「グッバイ・マイ・クラスルーム」 吉村俊彦
この話は、ちょうど九年前の平成三年の七月から九月までの三か月間の実際の出来事ですが、会社名及び登場人物の名前・などはすべて仮名です。
私の名前は西村宗太、28歳。大学を4年浪人して入ったため、卒業してもなかなかいい仕事にありつけないでいた。社員研修の講師の仕事はあまりのハードさに一か月でやめ、健康医療器具の訪問販売では売り上げが伸びずに3か月で辞めてしまった。それから私は、学生時代に時間講師のアルバイトの経験があったので塾関係の仕事を探すことにした。平成三年の七月初旬、その日は真夏の暑い日だった。私は、転職情報雑誌を片手に面接先の都心の九段下にある塾経営のSU個人指導会という会社の本社を探していた。
「どこにあるんだろうな。この付近なのになぁ。」
住所がわかればすぐに見つけられる自信があったがその日に限って人に尋ねているにもかからわずもなかなか見つからない。それはまるで、神様がそこに行ってはいけないと暗示しているようだった。二時間遅刻して、なんとかして、そのSU個人指導会の本社に汗だくのまま辿り着くと、社長室で玉置社長がお待ちかねであった。
「す、すいません。こっちと逆の方向を歩いていたので。」
「まぁ、いいよ。ちょうど今は空いてたから。あれ、君は雰囲気的に子供に人気のあるタイプだね。早速、履歴書を見せて。」
玉置社長は経営者としてカンのするどい所があった。だが、私の馬鹿正直の転々としている経歴を見て、ものすごい嫌そうな顔をした。口ではなんとも言わないが、どうやらこいつはひどいのが来たと思っているようだ。
「ここで仕事を真面目に取り組む自信が君にはあるかね。」
「ええ、自分には教育関係の仕事しかないですから。」
「君を信じていいのかね。」
「はっ、(疑ってるのかな。)大丈夫です。信じてください。」
「と言って、何人の社員が私を裏切って行ったか。まぁ、いいよ。」
社長の顔には人間不信のようなものが渦巻いているようだった。そして、まさか会社の面接に来て自分も悪人のように疑われるとは思わなかった。
「君、講師希望とあるが、ちょうどいま教室管理の室長が足りないので、そっちの方をやってみないか。もちろん講師の仕事も含まれているから。」
「ええ、でも他の所も面接受けてますのでよく考えてから返事します。」
「そうか、一か月ぐらい待ってるから。その気になったら連絡くれないか。」
「はい、すみません。」
いつも、面接官に説教されて門前払い同然の自分であったが、疑われたのになぜか最後には歓迎された形になったので逆に拍子抜けしてしまった。
二日後、嫌な予感はしたが自宅でゴロゴロして母親に説教されるのはもうこりごりなのでその会社に勤めることに決めた。朝、本社に行くと早速自分の直属の上司になる牧場部長を紹介された。牧場部長は、黒ブチの眼鏡が似合うまじめでとてもいい人であった。年齢も自分と近かった。それからしばらくして、退社予定の谷岡先生に会うために私は本社を後にした。室長としての引継ぎ先の教室はJR中央線の駅から近く、中野と吉祥寺の二つある。その日、中野教室に谷岡先生はいた。彼は自分より少し若く男前の先生だったが、少しだらしない所も見受けられた。
「こんにちは。(うえー汚くて狭い教室だな。ゴミだらけじゃないか。しかも臭い。)」
「あっ、西村さんですか、電話でお話した谷岡です。」
「あれ(この人、普段着だな)、あ、どうもはじめまして。」
「私は辞表出してますんで引継ぎの件、二週間ほどですが、宜しくお願いします。」
「ええ、わかりました。あの、今日はお休みだったんですか。ラフな格好されているので。」
「いゃ、下宿先が近いんでつい。本社に行く時はネクタイつけますよ。」
教室のゴミ掃除は本来、室長の仕事であったが、彼はやったことがなく、この会社じゃ常識とまで言った。アルバイトの時間講師の女子学生がたまりかねてたまに掃除してくれるそうだ。時間講師の先生の言うことを聞かない問題の生徒に対して、いい先生のように厳しく叱り飛ばしていたが、その生徒から見たら彼は嫌な奴に見えただろう。谷岡先生が私に話しかける。
「あの生徒、自分のうんこ流せないんだよ。」
「えっ、それはどうして?」
「ほんの少し知恵遅れの男の子で送り迎えに母親が来るけど、この間、担当の女の先生がサジ投げてしまったんだ。全然言うこと聞かないんだって。今はたまに自分か他の先生が臨時に担当するけど、生意気で困ったもんだよ。」
「はあ、大変ですね。」
しかし、後日、自分が引き継いでその生徒を担当した時、谷岡先生をあんな奴と言っていた。子供の感受性はするどいので言葉の中の愛情の有無には敏感だということだろう。また、不思議なことにこの問題児とされる生徒を自分が指導する時に限って、聖者のような自分の高級指導霊が出てきてその生徒と接している様な感覚があった。その生徒は短い間であったが自分を先生と認めてくれたようでおとなしく授業を受けてくれた。
次の日の夕方7時ごろ、谷岡先生に吉祥寺教室に案内してもらったが、彼の顔はなぜか怒っていた。引継ぎがめんどうで、早目に家に帰りたい、イライラするぜという顔をしていた。
「ウワー、何ですか、これは。」
教室のなお一層のゴミの山に私は驚いた。
「ああ、夏期講習の宣伝用のポケットティッシュとチラシだよ。配るのめんどうだから去年のも置いてあるんだ。よかったら持っててもいいよ。」
「あっ、どうも(何考えてるんだ、いらないよ)。」
私の最初の仕事は教室の大掃除だった。掃除機が教室にあって本当に良かった。室長の仕事は教室管理と時間講師の給与の計算、生徒の勧誘など総務全般にわたっていたが親御さんへの授業料の未払いの通知が一番難儀していた。帳簿を見ると歴代の室長が残していった授業料の未納がたくさんあった。二つの教室の分を合わせて総額二百万円ほど。まだ教室が新しい方なのでそのくらいなら大したことないという。
「谷岡先生、なんでこんなに未納がたまったんですか。」
「ここの会社、しばらくいると人間変わってしまうんだよ。教室が都心にいっぱいあるから、ほとんど、上の人たち見に来ないし、めんどうなことはしたくなくなるんだ。それに、この塾業界を選択する人って、自分を含めて学歴あってもどこにも行くあてのない駄目人間がほとんどだろ。人のこと言えないけど、結局、その歴代の駄目人間が集まったようなもんだなぁ。前のこの人なんかは今でもこの付近のパチンコ屋で一日中パチンコしてるし。」
「はぁ、そうですか。じゃ、この未納分を取り立てないといけないわけですよね。」
「いゃ、無理ならしょうがないよ。こっちはサラ金業者じゃないんだし、こんなの会社の上層部が胡座かいて仕事してて、こっちの自由にしてるからいけないんだよ。引き継いでくれてるのにこんな話しているのはまずいけどね、西村さんも早目にこの会社を辞めた方がいいかもしれないな。」
この他に引継ぎを一週間して、分かったことがもう一つあった。それは、教室の備品がなくなることだった。
「すみません、ここの教室に前、電気ポットが置いてあった気がするんですけど・・・・。」
「ごめん、今、僕の下宿先で使わせてもらってるから。」
「それって、まずいんじゃ。」
「うん、そうだけど、僕なんかやってることは子供みたいなもんだよ。家のトイレットペーパーなどの備品を総務の金として領収書切っても分からないしね。他の教室の責任者なんか一年間で二百万円以上を横領して今、裁判中の人もいるし。でも、そこまでしちゃいけないね。犯罪だから。」
「とんでもない話ですね。」
「まぁ、それからよくあるんだけどまじめな先生ほど独立して教室ごと持ってちゃうというのかな。会社辞めて近くに新しい教室を作るんだな。」
「それって、乗っ取りみたいなもんですよね。後で文句言われないんですか。」
「それがほとんど大丈夫なんだ。ここの会社にも基本的な経営のノウハウはあるんで独立しても口コミでやって行けるらしいし、生徒は除々にそっちの方に移動して行くからちゃんと監視してない本社連中にはわからない。生徒がいなけりゃ、原因を調べもせずにすぐに教室たたむしね。生徒にしてみりゃ、こんなふざけた会社の教室に通うより、より親身になってくれる教室や先生の方がいいに決まってるよ。だから、いちがいにこれは悪いことともいえないと思う。」
「いろいろあるんですね。世の中には。」
しかし、引継ぎ期間の二週間がたった時、会社の退廃した雰囲気に私はすっかり気が萎えてしまっていた。ついに一度、牧場部長に辞表を提出していたが、すでに生徒を受け持ってしまっていたため、その義理のような意識が働いたために辞表を次の日返してもらった。今、思えばこの時に早いうちに辞めていれば悲しい思いを後でしなくて済んだのだろう。
本社の中にも教室があって、ある日、玉置社長の写真を大きくA3にコピーした用紙に平成何々年上場目標と壁に一列に十枚ほど貼ってあった。数日してそれを見ると教室の生徒が落書きしたらしく右から左を見るとコマ漫画のように社長の顔のこめかみの血管が段々浮き立つように描いてあった。それは、まるで経営が段々悪化して上場目標のその年に倒産するようなジョーダンにも見えて思わず笑ってしまった。それから一か月くらい勤めたある日、社長が招集した緊急の室長会議があった。社長はすでにあの先日の落書きのように顔が赤く怒っているようだった。
「前の席から聞くが、君の受け持ちの教室では、未納金はいくらだ。」
「三百万円ほどかと。」
「じゃ隣のその君は。」
「えっと、四百五十万円です。」
「なんだ、あまり前と変わってないじゃないか。わが社は今年で創立十周年になる。しかし、今や合計の未納金が一億円を越えてしまっている。大企業ではないわが社ではこれは死活問題だ。こっちは君たちに給料をきちんと払っているのに、どういうことだ。このまま授業料が入ってこなければ給料だって払えないんだぞ。だいたいやる気あるのか君達は!」
社長の顔は「ゆでダコ」のように赤くなり、怒りで湯気が立っているようだった。室長たちは自分を含め、皆、顔を伏せている。私の場合は、今の社長の顔を見てしまうと大声で笑ってしまいそうなので顔を伏せていたのだが。それにしてもよく考えてみれば、ここにいる人達は勤続年数が3年未満の新米に過ぎなく、誰もが心の中で自分のせいじゃないと思っていてハタ迷惑な話だという気持ちでいると思われた。それでもこの時、倒産するというその危機感をほとんどの人が感じていなかっただろう。
それからというもの、このまま未納金の取り立てだけでは会社の経営危機を打開できないと思ったのか、玉置社長の一世一代の悪あがきがはじまった。まず最初に社長は、教室の運営に資金提供してくれるオーナーを募集し、さんざんオーナー面接した。しかし、それもあまり成果がなかった。ついには、社長はヤキが回ったのか、妙なインチキなことまでやり出した。本社にもどるとスタッフが大量のダイレクト・メールの準備をしていていつもより忙しそうだった。私は牧場部長に質問してみた。
「なんだ、すごい数のチラシですね。」
「ええ、新しいクラスを作ったっていうんで。」
「何々、エキゼクティブ・クラスだって、なんですかこれは。」
「必ず御希望のいい学校に入れますという触れ込みなんだけど、授業料も通常の二倍以上するね。一か月に五教科やるとなると、ほう、十万円近いな。これで希望校に入れなかったら、詐欺で訴えられるような気がするが。」
「というと講師は有名な先生を呼ぶとかあるんですか。」
「いゃ、たぶん、これから募集して見込みのある専任講師を研修するとか。いや、たしか君ら教室責任者もやらなくてはいけないから西村先生も受け持つと思うよ。」
「まさか、私はそんなに頭いいわけではないし、ただでさえ教室運営で忙しいので無理ですよ。話も聞いてないし。」
「まぁ、出来なければやらなくてもいいんじゃないかな。それにしてもとうとう、社長もヤケになってきたな。たぶんこれも気休めにすぎないだろう。少しは利益になるけど安上がりのインチキ高級クラスだから後で必ず信頼は失墜するだろうな。」
その頃には、会社が倒産するかもしれないという噂が経理の方から聞こえてきた。実際に経理の担当が一人辞めていったので真実味が帯びてきていた。やがて夏期講習が終わり、徹夜で時間講師のアルバイト料を計算して総務にコンピュータのデータ表を提出した次の日、本社から緊急の通達が来た。
「何々、アルバイト時間講師の皆様へ、夏のアルバイト料の振り込みは一か月遅れますだって。どうしたんだろ。」
吉祥寺教室にいた私は牧場部長に電話して聞いてみた。
「ああ、つまり、今月分の通常の授業料が入って来ないと払えないってことだよ。」
「嘘でしょ、信じられない。まるで自転車操業みたいですね。」
「そうだね。斜陽という言葉もぴったりはまるかな。」
「大丈夫ですか。このままだと倒産も近いという噂もあるし。」
「各教室のオーナーも今、社長に問い合わせて、裁判おこしてまで会社倒産して差押えになる前に自分の教室だけは取り返すぞって、息巻いてるよ。」
「そうですか。でもそれは難しいんじゃ。」
「法律的にしっかりした処置をすれば大丈夫だと思うよ。大変だけど今、自分達の方で別会社を作って倒産の余波を逃れるという方法を考えてるけど、西村先生もどう?私たちのプランに参加されては。」
「んー、よく考えてみます。何しろ、私は今の会社の仕事も覚えたてですから。」
「そうですか。まあ、たぶん、近いうちに中野教室のオーナーから電話が来ると思うからそれまで考えてみてよ。あっ、それからこの話は誰にも内緒でお願いします。」
「はい、わかりました。」
いきなりの引き抜きのような話があって、私の心の中は揺れていた。後日、顔も名前の知らない中野教室のオーナーから電話があり、会いたいと言ってきたが忙しいのでということで約束を先送りしてもらった。今の会社を取るか、会社を裏切ってその新会社のプランに参画するか、そして、そのどちらも取らずに退職するか。それは、急には決められないことだった。
社長室の隣の部屋で教室の運営を取り仕切っている部長クラスの人達が数人いた。壁に張り紙がしてあった。
「ふーん、テニス同好会、会員募集か。」
会社の経営が危機に面しているというのに変な張り紙だった。テニスしてる時間があったら未納金の取り立てか時間講師の研修でもしたらどうだろうと私は思った。また、部長課長クラスになると派閥があって、大きく社長批判派と社長擁護派に分かれているようだ。擁護派といっても単に社長の前では表面はペコペコしてて、噂では裏で大きなシロアリのように会社の金を堂々と使い込んでいると聞く。確認したわけではないが、その擁護派がテニス同好会を結成し飲み代などの経費をたくさん請求するそうである。社長批判派の牧場部長が言うには彼等は遊んだ金の領収書の金額にゼロの桁を手書きで増やして請求していたということだった。ある日、本社の教室で妙な光景を見た。その本社スタッフの三、四人が同時にしきりとアルバイトか新人社員に引継ぎの教育をしている。普通、引継ぎなどはひとり辞める人間がいてひっそりやるのが通例だろう。それが数人の社員が一度に引継ぎしている。その光景はまるで夢の中のように時が止まって見えた。私は、それを勘違いしてその時は会社の倒産するということもデマで、本社には熱心な人達がいるというような錯覚をした。だがその日、私は運悪く、たまたま社長に珍しく意見を聞きたいと呼ばれて社長室に行った。
「君は、良く頑張ってるね。」
「いえ、それ程でも。まだ、入社して間もないですから。」
「これからも頑張りたまえ。さて、西村さんは変なことを始めようとしている連中のことを聞いたことないかね。」
「いゃ、何のことだかよく知りませんけど。」
「会社の経営が危ないなどとデマを流し、会社のものを横取りしようとするなど、けしからん話なんだが。」
「そうですね。でも噂なら少し。」
口の軽い私は、この時、倒産という話が嘘だというように錯覚していたので思わず口を滑らせてしまった。
「教室のオーナーが倒産する前に独立するという話なら。」
「誰から?」
「えーと、牧場部長から噂ということで。私はあまり知りませんので。」
「そうか、まさかあいつが・・・・・。まぁ、牧場君から直接聞いてみるよ。どうもありがとう。」
「はぁ。」
しかし、会社が危機に面しているというのは事実であった。次の日、本社に行くとテニス同好会をやっていた人達のデスクが白いロープで閉鎖されている。
「なんだ、事件か。何があったんだ。」
口々に社員が噂した。
「会社の金を使い込んだって話だよ。社長が告訴するから証拠湮滅を防ぐために閉鎖したそうだ。」
「うそ、マジで?」
「ああ、全く刑事ドラマみたいだな。社長の側近の部下が一番社長を利用し欺いていたなんて。」
「ここは、教育の場だよね。なんだか倫理や道徳がまるでないよ。これからどうなるんだろうね。」
「まるで砂の城だな。段々会社自体が穴がいっぱい空いてくと風がぴゅーと吹くんだよな。そうなると寂しいもんだよ。会社の信頼できる人間が去ってゆくからね。」
私は驚きを隠して黙って聞いていた。その机の中には何か証拠でも隠されているのだろうかという興味があった。しかし、頭が混乱していたとはいえ、昨日、牧場部長の隠密の話を社長にほのめかしてしまったことをものすごく後悔した。案の定、その日の午後、吉祥寺教室にいた私の所に牧場部長から電話があった。
「もしもし、西村先生。」
「あっ、部長(うわっ、やばい)。」
「あれほど社長には黙っててと言ってたのに。」
「いゃ、そんなこの間の話、全部話したわけじゃないですよ。」
「そうじゃなくてもあの社長は会社の裏側にはすごい敏感で鼻が聞くんだ。もうこれからは大事な話は君にはしないよ。」
「私だって別にあの社長の肩を持ったわけじゃないです。その日、私は、頭が混乱していたんです。そして、給料をもらってる以上、雇主を欺くということが本能的にできませんでした。」
「そんなきれいごとを言っても無駄だよ。会社が落ち目になるのはその社長の責任だし、一緒に私たち社員が心中したら残された生徒はどう思う。塾を単に変えればいいという問題じゃない。特に受験生であれば、塾を変えることで精神的な動揺を受ける子もいるかもしれない。だから今の教室はどんな形でもいいから残さなければいけないんだ。生徒を取るか、自分の尻拭いばかりを考えている雇主と心中するか、君はどっちだ。」
「それは、もちろん生徒の方ですけど。」
「そうだろ。物事を冷静に考えてごらんよ。たしかに自分もある時期あのアホ社長のいいなりになって働いていた時があったよ。でも、後でいつも馬鹿を見るんだよ。やることが全部裏目に出る。時間講師のバイト連中だって、今まで一度も研修したこともなかったのに、今じゃ会社の評判が落ちると必死に研修だ研修だとやってる。こっちがはじめから必要だって言うことに関して目の前の利益しか追わないからそれは駄目だという。こっちはいい加減信じて損したって気分になるんだ。」
「牧場部長の言いたいことはわかりました。今ある二教室をオーナー側に独立させるつもりでやっていましょう。」
「わかってくれたか。私の方はSUには既に話がついてるから、西村さんもどうかな、こちらの新会社の方に移っては。」
「お誘い頂いて有り難く思いますが、私はオーナー側につくことも社長側につくことも致しません。」
「というと。」
「九月一杯で正式に辞めますから。ここでは人間の知らなくてもいいことを知り過ぎました。」
「まいったな。結構、君はよく働くし珍しく教育肌の人間だから、もったいないな。こっちのプランにずうっと参加してもらうと大助かりなんだけど。まぁ、あと一か月間あるから考え直したら連絡してよ。待ってるから。」
「はい、どうもすみません。」
私は受話器を置いた。心の中にはすっきりしないものが残ったままだった。経営者の金銭観念に踊らされている様な錯覚のせいかもしれない。
私は、数日の間に社長に私は辞表を出した。しかし、あと一か月間、自分の教室で解決しなくてはならないいくつかの問題があった。一つは、中野教室には時間講師の中でもただの金儲けでしか考えていないアルバイトの男子学生が一人いることだった。それは、私がこの教室に来る以前に放ってあった問題でもあった。
「あれ、毎週水曜日の授業が終わると必ず少年漫画が堂々と机の上に置き捨てて行ってあるな。誰だ、こんなことするのは。」
私は数人の生徒に漫画を読み捨てる生徒がいるかどうか聞いてみた。
「うーんとね、あの漫画、生徒じゃなくて男の先生が置いてくんだよ。」
「そんな先生がいるのか。」
「女子高校生に教えてる男の顔の黒い先生だけど、授業中に生徒に自習させる間に漫画読んでるって聞いたことあるよ。」
「まいったな、あっ、どうもありがとう、夜も遅いから気をつけて帰るんだぞ。」
「はーい、先生、さよなら。」
「ああ、さよなら。」
私は、授業の予定表や生徒の出欠簿を確認した。その時間講師の先生の名は、青島といった。女子生徒が休みがちなことは知っていたが、先生に問題があるからだとは考えてもみなかった。その女子生徒に電話で話を聞いてみた。
「最近、教室に来てないね。せっかく授業料払ってるのにこれじゃもったいないよ。」
「あの先生、私、大嫌いなんです。はじめは普通だったんですけど、段々マンネリしてきて、ただ、ここやれ、ここやれって、さあ、答え合わせだって。授業つまんないし、こっちが勉強してる間、自分は漫画読んでるくせして、こっちが怠けてるとやたら怖いし、とにかく会いたくないんです。」
「前に谷岡先生にそのこと言ってあったの?」
「いつも、じゃ新しい先生を探すからとか言ってそれっきりなんです。もう早く教室辞めたくて。」
「そうか、でも辞める前に欠席分の振替えが一か月分くらい残ってるからね。授業料は返せないというのがここの塾のきまりにもなってるから、その分消化するつもりで教室に来てよ。新しい先生が決まるまで先生はこの僕がやるから。」
「じゃ、わかりました。次回は行きますので。」
「本当?ああ、良かった。待ってるからね。」
「はーい、じゃおやすみなさい。」
「あれ、もうこんな時間か、あっ、おやすみ。」
次の日、青島先生と中野教室で昼頃に面談した。彼は都内の大学生で背も高く趣味でサーフィンをやってると言った。表向きは普通に話しているが、生徒が来ないのは生徒の家の方がいけないと自分の正当性を説明していた。
「青島さん、教室で漫画読むのはいけませんよ。」
「そんなのいつも読んでるわけじゃないし。生徒の方じゃないすか。でも、わかりました。気をつけます。」
「そうですか、でもね、今の女子生徒の方と相談して先生替わってもらう可能性もあるけど。」
「そんな、お金入ってこないとマジでやばいんです。」
「あっ、そう(こいつ、生徒のことなんか全然考えてないや。自分の小遣いのこと考えてやがる)。まあ、とにかくバイトは続けたいということだね。」
「はい、振替の授業だって全部やりますし、宜しくお願いします。」
「じゃ、とにかく生徒の方に電話で説得する形でやるから、安心して。また、自宅の方に電話するから。」
心の中では、彼をクビにすることにハタから決めていたが、生徒を逆恨みしては困るのでワン・クッション置いた。次の日の夜、電話で丁重に先生を替わってもらうことを説明し、振替分は自分がやり、その分の給料は君のものだという事と、新しい生徒の時は宜しくという話で納得してもらった。七万円ものお金を何もしないで手に入れられるという目先の利益をぶらさげれば、恨みもしないだろうが、こっちとしてはボランティアのようであり、疲れる話だった。先生の採用の時にちゃんと人選してほしいものだとぼやきたくもなった。
私は世の中について考えた。人間にとって、金銭欲は生きてゆく上で仕方のないことであるし、否定はしない。そのために人は職業を選び、政治家になり、医者になり、先生になり、警察官になる。しかし、無難に収入を得ようと固執すれば、いろんな過ちを犯す。例えば、大型病院での問題は金儲けに走る余り、医者も看護婦も病人の顔と病名が覚えられない環境で医療過誤も起きやすいということだろう。また、警察は、昨今の怠慢対応に象徴されるように被害者が死体になってからでないと事件としない。目的が単にお金であり、自己中心的な考え方に陥ればおそらく、人間というのは怠けてズルをしたり、失敗や過ちを犯すものなのだろう。今の教育には、人は何のために生まれて来たのかという目的意識が欠けていて、終始、秩序維持のための競争をあおってるすぎない。しかし、それを指摘したとしても先人たちの考えた学歴社会の中ではそれはただの偽善だ。
九月の中旬を過ぎると中野教室は会社とオーナーとの折衝が上手く行き、正式に独立した。社名もリアライズ指導会として他の教室も幾つか吸収して新たなる一歩を始めた。早々に中野教室に行くとポストの所に新しい社名が書いてある。そして、教室に入ろうとすると教室の中身がいつの間にか変わっていた。
「なんだ、これは。この衝立、誰が持ってきたんだ。」
以前は六畳間の中に三つのボックスで三組の授業しか出来なかった。それでも狭いというのにさらに衝立を増やして五組の授業が出来る様になっていた。息が詰まる感じであったが、しばらくは新しい教室が決まるまで我慢してくれとセッティングを考えた牧場部長が説明した。ただ、ある日、私の受け持ちの生徒で大柄な女の子がこう文句を言った。
「これじゃ、狭い所で牛をたくさん飼ってるみたい。金儲けに走りすぎじゃない。」
「すまないね。先生もびっくりしたんだよ。席が全部埋まるとうるさいし、酸素は足りなくなるし、難民じゃないんだから。こんな環境で勉強させるのは気が進まないよ。」
「あれ、西村先生がやったんじゃないんだ。」
「違う、違う。前にも言ったけど、今じゃこの教室では僕は責任者じゃなくてただの先生なんだ。」
「会社が変わったから?」
「そうだね。前の会社は経営が危ないから仕方ないんだ。」
「先生、実は私、他のここの女の先生に直接自宅で教わることにしたけど、いいでしょ。ここだと、勉強出来ないから。」
「あっ、いいよ。僕は誰にも言わないからうまくその先生とやってね。」
「西村先生は、もうすぐここを辞めちゃうんでしょ。」
から。そこで頑張るよ。」
「時々、目を開いたまま寝ていて縫いぐるみのような先生だったけど、どうもありがとう。」
「ああ、あの時は前日に一睡もしないで月末の講師の給与計算していたから。ごめん、悪かったね、来年の受験頑張ってな。何かあったら自宅の方に電話してくれな。」
私は涙をこらえて、教科書をめくった。この生徒の場合、高学年である程度割り切っているので大丈夫なのだが、低学年の生徒だと既に自分がお兄さん化してしまって馴れてしまっているので、こんなにあっさりとは行かない。その生徒は小学5年生の加藤くんという名の男の子だった。生徒の母親が有り難いことにカステラ買ってきてやめないで下さいと教室に来る。
「わかりました。考えてみます。」
と返事するが、実際には綺麗な女子大生の先生に引き継いでもらって自分のことは忘れてもらうしかなかった。それが自分が出来るせめてもの償いであった。ある日、加藤くんが教室に忘れ物をしたので彼の自転車を追いかけて渡してあげたことがあった。生徒との別れは本当に辛いものである。
吉祥寺教室に一か月半以上、エキゼクティブ・クラスを自分が唯一担当している高校三年の市橋という名の男子生徒がいた。母子家庭で、母はスナックで働いているという。一度面接に来られた時には水商売用の衣服を母親が着ていたのでその時は妙に緊張した。息子に将来の夢を託していて志望校がいいところの反面、あまり、勉強が出来る生徒ではなかった。しかし、性格はとても素直でいい生徒であった。科目は五科目全部を選択していて、私が国語、英語を担当し、残りの数学、世界史などの科目を新たにエキゼクティブ・クラスの専任講師の高田という名前の女性が担当した。この高田先生は、当初のっけから牧場部長の話に反発し、気の強すぎる所があったため、私の方で何とか職場の雰囲気を保つ上で少し気を使った。一か月ぐらいは仕事上では友好状態であったが、たまたまある日のこと、牧場部長からの彼女の悪口に時々口裏を合わせていたので間接的に自分が彼女を悪く言っていると誤解され、急に会社に来なくなってしまった。それでも受け持っている生徒がいるのだから、そんなことがあっても普通我慢して会社に来るとは思うのだが、いくらなんでも責任感のない人だなと私は呆れてしまった。教室には彼女が読み残した転職雑誌が放ってあり、あてつけなのか、だらしがないのか弱ったものである。再々、彼女の自宅に手紙や電話で連絡をしたが居留守を使われ、そのプッツン度には頭が下がる。
彼女が来なくなった分、自分がその授業を担当しなくてはならなくなった。自分が彼女の代わりにやったその月の半月分の給与を彼女の給与分とした。その分は、会社の経営上の事情で本社での現金支給となったため、本人は取りに行ったかどうか定かではない。
「西村先生、高田先生はどうしたの。」
「ああ、ちょっと具合が悪いのでお休みというか、困ったな。実は、事情があって来るかもしれないし、来ないかもしれないし。」
「というと、辞めるんだ、高田先生。授業楽しかったのに。」
「何、良かったのか。そうか、わからんもんだな。生徒との相性かもな。まぁ、とにかく、高田先生に何度も連絡してるけど、いつも居ないから、その分の授業を僕の方に回すけど。」
「うん、わかった。」
「実は、言い辛いんだけど、この教室も会社の経営上の理由で閉鎖するかもしれないんだ。先生も九月一杯で会社辞めるし、あと二週間しかないけど。」
「えっ、まだ、ここの塾に入ったばっかりだよ。」
「そうだよな、もうすぐ二か月たつな。しかも高い金はらってのエキゼクティブクラスだというのにこれじゃ飛行機でファースト・クラスに乗った途端、その飛行機が墜落するようなもんだし。」
「あと大学受験まで半年もないんだよ、先生、このままのペースでいけば絶対、大学に入れるって言ったじゃないか。僕たち親子をだましたの?」
「市橋君、いいかい、断じてそんなことはない。仕方ないんだ、先生もこの会社に来て、まさかこんな目に会うとは思わなかったよ。」
「冗談じゃないよ。もう、いいよ。」
「すまん、そんなに泣くなよ。」
市橋君はその日の授業も半ばにして途中で教室を足早に去り、家に帰ってしまった。教室には自分一人が残った。窓から商店街の明かりが見える。どこかの家庭でカレーライスでも作っているような料理の匂いが漂っている。静かに教室が終わってゆく、そんな時間の流れを感じた。そんなふうにして一時間ぐらい放心状態だった自分であったが、気を取り直してとにかく生徒の家まで行って生徒に謝って来ようと思い、教室を出た。しかし、生徒の家は歩くと意外と結構遠く、二十分かかった。
「すみません。SU個人指導会の西村ですが。」
何回かドアのベルを鳴らしたが、誰も出てくる気配がない。母親は仕事でいないかもしれないが、部屋の明かりがついてるので生徒は家にいるはずだ。音楽をよく聞くと言っていたのでどうやら、ウオークマンで耳にヘッドフォンをかけているのかもしれない。
「しょうがない。置き手紙して帰るか。えっと・・・、市橋君へ、君の心を傷つけてごめんなさい。また、あさっての教室の日には必ず来るように。云々と。まあ、これでいいか。」
駅までの返り道はとても長く感じた。
とうとう会社を退社する九月三十日になった。思い返せばこの会社に来て三か月間、罪人と疑われてボランティアの仕事をしていたというような気がする。なんとも解せない話だ。
「こういう日が来るって、知ってはいたけれども・・・・・。」
私の脳裏には走馬灯のようにいろいろな場面がよぎった。体の不自由な女生徒のために新しく出来た都立の高校の下見に行ったこともあった。自分が学校の先生になった気分でペンキの匂いがまだ漂う新校舎を眺めていた。
「天井が高いなぁー。造りも近代的だし、こんな高校なら俺も入りたいなぁ。」
また、他には、牧場先生を含めて三人の室長で新しい教室の生徒募集のチラシを中央線三鷹駅の近くで暑い中、配りに行ったこともあった。あの教室には生徒が集まっただろうか。
「そういえば、プッツンして急にいなくなった高田先生とは二回ほど飲みに行ったな。なんだ、思い出してみると楽しく話をしたこともあったんだな。あっ、そうそうこの青いボールペンもなんかのお礼でもらったんだっけ。」
その先生のお姉さんは仕事先のレコード会社のキャンペーンをしていて、そのボールペンは有名女性歌手のCDについてたものだと言っていた。たった三か月ではあったがいろんなことが凝縮された旅のようだった。物思いにふけりながら、私はその日の午後に本社の総務室にポケベルと教室の鍵を返しに行った。そこで一言、総務の人に「ご苦労様」と言われた。社長からは何もない。経営不振のことでそれどころではないようだ。しかし、後任の室長は不在のままだった。不安を残したまま吉祥寺教室を後にし、夕方八時頃、私は中野教室にいる元部長の牧場さんに挨拶しに行った。
「大変だったね、西村さん。」
「ええ、まあ、一応ホッとしてますけど。」
「未納金の問題はどうでした。」
「私のいた期間の授業に関しては未納金はありません。」
「じゃ、前の担当者の分は残ってるわけですね。」
「ええ、もう二年ぐらい経ってしまうともう知らないふりという感じで引っ越してどこかに逃げてしまった人もいるし。」
「そうか、それはなかなか難しいね。まあ、でもよくやったよ。自分の責任は全うしたようなものだから。ただね、社長がいつ言いかがかりをふっかけてくるか分からないから、その自分が解決した分の証拠を残した方がいいですよ。前にそこの会社を辞めてから因縁つけられた人もいるから。」
「塾だっていうのに、やってることは借金取りのサラ金業者みたいですね。とにかく、いろいろアドバイスを有り難うございます。」
「吉祥寺教室の後任の責任者は決まってないんでしょ。」
「はい。少し心配ですけど。」
「仕方無いな、社長のもとの側近の人たちのほとんどは訴えられていなくなってるからね。後は自分の意思では何にもできない使えない人間が会社に残ってるだけだし、新しい人が決まるまで時間がかかると思うよ。」
「まいりましたよ、後任がいないなんて。」
「でも正式に会社辞めたんだから、放っておくしかないですよ。教室が荒れても西村さんのせいではないですから。」
「はい、わかりました。」
「そういえば西村さんは、前に聞いたけど四人男兄弟の三番目で、あとの兄弟は皆、不動産関係の仕事をしていると聞きましたけど、そっちの方面に転職するんですか。」
「いいえ、不動産関係も今は下火で無理ですけど、私は天の邪鬼というか、へそ曲がりな面があって兄弟とは別のことをしてしまうんでこの次は何の仕事をするか。」
「私が今いるリアライズの方も実は長続きするかわからないので、いい仕事にありつけたら教えてくださいよ。それにまた、中野教室の近くに寄ったら遊びにきてくださいね。」
「はい、すみません。また、そのうちに。牧場さんもお体に気をつけて、お元気で。」
「それじゃ、お疲れ様。」
中野教室はもうリアライズ指導会のものになったので安心だった。だが後任の責任者が決まっていない吉祥寺教室が荒れ放題になることを察した私は、教室のカギを返す前に合鍵を作った。法律的に言えば、会社を辞めたのに会社の教室に入ることは家宅侵入罪と同じ事になる。それでも私は、十月の上旬は折を見て二回、夕方誰もいない教室に無断に入り、掃除機をかけたりして様子を伺い、十五分ぐらいで教室を出た。だが綺麗にしても責任者のいない教室は、短期間の内にかなり汚くなっていた。経営に携わる人が直に管理していないとこうなるという悪い手本がそこにあった。しばらくして後任の室長が決まったらしく社長が間接的に無関係の牧場さんに、
「西村を吉祥寺教室に寄越すな」という電話があったという。それ以来、もうその教室に行く事はなかった。合鍵もいつのまにかどこかになくしてしまった。
十月二十五日に九月分の給料が会社の本社で現金支給される。不渡りを出して銀行との取引を停止されたという。しばらくぶりに行く本社は一階から六階まであったものが三階と四階に縮小されていた。三か月しか勤めていない自分がこの会社の病巣に飛び込み去って行ったわけであるが、何かの事故にあったような気分でもある。
「給与受け取りの方は現金支給になりますので、どうぞこちらでお待ち下さい。えっと、そちらの方は西村さんですよね。」
一度も見たことのない総務の男が自分に声をかけてきた。
「はい、そうです(なんで俺の顔、知ってるんだ?)。」
会社が倒産寸前だというのに求人雑誌にさらに安給料の社員を募集していたのは知っていた。まさか残務整理のために雇われたとは思っていないかもしれない。そう心配して顔を上げて様子をうかがうと、長椅子の所で待っている自分を見て近くにいた社員の二、三人がひそひそ話をしていた。
「社長に知らせようか、あの西村が来たって。」
疑心暗鬼か気のせいかもしれないが、そのような声がかすかに耳に届いたので、自分が何か疑われているように思われた。本当に最後の最後まで後味の悪い会社だった。私はいつのまにか悪者にされていたのかもしれない。私は、いつ、社長の命令で誰かが縄でも持ってこられて自分が縛られるかと思うとドキドキしていた。
「西村さん、こちらに印鑑かサインを。封筒に二十万円あるかどうか、お確かめ下さい。」
「一、二・・・・二十枚と確かに。」
さらに社員が電話を取っている姿が見えたので札束を数えている時に冷や汗が出た。
「ではご苦労様でした。じゃ次の方どうぞ。」
私は、後味の悪いその二十万円の給料をさっさと胸ポケットにしまい、逃げるように本社ビルを出た。そして、十分間ぐらい息を切らしそうになりながら駅まで走った。しかし、後ろを振り向いても誰も追ってくる者などいなかった。
「ハア、ハア、ハア、なんだ誰もいないじゃないか。ということは、やったー、俺は自由だ。自由なんだ。」
良心を押しつぶすような三か月だった。授業中に生徒の前でわけもなく涙を流し、慰めてもらったこともある。完全主義者の自分にとってこの不完全極まりない会社は牢獄であったのだ。そこから解放された喜びは、足を怪我する事故で長い間歩けなかったのがやっと大地に二本足で立って歩けるようになった喜びにも似ていた。
それからしばらく一か月以上は何事もなかった。寒い季節を迎えて家で静かにギターを弾いているだけの穏やかな日々が流れた。仕事をしている時はストレスのために音楽CDやら要らないものまで衝動買いをして、かえって出費が多かったが、仕事を辞めると意外とお金を使わなくて済んだ。
だが、安息の日々を邪魔するように十二月に玉置社長から自宅に不意に電話がきた。その頃には次の就職先に立川にあるシード教育会という塾の講師として内定をもらっており、次の年の一月から入社の予定だった。
「自分はSUの玉置だが、西村さんに聞きたいことがある。」
「え、なんですか。」
はじめ私は教室の備品がないのは自分が盗んだものと勘違いされているのではないかと思い、それは谷岡さんがやったいう答えを頭の中で用意していた。しかし、その話ではなかった。
「吉祥寺教室の生徒で山田という私立の中学受験を控えている女子生徒がいただろ。」
山田さんの母親は流暢な日本語を話すアジア系の方だったが、旦那さんは日本人コマーシャルを作る会社のプロデューサーをしていると聞いた。授業料未払いが重なったことがあって自分の任期分は必ず払って下さいと、しつこく電話で話したら次の日その分の授業料を振り込んでくれて母親が教室の方にお土産まで持ってきてくれた。面談の時に家の改装の話と父親の年収は一千万円以上と自慢話を聞いた。そんなに金を持ってるなら金払えと言いたくもなったが、授業料を払わないのはどうやら母親の自国の貧しい経済事情が身に付いていてケチだったからではないのかと考えられた。
「ええ、知ってますよ。それが何か。」
「実は、わが社は倒産したので、授業料の未払い分はどうしても回収しなければならない。」
「そうなんですか。」
「山田さんのところに連絡して未払い分の請求したら母親は西村さんに直にお金を持って行ったと聞く。君が横領したことになるね。どうなんだ。」
「冗談じゃない!私はもらってない!絶対に!!母親がそう言ったんですか。」
私は疑われて感情が高ぶり思わず電話で大声になった。身の覚えのない話に私は、急に目の前が真っ暗になった。玉置社長がなおも追及してくる。
「そうだ、もらったのか、もらってないのか、はっきりしてもらおうか。」
「断じてもらってません。面談の時にお菓子ぐらいはもらいましたが金銭は受け取ってないです。とにかく、自分が今、山田さんの家に電話して確認しますから。すぐに折り返し社長に電話します。ちょっと待っててもらえますか。」
「わかった。電話は社長室の番号で頼む。」
私は、驚愕した。牧場さんが言ってた心配というのはこのことだったのだ。犯罪者の疑いを晴らすために本棚の奥に封印しておいた吉祥寺教室の帳簿や生徒の連絡先のコピーをすぐさま取り出した。
「この野郎、他人に罪をかぶせやがって許せん。」
怒りに指先が震えた電話番号のその相手はなかなか出てこなかった。かけ直してもう一度かけると山田さんの下の方の幼い娘さんが出た。咄嗟に「ばか野郎」と言うのをためらい丁寧な口調で話した。
「はい、山田でちゅ。」
「あ、もしもし、私、前にお世話になった教室の西村ですが、お母さん、いますか。」
「ママに電話!ママ!」
母親はテレビでお昼のワイドショーでも見ていたのだろう。テレビの音声が聞こえている。未納の授業料をこっちになすりつけておいて「みのもんた」の毒舌でも聞いて笑ってたかもしれない。ほんとにいい気なものだ。
「誰よ、誰から。」
「教室の先生だって。」
どうやらバイトの時間講師の大学に通ってる先生と間違えたようだ。すんなり電話に出てきた。
「あーら、三島先生ですか。いつもお世話様です。」
「いや、SU個人指導会の西村ですが、覚えていらっしゃいますか。」
「え、西村さんって、あの前に会ったことのある室長さん?うそ、こらマミ、違うじゃないの。」
「そうです。室長を吉祥寺教室で最後にやっていた西村です。先程、玉置社長から電話があり、奥さんが私に授業料を手渡ししたと言ってましたが、私は受け取ってませんよね。」
「うーんと、そうよね確か教室で会ったことはありますけど。」
そう言うと母親は、返答に困りしばらく無言になった。それで私の怒りはいっきに爆発し、声がヤクザになってしまった。
「なにー、そうよねーじゃねぇ!とぼけやがって!!あんた、俺に罪を被せやがって、どうなんだ、あー、なめんてんのかコラッー!!」
「すっ、すみません。教室が閉鎖されて、たぶん、室長さんにはもう連絡つかないだろうと思ってつい嘘を言ってしまったんです。本当にごめんなさい。」
その声に恐れをなした母親は素直に罪をなすりつけたことを詫びた。
「じゃ、社長に今、電話してもらいますか。私に授業料を渡してないって、私は今、授業料の横領ということで疑われているのでそうしてもらわないと困るんです。」
「わかりました。すぐに電話しますけど、私たちだって急に教室がなくなって大変だったんですよ。わざわざ三島先生の都合を自分達で聞いて家庭教師になってもらったりしたから、食事など用意してかえってこっちに負担がかかってしまったし。とにかく、こんないいかげんな塾、聞いたことありませんわ。」
「あっ、そうだったんですか(よく言うよ、なかなか授業料払おうとしなかったくせに、てめえ、家の改装をする金があるなら金払え)。すみません、まさか会社が倒産するなんて、思いもしなかったので。でも山田さんには私の任期の分の授業料は払ってもらっていたし、前の室長がお金に関していい加減だったから、こんなことになってしまって。」
「まったく、こっちは払えるのに次から次へと責任者が変わってお金のこと、なんにも言わなくなったから、そっちの責任もあると思いますわ。」
「ごもっともです(テメェ、開き直りやがって、訴えてやろうか)。まぁ、先程は大きな声をあげて怒ってしまいすみませんでした。それでは、何かありましたらまた電話しますので。」
「はい、じゃ社長さんには言っておきますわ。安心して。」
「あ、宜しくお願いします(あたりまえだろ)。それでは。」
まったく、どっちが反省しなくてはいけないんだかわからなくなる電話のやりとりであった。私は、山田さんと電話で話して身の潔白が証明されたことを玉置社長に電話ですぐに報告した。その後、その日の内に再び疑いの連絡が来ないよう、自分の任期の間の授業料の未納分がないことを証明する帳簿のコピーを社長のところへ郵送した。
次の年の一月から「シード教育会」という新しく別の塾経営の会社に小学一年から中学三年までの全教科を教える講師として就職した私は、三か月の試用期間を経て四月から都内にある東村山教室を担当することに決まった。また、そこの教室を三つ年上(三十一歳)の美人の松井先生と二人で担当することとなって、私はラッキーであった。シード教育会では授業料がチケット制になっており、予めまとめてチケットを買わないと授業を受けられないようになっていた。これならば授業料未納で会社がつぶれることはない。それにしても、巷では万引きの多いコンビニ店がつぶれるケースが多くなっていると聞くが、こういったケースを聞くとそのSU個人指導会のことを思い出す。
また、「シード教育会」の私の担当する東村山教室には、営業の人の努力によりたくさんの生徒が入塾し、連日充実した日々が続いていた。他の閑散した教室から余っている椅子と机を拝借し、電車に乗って運んだこともある。自分の給料で教室に新しい壁紙を貼り、新しい大きな事務机を購入し、自分で描いてみた教室にふさわしい大きな絵を飾り、生徒の一人一人全員の笑顔の写真を壁に貼った。壁紙貼りなどは松井先生にも手伝ってもらった。この松井先生が変わった人(自分も変わり者だが)で、普段は薬師丸ひろ子のように優雅でかわいいが、怒ると男の人のようになるのでこわい時もあった。特に彼女のビンタは顔の頬が赤くはれ上がるほど強烈だったので、怒らせない様、言葉には気をつけないといけなかった。
しばらくすると東村山教室の評判が伝わり会社の発行する月に一度の定期新聞にアイデアのある優良教室として紹介されもした。たまに勉強だけでなく手品を練習して生徒の前で息抜きに披露したりした。営業の人が生徒を連れて来る場合、教室のことを過評価して宣伝するので実際の授業とギャップがありすぎてつまらなかったりすると生徒がだんだん辞めていくのが常であったが、半年以上経ってもほとんどそこの塾を辞める生徒がいなかった。こうも頑張って教室作りをやれたのもSU個人指導会での無念の思いがあったからだと思う。
ある日の夕方、たまたまタレントの「とんねるず」のバラエティー番組を私は見ていた。
「サァ、今回は新しい感性の若者のファッション・コンテストということで、出場グループの登場です。」
出場者のリーダーの一人にかつて自分が担当したエギゼクティブクラスの市橋くんがいたのでびっくりした。専門学校生とあったのでたぶん、志望大学には合格しなかったのだろう。コンテストでは大きな帽子に大掛かりな派手な衣装が主流だった。しかし、その中で市橋くんは、女学生が体育の時間に履くブルーマを改造したようなシンプルなファッションを発表した。そのシンプルさとかわいさがウケたのか番組の受賞者発表ではグランプリを獲得し、賞金の二十万円をゲットしていた。
「やった!やった!すごいじゃないか!」
私は、受賞の瞬間、無意識にテレビに向かって拍手をしていた。教室がなくなるという悲しい目にあった彼がめげずに自分の才能を開花して成功を掴んだということがとてもうれしかった。いつか、さらに大人になって頑張っている彼の姿に出会えたらと思う。
吉祥寺の街は、今日も賑わっている。春の花見の季節には井の頭公園でたくさんのゴミが捨てられ、真夜中の騒音とともに地域の悩みの種であったが、吉祥寺は新しいもののファッションであふれていて通り過ぎるだけですがすがしい気分になる。目の前が真っ暗だったあの時、こんなに活気にあふれた街にいて、心は荒野を歩いていた。今では、なくなってしまった教室のことは、まるでテレビの中で見たドラマのように思い出される。商店街を通り抜けると初夏の訪れを告げる風が私の体をすり抜けた。そろそろ夏期講習の季節だ。そう思うと学生の頃に戻ったように心が躍った。 (完)
「双子のウクレレ」
栗色の長い髪が風になびく
双子の娘たちは
ハワイ島の神々に歌う
このウクレレは私たちの魂
命はいつか朽ち果てるとも
その音は遠い遠い星のかなたまで
鳥のように飛んでゆく
私の名前は、水沼 誠二。新宿の歌舞伎町の方で青果店を営んでいる41歳。まだ独身である。仕事を終え、ひとりでウィスキーを飲みながら番組名の知らない日本の時代劇を見ていた。画面には正義の味方の名奉行らしき男が登場。迷宮入り殺人事件の検証をしている。
「ほおー、ここの桜は、他の桜の木に比べてよく育っておるのう。たぶん、この桜の木の下には動物か人間の屍が埋まっておろう。というと十年前に行方不明になっている喜八はここに埋められたかもしれんな。」
腹黒い呉服問屋の新衛門は、商売敵であった喜八を殺した疑いがあったが証拠がなかった。
「お奉行様、めっそうございません。ここの土地にはそんな噂など。」
しかし、お奉行が連れの屈強の者たちに桜の木を掘らせると喜八と思われる無残な白骨死体が現れた。私は、そのテレビの場面で一瞬、なぜかウトウトと眠って短い夢を見た。
「ここは、どこだ。」
夢であって、現実の中のようだった。そこは南の島。そう、それはどうやら古き時代のハワイの風景だった。大きな樹木の下に集って音楽を奏でている人達が見えた。その中に自分の顔に似た大工職人のような若者もいる。
「あれ、あれは前世の自分かな。なんか懐かしい気がする。」
と思うと、残念ながらそこで電話のベルが長く鳴り、目が覚めた。
「うっ、はい、水沼です。」
「あれ、寝てたのかい?悪い悪い。明日の朝そっちに行くから。」
「なんだ、酒田か。ああ、わかった。アンティークで掘出物にも出くわしたのか。」
「今は秘密ということで、あしたのお楽しみに。驚くなよ、じゃ。(ガチャーン)」
「なんだ、自分から電話切きりやがって。勝手な奴だ。」
次の朝、店に来た同い年の友人の酒田が、いつになく自慢げに古いウクレレを見せに来た。うれしそうに私に語りかけた。私と彼とは珍しい物を見せ合う骨董仲間だ。
「セイちゃん、やったよ。このウクレレ見てよ。絶対価値のあるものだと思うんだけど。」
「あれ、なんか昨日、夢で見たようで、妙だな。」
「へぇー、そうなの。予知夢かい。そりゃ、いいや。サッカーくじや競馬の予想もついでにお願いしたいところだが。」
「馬鹿言うな、無理に決まってるだろ。ただの夢だから気にするな。」
「なんだ、チェッ。」
「それにしても、ウクレレかぁ。弦を巻く所が木でできてるから、こりゃー、ずいぶん古そうだね。どうしたの。」
私は、そのウクレレを目を丸くして見ていた。酒田が私の驚いた顔を見て得意気に答える。
「俺、質屋やってるじゃないか、この間、お客さんが借金のカタに置いていったんだよ。けど、その人、この間、急に原因不明の病気で亡くなったんで遺族の方との相談の結果、自分のものになったわけなんだ。」
私も若い頃、ハワイアンブームの時に少しウクレレをやっていたので興味があり、その古めかしいウクレレを弾かしてもらった。
「うーわ、きれいないい音。どこのメーカーのものなんだろ、見たことないなぁ。」
「そうだろ、ウクレレに詳しいある専門家に見てもらっても、あまり良くわからないというんだ。ウクレレに描いてあるこの二人の娘さんの絵がヒントになると思うんだが。」
「うーん、なんだろ?」
私は、酒田に頼まれてそのウクレレをしばらく預かることになった。酒田が言うには、そのウクレレのことが気になって眠れないのだそうだ。それからというもの、私にそのウクレレの由来を訪ねる旅がはじまった。
その日の夜、より鮮明な色の夢を見た。それは、草原のような所に木があって少女が二人いるという夢だった。その夢は、いつしか少女たちがなんらかの理由で亡くなり、土の中に埋まっているその遺体の養分を吸って樹木が天にのびてゆくシーンがあり、壮大だった。しかし、突然、泣いている若い美男子が突然、雲から現れ、樹木を切ったと思うと、その木でなんとウクレレを作り始めたのだ。そこで、夜中に急に目が覚めた。
「なんだ、変な夢だな。しかも、海も見えたし、おかしいな、最近疲れているのかな。」
朝になった。五月晴れで日差しが眩しい。私は、似たような夢が続いたことを気にしながら、庭先でウクレレを弾いてみた。すると、雀やら、鳩やらがたくさん自分の近くにやってきてウクレレに合わせて鳴き出した。自分のウクレレの腕前がすごいというわけではない。それはとろけるような甘い音色だった。私は、本体のサウンドホールの奥をのぞきこんだ。すると、奥の方に何やら紋章のようなものが見える。
「これは、なんだ。どこかで見たような。」
ハワイの王朝の紋章のように思えた。もし、そうであれば何か重大な発見をしたのかもしれないという好奇心がわいてきた。そして私は、気になって仕事にならないので店をしばらく臨時休業にすることにし、店に置いてある果物などを新鮮な内に全部ただ同然に売ることにした。近所のおばさんの一人に特売の話をしたら、あっと言う間に人だかりの山となり一時間もしないうちに品切れになった。
翌日、酒田をそそのかして謎のウクレレを大事に持って一緒にハワイのホノルルへの飛行機に乗った。ホノルル空港に到着後、酒田がまずいろいろ調べてみたいというので大きな図書館に行ってハワイやウクレレのことなどを調べた。ウクレレの原形は120年以上前にポルトガル船から運ばれてきた楽器にあったという。そしてウクレレは、王様や女王様の要望で弾きやすいように何度もいろんな木材が試され改良された。特に果物の木と語源を持つコアの木は、当時主に家具に多く使われていたが、ウクレレにしてみると深遠で優しい見事な音色を奏でることが出来た。後に、マホガニーやマンゴーの木も使われ出したが主流はコアであった。しかし、木材を乾燥させるのに時間がかかり、熟練の職人でなければ良いウクレレを作れない。また、現在、コアの木は絶滅の危機に瀕しており、ハワイ州政府によって伐採制限が取られている。それほどまでに、貴重な木材なのである。
「上等なコアは木目も虎目のようで美しく、宝石のような輝きを放っているようだ。しかも四本の弦だけで、ハープのような音色を響かせ、小さくて持ち運びも楽だ。」
王様は、国の政治のことは二の次にして、楽器職人を集めて音の鳴りと見た目の美しさを競わせたりしていた。また、王様の親族もすべてウクレレで作曲をこなし、国中の人々に天才だと褒めたたえられる者を何人も輩出した。特に、ウクレレには弾けば弾くほど音が良くなるという不思議な性格があり、木霊が宿っていると人々に信じられていた。
優秀な職人には、王朝の紋章をウクレレに刻印することが許され、富と名誉を約束されたという。しかし、その欲望ゆえに王族の墓に生えている神木と呼ばれるような木までも許可もなく伐採してウクレレに使用する者が現れ、案の定、その者には呪いがかかり不慮の死を遂げる職人がいたともいう。その魔除けの意味もあり、ハワイの守り神の「TIKI」という土人に似た五センチほどの小さな人形のようなものをウクレレにつけて、祟りがないようにという習慣が最近まであった。
「セイちゃん、このウクレレの紋章、すごい似てるというか、少し違うけど、もしかしたら、やっぱりすごい高く値がつくんじゃないかな。」
酒田の興味はお金だった。二人で話し合った結果、ハワイのホノルル市内の大きな骨董屋に行って聞いてみることにした。
「はい、いらっしゃい。何をお探しで。」
日系アメリカ人の老主人が話しかけてきた。年は七十七歳と聞く。その割には若々しく見えた。
「御主人、日本語がお上手ですね。実は、私たち、古いウクレレを持っていて鑑定してもらいたく来たのですが。」
「ほーう、いいですよ。どれどれ。」
店の主人は私たちのウクレレを見て、目を大きく見開いて驚いたような顔をした。
「うおー、こっ、これは。」
「どうしたんですか、すごい価値があるものなのですか。」
「価値があるっていうものじゃない。この話は王族の子孫にあたる方から聞いた話だが、双子のウクレレという伝説があるそうなのじゃ。そして、それは王朝にとっては大変なもので、それを盗まれてからしばらくして王朝の権威は失墜。やがてアメリカの軍隊が制圧に来てハワイの王朝は滅んだのじゃ。」
酒田が初めは考え込んで悩んでいたようだが急に納得したように口を開いた。
「それじゃ、もし本物の双子のウクレレがこれだとしたら、売ればすごい金になるということだね、おやじさん。」
「それは、やめた方がいい。ハワイの人全員を敵に回すようなものじゃ。まだ、わからないようじゃね。これは、売ってはならないハワイの象徴なのじゃよ。たしか、三十年前にこれがハワイの市場に出回ったことがあったな。新聞に出てたが、骨董屋や持ち主が五人亡くなっていると聞く。あれから行方不明だったんだが、物として軽々しく売ると、あんた、たぶん祟られるよ。」
「まいったな、セイちゃん、売っちゃ駄目だって。確かに自分が眠れなかったのも、前の持ち主が急に原因不明の病気で亡くなったのもその因縁のせいだったかもしれないなぁ。」
「あのー、御主人、なんで双子のウクレレって言うんですか。この絵からきてるんですか。」
「ああ、はっきりした文献は残っとらんのだが、言い伝えには三代目の王様には隠し子がおって,それが女の子の双子だったというんじゃ。そして、王様は二人のかわいい娘をとても愛していたんじゃが、身分の低い者と出来た子供ということで仕方なく誰の目にもさらされないよう山の草原の家で育てた。」
「そうなんですか。」
「しかしな、王様が亡くなり、後継者問題が起きて、二人の娘は捕まりさらに幽閉されてしまったんじゃ。かわいそうになぁ。やがて、まだ若い時に流行の病気に冒され、二人とも死んでしまった。娘二人の亡骸は二人が住んでいた草原の近くに生えているコアの木の下に埋められた。音楽好きの二人の遺言には樹木がさらに大きくなったらウクレレにしてほしいとあったそうな。そのウクレレを幼な馴染の若い少年が大人になり、二人との思い出をめぐらしながら作りあげた。それが、双子のウクレレの由来らしいのじゃ。そのウクレレには娘の魂と血が流れておる。」
それを聞いた酒田は怯えた目をした。
「じゃ、やはりこのウクレレは呪われているということか。どうしょう、セイちゃん。」
「そうだな。考えてしまうな。あれ、あちらに広告用ポスターが貼ってありますがハワイには州立博物館があるのですか。」
「ええ、売りに出せない国宝級のものはそちらに譲っております。」
酒田と私はしばらく相談した後、双子のウクレレを博物館に譲渡するために骨董屋の主人に預けることに決めた。
「うん、やはりハワイのたくさんの人達に見てもらうのが一番だな。」
私たちはそれから三日ほどハワイを観光したが、酒田に用事が出来て彼は私より先に日本に帰国した。私はしばらく経ってから、先日、双子のウクレレを預けた骨董屋の所へ戻った。
「やあ、帰ってきたか、セイジ。」
「ああ、おやじも演技がうまいな。」
なんと私たち二人は親子だったのだ。おやじは、隠しておいた「マウイ水沼」の表札をひょこんっと机に置いてニヤリと笑った。
「しかし、双子のウクレレという話、すごい上手くできたものだね。でまかせとは思えない迫力だったよ。」
「そういうお前こそ、わしに使いなれない敬語を使いよって、途中で笑いそうになったぞ、ハッハッハッ。」
「これで、あのウクレレをただで手に入れることができたけど。おやじ、あれから何か起きなかったかい。」
骨董屋の主人こと、私のおやじは、しばらく目を伏せてこう言った。
「実は、真夜中にあのウクレレの音がするんじゃ。気味悪いんじゃよ。わしは、霊に疎いせいもあって、鈍感だったから、今まで呪いのかけられた壺でもなんでも預かっても何もなかったんじゃ。お前からその娘さんが二人、夢に出てきたという話を聞いて、わしは話をでっちあげたんだが、実はわしが小さい頃に祖父に聞いた話を元にしとるんじゃ。」
私は、それを聞いて驚いた。
「もしそれが本当の話だとすると。大切に保管して供養でもしないと・・・。」
その時だ。ガラスケースの中からひとりでにウクレレが鳴って聞いたことのない曲の一部のフレーズが流れた。そして一瞬、私たちの前に幻のように草原の風景がフラッシュバックのようにパッとあらわれ、消えた。私は、その時、悟ったのだ。自分が、前世で泣きながらこのウクレレを作ったのだということを。その悲しい記憶が蘇り、いつのまにか涙がすうっと頬に流れた。
私たち親子も、結局、その双子のウクレレをハワイ州政府の財産として譲渡することに決めた。少し損をした気分だったが、それが新聞などで報じられたきっかけでハワイの多くの人と知り合いになった。一年後、二十歳以上年下の地元の若いきれいな女性とも恋に陥り、結婚することができた。後で確認した話だが、その女性というのが、双子のウクレレにまつわる王族の末裔であったことをつけ加えておく。今ではもう、ひとりでにウクレレが鳴ることはない。
もしも、病によってこの身が滅びようとも 私たちの分身が、あなたを探し出し
再会の調べを奏でることでしょう
それが、あなたと私たちとの約束だから
時代がかわっても
また私たちは出会うことでしょう (完)
「星に願いを」
私の名前は宗田一郎、45歳。都内の新宿に本社があるトキオ医療器具株式会社の経理係長をしている。私の自宅は埼玉の大宮にあり、埼京線を使って通勤している。満員電車というのはいつも息が詰まっていやだった。
特に小さい頃からソウとウツ状態を繰り返していた私には、とてもイライラする乗り物であった。冬場に電車内で女子高生に痴漢の濡れ衣を着せられたことがあって、マシンガン鉄砲の本物が通販で買えれば、時折、電車の中で打ちまくりたい衝動に駆られた。そんな私が家に帰れば妻の良枝と口論が絶えないのは致し方のないことだった。結婚五年後の別居をきっかけに精神的な病が進行し、最近になって近くの病院の精神科に通うようなった。会社には行っていたが、特に他人から仕事上のミスを指摘されると時折パニック症候群に陥り、自分でもなんとかしたいと思っていたのだ。このままでは私は、もうひとりの虚像の自分に押し殺されそうだった。
自分を担当してくれている精神科の田中先生は、町医者のような昔気質の雰囲気があり、熱心な方である。特に、登山や釣りなど自然通の色々な趣味をこなされていて、世間話には事欠かない。また、親身に私のことを心配してくれていた。
「宗田さん、精神安定剤の方の効き目はどうですか。」
「先生、その薬の方はちょっと自分には合わないようで。仕事中に眠くて仕事にならないんですよ。それに、なんか生きているという心地がしないんです。」
「そうですか。カウンセリングと催眠療法を繰り返すというのも効果がありますけどね。あとはクラッシックなどを聞くとか。パッフェルベルのカノンという曲はいいですよ。就寝前に試されるといいです。ほかにも音楽CDはこちらにも用意してますし。」
「はい、有り難うございます。あのー、ところで先生、向うに小さなギターのような楽器がありますけど。」
「ああ、あれはハワイの楽器でウクレレというものです。元は昔、ポルトガル船からハワイに伝わった楽器とも言われてます。旅先では必ずウクレレを持って行きますし、今度老人ホームの方へ慰問に行くんでよく練習してるんですよ。ちょっと聞きます?いい音しますよ。」
「ええ、是非とも。」
私は、診察室にウクレレがある事に今日初めて気付いた。そして先生は上手に「星に願いを」という曲をメロディーと伴奏兼ねるソロと呼ばれる演奏法で弾いてくれた。ウクレレ・ソロという演奏法はハワイのハーブ・オータという人が広めたということである。ウクレレを初めて見た印象は何となく子供のおもちゃか、海外のお土産物のような感じがあった。しかし、その音色は眠っていた私の本当の魂を呼び起こした。
「すっ、すばらしい。ウクレレってそんないい音がするなんて知りませんでした。まるでハープの音のようで心が洗われます。」
「いや、なかなかいいウクレレにめぐり会うのも大変なんですよ。それにこのウクレレは娘の形見です。」
「じゃ、この写真の綺麗な娘さん、亡くなったんですか」
「ええ去年、ハワイで。交通事故でした。たぶん、エリカはオープン・カーの運転をしながら海辺のカモメにでも気を取られていたのでしょう。そそかっしい娘でしたから。」
「それは、とても残念なことでお心お察します。」
「有り難う。それになんか、かわいい娘の霊が宿っているようでね。このウクレレを弾いてると心が落ち着くんですよ。」
私は、その時、先生の笑顔の奥に深い悲しみを見たような気がした。
「そうそう、宗田さん、治療の一環として御自分でウクレレをはじめたらどうです。」
「わ・た・し・がですか?」
「ええ、あなたにはこれが一番の治療だと今ひらめきました。私でもよかったら時間の空いてる時には無料でレッスンしてあげますから。」
「あっ、どうもありがとうございます。さっそく帰りにウクレレ買いに行きます。」
都心の御茶の水の楽器店を物色した私は、気に入ったウクレレを見つけ購入した。そういえば先生の弾いてくれた曲はたしか妻の良枝が好きな曲だった。ディズニー映画の人形のピノキオが人間になりたいと願うから「星に願いを」なのだろうか。今の自分にとっては心の病を治したいという願いと妻とのよりを戻したいという願いの意味がある。
やがて病院でウクレレを習うという奇妙な習慣がはじまった。はじめは練習をしすぎて指の関節を痛め、食事の時に箸を持つにも難儀する日があったが、なんとか普通の人よりは上達したようだ。
「宗田さん、上手くなりましたね。半年でレパートリーをこんなに増やすなんて。」
「いいえ、みんな田中先生のおかげです。最近は気分がとってもいいんです。ウクレレっていいですね。のんびりした印象があって時間を忘れさせてくれます。」
「ところで今度、恵まれない孤児のためのチャリティーライブをやる予定ですが、宗田さんもいかがですか。先日の会社の忘年会ではウクレレでひっぱりだこだったと聞きましたけれども。」
「エッ、いいんですか私も。まだ、あまり人前で弾くには緊張して上手くいきませんけれど。」
「いや、上手く弾く必要はありませんよ。宗田さんはスジがいい。楽しく弾いて頂ければいいんですよ。」
翌日の晩、千葉県市川市にある「若葉」という養護施設へ田中先生の車に乗せてもらって一緒に向うことになった。施設の私たちの訪問を心待ちしている幼い子供たちが玄関で出迎えてくれた。
「ああ、お待ちしておりましたよ。さあさあお二人とも中へ。」
施設の校長先生に案内されると小さいながらステージが用意されていた。
「じゃ、宗田さん一、二、三で演奏を始めるとしましょう。」
私たちの演奏が始まるとガヤガヤしていた室内が静かになった。私の両肩にスゥーっと天使か妖精がのったような気分がした。そして三十分ほどで和やかな雰囲気でウクレレを使ったミニ・コンサートを終えた。
「おじちゃん、有り難う。最後の曲とってもいい曲だね、なんていうの」
瞳を輝かした幼い女の子が私に聞いた。
「ああ、星に願いを、っていうんだ」
「えっ、お願い事が叶うお歌なの?」
「そうだよ、それといい子にしてれば願い事は必ずかなうよ」
「じゃ、久美子のパパママもいつか帰ってくるよね。」
私は隣の田中先生に無言で同意を求めるとうなづいたので答えた。
「うん、戻ってくるよ。」
「やったー、万歳!おじちゃん、有り難う。ところでおじちゃんはお願い事はしたの。」「えっ、そうだな、おじちゃんは自分の奥さんが帰ってくることかな」
「大丈夫だよ。その曲を聞かせれば絶対帰ってくるよ。帰って来なかったら、久美子がおじちゃんの奥さんになってあげる。」
「ハッハハハ、うれしいね。わかった、お互い頑張ろうね。」
校長先生に後で聞くと久美子ちゃんは赤ん坊の時、両親が無理心中で湖へ車ごと落ちた際に奇跡的に丸太にひっかかり助かったということだった。もちろん、本人はそれを知らない。私はさっきまで彼女とかわいい会話していたのでなおさら涙がこみ上げてきた。
「神様が本当にいれば自分が父親になりたいぐらいだ。」
私は誰もいない自宅に戻り、ふと考えた。心の病のことは忘れていた。他人のことを考えられる余裕があるということはもう私は精神病ではない。もし、この世の中の人々がお互いの気持ちを尊重するようになれば争い事はこの地上から消え去ることだろう。そういえば、私から妻の良枝が離れっていった理由はなんだったろう。良枝は生まれつき子供のできない体だった。子供が欲しかった私は無意識に良枝を責めていたのだ。私は良枝にまず謝りたかった。
そんな時に偶然電話のベルが鳴った。人生というのは奇妙なものでそれは良枝からだった。話があるから近くのいつもの公園で待ち合わせたいという。正式な離婚の話かもしれないが私は覚悟はしていたのですぐ行くと答えた。だが外出の際に無意識にウクレレを握っていたことに気付いた。お詫びに最後にウクレレでも聞かせてやろうと思う。公園に行くと良枝はベンチにうつむいて座っていた。私はいたずらのつもりでベンチの裏の方から初披露のウクレレを弾いてみた。曲は、星に願いを、だ。
「アラ、何かしら綺麗な音、それにこの曲は私の大好きな曲だわ。」
良枝が振り返った。私は顔を赤らめていた。「すまん、すまん。待たせたね。」
「いいえ、ごめんなさい。私こそ一郎さんを急に呼び出したりして。」
「いや、いいんだ。」
「あなた、ウクレレ習ったの。すごい上手いわ。もう一回聞かせて。」
「いやぁ、照れるなあ」
一年振りぐらいに会う良枝は肌につやが戻ったようで若返って見えた。
「話って何?まさか、判を押してくれとか。」「違うわ、ただ会いたかったの、それだけ。」
「なぁーんだ、そうか。」
それからしばらく私たちは出会った時のように冗談を飛ばし合い、語り合った。
「えっと、明日、僕たちがボランティアで行ってる養護施設でのライブがあるけど、君も来るかい。」
「エッ、それは楽しみだわ。是非とも見させてもらうわね。」
翌日、施設でのコンサートを聞きに来てすっかりウクレレの魅力にとりつかれてしまった良枝も、私と一緒にウクレレを練習するようになった。やがて彼女は施設へも幾度かライブもこなすようになった。子供たちとも交流が深くなり、時々皆んなで山登りもし、海水浴にも行ったりした。
「おじちゃん、おばちゃん、いつもありがとう。久美子は願い事が叶いました。」
「えっ、何の?」
「パパ、ママが久美子の所にきたの。」
「それって、僕たちのことかい。」
「当たり!、星に願いをって、すごいね。また聞かせてよ。ねっ、パパ、ママ。」
「おいおい、どうする良枝。」
良枝は目に涙をためていた。
「どうした、泣いてるのか。」
「私も願いが叶ったの、ねっ、久美子ちゃん私がママでいい?」
久美子ちゃんは教室の端から端を三回往復して走った後、息をハァハァ切らしながら良枝に返事した。よっぽどうれしかったのだろう。
「いいにキマッテルじゃん。ママ」
「パパも大丈夫かな」
「うん、おじちゃんと呼ぶのはこれで最後。有り難うパパ。」
そして、久美子ちゃんは私たちの養女になることになった。それは私たち夫婦の願いでもあった。ピノキオが人間になった瞬間のようでもあった。私たちは神様に感謝した。
ウクレレが運んだ愛、あなたは何を願いますか。 完
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