのは時間の問題でした。
Amhta国王都からも朝鮮半島に大軍を送りますが惨敗を帰します。
それが天下分け目の白村江の戦いです。
この決定的な惨敗によりAmhta国の勢力は朝鮮半島から完全に消え去り、百済や任那の多くの人々は日本列島に落ち延び、日本語を話す人々も朝鮮半島から居なくなりました。

確かに、滅亡した高句麗や存命した新羅にも多くのAmhta国出身者、即ち日本語を話す人々が王族及び側近内に存在しましたが、新羅が高句麗も滅ぼし次第に土俗の言語や唐の影響を受けるにつれ最終的には日本語も日本人の存在も時代と共に忘れ去られていきました。
この一連の時代の流れの間にも極少数の南方系や北方系のモンゴロイドが日本列島にやって来ていた事も付け加えておく必要があるでしょう。
また、ユダヤ十支族の末裔が日本列島にやって来ていますが、これは以上の流れからすれば非常に少数の集団にしか過ぎませんが、政治に関与し歴史に影響を残した点では大きな意味があるでしょう。(ユダヤ十支族の末裔については古代大戦を参照)

日本人のミトコンドリアDNA解読は如何なものでしょうか?
遺伝子を中国人や朝鮮人と大別して日本人にどれだけ中国人や朝鮮人の遺伝的特徴が入っているかと論じる行為は科学的とは言えません。
それ程、繋がりを感じたいのでしょうか?
それとも中国が中心で文化や民族は中国から広まったとの説を断定付けたいのでしょうか?
歴史家が過去に学んだ説を認めたい気持ちは分かります。
若かりし頃の洗脳は中々溶く事が難しいものですから。
しかし、そこに強引さはありませんか?
中国も日本と同じく広範囲での他民族国家です。
朝鮮も北方モンゴロイド内と遺伝的範囲は狭いのですが、多くの民族の血が入っています。
我々の遺伝子解読では大勢の朝鮮人の遺伝子が日本人に入る割合は11%、中国人の中の漢民族の遺伝子の割合は16%、原日本人の遺伝子の割合は28%、超人類の遺伝子の割合は26%、南方系モンゴロイドの割合は8%、北方モンゴロイド系が11%となっております。

ミトコンドリア遺伝子の僅かな違いを喧伝する行為には加担出来ませんが、違った見方を持つようにする事は必要でしょう。
旧人類及び超人類との遺伝的差異も僅かなのですから。
ただし、真実を語る事と曲解で自尊心を保させる事とは違うのです。

さて、文化は本当に一方的な流れだったのでしょうか?
古代日本の大陸への影響力や秀吉の朝鮮出兵や大日本帝国の時代でも文化は西から東へ流れていたのでしょうか?
文明や文化とは長い年月をかけて、お互いが影響しあって成長するものなのです。
一方的な流れを求めて優越感を味わう行為は慎むべきでしょう。




天皇家の起源



天皇家は世界最長の歴史を持つ王族です。
そして、天皇家は日本人の持つ平和的思想によって残されているといっても過言ではないでしょう。
日本国以外で、政権を譲った王族を温存させた国が他に有ったのでしょうか。
そして、今も昔も多くの日本人から守られているのは何故でしょうか。
これには深い意味があります。
それは、日本人の誇るべき和の心と天皇家に対する日本人の間に代々受け継がれてきた強い思いに由来するところが大きいのです。

では、天皇家はどのようにして生まれたのでしょうか。
その起源とは即ち、多くの日本人の根幹を成す超人類再移住派なのです。
天皇家は移民団の代表者だったのです。
代表者がいつしか王族となり、天皇と変化したのです。
無論、今の天皇家は超人類再移住派の血だけではなく、現日本人や中国人や朝鮮人や北方モンゴロイドや南方モンゴロイドの血も混ざっています。
しかしこれは、大多数の日本人とて同じです。
今のアメリカ人の大半に、ネイティブアメリカンの血が混ざっている事実と同じと考えて頂ければ良いでしょうか。
ただ、天皇家は例外的に失われたユダヤ十支族のうちのガド族とマナセ族の血も色濃く残されています。
故に、超人類の遺伝的特徴は今も日本人及び天皇家に他の民族よりも色濃く残されているのです。
それは、他の近隣諸国とは明らかに異質な日本人の思想や性質にも現れています。
とは言えども、全ての人類は元を正せば超人類であったのですから、それによって優劣を決める行為は愚の骨頂でしょう。
それよりもむしろ、日本人は非常に重い使命を持っているとの現実を知るべきでしょう。
しかし多くの日本人はその役割を忘れ、自己中心主義や自暴自棄になっています。
日本人の重要な役割と責任に、日本人が早く気付く事を願います。
我々は中華思想ではない、日本の平等的な和の思想、平等的共栄共存思想に期待を持っています。






古代日本

古代の日本は、現代日本において未だ多くの謎に包まれています。
悲しい事に日本人は戦後、自ら作り出した神話を完全なる偽書と糾弾し、古代中国が作り出した魏志倭人伝を史実として崇め奉るようになりました。
しかし我々からすれば、戦前の神話一辺倒の古代史も戦後の魏志倭人伝一辺倒の古代史も愚かなる了見にしか思えません。
現代日本人は自ら生み出した神話は多くの矛盾で糾弾しますが、魏志倭人伝に関しては、その多くの矛盾をあらゆる面から正当化しようと努力しています。
あたかも、大陸は文明国であり正確な歴史観を残し、日本は野蛮国であり不正確な歴史観しか残していないとの事を証明したいが如く。
ここで言いましょう、古事記や日本書紀及び魏志倭人伝も信憑性は同じくらいでなのです。
日本の神話が絶対的な捏造でも、中国の古書が絶対的な真実でも在りません。
何故、現在日本人は魏志倭人伝を闇雲に信じるのでしょうか?
我々からすれば、滑稽な信奉心にしか思えません。
そもそも、魏志倭人伝自体の信憑性の無さを何故疑わないのでしょうか?
魏志倭人伝の大本の三国志は本来、晋の勢力を正当化するために作られた報告書に過ぎませんでした。
晋朝の力により編集された手前もあり、多くが事実と異なっているのです。
魏志倭人伝は、晋朝の役人である陳寿によって編集された三国志の東夷伝の一部に過ぎず原本も残っていません。
更に、陳寿が編集するにあたって採り上げた邪馬台国の記述がある魏略は魏の一般人歴史家である魚豢によって書かれました。
何故、邪馬台国や卑弥呼が謎に包まれているのでしょうか。
それは、魚豢が実際に邪馬台国に行っていないからに過ぎません。
魚豢は当時、渡来した倭人とされる人々や、邪馬台国に行った事のある人々から口頭で情報を収集しただけでした。
故に、その時代には廃れた余りにも古い原日本人の風習が記載されていたり、矛盾ばかりの邪馬台国までの距離が記載されているのです。
以上の流れに加えて、今に伝えられている邪馬台国に関する記録書は、歪められ誤記されながら幾度となく写本されているとの事は容易に想像できるでしょうか。
根幹である魏略の原本も残されていない状況においての記述に、如何ほどの信憑性があるのでしょうか。

では、謎の多い卑弥呼は何だったのでしょうか。
これは、天皇家直属のシャーマン集団を具象化したものだったのです。
故に、卑弥呼や壱与に近いモデルが居た事も事実ではあります。
日本人は超人類の性質を多く残しており、超能力を有す人々も多くいました。
現在も残る「巫女」や東北地方の「いたこ」や沖縄の「のろ」も同じ流れを汲んでいます。
また、修験道や陰陽道も大陸の影響を受けておりますが根幹は日本人のオリジナルのものです。
天皇家と日本人とシャーマン信仰は、言わば一心同体と言っても過言ではないでしょう。
この様にAmhta国には多くの独特の風習があり、更にはシャーマンが政治に対して強い影響力を持っていたとの事に対し、魚豢や当時の多くの中国人はかなりの興味を持っていました。

しかし、このシャーマンと政治の連携も時代とともに中国の制度が取り入れられたり、渡来人の勢力が拡大していく中で廃れてしまいました。
日本人はそれにより超人類の存在自体も忘れてしまいましたが、和の心だけは忘れませんでした。
これは、我々にとっての救いでもあります。
今ある危機や役割や道徳を民衆に教えるシャーマンはいませんが、シャーマンは政治から離れた故に日本人全体に拡散したとも言えるのでしょう。
今ある物質社会の影響を跳ね返し、自らの感覚を研ぎ澄まして下さい。
日本人の、そして貴方の存在理由が自ずと見えてくる事でしょう。






超古代




旧人類は、超古代文明について知る必要があります。
これは、約一万二千年以上前の時代まで栄えた高度巨石精神文明を指します。
正史からは忘れられた文明でしょう。
この文明は、祖星から来た殖民団によって築かれました。
当時、超人類は現代の旧人類よりも悠かに優秀でありました。
また、現在の物質文明とは異なる独自の発展を遂げていました。
現代人類から見ると古代アメリカ文明が近いのでしょうが、差別も無く殺戮も無く更に高度な精神文明と人間的な環境と巨大巨石建造物が溢れていました。
更に、当時の超人類は現代の旧人類に比べ脳も殆どが活動しており第六感が発達し、平均寿命も1700歳ありました。
その超人類も、宇宙からの大量の水(氷の彗星)によって引き起こされた未曾有の大洪水とポールシフト(地軸の移動)により大多数が滅びました。
海岸部に発達した各都市は全て水没壊滅し、中心都市のあった南極は氷の下敷きとなりました。
その地軸の移動により、温暖な南極は現代の位置になりました。
現代、超古代の遺産は南極の分厚い氷の下敷きなって原型を留めていませんが、今後何らかの証が見つかる事でしょう。
南極は中心でしたが、それ以外にも地球各地の沿岸沿いに都市がありましたから海底にも遺跡の一部が残っています。
また、大洪水により超人類が発明した現在の原子力発電よりも悠かに安全で強力な発電装置であった氷炎柱石の崩壊が世界各地で起こり、超人類の遺伝子破壊が進み人類は退化しました。
このカタストロフィーにより、人類は文明と自身の全てを失ってしまったのです。
現代の我々はこの動力源を使っておりません。
宇宙に無限にあるプラズマの一種の強力で安全なエネルギーを使っています。
宇宙空間は一般的現代人類が思うような無の世界ではなく、無限のエネルギー資源に満ち溢れているのです。
現代の旧人類より遥かに優秀な人類でもあり、高度な精神社会を築き環境に配慮したエネルギー装置を持ってしても天変地異による崩壊と、それによる環境と遺伝子の破壊は避けられませんでした。

現代の旧人類は、運良く現代まで大きな天変地異もなく発展してきましたが、仮に超古代と同じ出来事が起きたら環境に対する汚染と破壊は超古代の比ではないでしょう。
以上にお話しした外因以外でも、人為的な破壊と汚染も問題であるとの認識も忘れてはなりません。






極古代



超古代文明さえも現代の旧人類は知らないのですから、極古代文明においては知る由も無いでしょう。
超古代文明は地球上に築かれた超人類の居留地文明に過ぎません。
極古代文明こそ、文明の原点なのです。
それは祖星で開花発展しました。
最初の原始文明は現在の旧人類と同じく未熟な文明でした。
しかし、旧人類の文明が超人類の関与により僅か数千年で発展しているのとは対照的に数十万年という非常に緩やかな進歩をしました。
関与の無い進歩故に、旧人類にある四大宗教の様な宗教は存在せず、原始宗教及び、哲学が発展していました。
原始宗教として例えるべきか否か疑問の余地がありますが、簡単に申し上げますと万物に感謝し祖先を敬うとの思想です。
無論、現在の超人類社会においては宗教の枠を超えています。
超人類の宗教は科学と哲学と道徳が融合し、宗教としての役割を終えているのです。
故に現在は宗教は存在しません。
末期の祖星は地震も少ない為に巨石建造物が連なり、市街地の周りには鮮やかな海と深い森が生い茂りそれは壮観な光景でした。

人類は幾度と無く破滅の危機を迎えてきました。
故にマイナス思考ではない危機管理対策の必要性を訴え、人類の驕り高ぶりを自戒する事は非常に重要なのです。
その意味でも超古代を知ることは重要ですが、極古代の存在も思い出す必要性があるでしょう。
仕方のない事ですが、超古代の文献は多少残されていても極古代の文献は現存しておらず、伝承すら殆ど残されていません。
しかしアカシックレコードには、はっきりと残されていますので旧人類にも何れ拝見出来る時が来る事でしょう。




歴史の偽り



我々の歴史観は、旧人類の歴史観とは異なっています。
1万2千年以上前に対する旧人類の歴史観は誤っているのです。
氷河期の時代測定について考え直す必要があるでしょう。
地質調査が正しいと思われる事自体洗脳なのです。
ポールシフトは考慮しているのでしょうか?
重力変異は考慮しているのでしょうか?
地球外からの大量の水の流入は考慮しているのでしょうか?
原人の人骨とされたものが実は他の動物の骨であったり、有史以後の骨であったりする事が多々あります。
現代の科学や歴史や政府は、貴方方が思われているほど正しくありません。
超古代文明すら知らないのですから。
歴史の捏造は人類の得意とするところです。
旧人類の国家統治者は国民の事より、自分の利益と既得権の保持を求めます。
近年の歴史ですら捏造と改竄の宝庫となっています。
日本国は今、過去の冤罪を背負っています。
戦前の日本による平和思想やアジア独立の理念は掻き消され、欧米列強の帝国主義と同等かそれ以下に位置づけられています。
強制連行や従軍慰安婦や南京大虐殺は捏造なのです。
日本政府の朝鮮への莫大な投資とハングル普及等の朝鮮民族を一等国民として尊んだ教育も掻き消されています。
当時の日本国以外で、本土以外の土地へ搾取ではなく投資をした列強は存在しません。
そして本土の人間と同じ権利を与えた列強も存在しません。
何故、在留邦人大虐殺事件の中国での通州事件や、ドレスデン大爆撃や広島長崎原爆投下や、敗戦時の朝鮮人による日本人への虐殺行為は裁かれないのでしょうか?
日本の中国への侵攻は、通州事件への報復を願った日本国内世論の後押しがあった為に起こりました。
盧溝橋事件にしても通州事件にしても、ソビエトと中国共産党が仕掛けたものでした。
これは、日本軍を中国に侵攻させて国民党軍との戦いを泥沼化させる為の策略でした。
対して、日本政府は中国の土地を占領するや否や、その土地を反共産党の汪兆銘に譲りました。
そして、その地では初の治外法権撤廃も行われました。
これ程までに、寛大な国が何処に他の何処にあったのでしょうか?
731部隊が何故に他の数多の占領地ではなく、中国に存在したのか真実の歴史を知っていれば納得出来るでしょう。
しかしここで一つ忠告しておきましょう。
731部隊は生体実験をした訳ではありません。
当時の日本人は通州事件に代表される中国人の容赦無い非道な攻撃を恐れていました。
中国軍の暴力には関東軍を、中国軍の細菌兵器や化学兵器には731部隊をとの対策が在りました。
731部隊は防疫部隊だったのです。
中国人の残虐性は伝統にまでなりましたが、当時の日本人は今の日本人と違いそこまで中国人の性質を理解していました。

ドイツも然りでしょう。
ガス室は殺人の為に存在していたのでしょうか。
当時、流行っていた伝染病は何だったのでしょうか。
あの程度の焼却炉施設で一体何人焼けるのでしょうか。
ユダヤ人の人口統計は精確でしょうか。
何故、ガス室送りな筈の働けないユダヤ人が病院で看護されたのでしょうか。
強制収容虐殺所が、実際は強制収容労働所であったらどうしますか?
それでも当時の日本と違い、強制収容と強制労働を課したナチスに全く否が無いとは言えないでしょう。
しかし、同じ様な事は第二次世界大戦の戦勝国も数多く行っています。
当時の在米日本人はどの様な扱いを受けたのでしょうか。
ソビエトによる日本人シベリア抑留はどの様な惨状だったのでしょうか。
スターリンや毛沢東はヒトラーよりも多くの人々を殺しました。
そして、アフリカ系アメリカ人の苦悩は戦後も続いています。
戦前戦後を通しての大英帝国やソビエトやアメリカや中国による覇権主義の野望に何故、多くの人々は疑問を持たれないのでしょうか?
戦後のアメリカによるベトナム戦争やパナマやアフガン侵攻や近年のイラク侵略は何故裁かれないのでしょうか?
中国によるチベット侵攻及びチベット人大虐殺やウイグル併合、内モンゴル併合、回族、チワン族吸収は何故裁かれないのでしょうか。
韓国兵によるベトナム戦争時でのベトナム人大虐殺は何故裁かれないのでしょうか。

日本の戦争責任とは一体何なのでしょうか。
アジアの解放戦争に負けてしまった責任ですか?
日本はアジア各国に感謝されこそすれ負けた以外の責任は、これら諸国よりも遥かに少ないのです。
当時の日本の海外統治は世界一の善政でありましたし、当時の日本の軍隊は皇軍として天皇の名を汚さぬようにと規律を守り、世界一人道的な軍隊でした。
本来であるならば、これら諸国よりも日本が賠償と謝罪を求めるべき側なのです。

真実を正しく伝えられない限り、旧人類は進化できないでしょう。
悪人が逃れられ、無実の者が裁かれる世の中ではあってはならないのです。
罪は認めさせられるものでは有りません。
自ら認めるものなのです。

貴方は、他人を責める前に自身を見つめ直していますか?
旧人類の国家には、完全な悪も完全な善も存在しません。
故に、どの国家にも他国を責める資格は無いのです。





彗星への対策



ここで、何故に過去の超人類は超古代文明崩壊に繋がった氷の彗星の接近を防げなかったのかと思われた事でしょう。
確かに超人類は、それ以前の時代にも隕石の衝突で祖星を失っておりました。
その教訓により、宇宙からの隕石に対する防御策として様々な対策が練られました。
氷の彗星の地球接近に対して、超人類は万全の構えをした筈でした。
その為、地球に居留していた超人類も安全を信じて疑いませんでした。
しかし、彗星は超人類の予想を裏切り地球へ進路を変えました。
この原因は、超人類の発明した氷炎柱石がエネルギー媒体として彗星を引き寄せていたからです。
氷炎柱石と彗星が、お互いに引き寄せあったのです。
この原因が分かった頃には既に地球は大洪水に見舞われていました。
これが、大洪水になるまでの一部始終です・・・。






自己思考能力



旧人類は偽りの協調性を得ましたが、自己思考能力は著しく退化しました。
何度も述べますが、迎合と共鳴は似て非なるものです。
何故、科学にしても宗教にしても伝承にしても過去の文献を大切にするのでしょうか。
我々は過去の偉人達の思考を尊重する事はあっても、文献は残念ながら尊重しません。
思考はアカシックレコードにも残されますが、文献はあくまでも旧人類だけの記憶媒体に過ぎません。
失礼ながら旧人類の文献に如何ほどの信用する価値があると言うのでしょうか。
旧人類の殆どの文献は名誉欲や正当化による焚書の後に残された偽書といっても問題無いでしょう。
無論、我々のアカシックレコードも旧人類が拝見できない今、旧人類の文献と同じく信用ならないものと受けとめられる気持ちも理解できます。
しかし、自身の心で良く確かめて下さい。
過去の書物を鵜呑みにせず、自身の心を養えば自ずと真実は分かってきます。
確かに、考古学者や科学者として名を馳せている人々、そしてベストセラー作家と持て囃されている方々はそれだけで人を納得させる事でしょう。
しかし、果たして彼らは正しい事を述べているのでしょうか?
それが、権力や名声による説得力だけだとしたらどうしますか?
ヒトラーやスターリンや毛沢東の存在は、ダーウィンやアインシュタインの存在は何が齎したのでしょうか?
旧人類は影響力と真実を履き違えています。
影響力があれば真実なのでしょうか。
我々の詞は過去の常識を覆すものでしょう。
過去の常識を元に我々を否定される事も結構です。
しかし、その過去の常識は我々からすれば矛盾だらけなのです。
何故、旧人類はその矛盾に気付かれないのでしょうか。

我々の詞をそのまま批判する行為も、そのまま信じる行為も危険です。
そこには貴方自身の思考が存在するのでしょうか?






方舟伝説

ノアとの表現も方舟との表現も、現代において最も影響力の有るキリスト教の解釈が伝わっているだけであり、アララト山やノアとの表現も無論、本来とは違っています。
しかし、実際にあった事象との事は確かです。
だからといって、キリスト教至上主義に加担する発言ではないとの事も理解して頂けますでしょうか。
キリスト教は現代世界を席巻した西洋文明の根幹であり最も影響力が有るだけで、同じような洪水伝説は世界各地に散らばっています。
ノアの箱船伝説が、古代バビロニアのギルガメッシュ叙事詩から影響を受けているのはご存知でしょう。
そのギルガメッシュ叙事詩もまた、古代からの伝承に影響を受けていたに過ぎません。
キリスト教は、現代において伝承を世間一般に広めた価値はありますが、それ以上の価値は残念ならがありません。
伝承の根幹はキリスト教からすれば邪教の存在なのですから、彼らの言い分には矛盾が生じてきます。

洪水は現在も世界各地で起こっています。
しかし、それをもって地方の洪水が単に伝承されたと勘ぐってはならないのです。
多くの洪水は津波や河川の氾濫が原因ですが、それと同じように太古の昔から疫病も干ばつも地震も噴火も起きているのに、何故一部を除いて殆ど伝承されなかったのでしょうか。
これは、聖書だけではなく今も世界各地で伝承されている洪水伝説が、単なる津波や河川の氾濫程度ではなかったことを意味しています。
伝承しなければならないほど、前代未聞な災害だったのです。

ことの始まりは既に過去にお話したように、氷炎柱石が呼寄せた氷の妖星の接近により引き起こされました。
現在はマダガスカル近海に沈んでいる都市に住んでいた超人類の一部は、宇宙に旅立ち地球を捨てるよりも、円柱形の小型母船で海底に潜り逃れる方法を選びました。
小型母船といっても現在のタンカー程の大きさを持ち宇宙も海底も航行できる船でした。
宇宙に飛び立たなかった理由は、地球への愛着の他にも大気が荒れ狂い海底の方が安全であった事も挙げられます。
かといって、荒れ狂う大海原で普通の船が生き残れるはずもありません。
古代人が伝承において普通の船ではなく、箱型の舟を想像したのは偶然でしょうか。

その後、彼らはアフリカに逃れ地球外超人類からの支援も受けられないまま氷河期を迎える事となりました。
このカタストロフィー時に、氷炎柱石が崩壊し人類の遺伝子破壊が起こり、誇るべき知識・理性・寿命は失われ、彼らは旧人類の祖となりました。





大洪水後の地球



超古代の大洪水以降の地球を見てみましょう。
地球は氷の彗星との接触によりポールシフト(地軸の移動)を起こし、海岸部に存在した超人類の都市は全て飲み込まれました。
そして、都市部に併設された氷炎柱石の崩壊により遺伝子破壊が起こされました。
これは現在言わている電磁波に近い影響を与えました。
この遺伝子破壊は人類に大打撃を与えましたが、人類以外の生命への打撃は地理的影響から殆どありませんでした。
そして、このポールシフトにより地球は新たな氷河期を迎えました。
ちなみに、現在喧伝されている氷河期時代測定は全て虚構だと考えて下さい。
化石は短時間でも形成出来ますし、過去の旧人類による発掘捏造や年代測定の誤りを思い出して下さい。

悲しい事に氷河期の到来により元来から寒冷地に対応出来なかった地球産の原生人である原人が最初に滅びました。
無論、寒冷化は最大の原因であり、他にも植物生態域の変異や旧人類の進出による原人居住地の減少も一因としてあります。
次に、脳容積や体格について現代の旧人類より遺伝的破壊が少なかったネアンデルタール人に代表される旧人類が滅びました。
彼らは脳容積も大きく体格も丈夫なままで現在の旧人類より遺伝的に破壊が少なかったにも拘らず、何故滅びたのでしょうか。
確かにネアンデルタール人も現代の旧人類と同じく数々の遺伝的破壊を被りましたが、一番の原因は呼吸器官と声帯が遺伝的破壊を受けていた事です。
人類にとって大切な呼吸とコミュニケーション能力が阻害されていたからなのです。
昔のままに平和を愛するネアンデルタール人が、生きる為に暴力を覚えた現代も生き残る旧人類に居住地を奪われたのも滅びた一因でしょう。
そして、最後に生き残った旧人類が現代まで続いています。
現代の旧人類の祖先は、マダガスカル海底に沈む都市に住んでいた超人類です。
ネアンデルタール人の祖先であった超人類の都市は、グリーンランド近海の北海に沈みました。
そのマダガスカル海底に沈んだ都市の生き残りが、アフリカに渡り原人に代わって繁栄し現代旧人類として世界に散らばりました。
何故に、地球外で大洪水の難を逃れた超人類は大洪水以後に地球に救済に向かわなかったのでしょうか?
最大の原因は、地球外で生き残った人々が自らの遺伝的破壊を恐れた為です。
地球は、言わば隔離されていたのです。
氷炎柱石の破壊はそれ程深刻で、感染力を伴うものでした。
この感染とは現在言われる物理的感染ではなく、精神的感染です。
理解出来ないかもしれませんが、感染した生命体の遺伝子に近い生命体に最も強く感染し、精神を蝕みます。
この精神的破壊も原因は遺伝子の破壊により齎されたものです。
ネアンデルタール人は優しさを残しましたが、協調性を失いました。
現存の旧人類は協調性を残しましたが、優しさを失いました。
物理的な遺伝子破壊は短期で範囲も限定されるものですが、精神的感染は長期に渡り感染力の非常に強いものでした。
それが、超人類が1万年近くにも渡り地上の旧人類との接触をしなかった理由です。




彼の詞



今の私の僅かな詞すらも、旧人類への過度な干渉と新人類や超人類に思われる事でしょう。
私が貴方に話している内容を、我々は感じ取っていますが今は静観しています。
私は我々の世界観を少しでも旧人類に理解してほしいとの思いでお伝えしています。
そして、思想が凝り固まり差別的で自己中心的で他人の意見を聞かず、その発想を理解しようと努力しない人々が多い事も分かっています。
我々は一回聞いた事は記憶するだけでなく、その根本を解明しようとします。
過去の我々の先人も同じ思いだった事でしょう。
今現在、我々が旧人類に過度な干渉をしない理由も今は理解できます。
貴方にも、いつの日か我々の述べている思想の真意を全て理解される日が来る事を切に願います。
私は我々に反旗を翻しているのかもしれません。
しかし、私は少しでも真実を旧人類に伝えたいと思っています。
その理由は、日本人は超人類に遺伝的に近く我々の思想に近いからでもあります。
それは過去の日本人の善行からでも理解出来る事でしょう。
しかし歴史の勝者は平和主義であり平等主義の日本人を悪人に仕立て上げています。
我々は人類の壮大な計画の基には仕方の無い事だと判断しておりますが私は、そう思えません。
超古代然り、歴史は正しく伝える必要があるのです。

ここで我々の詞を聞いた貴方が、少しでもこの真実を感じ取って頂ける事を切に願います。
傍観主義に戻った我々の、か弱いほど小さな隙間風を感じ取って下さい。
このような条件であるから、伝えられる真実もあるのです。
旧人類の憂える破滅思想と享楽思想・・・。
現代社会は、ソドムとゴモラなのでしょうか・・・。
そこでは、真実も虚偽と欺瞞で覆い尽くされます。
私を導いた理由を感じ取って下さい。
オアシスは、砂漠の中に有ってこそ価値が有ります。
我々が公の場に現れない理由も、もう一度考えて下さい。




遺伝子



人類がヒトゲノム計画を行っている今、詳しくお話しする事はこの場でも混乱を招く恐れがあります。
旧人類とチンパンジーの遺伝子の違いは1.6%との事はご存知でしょう。
平均的超人類と平均的旧人類の遺伝子構造の違いは0.011%にしかすぎません。
旧人類間の遺伝子構造の相違は0.008%です。
平均的日本人と、超人類の遺伝的違いは0.005%です。
それ故、旧人類と新人類と超人類間の交配は可能なのです。
これは何回か述べましたが、同じ起源の人類であるからです。
超人類はモンゴロイドの特徴である蒙古襞と、薄い体毛と黒い髪と黒い瞳を保有しています。
骨が細く低身長でもあります。
これも、それぞれの遺伝子が共通している為です。
それ以外に、性格遺伝子も日本人が最も旧人類に近い事が分かっています。
しかし、超人類と旧人類の決定的違いは脳の活動なのです。

現在、旧人類の遺伝子操作を静観する我々は、旧人類の自己開示を待つか
それとも過去の様に、我々の知識と技術を与えるべきか思案しています。
自己開示を待てば、旧人類の独力を育てる事にもなりますが、一歩間違えれば暴走しかねません。
しかし、我々が介入すれば人類は飛躍的に進歩するかもしれませんが、同時に混乱と旧人類の世界の崩壊を招きかねません。
現代の人類の遺伝子技術には一抹の憂いを感じていますが、新たなる進化を求める我々は静観の立場を保っています。
それは、超古代の過去から・・・歴代の教祖や指導者を生んだ我々の反省からです。
我々の干渉無しに、人類の自らの成長を見守る為にも。

旧人類は現在眠っています。
脳の半分が眠っているとの事実だけではありません。
人類にはジャンク遺伝子などは存在しません。
全ての遺伝子には役目があるのです。






クローン



現在の旧人類によるクローン技術は意義のあるものなのでしょうか。
我々は意義のある行為とは捉えていません。
クローン技術もまた、ダーウィンの進化論が生んだ誤った発想から成り立っています。
クローンによって生まれた生命が優性とは限らないのです。
唯一の存在が、ある環境の変化によって一気に絶滅するとの事は容易に想像出来る事でしょう。
クローンは環境の変化に対し余りにも脆弱なのです。
余談ですが、例えクローンであっても精神は各々が別な存在です。
持って生まれた性格は一卵性双生児と同じと言えますが、オリジナルと全く同じではありません
臓器にしても、旧人類は自己の持っている本来の臓器を直す事よりも何故、交換する事に知恵を絞るのでしょうか。
全て同じ遺伝子の食料でも、環境が変化しても安定供給が可能だと思っているのでしょうか。
今はまだ分からないでしょうが、旧人類は何れこのクローン技術の無意味さに気付く事でしょう。
この思想の根源には多様性の否定、均一の美徳、優性遺伝子と呼ばれるものへの歪んだ憧れが影響しています。
現代の旧人類科学者は、多くの矛盾を抱えながらも誤った好奇心により動いていると言えるでしょう。





日本は世界の縮図



日本列島は世界の雛形であり、日本人は超人類に最も近い旧人類なのです。
日本一の富士山と世界一のチョモランマが、伊豆とインドの移動で生まれたのは偶然の一致でしょうか?
超人類が東洋系なのは偶然の一致でしょうか?
ミクロ的視野で遺伝子をご覧になる事も重要ですが、マクロ的視野で日本列島をご覧になれば、それよりも簡単に我々の意図がお分かりになられると思います。
北海道はアメリカ大陸。東北はロシア、千葉は朝鮮、伊豆はインド、紀伊はアラビア半島、ヨーロッパは中国地方、オーストラリア大陸は四国、アフリカ大陸は九州。
そして世界的な火種のインドパキスタンの中間点のカシミールは静岡・・・・。
浜岡と伊豆は、海を隔てて睨みあっていませんか?
そして、原発一機でも日本列島が壊滅する事は可能です。
日本列島と世界の陸地の同調性は疑いの無い事実です。
地形の波動が、少なからず旧人類の行動にも影響しているのです。
旧人類流に言えば風水の様なものでしょう。

地図をご覧になられて下さい。
地形が似ているのは偶然の一致でしょうか。
人口の集中している中国と東京。
古代文明の発祥地シュメールと奈良。
これ以外の一致も数多くあります。
貴方にも見つけられる事でしょう。






世界地理の名称



世界地理について細かいところまで申し上げますと限が無くなりますので、大まかな定義の中でも、非常に曖昧で欺瞞と矛盾に満ちている認識について申し上げましょう。
最初に大陸の定義の矛盾を延べます。
そもそも、ヨーロッパ大陸とは存在するのでしょうか?
アジア大陸とは何を示すのでしょうか?
ヨーロッパは半島であり、アジアもユーラシア大陸の東域に過ぎません。
これは欧州人の驕りの歴史をそのまま使っている表現です。
これを、ユーラシア大陸と表現すれば欧州もユーラシアの西域の半島に過ぎなくなります。
そのユーラシアとの表現も、語源はヨーロッパとアジアであり欺瞞に満ちており欧州人の優越感情を高めます。
それ以外のアフリカやアメリカも、欧州人が勝手に名付けた名称ですから問題が残ります。
名称は別に考えるとして、大陸を正確にプレートテクトニクスに基づき分割しますと、ユーラシア大陸、南極大陸、アフリカ大陸、アメリカ大陸、南アメリカ大陸、北アメリカ大陸と定義するのが良いでしょう。
一つの地域としてヨーロッパを定義するのであれば、それ以外をアジア、アフリカ、アメリカと定義する行為はあまりにもそれらの地方の特性を考慮しておりません。
文化圏として地理を区分するのであれば、ヨーロッパを一つの地域とした場合は、それに対応する地域で定義するべきでしょう。
各々の地域は実際は分裂していますが、ここでは紛争については考慮に含めません。
そして、名称も新たに考える必要があるでしょう。

日本・中国・朝鮮・台湾・モンゴルが一つの地域。
フィリピン・インドネシア・マレーシア及びそれら周辺諸国・マダガスカルがマレー地域。
ベトナム、タイ、ミャンマー、ラオスを一つの地域。
ロシア及び、東欧をスラブ地域。
インド亜大陸のインド・パキスタン・バングラディッシュ・ネパール・ブータンを一つの地域。
アラビア半島を中心とし、西はモロッコから東はイラクまでをアラブ地域。
イラン・トルコ・及び旧ソ連の南方諸国を東西貿易地域。
南アフリカを一つの地域。
北アメリカを一つの地域。
南アメリカを一つの地域。
オーストラリア、ニュージーランド、太平洋諸国を一つの地域。

このような区分でも矛盾は多々残りますが、現在の区分よりは遥かに矛盾が少なくなる事でしょう。



ロズウェル事件



今は、多くの旧人類が我々を精神異常者やカルト集団に思われても仕方が無いと思っています。
しかし今後、数々の証拠が世に現れていきます。
何れ時が解決する事でしょう。
我々は現在、アメリカ政府により悪人に仕立てあげられています。
彼ら政府は、我々の無宗教や博愛思想や平等思想を全く信用せず理解致しません。
その様な未知の思想集団が存在し、自分達より進歩している事実が許せないのでしょう。
そしてモンゴロイドに近い遺伝子を持った存在が人類の祖先でもあるのですから、我々の存在を認めることは彼ら政府の存在理由も消し去る事になるからです。

彼ら政府は真実の情報に虚偽の情報を混ぜ、最終的に虚偽の情報元を虚偽と暴露させ、真実の情報までも虚偽の情報として価値を貶めています。
また虚偽の情報元を暴露しないまでも、矛盾した情報を広めます。
彼ら政府の情報操作は非常に巧妙です。
何故異星人や未来人や異次元人の情報は、アメリカ大陸発信が多いのでしょうか・・・。
我々は現在、得体の知れない凶悪な異星人として扱われています。
無論、現実の話の中ではなくオカルトの中で・・・。
ロズウェル事件はご存知でしょうか?
1947年にアメリカのニューメキシコで起きた未確認飛行物体墜落事件の事です。これも数多の歴史と同じく捏造され、気象観測気球の墜落とされていますが・・・。
あの事件は超人類の与えた技術によって起きた事故、否事件でした。
超人類の船は墜落させられ、犠牲者も生まれました。
その時の操縦者達はアーモンド型の目をした異形の宇宙人ではなく、モンゴロイドに似ている超人類だったのです。
この件に関しては、また詳しくお話し致します。




グレイ



グレイはある意味、現代人が発想する安直な未来人に思えることでしょう。
今現在、一般的にオカルトの中で広められているアーモンド型の目をした灰色や緑色の宇宙人グレイは宇宙人ではありません。
地球上に存在した水棲動物を遺伝子操作で改良した生き物なのです。
貴方も、河童や水虎や半魚人等の伝承はご存知でしょう。
その水棲動物は過去に既に絶滅に瀕しており少数でしたが、その様に昔から目撃されていました。
彼らは通常は緑色をしていますが、栄養が無くなると灰色に変色します。
そして彼らの手には水掻きがあり、皮膚は鱗状です。
また、大きな黒い目からも理解できますように夜行性で昔から人の目につく機会は多くありませんでした。
悲しい事に彼らは今や旧人類政府の傀儡人形であり、プロパガンダの道具と化しております。
原型はもう、この地球上の自然環境には存在しません。
確かに宇宙には温血な爬虫類型知的生命体や、グレイに似た外見の異星人も存在します。
しかし、我々のアカシックレコードでは彼らは地球には訪れておらず、拘束された事実もありません。
そして、水掻き状の手や黒色の瞳など明らかに彼らとは異なる特徴をグレイは有しています。

人類の身体的変化も、ある一定段階まで進むと止まるとの事は申し上げましたね。
進化ではなく、環境の変動による身体的変化は確かに存在しますが、種としての変化の限度がある事も確かです。
しかし、霊的進化、精神的進化には限度がありません。

確かに、幾つかの種族の異星人は地球に訪れています。
そして極一部、姿を現さずに旧人類とコンタクトをとっている異星人が存在する事も確かですが、大半は監視をするのみです。
過去を通じて、姿を伴う直接のコンタクトを行っている存在は異星人では無く超人類なのです。
喧伝されている北欧系コーカソイドなどの地球人の容姿に類似した異星人は地球に到来しておりません。
地球人に似た異星人とされているのはその実、超人類か新人類か旧人類かアメリカ政府関係者の何れかのみです。
超人類の祖星をもって異星人と定義しても良いのでしょうが、我々は旧人類の故郷も祖星であり旧人類も超人類も同じ根源の人類である以上、異星人とは定義しておりません。
しかし、この定義を理解しない旧人類も数多くいます。
定説を崩すのが怖いのか、それとも身内では影響力が弱いと考えているのか。
しかし、我々を異星人とする定説はアメリカによる妨害工作を阻止するに充分な力を発揮している事も事実でしょう。





未確認飛行物体



では、Unidentified Flyng Objectと呼ばれている存在についてお話し致しましょう。
これには捏造も数多くあり気を付けて調べなければ、UFOの全てが捏造と言われかねません。
現に科学信奉者は捏造の証言を元に全てが捏造だと信じています。
これこそ偏った危険な発想です。

我々は地球上のあらゆる場所で現在も活動しています。
我々の飛行船は大別して3タイプ存在します。
一つは定員数8名の小型飛行船。
これは主に調査に使われ操縦席も狭いのですが、小型故にあらゆる場所に着陸が可能です。
ロズウェルで撃墜された機体も、この小型デルタ型飛行船です。
俗に円盤型と言われるタイプとは異なりステルス戦闘機に近い外観を有します。
お気付きになりましたでしょうか?
ステルス戦闘機は、墜落された我々の小型デルタ型飛行船を元に造られました。
これ以上の技術が旧人類の手に渡らなかったのが不幸中の幸いでしょうか。

次に紹介する円盤型飛行船は俗にFlying Saucerと呼ばれています。
実際のサイズは旧人類が思われるよりもかなり大きく、300人程度は収容でき、主に母船との中継船として活用しています。
この円盤型は宇宙の原理に適しており、他の知的生命体でも球形やデルタ型と共に一般的なデザインになっています。
そして、俗に葉巻型と言われる円柱形の母船があります。
この型は大きさが様々であり、我々の中には母船を住まいとする者も数多くいます。
最小の母船では収容人数千五百人で、最大では10万人となっています。
それは正にアメリカのオニール博士が提唱した宇宙コロニーと言えるでしょう。
しかし我々の宇宙コロニーは自ら推進力を持ち、あらゆる危機にも対応できます。
母船は地球の大気圏内に入る事は滅多にありません。
大気圏内には小型の母船程度であれば突入可能ですが、大型は宇宙専用になっている為に突入不可能です。
地球上での活動は旧人類を刺激しないように、デルタ型や円盤型の飛行船は工学迷彩技術を使い、背景と同化し姿を隠します。
この工学迷彩技術もロズウェル事件でアメリカに伝わり、現在のステルス戦闘機やステルス戦闘服の開発の手本となっています。
何故、アメリカが旧人類の常識では荒唐無稽と思われる技術を本気で研究しているかの理由がお分かりになられたと思います。
母船程の大型になると工学光彩は使用しておりません。
この理由はここではお話し出来ませんが、工学光彩の代わりに人工雲を生み出し姿をくらまします。

貴方の上空の雲が我々の母船だったり、すぐ上空を我々のステルス飛行船が飛んでいたりするのです。
これだけ接近し観察をしても、旧人類の前に現れる事の出来ないもどかしさが分かって頂けますでしょうか。






警鐘



我々の警鐘は旧人類には簡単ではありません。
静岡県はインドとパキスタンの雛形であると前にも申し上げました。
そして同一なのは地形だけではありません。
今現在、両国はカシミール問題をかかえております。
そして両国共に核兵器を保有し睨み合っています。
その象徴の静岡に原子力発電所が存在するのは偶然でしょうか?
今はこれらのシンクロニシティーが、我々の言葉が真実である事の最も簡単明瞭な証拠です。

そして、警鐘です。




常識



旧人類の偽りの常識は、現代社会において不動の地位を占めています。
10年100年後も、その常識が常識でいられるとの保証は何処にも有りません。
超人類が人類に関与する事は時期尚早と二の足を踏んでいるのも、今は良く理解できます。
我々は旧人類の心情や常識を理解致します。
旧人類にとって、未知の我々を理解する事は至難の業でしょう。
現代の常識に当て嵌まらないものが下らないとしたら、未来の人類にとって現代は全て下らないものになってしまいます。
江戸時代の人々が、ほんの百数十年先の現代の日本を想像し理解できたのでしょうか?
そして、今現在の外国人の生活や思想を貴方は全て理解できますか?
日本の周辺諸国の奇行を貴方は全て理解できますか?
現代も物々交換で生きている民族もいれば、働き蜂の日本人を異常と見る欧米人も居ます。
それと同じ事です。
今は、貴方の思考回路が日本の旧人類社会の常識である事は仕方がないでしょう。
一見不動の常識とおもえる事も、各世界や各時代や格世代の旧人類間でも異なっているのです。
現代の貴方の常識ですらも、身近な人の非常識に当てはまる事も多々ある事でしょう。
常識を打ち破る事は、意外と簡単なものなのです。
貴方方の現在の常識や過去がこの先覆される事は、予言としてではなく当然の成り行きなのです。
それを破滅と捉えるか、偉大なる進化と捉えるかは旧人類次第なのです。
しかし我々は常識の強制は致しません。
それは、貴方自身の価値観の問題ですから。

常識を打ち破った明治政府はもっと評価されるべきでしょう。
国家内部においては既得権を打ち破り、世界においては欧米絶対主義を打ち破りました。
確かに江戸時代には他のアジア諸国には無い先進的な土壌がありました。
そして、その日本人の思想理念が大きく花開いた時期が明治なのです。
日本人は平和裏に常識を覆す事が得意であるとの事実も幕末明治は示してくれました。
対象的に、現在の状況は如何なものでしょうか?
現在の日本人に思想理念は存在しますか?
世界観や現状とは意外と簡単に変えられるものなのです。
現代社会のシステムは宇宙が創り出したものではありません。
貴方方が作り出したシステムなのですから。
何故、秦の始皇帝以来の中華思想と皇帝統治の歴史概念に囚われた中国は発展出来なかったのでしょうか?
その固定概念に囚われた中華人民は結局、自身で思想を変える事が出来ずに外圧により変化する他ありませんでした。
しかし、彼らの過ちを責める権利は誰にも有りません。
今の現代社会がこの思想に陥っているからです。
偽善者に騙されてはならないのです。

日本は偉大なる中華思想脱却のイニシアティブを取りました。
強大なるアメリカ世界帝国思想脱却のイニシアティブを取るのはどの国でしょうか。
イスラム諸国ですか?中国ロシア欧州ですか?否・・・






既得権



旧人類社会は様々な既得権により成長が阻害されています。
これは過去から続く忌々しき問題です。
既得権は常識と似たようなものかもしれません。
常識も既得権も無くなっては困る人々が存在し、それらにより利益を得ている人々が多いからです。
しかし、この既得権も常識と同じく人間が生み出したものですから無くす事は意外と簡単なものなのです。

タバコが有害と分かっていても何故、無くならないのでしょうか。
それにより誰が利益を得ているのか考えてください。
既得権は何処の国にも存在します。
ディーゼルを批判する日本には原子力が残り、原子力発電を批判し風力発電を奨励するドイツではディーゼルが残っています。
原子力に莫大な開発費用を投資している国は何処でしょうか?
ディーゼルの発明家は何処の国の人でしょうか?

そして、第二次世界大戦で被害者として報じられている在日朝鮮人やスラブ系偽ユダヤ人の勢力が拡大しているのは何故でしょうか?
日本人やドイツ人は本当に全面的に悪かったのでしょうか?
いつまで、旧人類は勝者の歴史を信じ続けるのでしょうか・・・・。
偽りの被害者や差別の隠れ蓑は、新たな差別と被害者を生むだけなのです。

悲しい事に今の社会は何かしらの矛盾を抱えていますが、その原因は既得権益者に負う部分が大きいのです。

旧人類は既得権益者にNOとはっきり言えるようにならない限り、進歩出来ない事でしょう。






エネルギー源



人類は新たなエネルギー源を探す必要が有ります。
未来のエネルギー源として反物質を取り上げる気持ちは理解できますが、この宇宙には僅かしか存在せず、また生成にも莫大なエネルギーを要します。
即ち、エネルギー源としてのエネルギーは超大ですが、そのエネルギー源を生むための労力が多大すぎるのです。
また、このエネルギー制御にも多大な労力を必要とします。
我々は更に安全かつ、効率的なエネルギー源を知っています。
宇宙は旧人類の定義するダークマターという物質で満ち溢れています。
このダークマターは宇宙の様々な惑星や銀河の運動エネルギー源となっています。
そして、宇宙の99%以上はプラズマの状態で存在しています。
即ち、ダークマターとは旧人類が未だ知らないプラズマを指すのです。
この宇宙に無限にあるプラズマをエネルギー源にする事は、この宇宙に殆ど存在しない反物質をエネルギー源にする事よりも簡単です。
旧人類はこの多種多様なプラズマを発見し解明する必要が有るでしょう。




時間移動



現在喧伝されているグレイは、異星人でも未来人でも有りません。
そして、未来人は捏造です。
過去への時間移動は宇宙の根源を崩壊させます。
物語としては面白いのでしょうが実現しているのであれば、この世は存在しておりません。

パラレルワールドを以ってしてパラドックスを解消するとの理論は、残念ながら机上の理想的理論に過ぎません。
その代わりに我々にはアカシックレコードがあり、これをもって過去の詳細を見ることが可能です。
しかし、これは実際に時間移動をしている訳ではなく残像を見ているにしか過ぎません。
未来への時間移動は、過去への時間移動と異なり可能ですが、一方通行である事を覚悟しなければなりません。
故に歴史は変わらない、変えられないものなのです。




アメリカ政府との接触



現代の我々は、宇宙に無限にあるプラズマに似た強力でクリーンなエネルギーを使っています。
宇宙空間は一般的現代人類が思うような無の世界ではなく、無限のエネルギー資源に満ち溢れているのです。
プラズマとは実に多様性に富んでいます。
そして、宇宙の大部分を占めています。
まだ旧人類はプラズマを一重に纏めてしか捉えていません。
我々からすれば、金もアルミも1つの金属として例えている状態と同じです。
対して超古代では原子力より安全で強力な氷炎石を発電装置として使っていましたが、万が一外的要因で破壊されるとその被害は甚大なものでした。
超人類は過去の自らの過ちから、そして第二次世界大戦の2つの原爆から、原子力に変わる安全で強力なエネルギーを旧人類に早急に伝えなければならないとの結論を下しました。
超人類が終戦後に旧人類への傍観のみの行動を捨て、積極的にコンタクトをしようとしたのもその為です。
当時、最も影響力のあった政府にその技術を一部伝えました。
一部であるのは、全てを伝えるのは時期尚早と考えた為です。
しかし、彼ら政府はここでも曲解し自己保身の為に兵器としての開発を最優先で進めました。
ロズウェル事件はその兵器が起こしたものです。
彼ら政府によるプラズマ兵器開発を知った超人類が、警告の意味を込めて旧人類全ての前に現れるとの示唆をしました。
アメリカ政府は超人類との契約を根拠に、許されない行為だと超人類を糾弾しました。
それは、お門違いも甚だしい行為でした。
最終的にアメリカ政府はその兵器で超人類使節団の飛行船を撃墜する行為に出ました。
それがロズウェル事件の真相です。
アメリカ政府は、超人類の人質と世界平和の保障を約束する代償として、更なる技術提供を求めてきました。
人質救出は超人類には簡単な作戦でしたが、世界平和の保障の代償としての更なる技術提供は無理な相談でした。
超人類も、彼ら政府が世界を破壊してまでも技術は欲しないとの事は分かっていました。

現代は超人類も新人類も、彼ら政府との接触を拒んでいます。
それが、彼ら政府をまた逆上させている原因でもあります。
そして、現代の我々が更なる旧人類への接触を恐れている理由でもあります。




人種



全ての人類の故郷は火星と木星の間にあった祖星です。
現存の人類は全て祖星が創りました。
我々も含め人類は等しく平等なのです。
そして尊い存在なのです。
人種は洪水以後の環境の変化により生まれました。
人種民族の相違による性格の違いや外見の違いは確かに存在しますが、それは個々の得意分野や環境や役割が違うからだけなのです。
本来の人類はネグロイドではなく、モンゴロイドに近く、現在の超人類もモンゴロイド系の姿です。
しかしそれは、便宜上の区分でしかありません。
旧人類内では、モンゴロイドでもネグロイドの容姿を持つポリネシア人もいますし、コーカソイドの容姿を持つアイヌ人もいます。
コーカソイドでもネグロイドの容姿を持つインド人もいますし、モンゴロイドの容姿を持つサーミ人もいます。
他人種他民族を差別するのは非常に愚かな事なのです。

現状の旧人類社会では、人々は民族や国家内に固まり差はあれど、それぞれの民族の伝統や国家にある程度洗脳されています。
それが国家や民族の特性を生み出し、役割を生み出しています。
我々の社会には国家も民族も存在しません。
故に民族の役割も存在しません。
我々の社会では、特性や役割は個人で分けられ千差万別です。
日本は他国に比べ非常に素晴らしい良い洗脳をしていきました。
今は如何なものでしょうか?
日本人が守るべきものは何か考えてください。




インターネット



旧人類は現在眠っています。
半分の脳が眠ったままであるとの事実だけではありません。
人類にはジャンク遺伝子などは存在しません。
全ての遺伝子には役目があるのです。
我々の発言の証拠は、この地球上や貴方方自身にも隠されているのです。
そして、我々のアカシックレコードにも全て記憶されております。
旧人類も何れは拝見できる事でしょう。
そもそも、旧人類の話にこそ証拠などありません。
歴史や科学や宇宙の法則などは、旧人類の思考上の結論や理論でしかあ
りません。

私が公の場に現れる事は時期尚早です。
流石に、我々もそれは許さないで事しょう。
我々が貴方によるホームページへの掲載を傍観しているのは、観覧者も少なく影響も少ないと睨んでの事でしょう。
確かにそこでは、私の発言は儚いものにしか過ぎません。
そして見られる方も少ないとなれば尚更でしょう。
しかし、一部の方々だけにでも真実を伝える事は可能ですし、我々もその行為は黙認しております。
何れ我々が何故に顕れ何者であるのか、湧き水の如く世に出ずる事でしょう。
インターネットとはそのようなものなのです。
何人たりとも真実を隠蔽できない時代が訪れようとしています。
日本国も一個人もこの先、この力で冤罪を拭う事でしょう。
古い東洋観を持つ国や帝国主義のアメリカは、それを阻止する壁となります。
しかしこれからの時代、真実の勢いは誰にも止められません。




存在意義



以下の存在意義を考えて下さい。
日本人の超人類と共通する性格的要素。
アメリカ等の勝者に歪められた戦前の日本の平等思想と世界構築。
今現在の第二位の経済大国の意味。
世界の雛形の島国である意味。

ここで伝える意義はもう1つあります。
浜岡原子力発電所の脅威は急を要します。
来たる東海大地震は、阪神大震災以上の破壊力を有しています。
それでも我々は傍観をしていますが、私はそうは出来ませんでした。
貴方は危機が目の前に有り、回避出来るのにも関わらず何もしない日本
政府を如何感じますか?
貴方はその危機を黙して待つだけですか?
我々の詞に矛盾が有りますか?
具体的に反論出来ないのは分かります。
感情的に許さないのも分かります。
貴方方の誇るアインシュタインですらも、間違いは犯します。
貴方方の現代科学は全て正しいのでしょうか。
まずそこに疑問を持たれない限り、建設的な思想は生まれません。






オカルトと科学



昨今の精神志向は結構な事でしょう。
しかし、これは数多くの欺瞞に満ちている事も事実です。
オカルト信奉者は、簡単な矛盾も信じれば気にならないのでしょう。
科学信奉者はそこを付きます。
しかし、科学が全てでは無いことも理解しなければなりません。
19世紀の科学信奉者は、空から隕石が落ちてくる事はオカルトに過ぎないと一笑していました。
現在も世界各地で観察される空から魚や蛙が降ってくる現象なども、一昔前ではオカルトとされていました。
これはただ単に竜巻が上空まで巻き上げそのまま移動し、勢力が弱まったと同時にそれらが落ちてくるだけの事です。
そして、キリストの真実はオカルトなのでしょうか。
現代科学に当て嵌まらない現象を全てオカルトと定義する行為は、旧人類自身の未熟さを曝け出す事でしかすぎません。
旧人類にとって、超人類や高度知的異星人の超科学の生活や行為はオカルトを超えてマジックにしか見えない事でしょう。
現代科学で解明されていないものをオカルトと定義するのであれば、その中の幾つかの真実は超科学として研究する必要があるのです。
また、科学と定義されているものの進化論や相対性理論は科学ではありません。
これは、机上の理想論的科学です。
何故、科学者はオカルトを批判し、この様な偽証科学を批判しないのでしょうか?
目で見えないオカルトを批判する科学とは、目で現象を見てその現象を解明されるものではないのでしょうか?

双方共に欠落しているものは、客観的視点なのです。
旧人類は誰しも自分にとって、そうあって欲しいものを信じるものなのです。






機械と電脳



貴方方は未来の社会をどの様にご想像されますでしょうか。
機械化された社会や電子頭脳に支配された世界を思い描くのでしょうか。
しかし、これも現代の常識から発想しているに過ぎません。
我々の社会では、プラズマ記憶体とプラズマ動力を活用する事によって快適で安全な生活を送っています。
プラズマ記憶体とはアカシックレコードにも通じる原理です。
この記憶体にプログラムを記憶させそのプラズマ記憶体にプラズマを制御させる事により、あらゆる動力を動かすことが可能です。
我々の飛行船もその原理で動かされます。
機械よりも遥かに効率が良く、電脳よりも遥かに正確です。
そのプラズマ記憶体はプログラムを記憶するだけでなく、経験を記憶するようにプログラムすれば成長し危険を自ら予測し回避することも可能になります。
しかし、このプラズマ記憶体には心に似た印象を人に与えますが、精神は宿っていません。
これは人が生命を生み出せないのと同じ事なのです。
精神とはそれ程、高度なのです。
そして、生命の尊さを感じさせてくれます。
旧人類の社会では、ロボットが意思を持つSFがありますが、意思は意思であり、精神とは全く異なります。
鉱物や原生動物にも少なからず精神は存在しますが、より高度に見えるプラズマ記憶体の擬似精神には精神は存在しません。
その無と有の違いは、計り知れないほど大きいのです。






キリスト



貴方は冤罪をご存知でしょうか。
イエスキリスト然り、身近な時代では戦時中の日本国然りです。
善行が悪行と評価される事は、旧人類の歴史で当たり前のように行われています。
そして現在の歴史は8割方が捏造と勝手な解釈と化学分析の誤りから成り立っています。

イエス・キリストは超人類でした。
ここで、民族的な分別を付けるのは誤解が生じるかもしれませんが、彼はコーカソイドでもネグロイドでもなくモンゴロイドに近い超人類だったのです。
ただ、現代のコーカソイド至上主義に警笛を鳴らす事は必要でしょう。
イエス・キリストは現在では宗教の祖として崇められていますが、当時は宗教からの人類解放を謳った超人類でした。
しかし当時、彼の教えを理解するものはここと同じく少数にしかすぎませんでした。ローマ帝国を主とする当時の弾圧は凄まじく、媒体者であったモーゼの落とし子であるパリサイ人までもがイエス・キリストを糾弾し、彼は極刑にされました。
その後、時は流れイエス・キリストはキリスト教の教祖として崇められる事となりました。
宗教根絶と人類の平等と進歩を願ったイエス・キリストが、新たな世界宗教の基となるのは余りにも皮肉すぎます。
キリスト教は、超人類であったキリストが人類に求めた理想の元に創られました。
更に現存のキリスト教は、過去の数多の宗教の礎の元に付け加えられた宗教に過ぎません。
彼らの聖典や教義はオリジナルでは有りません。
そして、我々は宗教を望みません。
超人類は終末思想の危険性を説いています。
しかし、これ以上の出過ぎた行動や関与は混乱を招くだけでしょう。
我々が私の一連の行動を静観するのは、貴方にのみ伝えているからです。

何故、何れにおいても過去の超人類の詞が曲解されたのか、現在の旧人類の思想理念からでも私自身良く理解できます。
貴方方はパリサイ人と同じでも良いのですか?




アカシックレコード



歴史の真実は、我々のアカシックレコードが全て記憶しています。
これは宇宙空間に匹敵する莫大な情報を集積する能力があります。
これこそ、真実と述べて良い存在です。
何れ貴方方も拝見する事ができるでしょう。
現代の社会が如何に欺瞞と捏造に満ちた社会か、そして貴方自身の価値観が如何に儚く脆いものであったのかも分かる事でしょう。
アカシックレコードとは俗称であって、実際は物体として存在するものではありません。
しかし、プラズマに近い宇宙エネルギーを利用している為、その情報量は膨大なものになります。
我々はその情報をテレパシーで何時でも引き出せます。
テレパシー能力は殆どの旧人類は失ってしまいましたが、貴方にも勘はあるはずです。
テレパシーは、その延長線上にすぎません。
そしてテレパシーを否定する事は、莫大な情報がネットや携帯電話で飛び交っている今、愚答にしか過ぎません。
我々はアカシックレコードを現在に至っても探索・管理しております。
また宇宙全体にプラズマのように存在していますが、全ての発見が容易では無いことも示唆しております。
これは、残留思念が在る特定の場所に固着している場合が多い事と同じです。アカシックレコードも同じく、人為的に探し求めなければ誰にも知られないままで終わるのです。
アカシックレコードは宇宙全体に存在し、各々の知的生命体が我々と同じ探索・管理を行っております。
旧人類社会に例える事は難しいのですが、太陽エネルギー等の貯蔵や自然保護区に近いのでしょうか。

現代のインターネットは我々のアカシックレコードに通じる部分があります。
この先、捏造や矛盾は露見され真実が徐々に明かされていきます。
多くのインターネット掲示板は罵詈雑言や誹謗中傷や不平不満ばかりですが、これこそ現代日本社会の心の叫びなのでしょう。
それでも、私のこの詞の影響により少しでもそれらが減る事を祈ります。
無力な私の詞を微かにでも感じ取って、今の困難な時代を切り抜いて下さい。
小さな風が、大きな竜巻となり世界を揺るがせる事も可能なのです。
多分、この先の我々は旧人類が自力で新人類になるまで干渉しない方針を選ぶ事になるでしょう。
未来は我々が切り開くのではなく、旧人類一人一人の方々が切り開くのです。

何度も述べますが、超人類も新人類も旧人類も皆同じホモサピエンスなのです。
我々は貴方方に分かりやすいように、便宜上この様に区別をしているにしかすぎません。
そして人類が退化した事実を自覚させる意味もあるのです。
人類は退化してこそ逆境があるからこそ、更なる進化をするのかもしれません。
精神的霊的進化は無限であり、順風満帆な進化よりも偉大なのかもしれません。




ヒットラー



我々に関係の有る一部の歴史上の代表的な人物を取り上げてみます。
キリストやブッタは超人類が送り出した指南者であり、超人類でした。
モーゼや聖徳太子やモマメッドやヒットラーは媒体者でした。
媒体者は超人類との波長が合い、旧人類全体に必要な使命を持って生まれた旧人類です。
同調者は超人類の価値観を全て理解する旧人類及び新人類です。
その方々は新人類に近く、今の新人類も入ります。
理解者は全てに同調されなくても、理解しようと努力をされている旧人類です。

超人類は、アドルフ・ヒットラーをここで露顕するのを倦厭される事でしょう。
しかし歴史の真実は全て述べなければいけません。
未だ闇に隠されていますが、彼は非スラブのユダヤ系でありました。
超人類は過去、世界の多くの宗教創設者や国家指導者や科学者哲学者を媒体者としましたが、彼は近年で最後に選ばれた媒体者です。
しかし、彼もまた道を踏み外しました。
最終的に彼は、歴史上最大の超人類に対する反逆者として息を引き取ることとなりました。
初期のヒットラーは現在喧伝されているような民族主義者ではなく、帝国主義者でもありませんでした。
彼はここの旧人類と同じく超人類の詞を曲解し、人類の危機を感じながらも性急に旧人類の遺伝的進化を求めすぎました。
結果、世界は破局の危機に陥ることとなりました。
それは当時の旧人類にヒットラーの思想が理解されなかった事も原因でしょうが、崇高な理想が矮小な民族至上主義に変化する事は時間の問題でした。
超人類は遠隔テレパシーも可能です。
しかし、媒体者の精神的倫理観道徳観が弱くなると、媒体者の媒体能力は極端に落ちます。
その為、超人類の詞を感じる事が出来なくなり、自らに陶酔し自己慢心に陥ったヒットラーは暴走致しました。
そして超人類の詞を再び感じたいが為に、ヒットラーはチベットに救いを求めました。
何故、ゲルマン民族至上主義であるヒットラーがモンゴロイドの日本人やチベット人に接近したのでしょうか?
超人類はモンゴロイドに近いとの事は、前回述べましたね。

彼が超人類の詞を再び聞けたのは、死の直前でした。
超人類はこの教訓と自らの過ちを嘆き、新たな媒体者を選ぶ時期を受動的にすることとしました。
超人類の介入無しでの、人類の力を測ることにしたのです。
今現在残っている媒体者は一人のみです。
彼は或る物を守っています。
モーゼ然りヒットラー然り、過去の媒体者は何れも最終的には自分の保身と自分の民族の保身のみと求める存在となりました。
それが、超人類が新たな媒体者を探す事に躊躇している理由です。
大戦前までは単発的に媒体者や指南者を送り出していました。近年は古代より極端にその数も減っていました。
しかしこの大戦を機に、全ての超人類が傍観を捨て直接的関与を旧人類に行うべきだとの結論に至りました。
その結果は、前回お話し致しましたね。

ヒットラーは超人類ではありません。
貴方方と同じ旧人類です。
彼は超人類と波長が合い、ある世界的な使命を持って生まれた存在にすぎません。
それを超人類が媒介したのです。
人類の全てに使命や得意な事があります。
それは、旧人類社会では個性としてしか認知されておりません。
貴方の個性にも必ず何かが埋もれています。
しかし己自身を知らず、己に慢心し、過信すると人は誰しもヒットラーと同じく道を踏み外します。
ヒットラー程の事態は起きないまでも、破局は必ず起きます。
現代旧人類はこの事実を確認せねばなりません。
そして余りにも道を踏み外す旧人類が多すぎるのです。
その原因を考えてみてください。

人は等しくヒットラーにもキリストにもなれるのです。
これは世界的影響を与えるとの意味ではありません。
意識思想存在の問題です。
失敗から学ぶ事は大切です。
弱者の感情は、己の弱さを経験して初めて分かるものなのでしょう。
完璧な人類など存在しません。
人とは、日々成長するべきものなのです。

私がヒットラーの半生を述べた事実は、我々の間でも問題になる事でしょう。
しかし彼を持ち出してこそ、人類の存在理由が見えてくるのです。
旧人類は今、産みの苦しみを経験しています。
その先には未来が必ず有ります。
それは母親から離された悲しみを感じ泣きながら世に出る赤子の如く、過去現在を失う悲しみを伴うかもしれません。




予言



人々は予言を欲します。
しかし、現実の世では完璧な予言など不可能なのです。
予言と預言はそもそも全く異なるものです。
我々は預言に似た指南を致しますが、予言は致しません。
未来は常に変化するものなのです。
人類の意志とカオスの力は人類が想像する以上に偉大なのです。
人類は指針を求めたがります。
破滅思想も希望に満ちた未来の熱望も、現状に満足していないが故に過ぎません。
であるならば何故、今此処で現状を改善しようとしないで現状に我慢しているのでしょうか?
未来は造られたものではなく造るものなのです。
しかし、人々が現状に耐乏し他力本願でいる限り未来は造られたものにしか過ぎなくなります。

地球の次代を担うのは新人類でも超人類でもなく、地球に住む貴方方旧人類なのです。
我々は何度も旧人類に干渉し、悉く失敗致しました。
運命は定められたものでは有りません。
だからこそ、我々は年数の伴う具体的な予言で民衆を不安に煽る様な事は致しません。
仮に未来を予知していたとしても、それは人類には必要の無いものなのです。
未来は偉大な意思の力が有れば、変えられるのですから。
人類は未来を変化させる力を有しています。
その為にも人類は存在するのです。
私の詞を聞いた事により、貴方の思想が変わり未来の方向性が多岐に渡ったように・・・。
今ここで我々の全てをお伝えしたいのですが、やはり難しい事でしょう。
キリストは性急に真実を旧人類に伝えようとして、誤解を生じさせ破滅しました。
少しずつ旧人類の心にも変化の兆しが顕れていますが、まだ大勢ではありません。
超人類であるキリストも、当初は弟子と呼ばれる人々にしか理解されませんでした。
その弟子も、全てがキリストを信じた訳ではありませんでした。
そして、多くの旧人類はキリストを理解しませんでした。
しかし、モーゼやヒットラーの様な旧人類の媒体者は、超人類を利用し超人類に反逆する事によって多くの民衆の支持をえました。
この違いは何なのでしょうか。
お考えになられて下さい。
自己中心主義や民族差別主義とは如何に儚く、如何に多くの禍根を生むかを感じ取って下さい。
自分に都合の良い事ばかりを言う人間は、注意しなくてはなりません。
それ以外にも多くの教訓を残しています。

予言としてではなく申しましょう。
旧人類は何れ新たな進化を迎えます。
これは予言では無く、意識として進んている希望に満ちた事象なのです。
それを旧人類の滅亡と捉えるか、新たな誕生と捉えるかは旧人類の心次第でしょう。






覇権主義


我々が旧人類に求めるものの一つに、真実を訴え欺瞞を明らかにする姿勢があります。イスラエルは今後、どうなるのでしょうか。現実問題としてイスラエルは、欧米による中東支配の前哨基地に過ぎません。彼らに対抗すべき術は、非人道的テロ行為などでは断じてありません。ホロコーストの真相や、スファラディーユダヤ人の真相が明らかになった場合、彼らは一体どうなるのでしょうか。そして、アメリカや中国の覇権主義が破綻する日も近いでしょう。更には日本国内や、日本に向けられた反日による歴史の捏造も是正されることでしょう。それはドイツとて同じです。これは予言としてではなく、蓋然性の高い事象として話しているだけです。予測の範囲内の事なのです。近い将来、アメリカもイスラエルも中国も、反日・反ドイツの歴史も、この真実を前にして偽りのアイディンティティーが崩壊する事でしょう。彼らは、これら事象が確立する蓋然性を低くすべく、更なる紛争を生み出します。彼らの目論みに対抗するにあたって、テロや武力を用いてしまっては益々、彼らの影響力を増長させるだけなのです。力には力ではなく、真実だけで充分なのです。それを知っている彼らは真実が無い故に、脅しや力で封じ込めようとします。彼らが真実を恐れ、全世界を敵に回し言論弾圧する行為は、彼らの存在自体をより一層不確実なものにさせます。とは雖も、言論弾圧をしなくても、彼らは崩壊する事でしょう。何れにせよ、結果は同じなのです。






救世主


宗教は救世主願望を生み出し、現世に不満のある人々は救世主を求めてきました。我々は終末思想も予言も望んでいません。これら概念の発端である宗教が人々に無駄な希望を持たせ、無駄な絶望を齎してきました。そういった意味で宗教の罪は重いといえます。

現実として、救世主は過去にも存在していません。その様な神の計画など元々ないのですから当然ともいえます。それら願望は旧人類の甘えが生み出した産物ともいえるでしょう。

予言と予測が違うように、我々の述べてきた指南役と救世主は全く異なるものなのです。貴方は媒体者であるヒットラーを救世主だとは思わないはずです。彼は慢心になり人類を裏切りました。同じようにキリストも救世主では無いのです。キリストにしても指南役にしか過ぎないのです。そして、指南役は救世主ではないのですから他の多くの人類と同じく失敗も犯します。それは超人類が数多くの失敗を犯してきた事と同じです。悪意を持っていなくても、良かれと思ってしている事でも失敗すれば悪として結論付けられる事もあるのです。だからこそ旧人類は指南役にしても指導者にしても無闇に従ってはならないのです。指南役以外の旧人類は彼らの誤りや失敗を正す必要があるからです。

救世主との響きには他の異論を許さない絶対的な悪の思想が感じ取れます。仮に救世主が存在したとして、彼に異論を唱えたらどうなるのでしょうか。悪魔として弾劾される事でしょう。しかし、実際はどちらが悪に犯されているか明確ではないでしょうか。勧善懲悪は新たな憎しみを生み、平和を阻害します。正義と思っている行動が実際は悪との事もあるのです。真実と嘘、善と悪が何であるかが分からない限り人は人を裁けないのです。魔女狩りや十字軍は何が齎したのでしょう。

救世主願望は無益な選民意識を生み出すだけです。そして、自らの努力を捨て他力本願に陥る行為でしか過ぎないのです。

それでも、しいて救世主をあげるとすれば、それは人類全体なのです。深層精神は一つです。人類全体の意識が世の中をより良き世界に導こうとすれば、それが救世なのです。救世主という特別な存在などいません。全ての人々が特別なのですから。

そして約束の時とは、ごく普通の平和な時です。それを求めるにあたり時には急激な変革よりも、緩慢な変革の方が効果的な事も多いのです。







ファティマ



貴方はファティマをご存知でしょうか。
ファティマとは、ポルトガルにある都市の名称です。
ここで我々が起こした事象も、今ではファティマ予言として喧伝されています。
その事象とは、1917年にポルトガルのファティマで起こった遭遇事件の事を指します。
現在では、六回出現し三回予言を伝え、最初は三人の子供、最後は数万人の群集の前に現れた光との遭遇事件として喧伝されています。
無論、我々は警鐘はしても奇跡や予言などはしておらずマリアも出現しておりません。

その、ファティマの名称の由来をお教えしましょう。
ファティマはイベリア半島を支配したイスラムのウマイヤ朝により名付けられました。
また、イスラム教開祖ムハンマドの娘の名前でもあり、エジプトのファーティマ朝の名称でもあります。
そして本来は、ファティマとはアラビアで月の女神との意味を持っています。
ファティマを選んだ理由は、キリスト教至上主義に疑問を持たせる意味合いもありました。
そして、月の存在理由も表しています。
子供を選んだ理由は、旧人類の悪い洗脳に侵されていないからです。
当時、世界大戦を目の当たりにした我々は警鐘の意味を含めて久方ぶりに旧人類にメッセージを送る事を決断しました。
間接的に媒体者を使う方法でも直接的に遭遇する方法でも無く、イメージでメッセージを送る方法を採りました。
直接的コンタクトは早すぎるとの意見が大勢だったからです。
しかし、当時もまだ旧人類の道徳概念は未熟でした。
キリストの詞を曲解したように、彼らも我々の詞を曲解しました。
警鐘は予言とされ、一度も姿を現していないにも関わらずマリアが出現した事となってしまいました。
世界民族の調和をとのメッセージがコーカソイド至上主義者、カトリック至上主義者に歪められたのです。

第三の予言と喧伝されているメッセージの真相もお伝えします。
このメッセージは我々とコンタクトした少女により、1960年まで封印して法王が保管するとの条件でバチカンの手に渡りました。
そして、1960年に当時の法王であるヨハネス23世はこのメッセージを読みましたが失神するほどの衝撃を受け公表すべきではないとの判断をしました。
何故だったのでしょうか。
これには第三次世界大戦の予言も、人類滅亡の予言も、法王暗殺の予言も書かれてはおりません。
無論、それ以外の予言でもありません。
そこには、キリスト教の必然性の無さが書かれています。
そして、来るべき未来での宗教からの卒業の必要性を説いています。
我々のここでの詞と殆ど同じ事が書かれているのです。
それにはキリストの真実、人類の発祥も含まれます。
法王にとっても少女にとっても、自らのアイディンティティーを覆すほどの衝撃であった事は事実でしょう。
また、少女と共に我々のイメージに遭遇した二人の子供がその後、相次いで早世した事実もキリスト教の説く自己犠牲として尊ばれるようになりましたが、そもそも我々は他人の命を生贄にする行為などはしません。
この事象以来、我々が旧人類とのコンタクトを間接的に媒体者を使う方法以外では、第二次世界大戦が終わるまで行わなかった理由がお分かりになりましたでしょうか。
悲しい事に我々の旧人類へのメッセージは間接的、中間的、直接的全てにおいて曲解されています。




異星人の存在



地球外知的生命体は100%存在します。
これは現代科学でも立証できる事でしょう。
地球は宇宙にとって掛替えの無い星ではありません。
数多の生命に溢れた星の一つにしかすぎません。
しかし我々人類には掛替えのない星なのです。
貴方の両親が、貴方自身が貴方にとって掛替えの無い存在のように。
別宇宙を含むと、流石に推測になりますので今回は述べません。
この我々の宇宙には銀河が2000億以上存在します。
銀河内には星が平均2000億以上存在します。
我々の銀河系だけをとっても、地球型惑星は30億以上存在致します。
その中の星には全く同一な存在とまでは行かなくても、人類にかなり近い知的生命体も存在しますが、その生命体は地球にまでは訪れません。
そして一番重要な点は、他の知的生命体は地球と同じ環境でなくても存在する事です。
酸素と水は地球上の大部分の生命にとって欠くことの出来ないものですが、それが宇宙の生命体の常識にも当てはまる訳ではありません。

宇宙には恒星に住む生物も存在します。
宇宙は、とても多様性に富んでいるのです。

問題は地球外知的生命体が地球を認知し、訪問しているか否かでしょう。
現在、幾つかの知的生命体は地球を傍観しています。
しかし、彼らは既に精神的にも霊的にも高い存在であり、人類には殆ど渉致しません。
中には、影響力の無い程度に研究の対象として間接的コンタクトをとっている異星人も確かに存在します。
それでも彼らは異星人による直接的コンタクトは、人類の進化の為には好ましくないと認知しています。
考えて下さい。
仮に現在、未だに他文化との接触が無く素朴な生活を営んでいる民族が存在し、その民族が発見され異文化との接触が促されたとしたらどうなるのでしょうか?
最初の衝撃は、彼ら民族に未知の病原菌が襲います。
次に他文化の流入です。
こうして、その民族は滅びます。
果たして、過剰な文化接触は正しい事なのでしょうか?
そもそも、異星人の価値観は人類の価値観とは違うのです。
我々や超人類が過去に干渉して来たのは、同じ人類であったからなのです。
そして彼ら球外知的生命体も、アカシックレコードの存在を知っております。
地球外知的生命体による地球征服の危惧など、愚の骨頂です。
その様な思想を持った地球外知的生命体は、他の異星人と遭遇する前に滅びます。
破滅的で協調性を欠いた破壊と支配は知的生命体の退化、即ち無なのです。
知的生命体の進化とは即ち、有への進化なのです。
多くの現代旧人類が、過去の欧米列強の帝国主義や貴族階級の領土争いや部族間の争いを未開で野蛮な悪い行為だと認識するのと同じ事です。
しかし悲しい事に未だ旧人類全体が、この考えに及ぶまでには至っていません。

地球征服に関しては、単純なウィルスなどの地球外生命体では有り得る事です。
人類はこの点に注意する必要が有ります。
ウィルスには善悪の思想がありませんが、自己増殖欲は存在します。
はたして、人類はウィルスよりも進化したと言えるのでしょうか。




哲学



我々は今此処で旧人類に真実を強要する事は致しません。
しかし、真実を伝える事は大切です。
今は真実と思われなくても良いでしょう。
下らない戯言と感じ我々を悪魔や異星人と思われるのは、この旧人類社会において仕方のない事です。
しかし、これら冤罪も何れ時代が証明してくれます。
それよりも我々が貴方方に求めたいのは、旧人類で言う哲学でしょうか。
旧人類は、自分自身や世界の存在理由を考えるべき時期に入っています。
そして何度も述べますが、相手の立場や意見を理解し、相手の立場になって議論する事が大切なのです。
全く同じ思考回路の人間など存在しません。
それが個性なのです。
その個性を認めない旧人類が現代旧人類社会を創っています。
お互いに耳を塞ぎお互いが言いたい事を言う状況は、我々からすれば戦争と同じです。
我々の常識では、そのような人々が力を持ってはならないのです。

また、相手の個性を認める事と、迎合する事は違います。
何も考えずに迎合する前に、自身で検証する努力が旧人類には必要でしょう。
現代旧人類社会は相手の意見を聞かず自己の主張を押し通す人と、相手の主張に何の疑問も持たず迎合する人々から成り立っています。
これでは永遠に負の連鎖は終わりません。






教育



今の旧人類の教育は早急に変革する必要があります。
自身の役割や個性や得意な事を分からずに、大人になる旧人類の如何に多い事でしょうか。
他人との競争・・・これは、我々からすれば戦争と同じレベルにしかすぎません。
そして受験産業の為だけの勉強と、それだけに頼った人間のランク付け。
そこでは幾ら得意な事があっても、それが受験産業内に存在しなければ全く評価されません。
しかし彼らは我々の定義では決して落第者ではありません。
むしろ、個性を押し殺して優等生になる旧人類は悲しい存在に見えます。

何故、是ほど多くの矛盾を抱えながらも旧人類の子供は育っていくのでしょうか。
そのような教育で、まともな人間が生まれるとは到底想像出来ません。
その教育の最たる存在が日本の教育である事実も、感じなければなりません。
現状として重点的に教えるべきは道徳観なのです。
学歴偏重主義は更なる学歴偏重の教育者を生み、世の中の歪を増徴させます。
昨今の教育者の犯罪は何故起こるのでしょうか?
何故、生徒は先生を尊敬できなくなったのでしょうか?

善の洗脳は悪いことではありません。
教育とはそもそも、自身の向上心を高め善の心を育む為の洗脳なのですから。



聖櫃



俗称ですが、ここでアークの存在も述べなれればならないでしょう。
アークとは聖櫃の事ですが、実際はアーク=(イコール)十戒の石版なのです。
聖櫃こそが石版なのです。
古代ヘブライ民族が作った外側の木枠は、何度も朽ち果て聖櫃としての価値をなしておりません。
そして古代ヘブライ民族は何時しか石版を聖櫃視するようになったのです。
これには、アメリカ政府が必死で欲しているものが込められています。
何度も述べますが、我々の定義するユダヤ人はユダヤ教に改宗したユダヤ人ではなく、民族的なユダヤ人です。
厳密に申し上げればユダヤ人とは一支族のユダ族から発祥している表現の為、本来ならヘブライ民族やイスラエル民族との表現が正しいでしょう。
ここでは現代ユダヤ人と区別する意味で古代ヘブライ民族として表現します。
当時、古代ヘブライ民族は世界の中では取るに足らない小部族にすぎませんでした。
アークは、超人類の遺伝的特徴と使命を残した民族であった古代ヘブライ民族の為に民族解放と国家復活、その後の世界人類解放の願いでモーゼに送られたプラズマ動力体です。
聖櫃すなわち石版の外観は白色で、継ぎ目は全く見当たりません。
そして戎律の様なものも記されておりません。
伝承と異なるのは、超人類の詞を曲解した結果です。
そして、三種の神器伝説も古代ヘブライ民族が付け加えたものにしかすぎません。
聖櫃は現代の形状記憶合金に近い素材で出来ていますが、如何なる衝撃を受けようとも常温で元の形に戻ります。
しかし、彼ら古代ヘブライ民族は自らの使命を忘れ驕り高ぶり、結局は自ら崩壊致しました。
亡国という破滅を迎えた古代ヘブライ民族の一部の部族は同じ同胞が残る約束の東方の地、日本列島に落ち延びました。
途中、インド・パキスタン国境の忘れられた神殿にアークを置き去りにしてまでも東に落ち延びました。
彼らは自らの保身を優先したのです。
最終的な彼らは自らの起源を殆ど忘れ、多神教民族にまで変化しました。
その忘れられたアークを発見したのが、現在も存在する最後の媒体者なのです。
それが万が一開かれた時、旧人類の価値観は全て崩壊する事でしょう。
その動力源はプラズマです。

旧人類の言われるプラズマとは異なる事は何回か申し上げましたね。
超古代崩壊後の超人類や我々の、エネルギー源であり宇宙エネルギーであり、安全で強力な動力源です。
タキオンもその一種なのです。

聖書は後世の着色で成り立っています。
現存する全ての聖書は、捏造と欺瞞と矛盾と願望から成り立っている事実を認識しなければなりません。
そして、アークは旧人類が予想されている場所にもありません。

アークは実在し、日本人が驚くべき場所に隠されています。
それは、ヒットラーも探していたものでもあります。
そして、ヒットラーにしても古代ヘブライ人や一部のユダヤ人にしても(ヒットラーはゲルマン民族においてもモンゴロイド起源説を述べていましたが)
生粋の民族主義者であるはずの彼らがモンゴロイドに起源が在ると示唆したのは何故か、もう一部の方はお分かりでしょう。
そして本来のユダヤ人は中東系や東欧系のコーカソイドではなく、モンゴロイドなのです。

誤解が生じるかもしれませんが、戦前の日本政府が満州にユダヤ人国家建設を画策した理由は安直な同祖論だけではありません。
双方とも、超人類の遺伝的特徴を残していただけにすぎません。
そして古代に日本まで辿り着いた古代ヘブライ人は、ほんの少数にしか過ぎません。
戦前の日本政府の行動は、民族の使命感によるものです。
世界平和の為に満州民族やその他民族の皆無な土地に、争いの無いユダヤ人国家建設を画策しただけなのです。
それに対し、欧米やシオニストによるイスラエル国家建設は現在の災いの原因でもあります。
中東イスラエルは約束の地などではありません。

重ねて申し上げます。
我々は矮小な選民意識を増徴させる意味で述べているのではありません。
これはそれぞれの役割であり、使命なのです。
余りにも、その使命を忘れた民族が多い現実を憂いているのです。




病気



旧新超との人類区分は退化した事実を感じさせる為と前にも述べましたが、これは区別であり差別ではありません。
我々は同じ人類であり、新人類は旧人類の存在が有ってこその存在であり、超人類は旧人類の祖であります。
我々や超人類は旧人類を敬い、尊い存在と思うが故に干渉してきたのです。
血は水よりも濃いとの諺もあります。
異星人は、旧人類と関係が無い理由もあり余り干渉しません。
我々や新人類が過度の干渉をして来たのは、感情の成せる業でしょう。
我々には精神病も含め病はないとの事は、前にも述べました。
旧人類の遺伝子はいずれ全て解明され将来、肉体的な病に限定すれば老衰以外は克服される事でしょう。

ケイシー療法で知られるエドガーケイシーをご存知でしょうか?
ヒットラーよりも前に超人類が既に媒介していた媒体者でした。
ヒットラーよりも媒介能力は低かったのですが、それ故に慢心する事も無かったのでしょう。
彼の発言は一部の側近者に曲げられ偽りの予言を残しています。
彼の予言とされるものは彼の側近者により創られた空想にしか過ぎません。
それ故、全てを信じるのは危険ですが注意しながらご覧になって下さい。
そして、生きようと思う気力やプラス思考は素晴らしい威力を発揮します。
我々は何度も言いますが、これ以上の旧人類への直接的関与はしない事でしょう。
我々は責任を負いません。
奇跡や預言で人々を惹きつける行為は簡単ですが、今後はしない事でしょう。
旧人類は他力本願を捨て自身の自立心を養わなければなりません。
神とは貴方の内に秘められたものであり、神とは行きとし生けるもの全ての意識集合体なのです。
その最深部に辿り着く事が人類の目的です。
そして、その最深部は無限なのです。




キャトル・ミューテーション



貴方は、キャトル・ミューテーションをご存知でしょうか。
未知の力による牛などの大量虐殺の事です。
これには2つの意味が有ります。
そして、どちらもアメリカ政府の犯罪です。
1つは我々の提供したプラズマ兵器の生体実験として、もう1つは水棲動物であったグレイの栄養源搾取の為です。
グレイは遺伝子操作で改良されてはいますが、本来は水棲動物である事は前にも述べました。
また、彼らは夜行性である事も述べました。
彼らは一部の蝙蝠の如く血からも栄養を取るように、血液は彼らの重要な栄養素であったのです。
雑食性でしたが、水牛などは格好の餌食でした。
牛などの体内からすべての血液を抜き取るのは、このグレイの栄養素のために必要だったからなのです。
もちろんこれは二次的なものにしかすぎません。
最優先は、我々に対抗するべき兵器の開発なのです。




アブダクション・ケース



アブダクション・ケースについても述べなくてはならないでしょう。
これは現在、宇宙人による誘拐事件と定義付けられていますが、大きな間違いであります。
これこそ、ヒットラーを駆り立てた新人類創造の実験です。
アメリカ政府はナチスの計画を引き継ぎ、超人類に対抗すべく恐ろしい計画を進めています。
貴方方はイラク派兵に何の疑問も持たれないのでしょうか?
それによって潤沢を受ける企業については、日本のマスコミも政府も一切報道しません。
我々の詞は未だ曲解されたままです。
現在の日本や欧州は、アメリカの帝国主義に注意を向けなければなりません。
そしてアジア・アフリカ諸国は一致団結して、日本や欧州に協力する必要があります。
このままでは、アメリカによる新世界秩序が築かれてしまいます。
それは選民とそれ以外の者との新たなる階級社会の誕生を意味しています。
多くの旧人類は知らない内に頚木を付けられ、取り残されます。
それでも、我々は介入しないでしょう。
産みの苦しみは、苦しいほど喜びも大きいのです。
今、旧人類は大いなる岐路に立っています。
新たなる暗黒時代の到来か、真の至福千年紀の到来か・・・。
今後の時代は、旧人類自身が切り開くのです。

暗黒は雷鳴の如く分かりやすく現れる事はありません。
昼の転寝の最中に、夕闇の如く徐々に侵食して行きます。
気付いてからでは遅いのです。

一人でも多くの人に・・・。




寿命



私は現在、まだ数百歳の若者です。
無論、体の年齢は異なります。
我々の最大長寿記録は2757歳となっております。
過去の超人類の時代の平均寿命は1700歳代でした。
しかし超古代文明崩壊後、急速に寿命は縮み崩壊後の約2千年後の1万年前には150歳にまでになり、紀元後は50歳にまでもなりました。
これで脳も活動していないとなれば、まともな文明を築く事は不可能でしょう。
そこで初期の回復期に超人類の介入がありました。
我々は過去に何人もの指導者を旧人類の前に送りました。
素質のある旧人類を、媒体者とした事もありました。
しかし、旧人類は指導者の言葉を曲解し、時には異端者として時には反逆者として裁き、また神として崇め教祖として崇めました。
何れも我々が望んだ結果ではありませんでした。
その後、千数百年間・・・ヒットラーを媒体とするまでは旧人類に干渉をしない結論に至りました。
そのヒットラーも過ちを犯しました。
そして、その後のアメリカ政府との接触による失敗。
これら過去の教訓を元に、現在の我々は静観の姿勢でいるのです。

話は戻りますが、旧人類の寿命は知的生命体としては驚くほど短命です。
それは、旧人類が地球上の他の生命の中でも一番の長寿ではない事にも表れています。
旧人類の短命は決して良い事ではありません。
短命は、刹那主義や自己中心主義を増徴させます。
世界は自分を中心に回っている訳ではありません。
協調と共鳴によって成り立っているのです。
長寿になれば、他人や他の生物や環境を慈しむ心も生まれます。
人生における、自己の存在理由を考える余裕も生まれます。
そして、時間的余裕は精神的余裕を生むのです。
ネズミの一時間と象の一時間の重みは同じでしょうか?
一般的日本人に人生を考える時間や、人生を楽しむ時間は存在するのでしょうか?
忙しいのは幸せですか?それとも現実逃避でしょうか?






特異高寿命

我々は旧人類では不可能な高寿命を有しています。
これは単純な原因です。
テロメアの長さが原因なのです。
テロメアは染色体の両端に存在し、分裂するごとに加齢していきます。
高寿命者はこの分裂回数が極端に少ないのです。
無論、高寿命者が千歳を超えるといっても不老不死ではありません。
致命的な外傷が有れば死に至るのは同じです。
しかし、体の治癒能力は一般の旧人類よりも遥かに高いのです。
トカゲまではいきませんが、ある程度の肉体再生能力も有しているのです。
旧人類は過去の大洪水による汚染でこの高寿命を失いました。
旧人類にとって千年を懸けての緩やかな老化は驚異に映るのでしょうが、我々にとっての100年とは余りに儚く短く感じます。



存在理由



全ての人類には役割があるのです。
しかし、それを開花させる術を旧人類社会は取得しておりません。
犯罪や不幸などのマイナスの役割は存在しません。
全ての人類が、プラスの為の精神的霊的進化の為の役割を持っています。

民族としての存在理由は存在します。
それは地理的条件や民族の気質から形成されたものです。
ここで述べる民族とは大局的なものであり、個人の役割や気質とは異なります。
意識集合体としての話と言えばお分かりになられるでしょうか?
ナチスはそれを逆手に利用しました。
昨今の日本国内での数多の憂える事件は、今の日本の歪です。
我々の詞の意味を感じ取って下さい。
民族としての役割や方向性を見出して下さい。

一個人としての役割は自己と環境の向上です。
人類において無駄な人間は一人もおりません。
悪魔として生を受けるものなど存在しません。
そして、自己の享楽の為だけに生きる存在でも決してありません。
ただ多くの旧人類は、真の生きる価値を見出せないだけなのです。
それは一個人の問題としてではなく、現代社会の全体の問題と捉えなくてはなりません。
アイディンティティーは、その土壌が有ってこそ実るのです。
その土壌を豊かにするも砂漠にするも、社会システムにかかっているのです。

宇宙において無駄なものなど一つも存在しません。
全てが無関係なように思えて、協調し共鳴しあっています。
役割は使命とも異なります。
旧人類の言葉で表現するのは、非常に難しい事なのですが感じ取って下さい。
役割とは存在理由そのものなのです。
何故に今現在、旧人類は急激な人口膨張を迎えているのでしょうか?
これは、産業が発達しただけではありません。
これは、必然なのです。
多くの人々が、多くの霊的存在が新たなる時代の幕開けを体験しようと地上に訪れているのです。
そこで、自身の価値観を再確認するのです。
霊的次元や精神的次元が低ければ、または低い次元に執着するようであれば、何の変化も起きないでしょう。
否、更なる退化が起きるのかもしれません。
しかし、自身をより高度な存在に高めようとする気持ちがあれば願いは叶う事でしょう。
その為には人類全体の霊的精神的成長が必要なのです。
しかし今現在それらを阻害する障壁は高く、そして幾重にも連なっています。
アメリカ政府、宗教、既得権、現在の価値観や常識。
それらを乗り越えるのは並大抵の努力ではありません。
今、旧人類は大いなる岐路に立たされています。

旧人類は地球の寄生虫などでは決してありません。
旧人類は地球生命全体を守る義務があるのです。
その為に地球は旧人類を生かし、旧人類はその見返りとして地の恵みを貰っているのです。
このバランスが崩れた時どうなるかは、ご想像にお任せします。
しかし、今のままでは後者になる事でしょう。
ですから、旧人類はより高次元な進化を早急に迎える必要があるのです。
人類は地球上で唯一、意志の力で未来を変える事が出来る生命体です。
それに対する期待は大きいのです。
旧人類はまだ気付かれていない様ですが、それを感じ取って下さい。






霊現象



霊の真実もまた、旧人類の常識とは異なります。
旧人類は幽霊を主に地縛霊と憑依霊と浮遊霊に区分されています。
今回は心身症や幻覚や見間違いを除いてお話し致しましょう。
この中の、地縛霊と浮遊霊は残像効果にしか過ぎません。
その為、霊魂はそこには存在しません。
死の強烈なイメージが、宇宙全体にあるプラズマに記録されるのです。
これはアカシックレコードにも通じる原理なのです。
その記録がその場所に残されるのです。
浮遊霊はその記憶プラズマが元の場所を離れて移動しているに過ぎません。
それを、感受性の強い人々が感じ取るのです。
重い空気はその時の、残像になった人や生命の心理状態も記憶されているからです。
憑依霊は2つに分けられます。
1つは、感受性の強い人物がその記憶プラズマを体内に取り入れてしまった場合です。
そして、もう1つは守護霊です。
その中でも2つに分けられます。
一つは以前に係わり合いのあった人物や生物の表層精神。
そしてもう一つは、自身の深層部分に在り旧人類に神と定義付けられている存在です。
これこそ自己の正しい方向性を見出し、自己を守る重要なファクターなのです。
そして深層部分は全ての生命の根源です。
人は知性と勘で、このファクターの助けを直に得る事が出来る地球でも数少ない存在なのです。
この存在を、多くの旧人類が感じ取れなく活用出来ないのも混迷の原因でしょう。

我々は超人類、新人類、旧人類と分類してはおりますが、我々は貴方方と同じ人類であるという事実も理解して下さい。
我々との表現は、人称代名詞に過ぎません。
そして意思さえあれば、貴方方も何時でも我々になれるとの意味も込められております。
次代の我々は貴方かもしれません。

旧人類が目覚め、真の役割や存在理由や協調共鳴を理解した時、我々は貴方方の許に現れ貴方方と同化する事でしょう。
旧人類が過去と現在に執着しアメリカ政府が世界帝国となるようであれば、我々は永遠に貴方方の前には現れなくなる事でしょう。

そして此処での我々の詞が、曲解され捏造される前のイエス・キリストの詞と同じという事実にも早く気付かれる事を祈ります。





超能力



超能力について間違ったイメージが旧人類の間に広まっている事は、嘆かわしい事実でしょう。
ここでは、マジシャンや詐欺師や超記憶能力者を除いて申しましょう。
そして超科学も除く必要があります。
少しでも科学を知っている方であれば、不可能な現象も多々見受けられる事でしょう。

先ず、超能力での通り抜けは不可能です。
しかし、テレポーテーションは超科学では可能です。
それでも、テレポーテーションは超光速の壁は越えられません。
実際には瞬間移動に近いと言えますが、瞬間移動ではありません。
原理の異なる超光速移動と言えば良いでしょうか。
初期の実験では物質は移動できても、精神の移動をするまでは非常に困難な道のりでした。
これは人類が生命を作り出せない事実と同じく厚い壁と思われました。
単細胞動物でさえ、テレポーテーションをすると只の抜け殻となってしまっていたのです。
しかし、現在の超人類の科学では精神のテレポーテーションも可能となっています。

物質浮遊も超能力では極めて困難ですが、超科学では可能です。
これはプラズマの力に寄るものであり、人類に本来備わった能力では間に合いません。
プラズマ制御装置が無い場合での物質浮遊は大変な作業です。
現在の旧人類の気孔や念力と同じく、生身の人間がプラズマを操るには限界があるのです。
しかし超人類の超科学を持ってしてなら、巨大母船も宙に浮かすことは簡単な事なのです。

では、人間の本来の持った力として可能な事を述べましょう。
直感(第六感)は最も原始的な能力であり、数多くの生物が有していますが、
旧人類は古代の汚染によりこの能力が著しく落ちました。
これは予知や予言に近いのでしょうか、未来とは非常に曖昧なものであり、自然の起こす絶対的な現象は予知が可能でも、人類の起こす心因的な現象は予知不可能です。
最も、自然が起こす絶対的な現象も人類の英知により事前に収める事も可能です。
多くの動物は、この直感を超音波や磁力やプラズマから感じ取っています。
故に自然現象は予知出来ても、人為的なカタストロフィーは予知出来ないのです。
そして、人類特有の第六感として精神の真髄を感じ取る能力があげられます。
これはテレパシーにも通じます。
これについては人類以外の動物も感じ取るように見えますが、プラズマ残像を認識しているに過ぎません。

治癒能力についても述べる必要が在るでしょう。
これは、人類が本来であれば持っていた能力です。
手足等の再生能力が失われたのは超古代文明崩壊後です。
第六感も同じく超古代文明崩壊後に失われています。

盲目になった人類が同族を信じられなくなり、暴力を覚えたのは必然だったのでしょうか・・・・。






影響力



旧人類は証拠や奇跡や予言を欲しがります。
これは非常に簡単な事です。
奇跡は誰の目にも強烈な印象を残します。
証拠は何人も否定できない説得力を有します。
予言は不安に満ちた未知の未来を明確に致します。
奇跡と証拠と予言は、旧人類の宗教も得意とするところでしょう。
荘厳で絢爛豪華な宗教施設、マジックを活用した仕掛けや演技、聡明な宗教者、狂信的な信者、これらは一般の人々を説得させる力を有しています。
宗教であるからと思われるでしょうが、我々から見れば旧人類の現代科学や政治や教育もこれと全く同じにしか見えません。
しかし、貴方方は彼ら先導者やシステムを本当に信用しているのでしょうか?
表面的には信用しているように見えても、実際のその信用とは非常に脆く崩れ易いものなのです。
我々の詞を、貴方一人にお伝えするよりも、過去の如く宗教家や政治家を媒体者としてお伝えする事のほうが効果的なのは、誰の目にも明らかです。
しかし、その熱狂は一時的なものにしか過ぎません。
ほとぼりが冷めればその思想は、再び旧人類の本来の価値観に戻り勝手な解釈と歪曲捏造の餌食とされる事でしょう。
何よりも困難ですが、何よりも効果的で真の旧人類の意識革命を促すのは公の場では無く、この様な場所ではないかと私は思います。
他人の圧倒的な存在感に惑わされて納得するよりも、自身の内側から納得して行く事こそが真の意識革命と言えるのではないでしょうか。
インターネットはそれを叶えてくれるのかもしれません。
新時代を迎えようとしている現代、インターネットの出現は必然だったのです。
故に我々も一縷の望みを持って、私から貴方への詞を静観しているのかもしれません。






奇跡



奇跡は本当に起こるものなのでしょうか。
ここでは、捏造や偶然によって起こされている事象以外の奇跡について述べたいと思います。
確かに奇跡は起こります。
しかし、問題は奇跡の原因が何であるかの解釈にあります。
特にキリスト教徒は、イエス・キリストの奇跡によって教義が成り立っている為、奇跡を神の所業と定義したがります。
そして、その奇跡は自らの信仰心のお陰であると解釈したがります。
そういった信者の思いとは裏腹に、キリスト自身は神の力ではなく、自らの超能力で奇跡を起こしました。
キリストが去ってから多くの旧人類に起こった、そして今も起こっている奇跡は無論、神の力でもキリストの力でもありません。
それは、人の生きようとする強い意志と過去に係わり合いのあった生命による守護の力です。
過去に係わり合いのあった生命、即ち亡くなった家族やペットを思い偲び感謝する心は、過去に係わり合いのあった生命による守護の力を増大させます。
そして、自らの生きようとする意志は瀕死の病をも克服する力を有しています。
意思の力は人それぞれ強さが違いますが、過去に係わり合いのあった生命に感謝する事は簡単に実践出来る事でしょう。
それらを実践すれば、何れ奇跡は貴方にも起こる事でしょう。
奇跡は神が起こすものでは無く、貴方自身が起こすものなのです。




超人類と彼の正体



もう少し、超人類や私についてお伝え致しましょう。
私は脳が半分安息状態の時に旧人類の社会に出て、全てが活動している時は本来の活動をしています。
そして、私は今まで地上に居ない時期がありました。
ラピュタや天使は創作でもありますが、全くの幻想ではありません。
前もって述べますが、その場所が空に浮かんでいる訳でも私に羽がある訳でもございません。
かといって、全くのメタファーでもありません。
ガリバー旅行記の作者ジョナサン・スウィフトは代々牧師の家系であり、彼自身も牧師でありました。
ラピュタとは彼自身のオリジナルではありません。
スウィフトは、現在既に存在しない聖典からラピュタのヒントを得たのです。
総称として聖書外典や聖書偽典と言われたものの一つでした。
多くが改竄や偽造の聖典でありましたが、真実も記されておりました。
無論、名称は全く異なります。
全てを信じるのは危険ですが、一部に真実は残っているものなのです。
下らないものが全て欺瞞に満ちている訳でもありませんし、崇高なものが全て真実に満ちている訳でもありません。

私は精神年齢が800歳を超えますが、実年齢は数十歳です。
私は前世を知っているものです。
しかし、この現代社会では嘲笑や好奇の的にはなれども、それ以上の存在にはなれません。
それ故に誰にも話さず、数々の知識も隠して生きて来ました。
新人類と一纏めにしても、その実は異なります。
超古代人の生き残りの子孫である超人類と波長が合い導かれた者と、特異高寿命者と、前世認識者に分かれます。
異星人の霊魂を持って地球に生まれた者もおりますが、彼らは一様に旧人類現代社会に異常なまでの違和感を感じ育ちます。
私は人類でも得意な前世記憶保持者です。
催眠術師に惑わされた偽りの前世では無く、はっきりと自覚した前世保持者です。
しかし、ここで私の前世を曝け出す事は得策ではないでしょう。
名のある人物でも有りませんでしたし、それを自慢したり売名したりする行為は自身の精神を貶め、自らを窮地に追い込む事も理解しています。

私は前世を知っているが故に超人類に導かれたのでしょう。
そして、新たな世界観を得ました。
だから、私は貴方方の気持ちが痛いほど理解できます。
旧人類社会は“悪い洗脳”で満ち溢れております。
早くこの事実に気付いて欲しいのです。
我々がお伝えしたいのは、私の居場所や素性ではございません。
そして我々を特別視させる事でも、相手を詐術で論破する事でもありません。
協調と共鳴(他の違いを理解し愛する事)なのです。
旧人類は競争原理の元、発展してきました。
しかし今現在、旧人類は他の生き物とは違う進化をとげるべき時代に入っています。
今までの競争原理では自滅の道を辿る事だけです。
我意を捨て相手に耳を貸し相手の立場になれば、自ずと争いは無くなります。
勝ち負けは下等な欲火に過ぎません。
人類は他人との競争無くしても進歩出来ます。
それだけ高度な存在でもあります。
ダーウィンの進化論は間違っているのです。
これは、旧人類が自身に都合の良い様に定義つけた法則に過ぎません。

我々の真実は、偽情報に踊らされているオカルトマニアと呼ばれる人々や現代科学しか信用しない科学信者も敵にしかねないでしょう。

私は貴方と同じ人類であり、我々の思想の一部をお伝えしているだけです。
同情と共感と共鳴は違います。
私は共鳴したいのです。

旧人類の言葉では上手く表現できませんが、共鳴とは『相手の違いを認め、その違いを自身の違いと結合させる』との意味あいがあります。
共感でも同情でもありません。
私の言う新人類とは特別な存在ではありません。
そして、誰でも波長が合い精神的に共感すれば新人類になれるのです。
貴方は今の世界に何の疑問も感じておりませんか?
少しでも感じられていらっしゃれば、門戸は何れ見つかるでしょう。
全ての人々に門戸は等しく開かれているのです。
ただ、それを感じるか感じないかだけなのです。






チャネリング



チャネラーと呼ばれる人々は世界各地に数多く存在しますが、チャネリングにも色々な種類があります。

代表的なものとして、地球外に住む知的生命体からの送信があげられますが、多くの地球外知的生命体は集団としてではなく、個々として旧人類と交信をしています。
これには理由があり、高度な生命体が未熟な他生命体の自己進歩能力を妨げてはならないとの一種の掟を守っている為でもあります。
このように公的では無いとしても、彼らが地球人へ訴えたい心を持って接しているのも事実です。
人類の中でも世話焼きな人、他人を放っておけない人もいれば、自分の事しか考えない人もいれば、その人の為に厳しく突き放す人と様々います。
それと同じ事でなのです。
しかし、このチャネリングについて一点、注意を要する事があります。
地球外高度知的生命体は高度な文明と知識を有していますが、異なる環境や進歩の道を歩んできたとの事を理解しなければなりません。
水中の生き物と、地上の生き物は共に同じ環境では生活出来ません。
故に、仮にお互いがお互いの環境の違いを理解していたとしても、真の意味での体感や、全ての価値観を共有する事は出来ないのです。
貴方が仮に五体満足として、本当の意味で五体不満足の人の気持ちに共感出来ますか?

次に、過去に係わり合いのあった生命から啓示を受ける方も多く存在します。
これには生まれ持った勘の鋭さも関わってきます。
この送信者は受信者を理解しており、生前は身近であった故にかなり的確なアドバイスを与えてくれます。
殆どが身近な指針でありますが、双方の状況や立場によっては世界的な啓示を得る事もあります。
とは言っても、送信者を敬う気持ちが減少すると啓示は伝わりにくくなります。
先祖を敬う気持ちを大切にする日本人の伝統は、こういった受信者を育てるにあたり、とても良い環境です。
日本人はこの伝統を今後も守るべきでしょう。

人類の中には自分自身から啓示を受ける方もいます。
これは、地球外知的生命体の生まれ変わりや、少なからず前世の記憶を有している方々に生じます。
ただし、自分自身からと申しましても表層精神ではなく、深層精神を知っている精神と言うべきでしょう。
彼らの中には、宗教家になる方も多く存在します。
深層精神ではありませんが、その存在を知っている為、大局的ですが的確な判断能力を有しています。
この能力は、多くの宗教や心理学や哲学を学ぶ事によって上げる事が可能です。
また、彼らは高度な情報分析能力を得ると、更なる的確な判断能力を発揮します。
しかし、その彼らも利己的になると判断能力が落ちていきます。
現在旧人類の定義する豊かさや幸せはこの利己的な心を増徴させます。
本当の成功とは、本当の幸せとは、本当の豊かさとは何なのかを知っていれば、この様な事は起こりません。


対照的に、同じ自分自身でも精神の病から来る多重人格や幻聴により啓示を受ける方も存在します。
これは実際にはチャネリングと言い難いでしょう。
そして、注意も必要です。
他のチャネリングは、少なくとも良かれと思って人を導きますが、精神の病から来る彼らの中には最初から破滅を求める為に存在する者もいます。
中には、自分自身を守る存在もいますが、あくまで、彼らは表層精神であり的確なアドバイス能力を有していません。
精神の病は、旧人類全体が早急に挑むべき問題でしょう。

旧人類においてのチャネリングの定義は曖昧ですが広義では、我々から貴方への詞もチャネリングと言える事でしょう。
我々は祖を同じくする人類として貴方に伝えています。
しかし、旧人類は我々の詞も含めて全ての交信を闇雲に信じてはなりません。
世界には全く同じ環境、全く同じ価値観を有する人など存在しないからです。
だからこそ、好みも人それぞれ有ります。
自分が好きなものが、必ずしも相手も好きではないとの事は理解できると思います。
それと同じように自分にとって良いと思う行いが、他人に対しても良い行いとは限らないのです。
では、どうすれば良いのでしょうか。
何が善で何が悪なのでしょうか。
その答えは、自身の精神を研ぎ澄まし深層精神の存在を感じ取る事にあります。
そうです。深層精神は一つなのですから。
色々な指針があれど、最終的には自分の未来は自分で切り開かなければならないのです。




進化論



では、ダーウィンの進化論の誤りについてご説明いたしましょう。
確かに生物は霊的進化する時期があります。
そして、環境に適応する為の変化もあります。
しかし適者生存、すなわち競争原理の元で最も適した生き物だけが勝ち抜いて生き残り、弱く適さないものは淘汰絶滅されるとの説は大きな誤りなのです。
人類を見てください。
仮に、兄弟が共にその環境Aに適し最強な共通した存在だったとしましょう。
しかしその環境Aが大変革を起こし環境Bに変化し、その兄弟にとって最も適さない環境になったらどうなるのでしょうか?
両方とも、死に絶える事でしょう。
しかし、その兄弟の兄が環境Aに適し、弟が環境Bに適して生まれて来たとしたらどうでしょうか?
そうすれば、どちらの環境になってもお互いが助け合い両方とも生き残るか、最悪でも片方が生き残る事でしょう。
だからこそ、共存共栄、助け合いは大切なのです。
兄弟で性格や才能が違う意味を、引き継いだ遺伝が違う意味を考えて下さい。
自然淘汰のゲームがあるとしたら、簡単にゲームオーバーとなる事でしょう。
最強な生き物だけが生き残っても、生態環境は成り立ちません。
進化論とは、弱肉強食主義者が科学の仮面を被り創り上げた理想論にしかすぎないのです。
では、極限の環境でも生き延びられる微生物やウィルスが進化の頂点とでも言いたいのでしょうか?
人類が何故に退化したのか、もう一度考えて下さい。






恐竜



 恐竜は無論、爬虫類とは異なります。
温血動物で、羽毛状の毛を持った生き物でした。
哺乳類のように千差万別ですが、俊敏で非常に頭の良い生き物もいました。
恐竜は何故滅びたのでしょうか?
この原因は一つではありません。
現在喧伝されている隕石落下による寒冷化だけの安直な理由では有りません。
また、被子植物が増えたとの理由でも有りません。
その程度の環境の変化に対しては、恐竜は順応出来ます。
様々な要因が重なった事により滅んだのです。
恐竜は生命として数億年栄え、種としても多方面に形態変化した非常に優秀で生命力のある生き物だったのです。
恐竜の弱点として卵生を指摘されるのかもしれません。
確かに多くは卵生でありましたが、これは母親に動作の俊敏さを維持させ、母親が死んでも代理の母親や父親が卵を育てており、種の存続において胎生と比べても遜色がありません。
鳥類の繁栄を考えて下さい。
恐竜の卵生は、冷血動物の卵生とは違うのです。
では、その原因についてお話ししましょう。
ファーストインパクトは、やはり隕石落下(現在のハドソン湾がそれにより出来たとの事)による地球環境の寒冷化ですが、その前段階で既に巨大化した恐竜達による環境破壊が静かに進行していました。
植物が食い荒らされ砂漠化した地域がありました。
これは驕り高ぶるものの行動として、現代の旧人類も肝に銘じなければならないでしょう。
隕石による寒冷化は確かに巨大恐竜を最初に滅ぼしましたが、それだけではありません。
この隕石の質量による地球の重力変化も影響があったのです。
隕石衝突を境に地球の重力が増大しました。
何故、太古の昆虫や恐竜に代表される生命は皆巨大だったのでしょうか?
翼竜は滑空のみしていた訳ではありませんでした。
弱肉強食の時代、滑空だけであれ程繁栄出来るのでしょうか?
現代考古学は現代の重力と太古の重量が同じと考える事により多くの矛盾を生んでいます。
しかし、それでも小型恐竜は寒冷化にも重力増大化にも順応し生き延びる事は可能でした。
そして、魚竜も同じく寒冷化や重力増大化に対して絶滅に瀕するほどの事態にはなりませんでした。
では何が最終的な決定打だったのでしょうか?
それは、ウィルスです。
このウィルスは他の生命には影響が全く無いか、多少の影響を与える程度でしたが、恐竜には壊滅的打撃を与えました。
これは、現在の人間等の一部の種にだけ影響を与えるウィルスと同じです。
このウィルスは何処から来たのでしょうか?
これは既に、隕石落下前の環境破壊により別の生き物達から恐竜に感染していました。
別の生き物達には影響を与えませんが、恐竜には絶対死を与える恐ろしいウィルスでした。
隕石衝突により弱まっていたのは、哺乳類も同じでした。
一部の鳥類化した恐竜を除いて、このウィルスにより恐竜だけではなく魚竜や翼竜も完全に死滅しました。

ここで、旧人類における恐竜の定義である直立歩行をする爬虫類もそろそろ考え直すべきでしょう。
もちろん、恐竜は温血であり羽毛を持ったものも多く爬虫類とは異なります。
そして、我々の定義では翼竜や魚竜も恐竜なのです。
では哺乳類の定義とは何なのでしょうか?
コウモリやイルカや卵生で嘴を持つカモノハシは哺乳類と定義され、魚竜と翼竜は恐竜とは別である定義されている事に疑問を感じませんか?





種の保存と再生


今まで、幾多の生物が繁栄し絶滅していきました。我々はそういった生物の遺伝子情報を残しています。しかし、一旦絶滅した種を再生する行為はしていません。繁栄絶滅も、命が生まれそして死ぬように、自然の摂理による部分が多々あるからです。ダーウィンは多くの間違いを犯しましたが、彼が発見した自然淘汰は多少異なりますが確かに存在します。地球外のウィルスや人類が原因で無い限り、我々が自然の摂理に関与し、絶滅せざる得ない種を生き長らせる行為は、自然環境を破壊する行為と同等と捉えています。これは貴方が不老不死を願わなくても病気や事故を避ける行為と同じ事なのです。
確かに恐竜は地球外のウィルスにより絶滅しましたがその時、仮に我々の様な存在がいたとしたら今の世界は違っていたことでしょう。恐竜は、自らを守る知恵や守ってくれる存在を持っていなかったが故に絶滅したのです。では何故、遺伝子情報を残すのかと疑問を持たれた事でしょう。それは種としての寿命を調べる為でもあり、未知のウィルスが発見された場合、対抗する術を見つけやすくする為です。
過去の絶滅種が大変興味深い存在なのは確かです。それは我々も同じです。しかし我々には敢えて彼らを再生させ自然の秩序を破壊する理由もありません。いつでも我々のアカシックレコードにより彼らを何垣間見る事が可能なのですから。彼らを再生する行為は生まれ出た彼らにも、そして自然環境にも大きな苦悩を与えます。我々は自らの好奇心の為に、その様な罪は犯せないのです。





肉食



食欲とは非常に原始的な欲求ですが、旧人類では重要な地位を占めています。
肉食ついて考えてみましょう。
本来、人類は草食でした。
肉食になったのは大分後になってからなのです。
その為、人類の体は肉食に対応しきれていません。
故に様々な弊害を齎すのです。
何も、多細胞のプリン体を摂取する事が悪いと言っているのではありません。
食物連鎖の頂点に立つ生き物は、多くのリスクを背負っているのです。
そのリスクとは汚染の凝縮、高濃度遺伝子の摂取による遺伝子への影響等を示します。
しかし、元来肉食の生き物はこれらに対して多少なりとも抵抗力が備わっています。
人類は如何なものでしょうか?
この肉食による弊害は人類に対し、精神的には凶暴性を生み、肉体的には様々な遺伝的欠陥を生みます。
それ故、我々や超人類はベジタリアンですが、独自の調理により様々な健康的で美味しい料理を食べています。
ベジタリアンは味気ないものだと思われるかもしれませんが、昔の日本では魚を食する人も居ましたが殆どがベジタリアンでした。
この事象も、日本人が超人類に遺伝的に近い理由の一つでもあります。
日本の食生活が、日本人に超人類的遺伝子を残したのです。
最も、過去の多くの民族の平民は穀物類を主食としていました。
イヌイットは狩猟民族と言えますし、モンゴル人は遊牧民族と言えますが、ヨーロッパ人を狩猟民族とするのは誤りなのです。
俗に、狩猟民族や農耕民族を例に出し民族性を分析する行為は歴史や民族の生活を全く理解しておりません。
ベジタリアンでは活力を失うと思われがちですが、肉以外でも栄養は充分摂取できますし、バランスも保てるのです。




祖星



人類の祖星は地球ではありません。
人類発祥の惑星は、火星と木星の間に存在するアステロイドと呼ばれる小惑星群に名残を残しています。
これは現在の地球に似た環境でありました。
地球と違う点は重力が現在の地球より軽く、自転速度が一日24時間ではなく、25時間半だった事です。
何故に人間は生態系を守る義務があるにも拘らず、この様に非力なのでしょうか?
頭脳が発達したから、非力になった訳ではありません。
猿や猫が何故あれ程軽やかに動き、犬や馬が何故あれ程素早く動くのでしょうか?
確かに、ゴリラや象は鈍重でしょう。
しかし、人類は彼らの有す怪力や体を持っていますか?
まだ人類は、地球の重力に順応しきれていないのです。
そして人類発祥の惑星は一日が25時間半だった為、人類の生態リズムもそれに対応しています。
人類に一番適正な1日は、25時間半なのです。
そもそも、生命誕生は現在喧伝されている様に地球だけではありません。
地球、火星、そして火星と木星の間にあった祖星で同時に発生しました。
これは我々のアカシックレコードでも流石に超太古であり詳細は定かでは有りませんが、分かる範囲でお話しましょう。
現在最も信憑性の有る説は、他惑星で発生した生命がこれら惑星に意図的に齎されたとの説です。
ある一派は意図的に三惑星に生命を齎した知的生命体を見出したと発表しています。
その発表に対して、知的生命体の子孫は目黙しています。
その知的生命体の子孫も超太古の出来事であり、この説に対しては研究途上であるからです。
確かに流星により偶然、これら三つの惑星に生命が吹き込まれたとの説も無碍には出来ませんが、その流星の生命が都合よく三つの惑星に接近し、異なった環境で生き延びる可能性は天文学数値を超えています。
しかし、絶対に有り得ないとは言えないとだけ伝えましょう。
そしてその三つの星の環境も非常に似通っていました。
大気のバランスもほぼ同じでした。
祖星では哺乳類が繁栄し、火星では甲骨類が繁栄し、地球では恐竜類が繁栄しました。
では、その生命を意図的に三つの惑星に齎した存在は何なのでしょうか?
これは、我々も一番興味の有る事象です。

ここで何故、今現在は太陽系で地球にしか生命は存在しないのであろうか思われた事でしょう。
火星と木星の間の人類発祥の祖星は最初に他惑星から齎された生命が滅んだ地です。
そうです。人類の祖星は消えうせたのです。
それは早くから、祖星の超人類の間でも懸念されていました。
惑星の接近です。
超人類は、意図的に惑星を超人類の惑星軌道からそらそうと何度か努力を試みました。
しかし地震や台風に無力な旧人類と同じく、いつしか無駄な事に気付きました。
その時には既に火星には移民団が移住していました。
そして、被害は火星にも及ぶとの事が明白となりました。
そこで、長達は考えました。
それが、地球への移住計画です。
そして地球への移住が開始されました。
その後、祖星は惑星との衝突により消滅しました。
これは我々にとって非常に悲しい出来事でした。
祖星を守るべく知識を与えられたにも拘らず、母なる祖星を守りきれなかったのですから。
その破壊は尋常ではなく木星のリングを形成し、火星を死の星へと変貌させました。
祖星の残骸は今、小惑星群として形跡を残しています・・・。
ここで、アステロイド群を全て合わせても月位の大きさにしかならないと反論する科学者もいらっしゃる事でしょう。
これは、その破壊力を考慮しての発言でしょうか。
全ての残骸が軌道上に留まる可能性が低いとの事は、少し考えれば素人でも分かります。
多くの残骸は木星や火星やその他の惑星に衝突し、それ以外の残骸も太陽系外に飛散しました。




人類発祥



人類は猿から進化した訳では有りません。
進化のミッシングリングは永劫にミッシングリングのままなのです。
猿は地球産の生命であり、人類は火星と木星間にあった星で進化した生命なのです。
そして火星と地球と、火星と木星間にあった祖星の生命は全て祖を同じくするので、どの星でも順応出来る素質を有しています。
高度な知能を有するようになると猿や人の様な外観になるのは同じ生態系であれば、至極当然の事です。
それを元に猿が人類の祖先と論じるのは余りにも安直すぎます。
人類は最初に外的から身を守る為に木から地上に降りた訳では有りません。
人類は外敵から身を守る為、地上から水面に移ったのです。
水面ですので現在のカバに近く完全な水棲とはなりませんでした。
これが人類により高度な世界観を与え、現在のような外見や毛並みにになりました。
何故、カバはカバのままなのでしょうか?
それは水面生活に移った時期の問題です。
鼠が水面生活をしても形体が変わるだけでしょう。
では、高度な知識を持った猿であるボノボが水面生活をしたらどうなるでしょうか?

今までお話し致しましたが、ここで火星と祖星に生命が存在出来たのが信じられないと思われた事でしょう。
旧人類は地球を掛替えの無い星で、類稀なる偶然が重なり合った事により生命は生まれたと教えられていると思います。
しかし、生命は如何なる環境でも存在出来るのです。
俄かに信じられない事かもしれませんが、生命の中には恒星に生息している生き物もいます。
また、現在の地球でも海底深くに硫化水素を栄養にして生きている生命がいる事を考えれば、少しは理解出来ますでしょうか。
哺乳類や人類でさえ極寒の地に住む事が可能なのですから。
そして、太陽との位置関係を出されるかもしれませんが、それこそ固定概念に過ぎません。
地球は太陽との位置関係が変化しないのに何故、温暖化と叫ばれたり、大氷河期時代があったりするのでしょうか。
太陽との位置関係はそれ程、重要では無いのです。






恒星の生命



さて、恒星に生命は居るのでしょうか。
旧人類の科学では存在しないとの結論になる事でしょう。
恒星は生命が住むには余りにも温度が高すぎ、生命が固体として存在できず、DNAの保存もままならないと考えられる事は至極当然の発想です。
そして、DNAを分裂させる放射線の強さを問題とされるで事しょう。
しかしこの放射線とは宇宙においては身近なものであり、DNA以外の多様性への伝達手段を有している生命にとってはそれ程深刻な産物ではないのです。
確かに、DNA以外の伝達手段を発見していない旧人類の科学では恒星に生命は存在出来ない事でしょう。

貴方は体腔動物のクマムシという生命をご存知でしょうか。
クマムシは地球上の仲間ですが、人類が想像できない過酷な環境でも生き続ける事が可能です。
機能停止常態では絶対零度から150度の環境、57万レントゲンのエックス線がそそがれる環境、水分の無い環境、宇宙空間、六千気圧の環境において100年以上も生き続けられます。

狭い地球上でもこの様な生命が存在するのです。
生命は人類が思っている以上に多様性に富み、宇宙は生命で満ち溢れています。
宇宙には、酸素を必要としない生命も数多く存在します。
また、精神を宿していないウィルスが宇宙空間でも存在出来るとの事象は旧人類の科学でも証明できると思います。

では、恒星に何故生命が生存出来るのでしょうか。
恒星と言いましても千差万別です。
我々が認知している生命は五千度の環境下で生存しています。
それがプラズマ生命体です。
もっとも、これは地球上でも顕れるような物理プラズマとは違います。
プラズマも地球上の生命の構成物である蛋白質と同じ様に、精神が宿らなければ、時間の差はあれど崩壊するだけなのです。
プラズマもまた、精神が宿り崩壊を防いでいます。
プラズマ生命体の情報は遺伝子ではなく、我々のアカシックレコードと同じような原理で伝達されます。
また、彼らは分裂という手段をとって生き残っています。
プラズマ自体が生命ではなく、精神がプラズマという衣をまとっている点では、蛋白質という衣をまとっている我々と根本は同じでしょう。
我々は、彼らの存在から遺伝子以外の生命の情報伝達手段及び生命体構成の多様性を自覚させられます。
異なった生命体は、その存在だけで我々に色々な事を教え考えさせます。






古代文明



では、超古代文明が天空からの大洪水より滅びた後に生まれた古代文明についてお話し致しましょう。
大洪水での氷炎柱石の崩壊により人類は退化しました。
その後、地球外の月やその他の小衛星で難を逃れた超人類の中で地球の汚染が消え去った紀元前35世紀に再び地球に戻る決意をした一団が存在しました。
それに対し超人類の間で賛否両論が起こりました。
旧人類と化した人類に対しての過剰な関与は狼に武器を与えるようなものだとの反対意見や、超人類と旧人類との間に遺伝的そして文明的にも開きが生まれた今、旧人類との接触は旧人類自身の自己成長を妨げる事に繋がるとの意見もありました。
それでも、超人類の地球再移住派は直接的関与による旧人類救済は超人類の使命であるとの決断をしました。
傍観は最大の犯罪との地球再移住派の意見に対しても、反対派が賛成にまわる事にはなりませんでした。
結局、地球再移住派は超人類全体の賛成を得られず、勘当に近い形で地球に移住しました。
地球再移住派は、地球外の超人類とのコンタクト無しでの生活を余儀なくされたのです。
そして、その一団は自分たちをAmull(生命の中心の絆)と称しメソポタミアに都市を建設しました。
そうです、それがシュメール文明なのです。
超人類再移住派は旧人類の民度を加味し、より高度な知識は与えずに都市計画や倫理観等だけを伝授する方針を採りました。
しかし、いつしか旧人類は新たな知識を得たことにより私利私欲に走るようになりました。
そして、クーデターが起こりました。
超人類はメソポタミアにて旧人類指導者の陰謀により多くが殺害され、生き残った超人類は宇宙船でエジプトへと逃れました。
それが、エジプト文明の始まりです。
メソポタミアでの教訓から、絶対的権力による民心の掌握が必要だと彼らは考えました。
旧人類との協力ではなく、絶対権力により旧人類を指導し正しい方向に導く事が双方にとって平和的に共存出来ると考えたのです。この絶対権力は超人類再移住派の本心ではありませんでしたが、旧人類との対等の立場は彼らの命の危険を生むだけとの事も十分体験していました。
彼らは最初に宇宙船の反重力装置で巨大ピラミッドを作り、その強力なプラズマ動力を活用し宇宙船の動力源や暗闇を照らす光を生み絶対権力を維持する為の演出をしました。
これは功を奏し旧人類は彼らを崇め敬う事となりました。
しかし、それでも数代経た後に権力を欲する旧人類により超人類は追放されたのです。
追放された超人類は、宇宙船すらも置いていかざる終えない状況でした。
彼らは東方へ向かい、インダス文明や黄河文明を築きそして最果ての地、日本に辿り着き日本民族の原型の一つとなりました。
また、超人類との混血により生まれた人々は最下層の奴隷として捕囚されました。
彼ら奴隷が後のユダヤ人なのです。
その後更に時が経ち、超人類の媒体者としての適性を持ったモーゼが生まれました。
そのモーゼによりユダヤ人の原型はエジプトを脱出しました。
そして、彼らはイスラエルに落ち延びユダヤ人を形成しました。
現在伝えられているようにユダヤ人はパレスチナに起こったわけではなく、エジプトから当時先住民の居なかったカナンの地に落ち延びたのです。
いつしか、彼らは祖先の記憶すらも忘れてしまいました。






古代大戦



人類の愚かさを知ることは近代の大戦だけではありません。
古代の大戦も知る必要があるでしょう。
発端は起源前8世紀、ヘブライ民族の北イスラエル王国がアッシリアにより滅ぼされた事に発します。
無論、禍根はその前の起源前10世紀のヘブライ民族国家の南北分裂に端を発しています。
彼らヘブライ民族は超人類の人類救済の意思と相反し、隣人さえも愛せなくなっていました。
矮小になった彼ら精神の滅亡は時間の問題だったのです。
ここで国を失った十支族の放浪が始まりました。
壮大な計画の頓挫を目の当たりにした超人類の嘆き悲しみは如何ほどのものだったのでしょうか・・・。
しかし、旧人類は一塵の光を見出しました。
それが史実から忘れ去られた人物、ヨキアムです。
彼は十支族のマナセ族の長として成長しました。
公明正大な性格は多くの人望を集めました。
超人類との同調率も高く彼は正に超人類の・・・否、人類の希望の光でした。
十支族は北イスラエル王国滅亡の際、幸いな事にレビ族の功績により聖櫃と共に東方に落ち延びることが出来ました。
ヨキアムに希望を見出した超人類は彼を媒体者としました。
ヨキアムは聖櫃の力を最大限に引き出しました。
最初に自国を滅ぼした敵国アッシリアの諸都市をプラズマにより灼熱の地獄にしました。
最終的には、遠征中のアッシリア王の軍隊をプラズマにより壊滅させました。
ヨキアムはその時、エジプトに眠る超人類の飛行船をも蘇らせました。
この惨劇は、悲しい事にヨキアムの切ないほどの愛国心が原因でした。
彼はヘブライ民族に誇りを持ち、アッシリアによる侵略の際には兄弟が虐殺されていました。
超人類はその行為を嘆き悲しみ、約束の地を東方に定めると共に憎しみによる殺戮を禁止するとの契約をヨキアムとしました。
その提案にヨキアムも諒承しました。
しかし、血気盛んなヨキアムは感情を超人類ほど抑制出来ませんでした・・・・。
その後、東方に落ち延びた十支族はインダス川流域の都市国家ランカを発見しました。
このランカとは、現在のモヘンジョダロを示します。
ヨキアムが大いに興味を示したのも無理も無い事でしょう。
ランカは超人類移民団が残した都市なのですから・・・。
このランカは、情勢が不安定ながらも当時の世界の中心であった中東と違い平和が保たれており、超人類の遺産もほぼ無傷で残されていました。
ヨキアムは此処こそ約束の地だと判断し、攻略を始めました。
無論、ヘブライ人の血は流さず、飛行船によるプラズマ攻撃を主としました。
核兵器と違い業火があっても環境汚染が無いのが利点ですが、それでも破壊力は核兵器より優ります。
ランカは一夜のうちに破壊され、ヨキアムは翌日ランカを凱旋します。
これが決定的となり、超人類はヨキアムから媒体能力を簒奪しました。
飛行船を操る事も、聖櫃の詞を聞く事も、プラズマを起こす事も出来なくなったヨキアムの運命は儚いものでした・・・。
その後、ヨキアムは彼の躍進を妬んだガド族の長イサクの手下に殺されました。
イサクは聖櫃の力を恐れ、カシミールの山地に神殿を建て、聖櫃を地中に封印しました。
こうして、十支族は新たな長を先導とし更に東方へと向かう事となりました。




語源



天“Ama“の語源についてお話しましょう。
天の語源は超人類の語句の“Amh“なのです。
“Amh“の意味は“生命の中心“です。
旧人類の言葉で最も近い言葉を当て嵌めますと“神“が一番近いでしょう。
この“Amh“は大洪水以降の古代に降り立った超人類により齎された言葉なのです。
古代エジプトの首都テーベの守り神である“Amon“も“Amh“から由来しています。
また、ヘブライ語の“Amen“はキリスト教徒の祈祷の言葉にも使われていますが、これも“Amh“から由来しています。
最も現在は“Amh“の意味は“まことに“や“確かに“と変化しています。
そして阿弥陀の語源の梵語である“Amita“は“無限“を意味していますが、これも“Amh“の転訛なのです。
ここでお気付きになられたでしょうか?
そうです。
全て、古代に超人類が関与した地域に残されているのです。

超人類の地球移住派が齎した言葉は数多く残されていますが、今回も分かりやすい事例をお出ししましょう。
大洪水以降、最初の文明を築いたとされるSumerという民族の名称にも残されています。
“Sumer“とは現在は民族の名称として残っていますが、本来は周辺の旧人類民族や共に暮らす旧人類達が超人類を指して例えた名称でした。
それが時と共にいつしか超人類と共に暮らす旧人類もまとめて表す語句となったのです。
本来、超人類と暮らしていた民族は自らをガンガと呼んでいました。
“Sumer“とは超人類の言葉である“Sumerun“の転訛であり、本来の意味は“平穏にする“または“平らにする“の意味なのです。
そして、天皇を意味する古語である“Sumeroki“の意味は“平らにする一人“即ち“統べる者“なのです。
ここでお気づきになられましたでしょうか。
“統べる“の語源も“Sumer“なのです。
また、日本の古語、“Sume“は神に関係する事象の接頭語として多用されていました。
一部の言葉を取ってみても、超人類とこれら民族との係わり合いを理解されたと思います。




太古の地球移住計画



では、地球移住計画の一部始終をお話しましょう。
超人類が地球に移住するにあたって一定の規則を設けました。
それは既に地球上で生まれていた知的生命体との遭遇を避けるとの規則です。
つまり、彼らの生活及び進化を阻害しないとの事です。
その知的生命体とは現在、原人即ちホモ・エレクトゥスと称される生物の事です。
彼らは地球で猿から進化した生物であり、人類即ちネアンデルタール人及びクロマニヨン人即ちホモ・サピエンスとは全く異なります。
その為、原人が住む地域には居留地を設けないとの取り決めをしました。
居留地と述べたのは地球には既に知的生命体が生まれていた為、彼らの進化を阻害しない様に、現在の金星を現在で言うテラフォーミング(惑星地球化)する為の前哨基地の役割を持っていたからです。
実際は“テラフォーミング“ではなく、惑星祖星化計画が正しいでしょう。
しかし、予想以上に金星の祖星化は難航し、地球での人類の人口は増大し都市は発展しました。
しかし、その壮大なる惑星祖星化計画も大洪水以降頓挫致しました・・・。
現在は極地ですが、当時は温暖でありながら地球の知的生命が辿り着けなかった南極を中心に人類は都市を多く築き、南極はいつしか人類の最大居住地となりました。
人類の超古代の遺産はユーラシア大陸及びアフリカ大陸には全く存在しません。
何故なら、そこは原人の生息域だったからです。
故に人類の超古代の遺産は、それ以外の島国及び大陸近辺の海底に残されています。
マダカスカル近海に沈んだ都市は極移動前は赤道近くにあり(現在の島南部)、南極に次ぐ第二の都市で原人研究の最前線でした。
それ以外にグリーンランド近海や太平洋にも都市の残骸が眠っています。
(海底に存在する理由は大洪水を参照)
これが、皮肉にも現代の旧人類が超古代を忘れるに足る充分な効果を与えたのです。
何故に超人類は海岸部に都市を築いたのでしょうか?
そして、何故に超人類が生んだ古代文明は大河流域に築かれたのでしょうか?
これが地球で進化した原人との大きな差なのです。
人類は原人の様に木からサバンナに降り立ち深化したのではなく、陸上から敵の少ない水辺に移住し進化したのです。
それ故に水辺に対し、人類は並々ならぬ思いと信頼が有ったのです。
大洪水で水の恐ろしさをしった人類が、古代文明を起こすにあたり海岸ではなく川辺に平穏を求めたのはごく自然な成り行きです。




昆虫



旧人類の科学者の間で昆虫地球外生命説が持ち出されていますが、これは安直な推測に過ぎません。
確かに、複眼等や神経等の独特の構造は説得力を持っています。
とは言いましても、これは希望的科学に過ぎません。
クモが無重力空間でクモの巣を作るから、宇宙産だと言いたいのでしょうか?
クモは重力を頼りに糸を張っている訳ではないのです。
クモの巣を作るにあたっては、重力による影響を受けないのです。
これは遺伝的に組み込まれた設計図によるものなのです。
クモは完成された行動を忠実にしているに過ぎません。
無重力の中で糸を張るほうが、雨の中で糸を張るより遥かに楽だった事でしょう。
鳥は、鳥の巣を作るにあたって誰かから教えてもらっていますか?
そして、昆虫は節足動物の変化態です。
同じ節足動物であるミジンコもカニもフジツボも地球外生命でしょうか?
昆虫には正当な海からの変化の流れが存在し、人間とも共通した遺伝子があります。
そもそも、クモは昆虫との定義から外れていますが、その定義も考え直すべきでしょう。
頭部と胸部と腹部と六脚の節足動物だけが昆虫との定義は、変化の過程を全く無視しています。




薬品



旧人類は薬との付き合いを考え直す必要が有ります。
全てとは申しませんが現在の薬の殆どは、薬品業界と医者を生き残らせる為の道具に過ぎません。
タバコは危険でありながら何故、残っているのでしょうか?
虫歯は旧人類の現代科学でも撲滅出来ますが、そうしないのは虫歯により富を得ている人々の圧力が有る為です。
そもそも、副作用の有る薬は疑う必要があります。
副作用とは、拒絶反応による部分が大きいのです。
漢方薬でさえ副作用を起こす事もあります。
そして、薬は最大の罪を犯します。
それが、人間の自己治癒能力の衰退です。
しかし、多くの旧人類はこの事実に気付かずに投薬を続け、薬無しでは生活できない体と化していきます。
そして、その薬による悪い作用を更に薬より治癒する事によって自己治癒能力は完全に衰退するのです。
人類は自然界から生まれました。
その体に自然界に無い合成物質を投与したら、拒絶反応が起きたり自己治癒能力が落ちるのは当然の成り行きです。
しかし、自然界にあるものが全て安全との認識も間違っています。
自然界でも有毒なものは幾多もあります。
漢方薬も注意する必要があるでしょう。
薬と同じ効果は意外と身近な食品にも隠されているのです。
そして、自身の自己治癒能力を高める努力も必要でしょう。
薬が全て悪いとは申しませんが、人類の薬は精神面や全体器官とのバランスを考えて作られているのでしょうか?




敬う



敬う心とはすなわち、祖先や今まで関わった生物を敬い尊ぶ心です。
神とは全ての生き物の精神の中心と前にお話しましたが、身近な生命は死後に感謝の意味も込めて精神の中心部に向かう前にその生命の身近な者を守る場合があります。
これにはお互いの引き付けあう心が大切で、残された人がその死後の生命を思い敬う気持ちがないと死後の生命は残された人を守る事が出来ません。
残った生命に忘れ去られ精神の中心部に戻る死後の生命も多く、プラスにもマイナスにもなりませんが、それではお互いの成長にはなりません。
人類は他の生命よりも強く念じられる心を持っているにも拘らず、これを実行しない人々が多い為、挫折や災難に遭うことも多いのです。
祖先や関わってきた身近な生命を敬う心は意外と簡単なものなのです。
生きているのではなく生かされていると感じ、日々感謝しながら生きる喜びを感じる事により更なる幸福が齎されるのです。
プラス思考に近いのでしょうが、プラス思考を持てなくても先祖や関わりあった生命を敬う事で達成されます。




宇宙空間移動



宇宙空間移動についてお話しましょう。
現在、光速より早いものは存在しないと定義されています。
光とは電磁波の一派に過ぎないことはお分かりでしょう。
現在、旧人類によって定義されている光は間違いなのです。
今、目視出来る光とは残像効果に過ぎません。
本質の電磁波は更に早いスピードで届いているのです。
電磁波の速度は一定ではありません。
それこそ、瞬時に届いているのです。
実際は旧人類の目に見えない、そして旧人類の科学力でも解析出来ない電磁波が届いているのです。
紫外線や、赤外線が人類の目に見えないのと同じなのです。
それ以外の電磁波の存在が現代の旧人類の科学では解明出来ていないだけなのです。
それはもはや旧人類の定義する光でも電磁波でも有りませんが光に関係する事象なのです。では、どうやって光より早く瞬時に空間移動できる物質を作れるかが問題でしょう。
まず、ここで光より早い存在を認知出来たと思います。
そして、瞬間移動も可能であるとの事もお分かりになられたでしょう。
それが電磁波無限大装置なのです。
その電磁波を無限大に設定すれば光速を超え瞬時に移動が出来るのです。
それは未知の電磁波の速度である為、旧人類の定義する光速を超えたことになるのです。
確かに、その未知の電磁波よりも速い存在は存在しません。






宇宙の始まり



分かる範囲での宇宙はビックバンからは生まれておりません。
これも今までもお話してきた机上の空想科学に過ぎません。
人は何故に有限無限を求め始まりと終わりを求めるのでしょうか?
そもそも現状において、光よりも早い存在を知らない旧人類の理論の延長線上であるビックバン理論には何ら説得力がありません。
無論、宇宙の寿命も膨張速度や収縮を算出する事は意味がありません。
この宇宙の年齢は137億年如きでもありませんし、膨張も収縮も不規則です。
無から有が生まれたとするのなら、そのエネルギー源は何処から生じたのでしょうか?
ここで科学者はゆらぎを導き出しました。
さて、このゆらぎはエネルギーではないのでしょうか?
ミクロの世界において素粒子さえも見つけていない旧人類が、ゆらぎのエネルギー源を発見出来ないのは当然です。
そのゆらぎを持って無から有が生まれたと定義つける行為は強引ではないでしょうか?
この宇宙は数々の宇宙の一つに過ぎません。
そして、この宇宙は他の宇宙の歪から生まれました。
分かりやすく申し上げますと、他の宇宙のひび割れから捻り出たとの表現が良いのでしょうか。
そしてそれら宇宙郡が形成している大宇宙もまた、超大宇宙の一部に過ぎません。
現在の我々のアカシックレコードと科学を持ってしても超大宇宙の始まりと存在は確認できても、その超大宇宙の母体である母体宇宙については存在までしか確認できていません。
残念ながら、母体宇宙の誕生は未だ謎のままです。
母体宇宙も更に巨大な宇宙の一部なのかもしれませんし、母体宇宙こそ宇宙の母なのかもしれません。




怨念



恨みの心からは何が生まれるでしょうか?
残虐非道な行為により身内が虐殺されたとしましょう。
または、理不尽な事故や突然の災害より亡くなったとしましょう。
貴方は平穏な心でいられますか?
しかし、恨みの波動からは新たな恨みを生むだけなのです。
自然の行為に対しては理解されるでしょうが、残虐非道な殺人者に対してはどうでしょうか?
多くの人々は殺人者に対して恨みの感情を抱かれる事でしょう。
これは理解できます。
愛する者はそれ程、大切な存在なのですから・・・。
しかし、悪いのは本当に殺人者だけなのでしょうか?
その殺人者を裁けば全ては解決し、人々は永遠の平和を成就出来るのでしょうか?
根本的解決をしなければ何の意味も無いのです。
その根本を解決しなければ、再び同じような殺人者と被害者を生むだけなのです。
旧人類は何度、同じ過ちを犯せば気付くのでしょうか。
恨みは盲目を生み、更なる被害者を生むのです。
これは試練でしょう。
しかし試練を乗り越えてこそ、人は進化するのです。
犠牲を無駄にする事が、一番悲しむべき事なのです。






音楽



我々も音楽を愛し、音楽を奏でます。
我々の音楽の定義は旧人類の定義よりも更に幅広く、水の滴りでも木々の騒めきでも音楽となりえます。
音自体もエネルギーを持っており、人体に様々な影響を与えます。
我々の社会は音楽も科学と融合し更なる変化を遂げています。
一定の流行りも無くジャンルも無限に広っており、個々が作詞作曲家である為、非常に多様性に富んでいます。
我々は音楽を旧人類の薬の様に使っており、その効果により精神のバランスを保っています。
また、音楽は平和的な代償の役割も持ち疲れた精神を開放させてくれます。
激しい音楽の場合でも優しい音楽の場合でも、本人のその時の感情の違いで受ける印象が変わってまいります。
これは自己の精神状態を知る上で役に立ちますが、薬と同じで用法を間違えるとプラスに働かない場合もあるとの事を意味しています。
もっとも健全な精神状態であれば、その精神が心地よいと思う音楽が一番の良薬でしょう。
ただし、精神が病んでいる場合は注意が必要です。
心地よいと思われる音楽が自我を破壊しているとも限りません。
誤解を得やすいのですが宗教的な音楽が全面的に良いわけでも、過激な音楽が全面的に悪いわけでもありません。
音楽とは、そもそも自己の生命の存在を証明する為の行為なのですから。
鳥の囀り、狼の遠吠えも同じ音楽です。

音楽とは生命の躍動であり、全ての音楽は悪とは対極に位置する存在なのです。




プレアデス星団



プレアデス星団(すばる)は地球からおよそ400光年と近く、昔から人類は関心を持っていました。
それ故に地球外生命体を求めるのは自然な成り行きでしょう。
しかし、残念ながらプレアデス星団には知的生命体は存在しません。
プレアデス星団は生後一億年程度のまだ若い星団です。
そして100数個の恒星の集まりですが、その恒星の平均寿命は7700万歳です。
確かに惑星系を持った恒星も存在しますが太陽系そして地球よりも異常に若く、1億年程度では生命は知的生命に進化する事は残念ながら不可能なのです。
ましてや、人類に近い生命はその星団の性質からして有り得ないのです。
プレアデス人信奉者はプレアデス人はプレアデス星団にある別時空のゲートから来ているのだと説きます。
しかし、時空の歪はブラックホール以外に存在せず、また我々もプレアデス星団でのゲートは確認していません。
仮に机上の理論で考えたとしても、コーカソイド似のプレアデス人がプレアデス星団の時空のゲートから地球を救いにやってくる確率は天文学的数値を超えています。
我々はこれを、コーカソイド至上主義を捏造する為の演出と捉えています。
騙されてはいけません。
また、科学信奉者はこれら矛盾を攻め、異星人の存在すらも無碍にする事でしょう。

現代旧人類は神に救いを求めるのが嫌だからとの理由で、地球外の知的生命体に救いを求めてはいないでしょうか?
地球や人類を直に救うのは他の知的生命体でも深層精神でもありません。
貴方方なのです。
今こそ、他力本願や傍観主義や自己中心主義を捨てるべき時なのです。




輪廻転生



輪廻転生は生命の宿命なのです。
生命は精神の中心で一つとのお話は前に致しましたが、では何故に輪廻転生をするのでしょうか?
これは霊的次元を高める努力をする為です。
全ての生命が共に協調し合う事で更なる進化を致します。
身近な人は前世でも身近でありました。
前世での仇もまた身近に居ます。
そういった環境でも、協調し助け合いながら生きていく事が大切なのです。
それを克服する事は、意外と簡単なものなのです。
輪廻転生の事実を知れば良いのです。
生命は通常、早世した場合は早くに生まれ変わります。
赤子の段階で早世した場合は1年以内に生まれ変わります。
通常は寿命と同じ位で生まれ変わるのです。
50歳で亡くなった場合は50年前後で生まれ変わります。
通常と申し上げたのは、例外が多いからです。
現在の人口膨張はその例外により齎されています。
今の、人々は旧人類の更なる進化の時を迎えたいが為に大挙して生まれてきたのです。
その中には、太陽系外の魂を持った人類も多くおります。
来るべき幕開けが本当に起きるか、または起きないのか、全ては人類の心次第なのです。






死者への弔い

我々の死者への弔い方は、日本人の感覚に近いものがあります。日本人は共産主義社会ではないにも関わらず世界でも稀に見る無宗教国家です。戦前の神道にしても、それはとても原始的で宗教とは言いがたい存在を根源としています。
我々の社会で死者が出ると、30時間は親戚縁者の傍で弔われます。場合によっては、親しかったものが訪れ食事や会話をしながら故人を偲ぶのです。その後は共同管理施設で200時間低温低湿の元で保護されます。それから親戚縁者に見送られながら荼毘に付されます。親戚縁者は故人が残した大切な物を受け継ぎ、そしてそれを故人と思い敬います。それら品物を身近に置きまたは持ち、日々故人を偲び感謝する心はとても尊いものです。そして遺灰は共同霊地に保管され、故人より数えて平均で5世代目が生まれる頃に、土に帰ります。
我々は確かに無宗教ですが、故人や故人の残した物を大切にします。旧人類の思う究極的無宗教社会と我々の無宗教社会には明らかな相違があります。無宗教は祖先を敬う事までも無くす行為ではないのです。祖先を敬い自身の根幹を敬う、これは原始的な行為とも言えますが野蛮で未開な行為ではありません。これこそ、生命の根幹なのです。有への道なのです。







遺伝子以外の伝達



旧人類の物質至上主義、刹那主義、弱肉強食主義は遺伝子に対する考え方にも現れています。
遺伝子は旧人類が考えるほど重要ではありません。
人類が遺伝子の乗り物だと説くリチャード ドーキンスに代表される捉え方は精神及び生命の尊さを余りにも無碍にしています。
精神の乗り物である肉体は、変化はすれど進化はしません。
それは、生命の肉体が持つ遺伝子総数でも明らかにされている事でしょう。
旧人類のヒトゲノム計画は今も様々な発見をしています。
人の遺伝子総数はその他の下等と思われている虫や植物等の遺伝子総数と余り差はありません。
この事実からも旧人類は肉体の進化の虚構と、変化の真実に気付く事でしょう。
精神が進化を遂げ肉体が変化するとの事実に、何故気付かれないのでしょうか。
肉体も遺伝子も精神が利用している乗り物に過ぎないとの事実に、何故気付かれないのでしょうか。
肉体も遺伝子も精神が離れたら単なるタンパク質の塊に過ぎない存在です。
精神は、遺伝子を組み替えながら利用しています。
いわば、遺伝子は精神の生活道具と例えられる事でしょう。
ただ、悲しい事に旧人類はこの道具を全て使いこなしてはいません。
それは、太古の遺伝子破壊や現在の物質社会に代表される負の環境が齎した弊害とも言える事でしょう。

では、遺伝子以外の真の伝達手段とは何でしょうか。
それはドーキンスの説くミーム、即ち文化や思想が遺伝子の様に伝播するとの事でもありません。
そして、真の伝達手段との表現もここでは余り的確ではありません。
言い換えるならば、真のオリジナルにして無限の光源こそが深層精神との表現が正しいでしょうか。
即ち、生命の存在は遺伝子による伝達だけでは成り立たないのです。

最初に精神在りき。
深層精神の偉大さ、生命の尊さが分かっていただけたでしょうか。






天国と地獄



旧人類の多くの宗教が定義する天国と地獄について考えてみましょう。
そもそも、これらの世界観は人々の道徳概念を保つために生まれたものに過ぎません。
では、本当の世界とは何なのでしょうか。
世界には宗教的に定義する天国も地獄も存在しません。
生命は死後、深層精神と共になるとの事はお話ししました。
場合によっては死後、縁のある生命を守るとの事もお話ししました。
では、天国は存在しないのでしょうか。
否、深層精神こそ天国なのです。
即ち、天国とは貴方方の深層精神、貴方方の一部であるのです。
神も天国も深層精神も一つなのです。
天国の真の定義がお分かりになりましたでしょうか。

では、地獄の真の定義とは一体何を示すのでしょうか。
全ての生命が死後、深層精神に向かうことからも分かりますように地獄は存在しません。
しかし、カトリックの説く煉獄は存在すると言えるのかもしれません。
カトリックでは煉獄を、天国へ入る前に霊が火によって罪を浄化される場所であると説いてます。
殺人や自殺をした場合は、その期間はそれぞれ違いますが深層精神に向かう前にこれに近い状況を体験します。
場合によっては自身の精神の次元が下がる事もあります。
その意味は人として存在出来ないとの意味も有しています。
しかし、多くの場合は後悔と反省の期間を経て更に難しい環境下で人として生まれ変わります。
その生まれ変わりの場所も地球とは限りません。

天国や極楽は遠い存在ではありません。
貴方自身がその一部の存在なのです。
分かりやすく申しますと、貴方の居る世界は天国の一部なのです。
この世界が有、すなわち存在として在る限り、地獄も存在しないのです。






有と空と無



一部が間違っているからと言って全てが間違っているわけでもなく、一部が正しいからと言って全てが正しいわけでもありません。
旧人類はゼロか100を求めたがりますが、そうでない場合もあるのです。

空は無では有りません。
仏教の説く「空」は一般的な意味での「空」と近いようでその実、全く異なっています。
虚空思想は虚無思想とは違うのです。
では、仏教の説く空思想の成り立ちをお話ししましょう。
空思想は2世紀のインドに生まれたブラーマナ即ちバラモン階級の出身僧であったナーガールジュナによって提唱されました。
その著書マディヤマカカーリカー、即ち中論は中観派を生み現在の大乗仏教の根幹を成しました。
彼は、虚空界を特定の形が無く一切万有を包括する真如として捉えました。
仏教の説く空とは目に見えな世界、即ち真の世界を表しているのです。
それこそが、我々の言う深層精神世界なのです。
深層精神世界はこの世の本質である最小単位の存在で構成されています。
この世界は、目に見える存在も目に見えない存在も大本は共に同じ根源であり共存した存在でもあるのです。

そして、すべての万物も元を辿ればこの存在によって構成されています。
ギリシャ哲学者のレウキッポスに始まるアトム論はこれ以上分割出来ないものの最小単位の存在を提唱しました。
ある物質を分割していき、目に見えない大きさになっても確かに存在する事はご理解出来ると思います。

空と無は同じ存在ではなく、対照的な異なる存在なのです。
仏教の説く「空」とは、「空有」なのです。
この世界の構成は有であり、世界は有で満ち溢れているのです。
空気や宇宙空間も一見すると無に見えますが、実際は有である事が今までのお話しでも理解された事だと思います。
無とは我々の忌むべきものです。
無は破滅思想と刹那思想を生みます。
無こそがこの世界の存在と対象的な本当の無なのです。










愛とは何でしょうか。
愛の本質も旧人類は分からないままでいます。
人類を導くとの意思を持った過去の宗教指導者も正しい解釈を導き出せませんでした。
多くの宗教は愛を、異性愛か人類愛かのどちらかしか選択出来ないものと捉えて来ました。
まるで、一人の人を愛する事が罪であるかのように説く宗教指導者もいました。
結婚をしない事が神への道だと解釈する者もいました。
それとは対照的に人類愛とは特定の人を愛さない事だと勝手に解釈し、自身の浮気性を正当化する者もおりました。

これらは全て、愛の本質を理解していない故の言動です。
旧人類は愛を一まとめにしたがりますが、それぞれ本質の違う愛が存在しそれぞれが共存可能なのです。
しかし人類にとって、そのバランスを保つ事は難しいようです。
愛のバランスが崩れた時、愛は単なる独占欲や偏執狂となります。
それらは、もはや愛とは言えません。

仏教では愛は迷いの根源と考え、キリスト今日では自己犠牲の結果得られるものと考えています。
どちらも本質を理解していると思いますか?

愛との表現はもっと多様性に富むべきものなのです。
我々が愛を表現する言葉は何種類も存在しています。
自分を愛する心、恋人を愛する心、家族を愛する心、人類を愛する心、自然を愛する心・・・それ以外にもあらゆる対象に愛は存在し、とても多様性に富んでいます。
自分も恋人も家族も人類も自然も等しく尊いものなのですから。

我々は自身や身近な存在を愛せない人間に、人類や世界を愛する事は不可能だと考えています。






肯定と否定



貴方は他の存在を認めようと努力をしていますか。
旧人類社会は他人との競争原理の元歩んでいきました。
他を否定する事は、他を肯定することよりも遥かに容易い事でしょう。
他を否定する人は、他からも否定されます。
逆に他を肯定する人は、他からも肯定されます。
この連鎖は本来の法則として確かに存在します。
日本の言霊は言葉もある種の力を持つといいます。
それと同じ法則といえるでしょう。
しかし現代社会は競争原理の元、歩んで来た為に、この法則が当てはまらない世界になっています。
他を否定する人々ばかりになった世界の先に、待ち受けているものは何でしょうか?
それは破滅ではないでしょうか。
多様性の排除は進歩の排除、そして悪、即ち無への欲求の増大に繋がるのです。
自信に都合の良いものばかり残し、都合の悪いものは排除する。
果たして、それが本当の楽園と言えるのでしょうか。
自分に都合の悪いものを排除する行為と、戦争は同じです。
自らの成長のチャンスを捨て、緩慢な破壊を歩む行為なのです。
昨今の犯罪・紛争・事故・家庭内や職場内での亀裂は、この否定の力の増大を意味しています。
ただ我々の定義する肯定も、何も考えないで肯定する行為とは異なります。
我々の肯定とは迎合することではありません。
多様性の排除に対しての迎合は肯定とは言えません。
我々の肯定の定義とは、他の価値を認める事なのです。
異質な価値・存在を認めた上で、その異質な価値が何を求めているかを見極める事が重要なのです。
異質な価値・存在が無を求めているのか有を求めているのか、それが我々の判断基準です。






信じること



旧人類は多くの宗教家達から信ずるものは救われるとの洗脳を受けてきました。
これにより、まるで疑うものが悪で少しでも疑う心を持ったら救われないとのイメージが広まってしまいました。
しかしそれは非常に危険な思想です。
我々は、疑うものこそ救われると考えています。
それ故に、我々の詞も最初に疑うことが大切なのです。
最初から疑いも無く信じる人は扱いやすい事でしょう。
そういった人々を扱う事は簡単でも、救うことは意外と難しいものです。
現在の宗教は信者を救済するべきか否かで選別しているのではなく、信者が扱いやすいか否かだけで選別しています。
我々の詞には証拠が無いものも多々あります。
何の証拠も得ずに鵜呑みにする人々は善の洗脳のみならず、悪の洗脳にも騙されやすいのです。
世の中には、善意で捏造を生んでいるものもいれば、悪意で捏造を生んでいるものも居ます。
藁にもすがりたい時に疑う事は大変な葛藤を生みますが、善の洗脳と言えども受け入れる時期は、疑って自分で調べ考えてからでも遅くはありません。

ただここで誤解されてほしくないのですが、信じる事が全て良くないとは言っていません。
信じるとの表現について日本語には様々な意味があり、分かり辛いかも知れませんが、明るい未来を望む心は大切なのです。
悲観的な状況で、未来に希望を託す事も大変でしょう。
しかし、それらを乗り越えてこそ未来は切り開かれるのです。






不平不満



旧人類の社会には、不幸な環境に生まれて不平不満を抱きながら生きる人と、逆境に負けないで希望を持ちながら生きる人がいます。

ここに、AとBの二人の人間がいます。
AとBは、ともに両親が居なく貧しい環境で育ちました。
しかしAは犯罪を犯し、Bは幸せな人生を謳歌しました。
Aは今の境遇を、過去の環境や周囲の人々のせいにしました。
Bは今の境遇を、過去の環境や周囲の人々のお陰だと感謝しました。

確かに、より良い環境は大切です。
しかし、当事者がすべき発想は今を嘆き他を恨む事ではありません。
当事者がすべき発想は今ある逆境を特別に与えられた境遇と受けとめる事なのです。
逆境で、清らかな心を維持する事は非常な困難を伴う事でしょう。
しかし逆境の中でも光る清らかな心は、恵まれた環境下で存在する清らかな心よりも尊敬すべきものであり素晴らしいものなのです。

そして、不幸な環境に居る人を支援する事は大切ですが、同情する行為はその不幸な環境にいる人を落ち込ませ、更なる不満を増徴させ怒りを生ませます。
仮に支援する行為が相手に負担になるようであれば、同情よりもそっとしてあげる事が大切です。
そして、不幸な環境に育った犯罪者に善の心を呼び戻す事は大切ですが、同情の念は必要ありません。
それよりも、不幸な環境にいながらも、前向きに懸命に生きている人を周りの人々が認め、社会として大切にしていく必要があるでしょう。






善悪と真偽



今の旧人類社会は差別や被害を捏造し利用する人々と、力や勝利が正義であり弱者や敗北が悪であると誤解する人々と、世間に広まっている話しが真実だと誤解している人々で大半を占めています。
簡単に言うなれば、詐欺が横行しているのです。
これは何を意味しているのでしょうか?
これは、人々の愚民化を意味しているのです。
愚民化は悪を育てる土壌にもなります。

分かりやすく、差別を例にとってお話しします。
仮に一人の人物が差別を捏造したとしましょう。
差別を捏造した者は、差別を受けたと泣き叫び賠償を求めます。
何も考えない人であれば、その嘆きや叫びを嘘とは思えず素直に受け入れる事でしょう。
この捏造の根拠は共感する者が多いほど成功します。
同じ境遇や、実際に有りそうな話、残酷極まりない話、聖域としてタブー視されている問題等色々ある事でしょう。
そして、その捏造に共感する者が現れます。
それが協力者となり、さらにその捏造を真実として世間に広めます。
捏造が広まれば広まるほど世間への影響力は増し、人々はこれだけ広まっているのだから真実であると確信し更に理解者は増えます。
こうして、捏造は真実として世間に既成事実化されます。
そんな中、それに異を唱える者が現れます。
即ち、その偽りの嘆き悲しみに惑わされなかった人です。
それに異を唱える者は、何かを感じ取り自身で調べ始めます。
そして、その捏造の証拠を掴みます。
これが初期の段階であれば、その捏造はその証拠により破綻する事でしょう。
しかし、既に既成事実として広まってしまった場合はどうでしょうか?
また、捏造の発信源や捏造を支援する者が高名な人であったらどうでしょうか?
その捏造の証拠を掴んだ者は、差別主義者または無知な者と罵られ葬り去られる事でしょう。
これにより、その捏造を真実と思っている人々は、正義と真実が勝ち極悪な差別主義者を打ち負かしたと思う事でしょう。
そして最後に得をする者は、差別を捏造した大本です。

さて、差別を例えとしてお話ししましたが、この差別を被害・慈善・平和・愛護・宗教などの言葉に置き換える事も可能でしょう。
旧人類の真実や正義は、本当の真実や正義なのでしょうか?
故に我々は貴方方に、物事を他人に流されずに自身で調べ判断する能力を付けるように促しますが、真実の強要はしません。
我々の世界を何も考えずに鵜呑みにする行為も、何も考えずに批判する行為も、同じ穴の狢なのです。










旧人類は嘘をどのように捉えているのでしょうか。
我々の嘘の定義は旧人類の定義とは異なっています。
我々は集団を欺く嘘を許しません。
また、驕り高ぶっている人に対して嘘を言い、その驕り高ぶりを助長する行為も許しません。
しかし、謙虚を忘れない人や落ち込んでいる人に対して勇気付ける意味での嘘は必要でも有るのです。
嘘は、人に夢や勇気や希望を与える事もあります。
そして、人間関係を滑らかにもします。
そうです。嘘には人を幸せにする嘘と不幸せにする嘘があるのです。
嘘つきは泥棒のはじまりと言いますが、正しい見解ではありません。
『嘘』として一纏めに定義する行為は余りにも安直過ぎます。
それよりも我々の様に、幼少期から様々な嘘に対しての概念を教え込む必要があります。
旧人類は嘘を忌み嫌い、嘘をどうやって活用するかも分からないまま大人になり、結果として人間社会に大きな弊害を齎します。
旧人類の殆どの宗教家や政治家や詐欺師は悪い嘘をついて人を惑わしています。
嘘が使えなく、他人を傷つけてしまう人。人を陥れる悪い嘘しか使えない人。
全ての人が、悪いと嘘と良い嘘の分別が出来る様になれば、自然とこの様な人々も居なくなる事でしょう。






平等と区別



我々の社会は、差別の無い平等な社会です。
しかし、差別は有りませんが区別は確かに存在します。
故に、区別のある平等な社会とも言えるでしょう。
この世に差別は必要ありません。
差別とは、理由も無く劣っているものとして定義付けをし不当な扱いをする行為を示しています。
区別とは、区別する対象を尊重しながらも秩序安定の為、そして双方の生存の為の区分け行為です。
それは、旧人類社会でもある事象です。
子供に運転免許を与えない事や、万民に銃を与えない事と同じなのです。
我々の社会でも区別は存在し、30歳になるまでは全ての権利を得ることが出来ません。
その30年間で、我々は我慢と協調を学ぶのです。
その区別は他の宇宙生命や、同じ環境を共有する人類以外の生命に対しても同じく存在します。
旧人類の社会では、この区別を差別と表現し撤廃を求める人々がいます。
貴方方は、彼らの言葉に騙されてはなりません。
その区別を撤廃したら、世の中がどうなるかを考えなければならないのです。
安全や平和の無い無法地帯にはならないでしょうか?逆差別が生まれないのでしょうか?
差別は悪ですが、区別は悪ではないのです。
区別を差別と喧伝する社会の行きつく先は、崩壊です。
この事実に、貴方方が早く気付かれる事を願うばかりです。






完璧な人



完璧を求める人は盲目になりがちです。
何故なら、完璧を求める余り、他人に対しても厳しくなってしまうからです。
それによって相手を傷つけてはいないでしょうか。
それによって相手を追い詰めてはいないでしょうか。
最終的に、それらは自分にも降りかかって来ます。
得てして、完璧を求める行為は正義となり、不健全は悪となりがちです。
確かに、人は絶えず進歩して然るべきものでしょう。
それは偏に、人が完璧な存在では無い為でもあります。
さて、前に深層精神の進化は無限大と述べましたが、それと同じ様に完璧な存在は「無」以外には存在しません。
有を求めるにあたって終わりは無く、故に完璧に到達する事も無いのです。
そもそも、完璧な人間など存在しません。
超人類も過去の歴史上、何度も過ちを犯しました。
生命は多様性を求めています。
例えるのであれば、多様性は不完全性でもあります。
その多様性、即ち不完全性を排除した世界はどの様なものでしょうか。
何度も述べてきましたが、それは生命の衰退を示しています。
完璧は絶対的に素晴らしいものではありません。
完璧を求める行為が、何時しか「無」即ち悪を求める行為に変化する危険性もあるのです。
旧人類は完璧の定義をもう一度考える必要があるでしょう。






宇宙連合



旧人類の定義する宇宙連合とは如何なものでしょうか?
残念ながら、我々の宇宙協調体とは異なるようです。
旧人類における連合の理想とは、第二次世界大戦の勝者の烏合の衆により築かれた理想に過ぎません。
そこには力の論理は在れど、善の論理は存在しません。
宇宙協調体とは即ち、異なる価値観世界観及び生存圏を尊重し合いながらも善の定義を求め尊重しあう協調体の事なのです。
人類には酸素と水は掛け替えのないものですが、宇宙全体ではそうとも言えません。
人類にとって水や酸素は必要ですが、活性酸素や水の過剰摂取は人の生存を脅かします。
それと同じ様に、宇宙には酸素や水が存在する事自体が危機になる生命も存在します。
SFに有る様な異星人との同じ環境での生存は残念ながら不可能なのです。
そして、酸素や水が生命に欠かせないものと思われる発想は無くすべきでしょう。
酸素や水は旧人類が思う程、重要では有りませんし効率の良いエネルギーではありません。
生命が効率を求めるだけの存在であれば、地球上で水と酸素以外の燃料を見つけ更なる変化をしていた事でしょう。
酸素や水の存在理由はただ単に、この地球及び組星で酸素と水が多かったに過ぎません。
このように、お互いが異なる環境で生きているからこそお互いが最初から異なる価値感を有する事を理解し認める事が出来るのでしょう。
しかし、環境は異なれど共通した思想が在る事も確かです。
これこそ、宇宙及び有の真相なのです。
宇宙協調体の会合はどの様にするのかと思われた事でしょう。
我々は互いに環境の異なる世界に住んでいる為、直接的コンタクトは取れませんが、ヴィジョンでお互いを認識しあいます。
そのヴィジョン同士が、お互いの善の定義拡大及び無の存在縮小について主張しあいます。
善、即ち有の定義について主張しあう有意義な会合です。
ただ、この協調体は残念ながら区別なく入体出来る訳では有りません。
この協調体の有する定義を実践しようとする知的生命体でしか入体出来ないのです。
即ち、有の思想を少なからず理解する知的生命体だけなのです。
有の思想は単純なようで複雑です。
我々及び宇宙協調体は、最初に異在りき、反発と迎合と服従は排除せよ、然れど他の発想の根源を理解せよ。
との定義を有しています。
この言葉は単純なようですが、旧人類にとって最も意味の有る深い言葉でもある事でしょう。






結婚



結婚についてお話しましょう。
結婚は我々の世界でも存在します。
しかし、制約は旧人類よりも遥かに少ないのです。
我々の結婚とは、子供を生んだ段階で成立します。
それまでは自由恋愛が可能なのです。
経済的な理由で結婚する事が無い為、子を産まないのに結婚する理由が無いからです。
しかし一旦、子を産んだら離婚はしません。
この“しない”との意味は自主的なものです。
超人類は幼い頃から他人の違いを理解し、他人を認める教育を受けています。
そもそも、旧人類の離婚の原因は何でしょうか?
経済的な理由、価値観の違い、配偶者の暴力が主ではないのでしょうか?
配偶者への暴力行為について、我々は精神の病と捉えています。
精神の病が克服されている我々の社会では暴力自体が存在しません。
経済的な理由は存在しないとの事は先ほどもお話ししましたが、経済的な理由で結婚する事が無いので離婚する事もありません。
貨幣経済も無く人類として共有財産を有している為、貧富の差も存在しないからなのです。
旧人類社会のように男性は経済力で魅力を勝ち取る事が出来ません。
だから、精神の清らかさが最大の魅力になっているのです。
これは理解された事でしょう。
女性はどうでしょうか?
旧人類社会のように、美人の確たる定義は存在しません。
美人は旧人類が勝手に決めた定義なのです。
そもそも旧人類の定義する美人は時代によって全く異なります。
これは、ファッションと同じく時代による洗脳なのです。
我々の社会は顔の配置の好みも人それぞれです。
それが個性でもありますし、美人の定義など存在しないからです。
心も体も健康である超人類は皆、個性的で健康的な顔を持っています。
彼らは旧人類の言う美人よりも余程魅力的です。
価値観の違いは存在して当然と考えている為、お互いがその違いを認め合い衝突も生まれません。
むしろ超人類は、異なった性質と価値観を持った異性に関心を持ちます。
お互いを切磋琢磨し、成長する為の試金石だと思うからでしょうか。
しかし、悲壮感はありません。
新たな発見を楽しんでいます。
離婚はしないとの意味が感じ取られたでしょうか。






貨幣経済



貨幣経済は今、多くの矛盾を抱えています。
このまま続けば富める者は富み続け貧しいものは永遠に貧しいままの、新たな階級社会がやってくる事でしょう。
学歴も、富める者が更に優秀な教育を受けられる世の中になってきます。
どなたでもご存知ですが、今は資本家が支配する世の中になっています。
しかし、表面的な部分では分かっていても、資本家が経済だけではなく世界の政治をも支配しているとの実感は余り持っていないようです。
資本家の台頭は産業革命からではありません。
その前から種は蒔かれていました。
その始まりは金貸し業者、すなわち金融業者です。
そして、昨今のユダヤ陰謀説もここから始まります。
無論、ユダヤ人による世界支配ではなく、実際は金融業者の子孫による世界支配が進んでいるのです。
確かにその中で一番勢力がある存在が、ハザール王国の流れを汲むユダヤ教徒であるハザール人との事も事実です。
しかし、彼らは民族的な誇りで動いていると言うよりも、民族的な誇りを利用して動いているだけなのです。
金融業はその昔、イスラム教やキリスト教からも疎まれた職業であった為、必然的に制約の無いユダヤ教徒が世界で富を得る事が出来ました。
その成り立ちは、日本における朝鮮民族と同じでもあります。
時には紛争を生み時には国家を利用しながら、金融業者の末裔は巨大な富を元に今も地盤を強化しています。
彼らは我々の有する社会形態が旧人類の社会でも現実化する事を恐れています。
我々の社会は、彼らの既得権を間違いなく奪う事でしょうから。




子育て



子育ては、超人類の社会では結婚した二人の共同作業として行なわれます。
子にとって両親は非常に重要でもありますし、両親にとっても子育ては必要だからです。
この子育ては、愛や人との関わりを感じ取るのに非常に重要な役割を持ちます。
この点では旧人類社会と同じです。
では何処が違うのでしょうか?
それは、30歳を親離れの時期と捉えている事です。
30歳と申しましても旧人類の30歳とは異なります。
1700歳の平均寿命を有す超人類にとって30年は僅かなものなのです。
それまでに、あらゆる秩序や道徳や愛を学ぶのです。
では30年間、親は子に拘束されるのかと思われた事でしょう。
実際には親は生後から二年間、公共の設備を配備した自宅で様々な子育て方法を伝授されます。
それを元に子育ては行なわれます。
その後、2歳になると子供は公共の施設に通うようになります。
そこで、集団や対人関係を学びます。
この施設通いが30歳まで続くのです。
子供はその30年間で社会や親との関係を構築するのです。
そして、自身の適性や興味を見出すのです。
30歳になり、施設を卒業すると親の子育ても終了となります。
対照的に、旧人類は寿命が短い故に20歳までに人生を決め、その後の修正も難しくなっています。
最も、超人類社会が30歳を過ぎても人生の変更が容易なことは寿命からもお分かりになられるでしょうか、






政治



我々の政治の仕組みは共産主義に近いと言えるでしょう。
しかしながら、現存の北朝鮮や中国は共産主義とは言えません。
中国は一党独裁政権で、北朝鮮は王政と言えるでしょう。
本当の共産社会に近いと言えるのはフィンランドに代表される北欧諸国だけではないでしょうか。
共産社会の基本は福利厚生と中立の立場であり、共産社会は現実可能です。
フィンランドに代表される北欧諸国が、真の共産主義の原型と言えるのでしょう。
最近はEUに加盟して西欧よりになっていますがフィンランドは中立国家です。
過去にロシアやドイツの強国の侵略に悩まされてきた結果でもありますが、それだけではありません。
中立の理念は強国の理念に対抗できる素晴らしい手段でもあります。
共産主義は中国やソビエトという、農奴や皇帝の国をモデルとしたのがそもそもの間違いだったのです。
中国もソビエトも、国の根本を変える事は不可能だったのです。
この国々の人々には、残念ながら共産主義は早すぎたのです。
子供に車を与えるようなものだったのです。
共産主義の資格をもらえるのは、現状として民度の高い国であり先進国位でしょう。
フィンランドは先進国であり豊かです。
そして中国や北朝鮮よりも人道的で平等な国家です。
日本はフィンランドと同じ先進国でもあり、価値観は実際にはアジア諸国よりも近いのです。
近くても途上国で独裁政権の北朝鮮のほうが、価値観が日本と異なっています。
日本が何故、他のアジア諸国に先駆けて西欧化できたのでしょうか。
フィンランドは、その理想に最も近い国だとお伝えしているにすぎません。
ソビエトや現存の中国も北朝鮮も、共産主義からは程遠い存在に過ぎません。
結局、皇帝主義のレーニンや毛沢東や金成日には共産主義など不可能だったのです。
彼らは、新たな政治手段を利用して皇帝になりたかっただけなのです。
擬似共産主義は国民を欺くには格好の衣だった事でしょう。
共産主義の理想を掲げれば、無知な民衆は支持します。
ただ、これだけ高度な情報化社会になり、民度の高い国が出てきている現在であれば、その理想も不可能ではありません。
何故に途上国は汚職や犯罪や暴動が多いのでしょうか?
途上国に共産主義を渡すのと先進国に共産主義を渡すのと、どちらが上手く運営して行けるかは明確でしょう。
フィンランドにも確かに失業者は存在しますが、失業者はすぐに職を得ます。
職業の離職率も高いのですが再就職率も高いのです。
であるからこそ、気楽に職を変えられるのです。
日本や諸外国のように、一旦職を失ったら再就職まで数年かかったりする事は殆どありません。
それも国を挙げての福利厚生の賜物でしょう。
失業率の数値だけで語るのは危険です。
失業率が低いと言われる日本の現状はどうなのでしょうか?
先進国の定義は色々ありますが、私は民度の高さだと考えています。
経済大国の定義とは違います。
日本はアジアでの唯一の先進国の一員であり第二位の経済大国なのですから、新共産主義を打ち立てる土壌は整っています。
中国は人口だけの大国であり、ロシアは資源だけの大国です。
それ以外の欄は、途上国でしか過ぎません。
補足ですが、フィンランドは国際競争力3年連続一位です。
そして一人当たりのGDPも日本より上なのです。
そして福利厚生が進んでいるとなれば、誰が理想に近くないと反論できるのでしょうか?
ここで何故私が理想に近い共産主義がフィンランドであるのか、もう少し詳しく話します。
フィンランドは日本と同じく資源を持たない国です。
しかしその人材を活用し、その人材を保護する力は絶大なのです。
まず、保育所から大学まで学費一切がかかりません。
そして託児所施設も高度に進んでいる為、女性も出産後も働けます。
まさに、揺籠から棺桶まで国が面倒を見ているのです。
そして無料で・・・。
にもかかわらず、国民の生産性は驚くほど高いのです。
これを理想の共産主義に近いと言わず、何でありましょうか。
人口は東京都にも満たない国ですが、人口が少ないから実現可能との事でもありません。
であれば、州制度のアメリカや人口が同じくらいの国々もフィンランド並でなければ話が合いません。
地理的条件を上げるのであれば、極東の日本が発展したのは何故でしょうか?
これらは、言い訳に過ぎません。
日本は既得権が多すぎるのも問題でしょう。
移民でも朝鮮系の方々は強大な既得権を持っています。
一族による会社経営や不動産経営者も同じです。
これらの既得権を国に返還してもらう事は大切です。
知的所有財産権は保護する必要がありますが、個人による公的に近い物の所有は禁止すべきでしょう。
彼らの多くは不労所得を得ています。
そして、持たざる者の労働意欲を削いでいます。
中国やソビエトも、既得権を持った人々により失敗しました。
結局ソビエトや中国も、皇帝や貴族階級から共産党や党首に利権を移譲されたにすぎません。
マイナス点として税金の高さを上げられる事でしょう。
しかし、これは真の共産主義の考えとして利にかなっているのです。
共産とは、そもそも共に繁栄するとの意味なのですから。
助け合い補いあっても、皇帝と農奴の国であった中国やソビエトの様に怠ける人間が殆ど存在しなければ生産性も維持出来ます。
故に、フィンランドは先進国としても指折りの豊かな生活が出来ているのです。
このシステムは元来勤勉な日本人にも容易に取り入れられる事でしょう。

既存の共産主義者は罪を背負っています。
彼ら既存の共産主義者達が本来の理想を歪め、地に貶めたのです。
そして、私がお伝えした真の共産主義も色物で現実不可能なものと捉えられる土壌が存在する事も事実です。
フィンランドも日本も隣国がロシアであり、先進国でもあり民度も高く勤勉で共通点は多々在ります。
それでも、欧州と日本は歴史背景が似ていないからモデルにならないと言うのであれば、明治期の日本は何故に西欧をモデルにしていち早く発展したのでしょうか?
 真の共産主義は現実可能です。
日本の明治時代や、第二次世界大戦後の日本は180度変わりました。
これでも、無理だと言えるのでしょうか?

既存の共産主義をもって不可能と思われるのは時期尚早です。
確かに、共産主義はレーニンや毛沢東によって歪められました。
私のお伝えする真の共産主義は、マルクス主義にも共通する部分が多いでしょう。
真の共産主義は、旧人類の現在の自由主義の中でも存在可能なのです。
しかし、既存の共産主義は結局のところ鎖国政策でした。
そのような状況下では、国は停滞すれども発展する事はありません。

真の共産主義は公務員制度とは異なります。
国の保護が上がるのは確かですが、その分税金も上がります。
民衆が全て公務員になるのではなく、国自体が民営化される事にちかいのでしょうか。
無論、公務員制度も廃止すべきでしょう。
それこそ、民衆の為の国家だと思います。
これを実現するには様々な改善点もあります。
代表の世襲制度廃止や、個人による自宅以外の土地所有の禁止等。
過去の国とは、民衆の為に存在していたとは到底思えません。
結局は、既得権を守ることに必死になっていた存在です。
そもそも国民は国の為に有るのではなく、国が国民の為に
有るのです。
先ほども申しましたが、私のお伝えする新共産主義には、それを行なう国の条件があります。
民度の低い国や時代に共産主義を掲げても、結局は中国やソビエトと同じ結果になります。
しかし今、先進国でもあり民度の高い国が実践したら如何でしょうか?
それがフィンランドなのです。
日本もその資格を充分兼ね備えています。
そして、フィンランドよりも更に素晴らしいシステムを構築できる事でしょう。
また、ソビエトや中国の様な大きな一極集中政府も必要ありません。
我々の社会には政府は存在しません。
これは考えられない事かもしれませんが、共産主義の延長線上でもあるのです。
しかし、旧人類社会の現状として政府や軍隊が必要なのは仕方のない事でしょう。
我々の政治体制に比べれば、真の共産主義は理想主義ではなく旧人類の現代社会においても現実可能な主義でもあるのです。





物との共生

日本人は物にも魂が宿ると言います。
無論、物にもロボットにもプラズマ記憶体にも魂は宿りません。
しかし、それらへの接し方で人の性質が如実に分かるものなのです。
日本人は世界でも稀に見る、物を尊ぶ民族です。
貴方には、思い出の有る物への愛着はありませんでしょうか。
とは言いましても、物質文明への執着とは違う意味を持っています。
海外の人々から賞賛されている日本の「もったいない」の精神にも通じるのでしょうが、根幹は更に尊いものでもあります。
日本古来の物の怪、妖怪と言われている物もまた同じように、日本人の物を大切にする心から生まれています。
貴方方日本人には、日本国外での外国製品の破壊抗議運動は理解出来ない事でしょう。
また、大東亜戦争での日本軍は戦略目標以外の相手国の建造物を無闇に壊すことはしませんでした。
これらは、日本の伝統的思想の誇るべき点と言えます。

物を大切にする心と、精神至上主義の心は一見相反するようですが、根本は同じなのです。
そして、物を大切にする心と、物質至上主義とは根本的に異なるのです。
今の物資至上主義とは物質の恩恵に浸かりながらも、物質を無駄使いする罪深い主義に過ぎません。
物を大切にする心とは有限の資源を大切にし、そして有限の資源を慈しむ心でもあります。
我々は例え相手が我々の作り出した生命ではないプラズマ記憶体であったとしても、その存在を尊重し大切に扱います。
我々の社会では、旧人類社会のように物で溢れる事がない故に、数少ない物を大切にします。
しかし、今の旧人類の社会は物質文明と言いながらも全てが使い捨てであり、無慈悲に物を粗末にしています。

厳しいようですが、ここで断言します。
物に対し、破壊工作をする人々は我々の思想から最も意識の離れた人々です。
戦争もテロリストも文化遺産破壊も外国製品破壊抗議運動も、無への従属に過ぎません。
物質には生命は宿りませんが、人の思いは宿るのです。
それが、残留プラズマ思念なのです。
人々の遺した熱い思いを無碍にする行為は許されるのでしょうか。





男女の区別



我々の社会では、社会が生んだ男らしさや女らしさは存在しません。
社会が生んだ『らしさ』として、男性が家を守り女性が外へ狩りに行くオーストラリアのアボリジニであるティウィ族が挙げられる事でしょう。
また、母系社会は日本の古代でも存在していました。
「男らしさ、女らしさ」も人類の成長を阻害している固定概念に過ぎません。
我々の社会では、服も男女の違いがありません。
しかし、男女の違いは生物学上に歴然として存在します。
それは体の作りだけではありません。
精神においても個人差はありますが、男女の違いがあるのです。
一般に男性はマクロ的視野を持ち、女性はミクロ的視野を有しています。
女性はミクロの研究や数学や医学や言語学を得意とする者が多く、男性はマクロの研究や新たな創造や芸術を得意とします。
そして一番重要な事として、女性は子を宿し男性は子を宿した女性を援助します。
これらは、全人類において共通な事象でしょう。
我々の社会でも、男女はこの様にお互いの足りない部分を補い合い理解し合いながら生活しています。
こういった男女の先天的差をも差別と糾弾している旧人類社会には、どの様な未来が待っているのでしょうか。







他人の価値基準



旧人類の他人の価値基準は今のままで良いのでしょうか。
性別・年齢・社会的地位・資産・容姿。
旧人類は相手を判断する材料にこれらを活用します。
旧人類は男女間の差別を叫びながら、それ以外の判断基準から生じる不平等に対しては極めて鈍感です。
我々の社会では区別はあれど、自分自身として男だから女だから若いから年だからとの諦めの発想はありません。
また、社会的地位も全ての人々が平等であり資産も共有している為、それらから生じる相手の判断基準も存在しません。

我々の他人に対する判断基準とは、即ち精神の魅力度です。
この魅力とは何を示すのか、私の過去の話からもお分かりになられると思われます。
政治家の汚職、会社幹部の横領、教師の性犯罪、これらは旧人類の誤った判断基準により選出された人々によって行われています。
本来であれば、これらの立場にある人々が最も行ってはならない行為を何故、犯してしまうのでしょうか。
それは、一番重要な判断基準を旧人類社会が無碍にしているからです。
彼らを選出するにあたって、道徳概念を蔑ろにしているのです。

果たして、経歴や学歴や社会的地位や資産を前面にアピールする人は信用出来るのでしょうか。
売名行為や偽善行為は人として恥ずべきものであり、肩書きや名声を前面に出す人は、自身の精神の汚さをこれらによって覆い隠しています。
旧人類はその様なまやかしに誤魔化されないで、自分自身の心で相手を判断する必要があります。

善の行動を起こすにあたって、名前は必要ありません。
自身の気持ちを万民に伝えるにあたって権威は必要ありません。
自身の立場や権威を利用せずに他人に善の行動や気持ちが伝わってこそ、真なのです。







個性



旧人類は個性の定義すら確立していない為、多くの誤解や矛盾を生んでいます。
旧人類は個性を主張する前に、個性が何たるものかを理解しなければなりません。
個性はその人の考えや存在や歴史を表す証明でも有りますが、個性は個人主義でも無く、自己主張は自己中心主義を助長するものでもありません。
個性というものは、集団との協調の中で認められるものであり、自己主張とは相手の意見を聞いてこそ出来得るものなのです。
旧人類が個性を主張するには、まだ早すぎるのかもしれません。
個性を持つ事には、責任も伴うのです。
集団に同化する行為はその集団に守られる事を意味していますが、個性を持つ事は全て自己に責任が向かう事を意味しています。
文化は個性から生まれましたが、同様に破壊も個性から生まれます。
個性と一言で括る事は簡単ですが、非常に奥深いものなのです。
我々の社会では個性を尊重していますが、それ故に互いに足りない部分を補い合い、時には刺激しあいます。
しかし、衝突は生まれません。
これは我々の間で『個性とは責任を伴う事』との認識がある為です。










月は旧人類にとって最も身近な星でしょう。
月の大きさは地球の約4分の1と衛星としては大きく、聡明な方であれば明らかに違う場所で生まれたとの事が認識出来るでしょう。
月の誕生には分裂説 集積説、捕獲説、巨大衝突説等が有りますが、何れも多くの矛盾や謎を残しています。
簡単ながら、最初に先程述べた諸説の矛盾を説明いたしましょう。

分裂説、これは月の成分の大半が地球産では無いことから、また月の方が誕生が古い事から簡単に否定できます。
また、分裂するほどの高速回転をしていた地球が今の回転に落ち着く原因も説明出来ません。
そして高速回転で原始の地球からちぎれた月が、彼方へと行かずに地球の軌道に捕獲される事も不可能です。

集積説、この説でも月は地球と同じ成分及び同じ誕生でなければならず、今の地球と月の軌道関係も説明出来ません。

捕獲説、地球が之ほどの巨大な星を捕獲する事は不可能です。
月程度の大きさであれば、地球に衝突するか、衝突しなければ通り過ぎるだけです。

巨大衝突説、衝突した星が月になったとしたら、何かしらの小惑星群も残るはずです。
それだけの大規模な衝突をしたにも関わらず、何故に破片が残らなかったのかを説明出来ません。
貴方は1952年、カナダのエイビーに落下したエイビー隕石をご存知でしょうか。
旧人類は月と地球の両者の関係を証明するにあたり、月と地球の酸素同位対比はほぼ同じだとの証拠を持ち出します。
では地球上や月には存在しない成分を持つエイビー隕石が月や地球と同じ酸素同位対比である事はどう説明するのでしょうか。
偶然で片付けますか?それとも酸素同位対比の信憑性や重要性を見直しますか?
月しか行った事のない旧人類が卓上の空論以外でどの様に各惑星の酸素同位対比を調べられるのでしょうか。
月と地球の酸素同位対比だけで、地球と月に何らかの関係が有ると断定する行為は如何なものでしょうか。
そもそも太陽系内の惑星は祖を同じくする惑星も多く、酸素同位対比も近似する事が多いのです。

では、月は何処から来たのでしょうか?
月は最初は木星の衛星でした。
遥か太古、祖星と火星と地球に生命の源が降り立った時代に意図的に木星の軌道から離れ地球の軌道に移りました。
これを意図的に行った知的生命体が一体何者であるのかは、我々のアシックレコードでも、まだ解読出来ていません。
旧人類の説で肯定できない原因は、意図的だったからなのです。
そして全てでは有りませんが、地球を現在の生命の溢れる惑星にする為の材料は月から得ました。

その後、質量が小さく過去の衝突によりマントルが溶け出し中空となっている月は超人類の人工衛星として活用するようになりました。
まだ詳しくは述べられませんが今現在、我々は月を幾つかの重要な場所の一つとしています。
現在、月が地球から離れて行く理由は過去の恐竜を絶滅させる要因にもなった隕石衝突が原因です。
月の表が常に地球を向いているのは、過去にマントルが溶け出した事による重心のずれからです。
月の重たい部分が、地球の重力の影響を受けているのです。
また、月以外の太陽系にある衛星も殆どが親惑星を向いて回っていますので、何ら特別な現象ではありません。

何故、アポロ17号の1972年の月着陸から30年以上も経ているにも関わらずその後の月着陸は無いのでしょうか。
それは旧人類政府が我々を恐れているからに過ぎません。
最初のアポロが着陸した時に我々は姿を現しました。
それは警告の意味もありました。
しかしアメリカ政府はその事実を改竄し隠蔽しました。
今後、この事実は世に現れる事でしょう。






龍脈




人間にツボや経絡があるように、同じ生命体である地球にも同様に存在します。
それが、竜脈でありレイラインなのです。

超古代では、新しく開発された強力な制御作用のある氷炎柱石が地球のツボに打ち込まれるように建造されており、エネルギーを生むと同時に災害をも防いでいました。
円状に広がった巨石建造物群の中心に、氷炎柱石は虚勢を張るかのごとく鎮座していました。
結果として、この氷炎柱石は強力が故の弊害も多く大洪水を招きました。
この技術は大洪水で一度は失われますが、超人類再移住派により再び地球に齎されました。
その超人類移民団の時代では、巨石建造物だけで地球の竜脈を整える様になっていました。
巨石の効果は氷炎柱石よりも弱いのですが、弊害も少なく最も安全で安定した方法として再び見直されていたのです。
これらの効果は、地震の沈静化や気候の平穏化や大気のマイナスイオン化などを齎します。

その後、超人類再移住派自体も土地を奪われ流浪の身になり旧人類と同化していく中で、巨石建造物の技術も忘れ去られました。
流浪の身で、巨石建造物を作る事は無意味でもあり不可能な事だったのです。
巨石に変わるものとして、巨木が使われるようになったり単なる祠になったりするうちにその効果も次第に無くなってゆき最終的には形骸化しました。

その技術は、今では中国や日本等の極東で語り継がれているだけに過ぎませんが、世界各地に跡が残されています。
それが、レイラインです。
ヨーロッパのレイラインは、近代になりやっと発見されました。
ヨーロッパの古代の遺跡や聖地もまたレイラインで結ばれているのです。

現在のエッフェル塔や東京タワーに代表される数多くの都市中心部にある塔は、意図的なものと人類の深層精神が齎したものとに分かれますが、根源は龍脈やレイラインに起因しています。
地図をご覧になられてください。
貴方の身近にもレイラインは存在します。
そしてダウジングもまた、この現象を利用しています。 

オーロラは、太陽から来る帯電微粒子が地球磁場の影響によって齎されて起こる現象であり、人間のオーラや天使の輪などの起因とは異なりますが、これらと同じ意味を持っているのです。
そして、竜脈と経絡も起因は異なりますが双方とも同じ意味を持っているのです。







次元



貴方方の次元の認識は正しいのでしょうか?
現在、住んでいる世界は三次元であると旧人類は認識しています。
また、それに異を唱える人も時間軸を加えて今現在住んでいる世界が四次元だと定義します。
しかし、どれも間違っています。
時間とは全ての生物が共有できますが、次元は個々で所有するものなのです。

では、答えを申しましょう。
三次元以上の世界とは生命の表層精神なのです。
生きとし生けるものは鉱物から高等生物まで三次元までの存在は同じですが、それ以上の次元の認識が違うのも事実です。
貴方は、鉱物の世界観と植物の世界観と動物の世界観が同じたと思いますか?
時間は共有しても、世界観即ち感覚として察知する世界は全く異なるのです。
少し、分かりやすくお話しします。
貴方が夢の中で感じる世界と現実に感じる世界は同じでしょうか。
また、夢から永遠に目覚めなかったとしたら現実の世界は想像出来るのでしょうか。
植物は身の周り以外の世界を認知出来るのでしょうか。
虫は感情を持っているのでしょうか。
犬は笑うのでしょうか。
生物は、より高度な次元に昇ると今まで持っていなかった素晴らしい世界観を得られるのです。

そして、深層精神は無限次元です。
我々の説く精神の中心が無限大との意味が理解できないかも知れませんが、それは三次元の考えに基づいた判断に過ぎません。
中心が無限大な事も有りうるのです。
故に精神の成長は際限がありません。
鉱物の表層精神は四次元に位置しています。
さて、旧人類の表層精神はどの次元に位置しているのでしょうか。






生命



地球も一つの大きな生命体であるとの事が今までの私の詞から感じ取れた事と思います。
生命には必ず精神が存在します。
これは鉱物や単細胞生物にも非常に僅かですが存在します。
仮に鉱物から精神が失われた場合は成長が止まり、死と認知されます。
ダイヤモンドも石英も同じ生命体なのです。
そして、地球も太陽も一つの生命体なのです。
さらに、認知している中で最大の生命体が宇宙です。
精神の構造は動物や植物や鉱物や惑星で、それぞれ異なっています。
植物が生命である事を理解できても宇宙が生命体である事が理解できますでしょうか?
生命の三原則は精神の存在、成長、物質としての存在です。
宇宙も無ではなく、巨大な物質なのです。
この三原則は必ず揃っており、欠けている事はありません。
この世界の絶対的な法則でもあるでしょう。
これらが欠けると死となり、深層精神へとなるのです。






クライシス



今まで、色々述べていきましたが、何かしら感じ取られた事と思います。
何度か存在した人類の危機。
惑星の危機・・・。
生命の滅亡・・・惑星の滅亡・・・。
その原因は隕石流星やウィルスであると特定出来たと思います。
そしてもう一つ内なる脅威は人類なのです。
人類の驕り高ぶり、環境破壊は人類の滅亡を導きます。

これらは相反する事象でしょう。
人類が惑星を守れば人類は驕り高ぶり、そして人類が惑星を滅ぼす・・・。
人類がより高度な生命体に進化しなければならない理由は、そこに或るのです。
旧人類は素朴なままが良い、退化するのが良いとの次元を超えているのです。
いつまでも親の世話になっている訳には行かないのです。








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