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| 愛するということ 『菊池木乃実の日々』より | ||||||||||||||||
セドナの旅は、ほんとうに不思議な旅だった。今週、ずっとセドナの旅のことを書いてきて、あらためて思う。 特に、イメージのなかで夫に会って話をし、彼を手放したことは、私にとって一番つらいレッスンだったし、最も大切なレッスンでもあった。私にとって「愛する」ことは「しがみつく」ことと同じだった。彼を愛していると思い、彼は弱いのだから保護するのだと思い、私は彼のすべてに注意を注ぎ、彼の病気さえも治せるのだと思っていた。なんという傲慢さ。なんという勘違いだろう。彼の道を私が代わりに歩むことはできないというのに、私は彼の人生さえも所有しようとしていたのだった。 彼は誰にも所有されたことはないし、これからもそうだろう。それは私も同じことだ。私は誰にも所有されないし、誰も私を所有することはできない。 私はセドナで、「愛する」とはその人を手放し、その人の行く道を見守ることなのだと知った。自分がその人にどうなってほしいか、その人にどうしてほしいか、は愛ではない。それは、執着であり欲なのだ。「愛しているから」「心配しているから」という言葉で誰かを支配しようとしたり、変えようとしたりすることは、愛ではなく、欲なのだ。 愛する人の魂がいつも悦びに満たされていますように。 自分の執着も我欲も捨て去り、ただ、愛する人のためにそう祈ることが愛なのだと、私はセドナで知ったのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次回は、セドナの旅のクライマックス。ネイティブ・アメリカンの魂の浄化の儀式である「スエットロッジ」について書きます。 |
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| コメントより おひつじちゃんへ ほんとうですね。私も毎日、苦しんでます(笑) 「執着」→「しがみつく」→「苦しむ」→「のたうちまわる」→「手放す」→「執着」に戻る。こんな感じで、悶々と・・・。人生は、「しがみつき」と「手放し」の繰り返しなんでしょうかね。 「執着」しないというのは、できないでしょうね。私も。でも、「執着」から「手放し」までの時間が短くなると、楽だろうなあ、とは思います。「執着」した瞬間に「手放し」できたら、それはもう、「悟り」の領域なんでしょうね(笑) 投稿者 konomi - 2月7日 12:48 |
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木乃実さんより快い「転載」許可を頂きました。感謝します。 「・・・は、愛ではなく、欲なのだ」と「愛する人の魂がいつも悦びに満たされていますように」の間にあるさまざまな愛の形を仁も考えていきたいと想っています。『セドナの旅』に同行して成熟していけることを願いつつ・・・。 |
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はじめまして、青柳仁といいます。 『セドナの旅』読ませていただきました。ネイティブアメリカンのことも知らなかったので強い関心を持ちました。世界が一つ開けた気がしてHAPPYです。「愛」についての木乃実さんの気づきの文章も深いところで納得できるものを見いだせそうな気がしました。仁は教員をしていますけれど、中高生の恋愛や性のありようについて何か道しるべになるものはないかと考え、BLOGを通して、探しています。『愛って何?』のテーマでさまざまな愛の有り様を提起していきたいと思っています。 木乃実さんの『愛するということ』を「引用」「転載」させてほしいのですけれど、お許しいただければHAPPYです。『片想い礼賛』というBLOGをとおしてネットワークを作り上げていけたらと考えています。 http://www.medianetjapan.com/2/20/meeting/hikari7/katao/katao0me.htm 不躾なお願いですけれど、よろしくお願いします。 中高生や青年とかっては子どもであった大人の人たちが愛や恋や性について自由に率直に語り合える広場、交流広場ができればと願っています。 投稿者 青柳仁 (http://blog2.fc2.com/kataomoi7/) - 2月9日 17:29 |
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仁さん、はじめまして。コメントありがとうございます。 恋愛について真面目に考えている、こんな素敵な先生がいることを知って私もHAPPYです。 ぜひ、「引用」「転載」してください。 投稿者 konomi - 2月9日 20:24 |
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仁さん、はじめまして。コメントありがとうございました。早速、お邪魔しました。 「引用」「転載」の件、快くお受けします。 愛することは、傷つくことでもありますよね。身を削る愛は、自分を消耗させ、相手も消耗させてしまう。それでも、深く、深く人を愛する経験は、自分の内面を深く、深く耕してくれます。私からは、「恐れず、愛せよ!」と十代の皆さんにはエールを送りたいです。 ところで、私のブログにも、リンクを張らせていただきました。また、遊びに来ますね! 2005/02/09(水) 20:30:36 | URL | konomi #MfdUHHi6 [ 編集] |
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木乃実さん、仁です。 快いご承諾(木乃実さんのコメント)ありがとうございます。心のエネルギーが大きいですね。圧倒されてしまいます。でも、かろうじて受け止めて、生徒達に還元していきたいと思います。ありがとうございます。 <恐れず、愛せよ!>・・・スゴイエネルギーです。 仁は今までちょっと道を踏み外しはじめていたかもしれません。自分の生き方に反して、生徒達に「まだ愛するのは早すぎる」と叫びはじめていたんです。木乃実さんの言葉を貰って覚醒しました。高校生でも深く愛することはできるんですよね。「深く愛せよ」と叫んでいたはずなのに、いつのまにか性の問題にこだわりすぎるようになっていました。 「・・・ぶっちゃけヤンキーやケド、そこらへんの男より、自分のコトを想ってくれてる。もう、宇宙との思いわしたくないけん、本当には信用まだできんばってん、そのひとのコト好きばい。でもね仁、・・・こないだつき合いだした次の日に飲み会したったいね。で夜中、よった勢いでHしてしまった。後悔しとるやんね。涙。また同じコトのくりかえしやかって・・・断りきらんとやん。彼氏からいわれたら。でもね、宇宙ともその人とも1回しかやってナイ。仁どおしよう。泣。自分がわからん。でもね、こないだ会ったケド、チュウもしてないよ。その人と!!!これは失敗ぢゃないのかなぁ。わからん」 今日もこんな手紙貰いました。「愛せよ」と言う前に「セルフエスティーム、自分を大事にせよ」と叫ばなければならない現実もあります。 この現実を前にしていると『セドナの旅』の世界の深さを懐かしいと感じてしまいます。 ネイティブアメリカンの世界を知りませんが、子ども達の世界にそんな世界をぶっつけていきたいものだとも感じています。・・・ともかく、何やら大きなエネルギーを貰っているようで嬉しくなりました。おつき合いさせてください。 リンクまだ張っていただいて感激です。質もレベルも低いまんまのBLOGだし、愚仁ですけど、よろしくお願いします。 |
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仁さん。まず、誰よりも自分を愛すること。 これ、基本ですよね。ただ、自分を愛する=わがまま になってしまってはいけない。「くつろいで、自分でいることに満足している」状態と言ったらいいのかな。それで、初めて他人に向かって愛が湧き出てくるのだと思います。 ただ、そんな状態に十代の頃からなれる人は少ない。だから、他人を愛する事で自分の不完全さや弱さを見つめるという経験が必要なんだと思います。 Hして後悔している女の子。とことん後悔して、この苦い思いから、何かをつかんでくれるといいなと思います。 投稿者 konomi - 2月11日 11:11 |
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仁さん。HPのコメント読みました。「まず、自分を大切にせよ」ということは大前提ですよね。自分を愛することがきちんとできないと、きちんと人を愛することはできないです。でも、人を好きになるからこそ見える自分の不完全さや弱さというのもあありますよね。Hしてしまって後悔したという女の子。とことん、後悔して、自分を大切にするということを心に刻んでくれるといいなあ、と思います。 2005/02/10(木) 22:06:49 | URL | konomi #MfdUHHi6 [ 編集] |
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木乃実さんコメント感謝です。 また一つ心のエネルギーもらえました。<とことん、後悔して、自分を大切にするということを心に刻んでくれるといいなあ>という願いを仁も持ちながら生徒達とつき合っているつもりでした。なのに、全くだと納得しながら仁はその言葉をまだ使ったことがないんです。この言葉使わせてくださいね。この言葉のエネルギーは大きいですよ。ありがとうございます。 <まず、誰よりも自分を愛すること>という基本が実はできていないんです。現代社会の授業は1年生で、みんなで一緒に自分探しの旅に出ようという呼びかけで始まり、今どこまで自己実現できたかで終わります。1年間2単位の授業。卒業するときはもうほとんど忘れているのが現実でしょうか・・・。「私って何?」の自分と向き合う習慣がついていなくて、人の視線ばかりを気にして、人に合わせて生きている子ども達がとても多い。自立の訓練ができていません。 「とことん○○して・・・」が体験の基本ですけれど、その「とことん」が一番勇気のいることなんですね・・・ 「とことん○○して・・・」が体験の基本ですけれど、その「とことん」が一番勇気のいることなんですね・・・ 「とことん」つきあって、「とことん」のできる生徒達になってほしいから、心のエネルギー使っていきたいと思います。 ・・・友達同士でトラブッて、菜奈香さんが学校辞めそうになって、菜奈香さんをつなぎ止めたい結火さんが葎花さんに相談して、その相談の仕方が自分を無視しているというので梨苑さんがキレて、・・・その子達と昨日晩ご飯食べながら、彼氏の話、進路の話、そして昨日なんでトラブったのか自分を出し合い、ともかくみんなで一緒に卒業するよ、ということになって、菜奈香さんも笑顔になって別れたのでした。 帰りは梨苑さんと車で帰りましたが、彼氏とのこともう一度、話し合いました。もうしばらくは恋をしない生活をするといいますが、そうするために、最後にもう一度会って、彼氏の気持ちを確かめた上で、踏ん切りをつけるといいます。どこかで納得できるシナリオを書いて、それを演出して、新しい自分になることを梨苑さんは選択しました |
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| 希望を! |