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1995.11月号 月刊カドカワ

構成木村由理江


草野マサムネ−

三輪テツヤ−

田村明浩−

崎山龍男−

 

スピッツタマシイのある歌

 

あなたには聞こえるだろうか。

線香花火の最後の灯のように心の底にボタッと落ちる彼らのうた声が。


 

〜あまのじゃく'95 草野マサムネ〜

 

スピリチュアル・メッセージ

幼い頃からみんなが好きなものを好きになれなかった。記憶のいちばん古い時点から一人で何かをやることを大事にしていた――矛盾だらけの現実の中で生まれつきの性格をすくすくと育てている男、草野マサムネ、二十七歳。枯れ野心の中には、人のとはちょっと違う何かが潜んでいるみたいだ。

 

心の中の自分だけの感覚には自信があった

 

 思うんですけど、生まれつきの性格ってあると思うんですよ。それをいったらつまらないという人もいるかもしれないけど、それがいちばん大きいと思う。

 例えば、僕は虫が好きで幼い頃は庭にクモを放してそのクモが糸を張るのを見てたりしたんだけど、それ以前の記憶の糸をたどっていくと、もっと前からそうだったような気がする。記憶のいちばん古い時点から一人で何かをやるということをものすごく大事にしていたし、朝から晩までカエルとりをして、買い与えられた図鑑で、そのカエルがどの種類かっていうのを全部チェックしてたし。

 だから生まれつきそうだったのかな、生まれついてのオタクだったのかなって思うんですよね(笑)。みんなが好きなものを好きになれなかったのも、最初からだったし(笑)。

 子供の頃に好きだったのは絵本より図鑑で、文字が読めるくらいになった幼稚園くらいからは物語じゃなくて、例えばヨーロッパの骸骨でできた教会とか、世界のびっくりロボットみたいなものを紹介してある、子供向けの本ではない、フィクションじゃないものばっかり読んでいた。

 物心がついてきた頃にイソップ童話やグリム童話を「おもしろいんだよ」と渡されても、あんまり熱中はできなかったですね。童話を読むとしたら原作で、普通に読まれているのとはこんなところが違うじゃん…っていうのを指摘するために読むとかね(笑)。

 「一寸法師」の話も原著では、一寸法師が「助けてやるからお姫様を俺にくれ」って交換条件を出してるんですよ。「そういうところは絵本に載ってないじゃないですか。一寸法師はしたたかだったんだなって思ってね(笑)。そういうリアルなところが好きでしたね。きれいごとが嫌いっていうのも、ひねくれの部分だったかもしれない。

 僕は小学校低学年ぐらいまで、すごく地味な存在だったと思うんですよ。小学校の頃は、好きな女の子の体重が俺より軽いことなんてなかったくらいちっちゃくてガリガリだったから、意図せずしてそういうふうになってしまってた。

 今にして思えば、そういうことへの反発もあったんだと思うけど、小学校3年生の時に、一度マラソン大会で先頭の気分を味わってみようと思ったんですよ。その時がもうあまのじゃくの本当のスタートかもしれないけど(笑)、俺が勝ってみんなをがっかりさせてやろうって思った。俺が勝って、人気者の○○君がクラスで一番じゃなくなっちゃうと、みんながっかりするかもしれないって。それが逆に快感だった。それは今の「巨人が負けると快感!」とか、そういうのにつながっているんだけどね(笑)。気が弱かったからそれまでは本気で走れなかったけど、足だけはけっこう速かったから、スタートと同時に先頭に出たら、コースの半分くらいまでトップで行けて。結果的に、いつもは生徒200人中90番ぐらいだったのに、15番くらいでゴールインできたんですよ。

 小学校の時はあんまり深く考えてなかったけれども、クラスの人気者でもないし、先生にも好かれなかったことをむしろ誇りに思っていたところがあります。子供心に、先生に好かれたり贔屓される生徒のことを、最初はやっぱりうらやましかったんだと思う。でも自分で「それはカッコ悪いことなんだ」って定義づけて、自分を肯定していた。一種の逃げ道ですけど、そういう逃げ道を一生懸命作ってたんだと思う。小学校低学年の頃って、急にクラスのみんながシカトしたりとか、そういうみみっちいことあるじゃないですか。そういうはずれザルみたいになった時にはまずは自分を肯定しないと…。肯定することによってすごく楽になるんです。負けん気の強さとかもあったんだと思うんだけど、泣きながらまた「仲良くしてくれ」って懇願することは絶対にできなかった。ちっちゃい頃からプライドが高かったのかな(笑)。シカトするんだったら勝手にしろよ、っていうところがありましたね。

 自分は他の人と違うかもとはっきりと意識したのは、小学校5、6年の頃かな。好きな女の子ができた時に、女の子に対する情熱の向け方が他の友達とは全然違ったんですよ。高校生くらいになってからは、自分と似たような感覚の人もいっぱいいるんだなっていうことはわかってくるんだけど。

 今もそうだけど、好きになっちゃった女の子のことはものすごく大事にしちゃうというか、神聖化しちゃうところがあって。小・中学校の頃は、はっきり言って童貞だからそうなのかなって思っていたところもあったんだけど、そうじゃなかった。未だにそうだから(笑)。

 思春期に入る頃から強く認識したのは、自分はセックスとお金の話を長く続けられないっていうこと。冗談交じりで猥談をしたり、いわゆる男の感覚、スポーツ新聞的な感覚での話にはついていけないですね。馬鹿じゃないのって言われるかもしれないけど、ロマンチックにお金やセックスの話をすることが好きなんですよ。それはセックスやお金を手に入れてからも全然変わらない。そういう話をしている時って、みんながぎらぎらしているのが見えるし、優しくないんですよ。もちろん、友達がそういう話をしている時には、順応性はすごくあるから、入って話はできるんですけどね。

 でもその違和感を気にしたりっていうことはなかったですよ。たぶん、自分の感覚に自信があったんだと思う。否定されても全然ひるまない。自分で否定しちゃった時が終わりかなって思うし(笑)。人のそういう意見には、全然惑わされない。そういう自信って、ちっちゃい頃からずっとあったなあ。

 

忘れかけられてるものに注がれる好奇心

 すごくつまらないことに対する好奇心とか知識欲みたいなものは、子供の頃からすごくありました。現実はそんなにストレートじゃないから矛盾なんていっぱいあるんだけど、そういう矛盾を見すごせないんです。で、僕は「それは違うじゃん」って言っちゃうんだけど、みんなは眉をひそめて、「それはいいのいいの」って言う(笑)。それがいいことなのかどうかはわからないけど…。

 今はわかってきた部分もあるから、見過ごすべきなのかなっていう分別もついてきましたけど。それでもやっぱり、そういう矛盾や疑問に気づいた時には、心の中にずっと留めちゃいますよね。何か引っかかることに対してはとことん知りたいと思うし、だからずっと図書館は大好きでした。

 なぜかみんなに忘れられているものとか、みんながあまり関心を持たないものに、興味がいっちゃうんですよ。例えば、最近のニュースで報道されるボスニアの情勢を見ていても、ボスニアのことより、それ以外の旧ユーゴスラビアの国々はどうなっているんだろうって思う。あと、モンゴロイドはだいたいアジアの中で生まれてるんだけど、アジアに来る前はどこから来たんだろう、とか。

 学生時代は歴史の授業を受けてても、徳永家康や織田信長のことよりも、その時に普通に暮らしていた人々はどうやって暮らしてたの?とか、何を食べてたの?とか、そういうところにすぐ興味がいっちゃって。もう全然、家康とかに興味がなくなっちゃう(笑)。あとになって普通の人のことを調べている人がいて、それが民俗学だと知ってからは、民俗学の本をずっと読んでた時期もあります。

 音楽もほとんどそういう聴き方でしたね。ちょっと忘れかけられている音楽に興味が向いちゃうんですよ。田村とはそのへんでちょっと話が合ったりとかしたんですけど…。田村と出会った86年当時は、古いハード・ロックやサイケなロックのバンドが好きだったんですね。キングクリムゾンとかレッド・ツェッペリンとかドアーズみたいな、ずっと残ってるバンドにも興味はあるんだけど、マウンテンとかユーライアヒープとか、そういうまるっきり忘れられているバンドのほうに興味がいってた。どっちも武道館コンサートやってるバンドなのに、何で忘れられてるんだろうって。流行っているものもチェックする意味で聴いてたし、いいものはいいから、デュラン・デュランを聴いてたりもしたけど、本当に興味がいっちゃうのはそっちでしたね。ちょっと前までみんな使ってたのにな、っていう言葉を使いたくなったりするのも、そういうところなんでしょうね。

 

常に心にある作用反作用の仕組み

 例えば、”愛”という言葉をストレートに使わないとか、ワンクッションある表現をしていると言われることがあるんだけど、僕にとってはそっちのほうが普通なんですよね。世の中のそういう表現の仕方は、僕にとってはリアルじゃない。博多弁で”ツヤつけとぉ”って言うんですけど、僕は”ツヤつけてる”のがだめなんですよ。気取るのがだめというか。本人は気取ってないと思っているかもしれないけど、世の中、そういうものばっかりのような気がして。逆にカッコつけなくて、あからさまにすごくハードな形で表している人もまた、俺にとってはリアリティを失っちゃうこともあるんだけど。

 さっきのマラソンの話じゃないけど、小学校の頃に自分をちょっと大きく見せることによってみんなをがっかりさせたり(笑)、高校生くらいになったら似合いもしないような、ちょっと流行った服を着てみたりとか、そういういろいろなことをやりながら、自然体が一番自分でカッコよく思えるというふうになってきたんでしょうね。

 いろいろ勉強してきたんでしょう。そういう意味では、ある程度器用な人だと思います。ただ、それは核があるからなんですけどね。たとえばどんなことで順応してどんなふうに周りに合わせても、核があるから大丈夫だっていうふうに思えるんです。

 そういうことをいつ頃から思い始めたかって?いつだろうなあ。16歳くらいの時にすごくいろいろ考えたんですよ。その時に考えたのは、中学校まではやめられないけど、高校はやめられるんだ、と(笑)。そう思った時に、自由になった気もしましたね。自分の内側の世界や核や空想癖とか、そういうものを大事にしながら、実はすごく現実の世界に対してはシビアに目を向けてたから、学歴社会の中ではやっぱり大学まで行っとかなきゃだめかな、とかそういうことは、普通の人と同じように考えてもいたんですね。

 それと同じようなことなんですけど、妙なブランド志向みたいなものが昔からあるんですよ。ちょっとなくしたいなって思う部分なんですけど、老舗のものだと聞かされると、なんでもおいしく感じちゃったりする(笑)。最終的にはそのブランドを疑ってみちゃうんだけど、最初はどこか崇めちゃうみたいなところがあるんですよね。ブランド志向の自分がいるからこそブランド志向を否定できる、というところもあるんだと思うんですけどね。

 話が全然違うところにいっちゃうけど、歌詞とか歌っている内容について話す時に、日本人として、みたいなことをよく言うんだけれども、それもやっぱりそういうことなんですよね。僕はイギリスとかフランスとかの文化に対して、すごく憧れを持っちゃうほうだった。だけどそれはものすごくよくないことなんじゃないかっていう、あまのじゃくな気持ちが働いちゃうんですよ。自分がいいなって思っちゃうだけに働いちゃうんですよね、いいなって思っちゃいけないんだっていう気持ちが(笑)。そういう、作用反作用の関係みたいな仕組みが常に心の中にあるみたいですね。

 世間体をものすごく気にするから、そうじゃない部分で、ものすごく矛盾を感じてしまうんですよね。テツヤはよくちょっと人と違う髪形をするんですけど、あいつは狙ってやってるんじゃなくて、単純に好きだからやってるんですね。俺も、髪を染めたりとかしてみたいなって思った時期もあったんですけど、病院に行くことを考えたりするともう、できなくなっちゃうの。そこでどう見られるか、とかをすごく気にしちゃうから。でもどちらかだけの人間になったら自分じゃなくなると思う…。その両方があるから自分なのかなと思う。

 何か”度を過ぎる”ことに対する嫌悪感があるんですよ。はめをはずしてるつもりでもどこか冷静な自分が自分を見てる。だから僕は逆に、喜怒哀楽が爆発しちゃう人に憧れたりするんです。どっちかっていうと女の人にはそういう人が多いから、それでそういう女の子ばっかり描いちゃったり、歌の中でも”愚かになれ”っていう言葉をいい意味で使っちゃうし。それは自分に対して言ってるのかもしれない。最終的には馬鹿になれないから。それが自分だとわかってはいるんだけど、どこかもどかしいのは、それも作用反作用の関係なんでしょうね。ドラマとか観ていると、誤解が誤解を生んで、「あ!それは違うんだよ!」っていうふうに巻き込まれることがあるじゃないですか。その時も僕は「でもこれは演技だから」ってそっちのほうに逃げちゃうの(笑)。そうやってどこか冷静に見ちゃいますね。

 音楽を作ることで、たぶんにそういう部分は解放してると思います。曲を作り始めたのは高校の頃だったんですけど、書き始めた頃からシュールではあったんです。その頃の日本のロックバンドの”いかしたストリート”みたいな歌詞が出てくるようなもののつもりで自分では書いてたんだけど、やっぱりシュールになってた。その後、遠藤ミチロウさんとかの歌詞を見たことで、一気に自由になっちゃって、広がっていったんですけどね。

 音楽を作り始めたことで、さらに思いっきり自己肯定ができるようにもなりましたね。いやなことがあっても、音楽があるから、というところに逃げ込めた。空想だけだと発散できなくなってくるんだけど、曲を作ることによって人にも聴いてもらえるし…。もちろん、それまで空想してた世界も同時進行で続いていくんだけれども。音楽を作り始めてからは人間として明るくなったと思うな。さっき言ってた、馬鹿になれないっていうようなところとはまったく違うところで、じぶんではあまり気づいていなかったけれど、馬鹿なところがいっぱいあることもわかってきたし。それもあって、それから人間的にけっこう明るくなった気がするな。

 

今は大肯定できるこの性格

 田村と会って東京での最初のバンドを始めた頃は、まず、田村とドラマーの大野と僕の3人で溶け込まなきゃいけないと思って、自分にとってわかりやすいものをやろうと思ったんですよ。それであからさまにシュールな世界をやるっていう方向に向かったんだと思うんだけど、あの頃はちょっと馬鹿になりすぎてて、ちょっと違うなっていう違和感を覚えましたね(笑)。その後に落ち着いて、今のスピッツの世界に近い状態になっていったんですけど。

 バンドブームの頃には一歩引いてそれを見てた、声はかかったけど結局その話に乗らなかったというのは、他にも理由はあるだろうけど、大勢の中のひとつになることがものすごく嫌いだっていう、僕個人の性格も大きかったと思います。バンドブームの中に呑まれていくことも、大勢の中のひとつになることのような気がしてだめだったんですよ。

 実は僕、ライヴを観に行ったりクラブに踊りに行ったりすることも、そんなに好きじゃないですね、大勢の中の一人になってしまうから。本当に好きなアーティストのライヴの場合は、勝手にそこに一対一の関係性を想定しちゃって楽しんじゃえるから行きますけど、あまり好きじゃないアーティストの場合は、まず観に行かない。クラブに行く時も、知り合いが皿を回すとか、一対一の関係性みたいなものを確認できない場合は行かないですしね。

 ステージに立つ側に慣れちゃってるのもあると思うんですけど、バンドをやり始めたことによって1人じゃないことの気持ちよさを知ってしまっているから、そこでまた1人に戻ることに対してちょっと不安があるのかもしれない。昔は空想の世界に戻っちゃえばいいわけだから、1人になることに全然不安はなかったんだけど。こそこそ話をされるのは昔からいやだったけど、小学校とか中学校の時とかは、そういうことがあってもある程度見て見ぬ振りができた。今のほうがそれはできないかもしれないな。

 デビューして今年で5年ですけど、基本的なところは全然変わってない気がしますね(笑)。この流れに流されちゃいけないと思う瞬間があることはあるけれど、それは強い流れがあるとそれと同じ強さの反作用がやっぱり働いているというだけで。今回、「ロビンソン」が売れたことで、昔はマイノリティでいたいって言ってたけど、もうマジョリティになっちゃったんじゃないの?って言われたりもするんだけど、そうじゃなくて、買った人みんなが変わり者なんだって思うことにしてるの(笑)。巨大なマイノリティができたんだっていうふうに思うようにしてるんですよ。だからもう、1位になろうが何枚売れようが、考え方に影響はないですね。「俺は違う」っていうふうに思っているから。

 93年の頃のスピリチュアル・メッセージを読んで、僕は「強くなりたい」と言ってたんです。この性格をもっとちゃんと自己肯定できる強さが欲しかったんだけど、そういうのはだんだんついてきたと思います。あの頃はデビューして1、2年しか経ってなかったから、やり方や仕組みがわかってなくて、例えばキャンペーンに行った時に、全然聴いてもいない人に頭を下げなきゃいけないなんてどこかおかしいんじゃないかと思いつつ、でも頭を下げちゃうことによって矛盾を引きずってる自分が消えそうになったりはしてた。そういう不安な時だったんだけど、今は、にこやかに頭を下げながらその矛盾を引きずってる自分を、大肯定できるようになったんですよ(笑)。にこやかに頭を下げる自分を否定しながらもそれがやれちゃうし、肝心なところではものごとは否定できる。それは肝心なことではないからやりますよっていう感じでやれちゃう。肝心なことはキチッと思いのままにやれるっていうふうになってきましたね。

 

好きじゃなかったものを好きになっていく感覚

 自分がどんなおじいちゃんになるかなんて想像できないけど、子供ができたら変わるだろうな、と思います。仲良しの友達に子供が生まれたりすると、自分が子供を持ったらっていう想像が膨らむんだけど、子供を持ったら変わるだろうなって、今から予想はしちゃってます。

 空想癖があるから子供との会話っていうのもどんどん空想しちゃうんだけど、ちゃんとお父さんになれるかなって思っちゃう(笑)。子供から自分を否定されても、それを大きく受け入れられる強いお父さんっていうのが理想の父親だと思うんだけど、僕はたぶん、それはできないだろうな、と思って、すごく落ち込んじゃうの(笑)。娘が大きくなって「お父さんは汚いから洗面所のコップを分けて使って」って言われたときに、笑って「そうかそうか」って言えるかなあって。自分が成長してるっていう計算は含まれてなくて、このままお父さんになっているような想像でしかないから、そうなっちゃうんだけど。

 友達に子供が生まれるっていう話を聞くと、自分も子供が持てるような気分になっちゃったりして、名前をいっぱい考えちゃったりするんですよ。名前をいっぱい考えちゃうだけならまだしも、まだ見ぬ自分の妻になる人が、俺に無断で考えた名前でずっと呼ぶっていうのもすてきだなあって思ったりして(笑)。「もう、この名前に決めたからね」って言われてそれを呼ぶっていうのも、けっこういいかなって(笑)。なんかね、思いどおりにならないほうが好きなんですよ。

 ギターにしても車にしてもそうなんだけど、自分で選んで買うよりも、人から偶然譲り受けたもののほうに愛着が湧いたりすることもあるし、むしろそういう感覚のほうを大事にしてる。仰々しく”運命”とまでは考えないけど、お導き、みたいな。自分で選んで買ったものも、そう考えられないこともないんですけどね。もとから好きじゃなかったものをどんどん好きになっていく感覚って、楽しいじゃないですか。

 こんなことを言っていると、やっぱりあまのじゃなくだって思われるのかなあ。僕、「あまのじゃくだね」って言われると、あまのじゃくじゃないような気がしてくるんですよ。僕は普通だよなって思ったりするんです。だけど「意外に普通だね」って言われると、けっこうあまのじゃんくなのになあって(笑)。 


 

スピッツメンバー全員による『ハチミツ』全曲紹介

 

スピッツ6毎目のアルバムは、シンプルかつ一筋縄ではいかないスピッツ・サウンド満載の『ハチミツ』です。あなたの心が『ハチミツ』に溶かされる前に読んでください。

 

ハチミツ

 仮タイトルは「珍曲」

 作った時点で、今までこんな曲なかったなあと思って

 変な譜割だから、マサムネがバンドでできるかなと思ってなかなか出さなかったんだけど、出したらあっという間にできた。スピッツらしさが何の無理もなく出たと思う。そういう勢いもあって1曲目に。ラッキーなことにタイトル曲だし

 この曲が入らなくてもアルバム名は『ハチミツ』にしようと思ってたんだけどね

 最初にバンドで合わせた時にけっこうピンときたから、それを大事にして、当日にいろいろできるように余地を残してレコーディングに臨んだんだよね

 何も言わないで、何が出てくるかわからない感じでとりあえずやってみたら、メロディに導かれるように仕上がった

 すごくシンプルなんだけど、一筋縄ではいかないスピッツ・サウンドという感じ。プロデューサーの笹路さんが、これが1曲目に入っていると他のバンドがくやしがるよって言ってた

 この曲をシングルにしようかっていう話もあったな

 

涙がキラリ☆

 「ルナルナ」と「君と暮らせたら」と「愛のことば」、この曲がシングル候補だったんだけど、この曲を選んだのは、この曲がいちばんシングルっぽい音で録れている気がしたから。七夕にリリースするっていうし、いちばんそういう歌詞を当てやすかったしね

 草野は「絶対にこの曲を7月7日に出したい!」って言ってたよね

 「ルナルナ」を出して1ヵ月後にこれをシングルで出そうっていう話もあった(笑)

 僕らは全然気づかなかったんだけど、ジョン・レノンの「WOMAN」のイントロに似てるから、きっとインタビューで聞かれるよって言われてたから、答えまで準備してたんだけど…

 誰も言う人がいなかった(笑)。「ロビンソン」が想像以上にヒットしたから、売れなくてもいいからマニアックなアプローチの曲を出したほうがいいのかもなって思ったんだけど、それも狙いすぎてカッコ悪い気がして。素直に出すならこれだな、と思ったんですよ

 

歩き出せ、クローバー

 久々に、チョビッとだけマサムネがギターを弾いてる。使っているのは田村の、ジャパン・フェンダーのサーモンピンクのジャズマスター。フレーズに合う音がなくて、ダメ元で試したらいちばんハマった

 他にないくらいにチープな音(笑)

 仮タイトルは「石神井への道」。曲を作ってる時に頭に浮かんでいたのは、阿佐ヶ谷駅からバスで石神井公園へ行く時に見える風景。なのに映画『フォレスト・ガンプ』を観た影響が出てだんだん詞が大げさになって(笑)。それで石神井公園はかすんじゃった

 バンド4人での音を最優先したいから、ギターで入れられるところは全部ギターでやってるし、笹路さんとやるようになってからは、頭がいいように聴こえるアレンジやコードに束縛されないアレンジを考えてるんだけど、この曲はマサムネがデモテープを持ってきた時点でほとんど世界ができてたから、考えやすかった

 ダビングするたびにどんどん世界が広がっていく感じがして、すごくワクワクしたな

 俺にとってはすごくサイケな曲だったから、1人でザ・フーになりきって演奏してた(笑)

 歌詞は誰にも見られない状況じゃないと作れないから、この詞はスタジオの空いてる部分で二重に鍵をかけて、防犯カメラにガムテープを巻きつけて書いた

 

ルナルナ

 歌詞とバックのアンバランスさがおもしろいと思う。個人的にすごく好きな曲

 作った時によく聴いてたのが、オリジナル・ラヴの「夜をぶっ飛ばせ」だった気がする。リズムはちょっといただいちゃったかも(笑)。ああいう早いビートの曲を最近やってなかったから新鮮だよね

 アレンジを渋谷系にするかどうかで盛り上がったよね

 ホーンセッションを入れちゃうと渋谷にいっちゃう

 でもやっぱり俺たちは新宿だしなって(笑)

 代々木までにしておくかって言ってアレンジをして

 僕らの中では渋谷みたいなことをやっても渋谷系にはならないんじゃないか、と。それを再確認したというか。やっぱり地方出身だからね

 ”羊の夜をビールで洗う 冷たい壁にもたれてるよ”っていうのは、眠れない夜にビールを飲んでるようなイメージなんだけど、ジンギスカンを食べて、口の中がくどくなってきたからビールで口をゆすいで、肉の脂で胃がもたれてっていう解釈もあるみたい(笑)

 

愛のことば

 テツヤのギター・ソロがカッコいいよね

 今までになかったソロだと自分でも思う。普通のソロっていう感じなんだけど、やりたくてもできなかったところっていうか。抜けてる感じがして、自分でもとても気に入ってます

 普通のことをやったら新鮮っていうのがいいよね(笑)

 『Crispy!』からつき合ってきた笹路さんと一緒に、いい感じで仕上げられた曲だと思う。笹路さんのギターも生きてるし。笹路さんを入れたバックの4人でせーので録った時のやつがいちばんよかったから、固いこと言わずに入れちゃおう、って。ディレクターが名曲だと1人で興奮してた

 シングルにっていう話が出るかなと思って、「この曲はシングルにしたくないんです」って先手を打ったら、みんな「やられた!」っていう顔をしてた(笑)

 歌入れの時に初めて歌詞を見て、いい意味でそれまでの俺らの演奏が1回で飛んじゃうくらいの世界があった気がした。今回は歌詞を初めて見る時に、いつもワクワクしてたな

 今の俺たちがやれた曲。2、3年前だったらできなかったかがする

 

トンガリ'95

 「'95」はきゅうじゅうご、です。スピッツにはドイツ語で”とがっている”っていう意味があるから、日本語にするとたぶんトンガリっていうバンド名だよねっていう話をしてて。そういう意味を強く持ったパンク・バンドからスタートしてるしね。95年の今、ブルーハーツに憧れてた”10代の日々よ、もう一度”という感じでやったら、みんなハアハア言ってた(笑)

 最初はもっと速かったから。こういう曲はこれで最後にしようって言ってた(笑)

 年を感じたよね。インディーズの頃の気分に戻ったんだけど、なんか違うなっていう話をしてて。ギターの持ち位置がだんだん高くなってたんだよね(笑)

 笹路さんとは、こういうのを専門にやってる方々のような演奏は俺らには無理だけど、そういう人たちにも失礼のないような演奏をしようっていう話をしてた。パロディになるのがいちばん怖かったから

 コーラスのヒントはジミ・ヘンドリックスの「HEY JOE」。あの曲にはコーラス入ってたっけってみんなに言われたんだけど、僕にはコーラスのイメージがいちばん強いんです

 最後のギター・ソロはいちばん悩んだ。結局ちゃんとやるっていうことを基本にやったんだけど、アヴァンギャルドなことも自分の中にあったほうが幅が広がるからって笹路さんにアドバイスされて。グチャグチャなんだけど、ちゃんと考えたグチャグチャっていう感じになった

 

あじさい通り

 これは、チープなシンセのフレーズから始まっている曲

 あのキーボードの音色とフレーズがミソ。デモテープであれを聴いた時には、笑っちゃうカッコよさだった

 最初、アレンジが違う方向にいってた。ヘビーなロックっぽい「カサブランカダンディ」みたいな(笑)。でもやっぱり違うねって

 やっぱりあのキーボードが光るアレンジにしないとダメだっていう話にみんなでなって

 ドラムの音を昔のアメリカのデッドな感じにしてるのも、イントロの世界からみんな発展してる感じだよね

 最初に田村がバイオリンベースを入れた時には、ビートルズの「COME TOGETHER」みたいな感じだった。それがだんだん広がっていって。それによって歌詞もイメージが変わってきて、ちょっと情けない感じの片思いの歌詞にしようと思って。片思いだって明確に歌っている歌はすごく少ないけど、僕自身は気がついたら片思い、ということが多かったし(笑)。昔はカッコ悪いから歌にできないと思っていたんだけど、片思いの世界を歌にするのもいいかな、と思って

 前の曲からの流れもおもしろいよね

 初めて”あの娘”っていう言葉を使ったんだけど、次は”わし”を使って、リアルな日本の田舎のラヴソングみたいなものを、滑稽じゃない形で書いてみたいな

 

ロビンソン

 すごく地味なシングルだと思ってたから、はっきり言って1週間目のチャートアクションを聞くのが怖かった。チャートインしないんじゃないか、と思って(笑)。そしたらいきなり9位。それだけでもう…

 俺らの喜びの頂点はそこで(笑)、あとはもう、よくわからなかった

 これまでの8年という時間が無駄じゃなかったというのが全部出てる曲じゃないかな。結果的にブレイクにつながってしまったけど、ブレイクしようと思って作った曲じゃないからね

 だから気が楽でよかったんだと思うけど

 ぎりぎりまでどっちをメイン曲にするか悩んでたけど、「俺のすべて」がメイン曲だったら今ごろどうなってたんだろうね

 月カドの表紙にはなってないかもしれない(笑)

 

Y

 『空の飛び方』の時からあった曲で、シングル候補にもあがったことがある曲

 何度もあがっては消えてた。アレンジが難しいっていうこともあって『空飛び』には入れられなかった

 今だから曲として仕上がったというか

 こういう曲がバンドでできるようになったっていうのは、それだけバンドが強くなったっていうことなんだろうな

 これはいっせいにみんなで録ったグルーヴじゃなくて、各自が積み上げていったグルーヴ。初めて打ち込みの機械を相手にベース入れたんだけど、すっごくさびしい状態で、「いやだな、一人でやるの」って思った

 それは俺も一緒。崎ちゃんが叩いてるのを見てやってるほうが、やりやすいよね

 楽器を持つ前の話し合いの時に、ちょっと違う感じにしたいっていうのがあって。いろいろ考えて、パターンを決めて打ち込んで、ドラムはパーカッション的なアプローチをしてみようっていうことになったんだけど、すごくおもしろい雰囲気だと思う

 BメロでのAメロの無機質なところが解き放たれたような感じの広がりは、どういうふうに出したらいいかなっていうのは、笹路さんと一緒に考えた

 サビの部分でアコギがバッて広がるあたりはまるでレッド・ツェッペリン(笑)

 あとエンヤとかね。Aメロの感じは、自分の中では「ハチミツ」のAメロに近い精神というか…。普通は四小節単位で進んでいくのが多いんだけど、どちらも四小節にしばられたくないと思って作った。最近、そういう作り方に興味がある

 仮タイトルの「ハートブレイク食堂」でよかったのにね

 それはギャグでつけたタイトルだから…。アルファベットのAからZまでをタイトルとして置いてみて、しっくりくる文字にしようと思って「Y」に。いろんな意味を持たせられるし、Y字路にも見えるし、いろいろあとからこじつけもできそうだったから

 

グラスホッパー

 ビブラスラップっていう楽器をイントロで使ってるんです

 「与作」に入っているカーってやつ。ずっとあれを入れたくて。一度、「恋のうた」に入れようと思ったこともあるんだけど、あれをいかにカッコいいところで使うかっていうのをずっとみんなで思ってて。今回、これしかないと思って一発だけ入れた。生きてるよね、ビブラスラップが

 笹路さんを含めたバンドサウンドが、うまくアレンジできた気はする。笹路さんのキーボードも上ものっぽくなく、完全にバックトラックとして存在してて。そういうのって、あんまりないよね

 アレンジしていくうえでのテーマは”変でおかしくてカッコいい”。演奏しててもみんな生き生きしてた(笑)

 「Y」からの流れは、まじめな世界のあとにギャグを言っちゃうような人間性が出てるね

 僕の歌詞からは幼児の感覚を引きずっている人か、悟っちゃって老人になってる人の雰囲気を感じる人が多かったと思うけど、これは珍しくニキビ面の高校生くらいの男の子の感覚を思い出しながら書いた。「ウルトラクイズ」に出ちゃうような元気があるところはちょっといやだったんだけど、最近、そういうのもいいんじゃないかって思えてきて

 それぐらいの年の子には”アレに届いてる”の”アレ”ってすごく気になるよね(笑)

 

君と暮らせたら

 非常にスピッツっぽい曲

 オーソドックスな曲だけあってアレンジはツルッとできた。リズムでインスパイアされたのは「真夏の出来事」(笑)。うちらの中にはそういう昔のものもあるから、そういうのを素直に出しちゃえって

 あとはワイルドワンズサウンドの十二弦ギター。でもチューニングに時間がかかって大変だった。合わせてもすぐ狂うし、終わった瞬間、もう二度とやりたくないって思った(笑)

 その雰囲気に耐え切れずに、みんなブースからいなくなったもんね

 ワンギターを弾いてる時にテツヤの口が一緒に動いてるのはおもしろかったよ

 ワウを踏む時には、口と表情も大事なんですよ

 あのホワホワが、(歌詞の)”可愛い歳月”を思い浮かばせるよね。この曲を最後にもってきたのは、これからまたスタートなんだっていう感じで終わりたかったから。「魔女旅に出る」とか「黒い翼」みたいな曲だと、ここでいったん終わりますっていう感じが強かったと思うので

 

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