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1998.11月号 bridge

文−渋谷陽一


草野マサムネ−

 

恋愛は、やっぱり生まれて生きてる意味そのものだと思います。自分にって

 

もはや揺るぎなく世間に鳴り響く”ふわふわとひそやかできらきらと甘く切ないスピッツ・ワールド”。しかし、まぎれもなく、この美しいポップ・ソングを溢れさせる源泉は、草野正宗のどこまでも孤独な魂である初期の名曲「うめぼし」、デビュー曲「ヒバリのこころ」を始め、大ヒット曲「ロビンソン」、「チェリー」、そして最新アルバムの「スーパーノヴァ」まで、スピッツの歴史を辿る珠玉の10曲をテーマに、”死”と”性”を見つめつづける表現者マサムネの真実に迫る、決定版ロング・インタヴュー!総力特集20ページ!!

 

スピッツの10曲

 

「うめぼし」

本当にモラトリアムだったからデビューしたっていう感じです。就職するよりはちょっと試しに出てみるかって(笑)

 

--これは今でもライヴでやると凄く受ける曲ですけど、正宗さん自身お気に入りのナンバーなんですか。

 まあ…よくできた曲だとは自分で思うんですけど

 

--評論家みたいだな(笑)。

 (笑)上手くできたなと。割と曲作る時にパッとひらめいてできた曲っていうのは後々まで残るんですけど、「うめぼし」もそういう曲で。大学2年生ぐらいの時に作った曲なんてすけど

 

--ひらめいてパッとできたっていうのは、モチーフ的にどの辺から?

 当時、日本語で、割と日本的なというか凄く生活感のある言葉を使って歌を作ろうっていうテーマが自分の中であったんで。他の曲の中でも”しょうゆ”とか”畳”とか出てくるやつもあったし(笑)、その一環で、”うめぼし”っていう言葉を選んだんですけどね

 

--何でそういう生活感のある言葉を選ぼうと思ったんですか。

 何ででしょうねえ。その頃流行ってたというか、いわゆる日本のロックの主流になっていたものって、余りに生活感から切り離された言葉ばかりが使われてて、凄い違和感を覚えてたので。まあ、ちょっと遡ればフォークの頃とかは、生活感のある言葉をみんな使ってた時代っていうのもあったらしいんだけど(笑)、その辺はもうリアル・タイムではなかったし。生活感のある言葉を使ってんだけど、フォークのテイストとは違うなんか新しい音楽、歌っていうのを作りたいなという──若者が未開の地を切り開いていくような(笑)大志を持っていたのかなと、今にして思えば。今聴くと「ああなるほど」って思うけど、その頃は佐野元春さんとか桑田佳祐さんみたいな世界っていうのに対するなんかこう、アンチみたいな気持ちがあったと思うんですね

 

--なるほどね。初期スピッツの佇まいみたいなものを凄く象徴的にやっているナンバーですよね。

 そうですね

 

--曲としてここまでサバイバルすると思いました? スピッツ内スタンダードとして。

 う〜ん、や、僕も含めてメンバーの間では思ってなかったと思いますね。例えば「ヒバリのこころ」っていう曲はメンバーの意志で残していこうっていう気持ちがあって残っているんですけど、「うめぼし」とかはむしろ周りの声とかお客の要望とかが凄い強い曲でもあるんで、「そこまでみんな歌え歌えっつうんだったら、まあ歌うか」っていう(笑)。そういう感じで残っているところも

 

--だから、凄くシュールなんだけれども──《うめぼしたべたい僕は今すぐ君に会いたい》という、これは「うめぼし食ってどうして君に会いたいんだよ?」って(笑)、展開そのものは初期の作品にみられる現代詩的な飛躍はあるんだけれども、ただこれは生理感覚的にファンの女の子にもスーッと入っていくんだと思うんだよね。その辺がすっごくいい落ち着きどころだよね。

 ああ、そういう意味では成功例って感じですよね(笑)。これはね、最初、《とても寂しい 君に会いたい》っていうだけの歌詞だったんですよ。で、あんまりひねりがないと思って。それで──何でうめぼしになったのかはわかんないですけど(笑)。妙にしっくりきたんですよね、自分の中で。うめぼしを食べたいっていう欲求と君に会いたいっていう欲求がなんか妙に、組み合わせが凄いいいなと思って

 

--他のアイディアはなかった?

 いやあ、他はなかったように思いますね、スルッと出てきて

 

--「タクアン食いてえ」とか。

 ああ〜(笑)、タクアンは違うんです。なんか自分の中であるんですね、きっと、これは違うなあっていう。うめぼしっていう食べ物が持つこう、寂寥感みたいな(笑)、懐かしさとか

 

--うめぼしに寂寥感があるんだったらタクアンにも寂寥感があると思うなあ。

 タクアンはちょっとまたその、貧乏臭さが余計加わってきますよね(笑)。イメージ的にうめぼしは割と、タクアンよりは洗練されてるぎりぎりのところだと思います。…あと、「うめぼし」作った時っていうのはね、本当にスピッツの初期ってブルーハーツみたいな感じの音楽を目指してやってたんだけど、ある日ラ・ママ(ライヴハウス)のブッキング・マネージャーから──その人割と辛口で、いっつもなんか、俺らがよくできたと思ったライヴも何かしらいちゃもんつけてきたんですよ。ミスチルに対してもそうだったって言ってたけど(笑)。で、それが割と的を得てるんですよ。で「ブルーハーツにそっくりなだけだったらもう多分先はないから」みたいなことを言われて、ふと考えた時に、自分の中の歌謡曲指向みたいな部分をもっと前に出すっていうことを考えて、そん中でできた曲の1曲だったんですよね。その切り替え地点っていうか、路線変更の──まあ、第一弾は「恋のうた」っていう曲で、あれはメロディがもう歌謡っていうところで、その次ぐらいに「うめぼし」ができたきたのかなあ。だからメンバーとか特にね、ロック指向のドラムの崎ちゃんとかは戸惑ってたんですよ、最初はね。「これやんの?」って(笑)。だけど、メンバーがそうやって「えっ?」って言ったところで「しめしめ」と思ったのは確かです。とりあえず初めにメンバーが「えっ?」っていうようなものを作んないとお客さんもライヴハウスの人とかも驚いてくんないだろうなっていう風に思ってたし

 

--ただあれですよね、本当にこれに限らず、もともと基本的に孤独感とか喪失感というのはもう一貫してあなたのテーマだけれども。ファースト・アルバム(『スピッツ』)はそれが特に強いですよね。

 はい

 

--やっぱりそれは環境の成せる技というか年齢の成せる技というか。

 年齢大きいかもしれないですね

 

--今「うめぼし」歌うと、そういう時代がフィードバックしてきたりするっていうことはない?

 今なりの「うめぼし」になっちゃうんですけど。…そうですね。どんなにこう、例えば家族とかに恵まれたりとか、まあハタから見て幸せになっても、孤独感って誰でもずうっと持続して持ってるものですよね、きっと。だから今なりのそういう孤独感は歌えるとは思うんですけど、当時の、19〜20歳ぐらいの時の孤独感みたいなのはもう、今歌えって言われても歌えないと思うんですよね。それは嘘になっちゃうし演技になってきちゃうんで

 

--やっぱり当時自分の中で、言葉というか歌詞というのが自分の表現者としてのアイデンティティを支えていたって感じしますか ?

 それはもうバリバリありましたね。歌詞を素晴らしいと思えるアーティスト少なかったですよねえ、当時は。今でこそ年に2〜3人ぐらいは素晴らしい才能を持った人が現われたなっていうのがあるけど、当時はねえ。まあそんだけ心も閉ざしてたと思うんですけど(笑)。凄く自信は、その頃は闇雲にあったんですけど

 

--ただ、僕は改めてこの頃は難しい詞ばっかり歌ってたなあという気がして。客に届かないんじゃないかっていう不安はありませんでしたか。

 ありましたね。でも届き過ぎちゃうことのほうがヤだったんで

 

--どうして?

 なんかこう、安っぽくなりたくないっていうような…今思えば、いわゆるそういう流行りのポップスじゃなくてもうちょっと高尚──っていうとまたちょっと意味合いが変わってくるけど、う〜ん、マニアックって言ってもちょっと違うしなあ、とにかくそういう趣味的なことをやっているっていうところでの満足感ですかねえ

 

--大衆的なバンドだなどとはもう微塵も思ってなかった。

 微塵も思ってないですねえ。売れたいっていう気持ちもそんなになかったですから。本当にモラトリアムだったからデビューしたっていう感じですよね。就職するよりはまあ、ちょっと試しに出てみるかって(笑)

 

 

「ヒバリのこころ」

これ作った時にもの凄い、今までで一番傑作の曲ができたなという満足感があった

 

--で、もう1曲ファースト・アルバムから「ヒバリのこころ」なんですけども。これはインディーズ盤にも入っていたナンバーで、さっき言ってましたけど「メンバーの意志で残していこう」という曲だったと。

 うん。これこれ作った時にもの凄い、今までで一番傑作の曲ができたなという満足感があって。でも、バンドで合わせてライヴとかで演奏した時に全然上手く演奏できなかった曲なんですよ。リズムがちょっと普通の8ビートじゃないんで。それで、練習の意味みたいなのも兼ねて毎回毎回ずーっとライヴでやってて(笑)。で、まあ気がつけば定番曲になってて。デビューが決まった時も、(所属事務所の)社長が「「ヒバリのこころ」今んとこスピッツの代表曲っていう感じだから1枚目のシングルにしましょう」ってことになって。だから自分の中では、やっぱりその当時の代表曲でもあるし、デビュー曲っていうようなところで、凄く大事にしている曲なんですよね

 

--で、この「ヒバリのこころ」でデビューすることになって、当時、自分たちのバンド的なビジョンというのはどういうものを考えていたわけですか。

 う〜〜ん、どういうの考えてたんだろうなあ。何も考えていなかったような気もするしな、なんだろう?

 

--例えば最初はブルーハーツみたいなビート・バンドをやっていた中で、自分たちなりにいろいろ試行錯誤をしていたわけじゃないですか? その軽易っていうのは「俺たちってそういう能力ないかもしれない」という壁にぶつかって挫折した感じなの? それとも「俺たちってそういう芸風じゃないからこっち行ってみようよ」っていう新たな展開を求めた感じなの?

 う〜ん、新たな展開を求めたっていうのに近いのかなある俺、その、芯の部分は何もずうっと変えてないんで、根こそぎ芸風を変えましょうっていうようなことはできないんですよね。だから実はあんまり挫折感とかもそれ程味わってなかったよううな気もするんですけど、今思えば(笑)。スタイルっていうものとかそういう言葉にできるカテゴリーみたいなものには収まらないバンドだっていうような自負だけはあったんで。だから例えばこれからスピッツ、デジロックやりますとかっていっても多分あんまり変わんないと思うんですよね(笑)。スタイル変えることによって別に中味は揺らがないっていう風に思うし

 

--じゃあその、自分たちは例えばビート・バンドであろうがアコースティックなポップテイストなバンドであろうが基本は変わらないっていう、その基本は何なの?

 それが何かっていうのが言えないんですよね。なんかこの、匂いとかしか言えないんですよ(笑)。だけどそういう、凄いふわふわしたものにもの凄く自信を持ってるっていう。だからデビューの時もレコード会社の人とかに「どういうバンドになりたいの?」っていうようなことをよく訊かれたんです、何社か来て。「もしウチでやることになった時のために一応参考までに訊きたいんですけど」って言われて「う〜ん、どういうバンドって、なりたいバンドっていないんですけど」って(笑)。で、その時よく引き合いに出されてたのがユニコーンとかブルーハーツとか。一応ユニコーンが当時はいろんな人から見て理想的な売れ方をしてるバンドというような感じだったみたいで。でもなんか俺らの目から見るとユニコーンって作られた感が凄い強くて。ほんとは作られてなかったバンドなんだろうけど、やっぱりメジャーだっていうだけで凄くもう、なんかあまり、目指すバンドにはできないっていう。だから全然そういうのなかったですねえ。「強いて言うなら今までいなかったようなバンドになりたいんです」とかって言ってたんですけどね

 

--カッコいいねえ、言うことは。

 はははは、言うことはね

 

--でも、野音のライヴでもデビュー当時にイベントに出た時のエピソードを話していたけども、例えばカステラとかピーズの間に挟まって「うめぼし」を歌っていたとか──どんなイベントに出ても同世代のバンドの中で浮きまくってたわけでしょ?

 当時は浮いてたと思いますね

 

--で、そういう前のバンドと後ろのバンドがワーワー盛り上がっていて、自分たちのバンドは潮が引くようにみんなシーンとして観ているっていう状況は自分たち的にはどうだったわけ?

 そんなもんだと思ったし。本当にね。だから結成してちょっとした間ぐらいはみんなにワーワー言われたりとか、男のお客さんがワーッているような状況でできるようなハードなバンドとかになりたいなと思ったけど、やっぱりそういう素質がないんですよ

 

--はははは。

 で、結局毎回毎回観に来てくれるお客さんとかもなんか文学少女みたいな子とかが多かったりとか。だから多分そういうものを持って生まれてる人間なんだろうし、そういう傾向に向かわざるを得ないバンドだっていう風に思ってたんで

 

--(笑)それは決して苦い認識ではなくて。

 ええ、ええ。そこにアイデンティティを見いだしたということで(笑)。でも、決してお客さんが全然入んなくて悩むっていうことがなかったんで、それが救いだったんでしょうね。だからワンマンでライヴハウスでやりますとか言っても、一応まあ黒字がちゃんと出るぐらいお客さんは入ってたんで。全然閑古鳥鳴いちゃうような感じだったらまた大きい挫折感は味わってたと思いますね

 

--結構手応え感じてた?

 手応えは感じてましたね、ライヴハウスは顔が見えるし。しかも当時新宿ロフトのレギュラー・バンドということで。新宿ロフトのメンツん中でもかなり浮いてるんですよね(笑)。そういうところでも、浮いてることに凄いなんか、喜びを感じてやってました

 

--(笑)なんじゃそれ。

 (笑)この間もなんか夜中の番組でライヴハウス出身別にこう写真が並んでて、ロフトのところにいろいろこう、ARBとか、割と硬派の男気を感じるような人が並んでて──黒夢とかもそうかなあ──そん中にスピッツがあって、なんか妙にこう、そん中にあってはお坊っちゃんみたいな感じで「浮いてんなあ」と思って(笑)。まあ、それはそれで喜びを感じてたんですね

 

--おもしろいよね。だからその辺の何というか、非常に浮いていることと、それから浮いてることに対する自信と、だけどそれがなんかあまり積極的な攻撃性に向かっていかないという佇まいはずうっと一貫してるねえ。

 うん。音楽自体がね、もうそういう、攻撃性のない音楽しか作れないっていうのもあるし。声もそういう攻撃的な声じゃないしなあ。なんか作れないですよね、攻撃的なものっていうのは

 

 

「名前をつけてやる」

空虚でしたねえー。セカンドの頃は多分一番空虚だったと思う

 

--で、91年の11月に今度はセカンド・アルバム『名前をつけてやる』っていうのが出来るわけで。

 はい

 

--その中から「名前をつけてやる」っていう曲を選んだんですけれども、これは正宗さんの中では珍しくストレートな攻撃性が出てる曲かなあという印象を持ったんですが。

 う〜〜ん、割といつもどおりのつもりで作ったんですけど。…この2枚目のレコーディングっていうのがほとんどね、メンバーもみんな言ってるんですけど印象に残ってないんです(笑)。すぐできちゃって、すぐ終わっちゃって

 

--へえ、そうなんだ?

 うん。だからあんまりね、印象がなくて。「名前をつけてやる」も割とスピッツ史においては平凡な曲っていうか…かなあ? でもその頃の気分を多分一番表してる曲だったからアルバム・タイトルにつけたんだろうけど

 

--でも、「名前をつけてやる」なてん、こんな攻撃的で男っぽいタイトルのナンバー他にないですよね。

 そう、「名前をつけてやる」っていう言葉はね、凄い、でかしたなって自分で思った記憶ありますけど(笑)

 

--(笑)どうでかしたの?

 なんか凄くインパクトがあって、ある意味こう、なんかSMな響きもありつつ(笑)。でも物に名前をつけるっていう行為も凄く深いことだと思うし

 

--そうですね。

 そういうところで凄く強い言葉っていうか、強いセンテンスを発見したっていうような

 

--だから非常に強いナンバーなんですよ。攻撃的で断定的で、しかもスピッツ・ナンバーの中では珍しく男っぽいものを感じるんですけども。全体的に正宗さんの曲は非常にマゾヒスティックというか、女の子に振り回されることを楽しむという、そういうスタンスもありますけど、これはなんか押し倒してますよね(笑)。

 あはは。そうですねえ。たまはにはね、そういうのも。でもこういう面もかなり他に出てこないかなあ? 特にこの曲に強く出てるってことなんですかねえ

 

--という印象を僕は持ったんですけども、正宗君の中ではない?

 うん、よくあるパターンっていう風にも思うし、う〜ん…う〜ん、そういう高圧的な態度に出てる自分っていうのを空想する喜びみたいなのもありますね(笑)。でも何を考えていたのかちょっとわからないな、当時は。想像するにやっぱりデビューしてそんなに大反響があるわけでもなし、しかもデビューする直前まで学校卒業するために凄い慌しい日々を送ってて、卒業してなんかもう急に糸が緩んじゃって。毎日仕事もないので暇でダラダラ過ごして。で、当時恋人もいなくて一人でボーッとしてめことが多かったんで、いろんな妄想が頭で膨らんでいたっていうのはありますね。で、この曲はストーリーとか割と浮かびやすいと思うんですよね。ファーストよりセカンドのほうが多分ストーリー性のある歌詞が多いと思うんですけど

 

--より具体化してますよね、言葉が。

 だからストーリーを作るように、この、ちょっと男っぽい主人公っていうのを設定しつつ──もちろんそれは自分でもあるんですけど──それで作っていた曲なんだと思います

 

--自分的には突然出てきたものなんですか。

 うん、自然に出てきたんですけどね。「こういうの作ってやろう」って感じではなくて。だからもちろんこういう一面っていうのも自分の中にはあるはずなんですよ。…そっか、でもデビューしてアルバム8枚の中にここの部分でしかぼこっと出てきてないと思うと、うん、ちょっと寂しい気もしますね、男として(笑)

 

--(笑)それはよくわかんないけどさ。凄くおもしろいよね。今までの芸風の中にはないしこのあとにもないから、そうした意味で──ましてこれがアルバム・タイトルになってるから。

 まあ、言葉から広がっていったっていうのもあると思います。名前をつけて”やる”っていうね。つけて”あげる”じゃないんですもんね

 

--そう。

 イヤがってもつけてやる(笑)

 

--そうそう、イヤがってもとにかく支配してやるんだという。まあ、”名前をつけてやる”っていうのは凄くいい意味での求愛の言葉ですけれどもね。

 …やっぱダラダラ過ごした時期だから刺激的な言葉じゃないと、その頃は満たさせなかったんだと思うし

 

--そんなに空虚な時期だったんだ?

 空虚でしたねえー。セカンドの頃は多分一番空虚だったと思う

 

--アルバムで手メジャー・デビューして、盛り上がってる時期じゃないの?

 盛り上がってないですよ。だってもう、そんなに取材とかが入るわけでもないから、週に何回かスタジオでバンドのリハーサル、それ以外は──大学の時の友達とかもみんな就職とかで地方帰っちゃったりとか忙しくなっちゃったりして、昔みたいに会って遊んだりとかないんですよ。で、もともと社交的な性格じゃないから、なんか夜とかどっか遊びに行って友達作ったりとかいうことは全然なかったんで、割と独りぼっちだったんですよね。それがイヤだっていうわけでもないんだけど、なんか退屈な時間も多かったし。だからそういう中で《名前をつけてやる》っていう言葉を自分が歌うっていうことにも割となんかゾクゾクしてたのかもしれないし

 

--ああ、なるほどね。じゃあセカンド・アルバムの辺りまでだと、まだ自分たちがどこに行くかもわからないファースト・アルバムの延長戦上で。

 そうですね、ファーストよりももっと曖昧になっていた感じですね

 

--まだファーストにはデビューという目的性があったけども。

 うん。多分ね、俺も『スピッツ』っていう単行本を読んで、セカンドの頃のインタヴューが一番山崎さん(ロッキング・オンJAPAN編集長)が苛ついてる感じが出てるんですよね(笑)

 

--(笑)。「どうにかならんのかおまえたち!」「いいもの作ってりゃそれでいいってもんじゃねえだろう」とかって、山崎暴れてるもんね。

 セカンドの頃が一番そうだと思う。で、お客さんもアマチュアの時からそんなに増えたわけじゃない状態だし。だからってそれに凄いジレンマを感じてるわけでもないし、本当にねえ、駄目な時期だったのかもしれない(笑)

 

--俺たちってこれまでかなあ、みたいなニヒルなモードでもなかったんだ。

 うん。それなりにバンドがやれてるっていうだけで幸せでもあるし、ほんとにモラトリアムな時期ですよね

 

--まさに今時の若者だったわけですね。

 そうですね(笑)

 

 

「惑星のかけら」

マジでねえ、大概の女の子、俺に近寄ってきても不幸にする自信ある

 

--『惑星のかけら』は4枚目だけども実質的にはサード・アルバムという。その前の『オーロラになれなかった人のために』というのは──。

 ミニ・アルバムっていう感じかなあ。『名前をつけてやる』の「魔女旅に出る」っていう曲でアレンジをお願いした長谷川智樹さんと──長谷川さんって割と音楽オタクなところがあって凄く意気投合したんで、またやりましょうということになって。それまで自分たちの曲を人にアレンジしてもらったことはまるっきりなかったんですよ。で、もの凄い自分たちにとって新鮮な体験だったんで

 

--それは自分にとってどんな意味合いを持ちました?

 なんか音楽の仕事をいっぱいこなしてきてる人とやれるっていうので、「ああ、俺らの曲大丈夫なんだあ」っていう風に──凄くなんか幼稚な自信ですけど(笑)。まあそれは後々笹路(正徳)さんとやった時も思ったんだけど。だから、自分たちの曲を人にいじくられるっていうのは、たまにだったら凄く楽しいんですよ。もう俺らの曲は俺ら自身のアレンジじゃなくちゃ駄目だっていう感じではないんですよね。その辺を開眼できたアルバムです

 

--なるほどね。で、サード・アルバム『惑星のかけら』が92年に出てますが、その中で「惑星のかけらという、またタイトル・ナンバーを選んだんですけれども。これもおもしろい曲ですよね。草野さんの中にはいろんな特徴的な言葉の作り方っていうのがあるんですけど、これも例えば《君から盗んだスカート 鏡の前で苦笑い》みたいな凄くフェティッシュなフレーズや《ベチャベチャのケーキの海で 平和な午後の悪ふざけ》っていう非常にセクシャルなイメージのものがあって。こういう感覚というのは自分の中でやっぱり大きなテーマなんですか。

 そうですねえ、テーマとしてそれを歌うことは楽しいですから

 

--ははは、そうなの?

 うん、元からそういうところはあったと思うんですよね、変態的なとこっていうか(笑)

 

--(笑)。それを歌うことが気持ちいいというのは、そういうテーマを世間の人たちに突きつけるのが気持ちいいってこと? それともそういう自分を解放するのが気持ちいいっていうのか。

 自分の解放でもあるだろうし…う〜ん、そうですねえ…結局、例えばエッチなものを見てるのと同じ感覚ですよね、きっとね

 

--興奮させるぞ、みたいな。

 うん、自分をね?(笑)。きっと、性とかに対して淡白であったりとか、逆に積極的過ぎたりとか、そういう人間だと歌えないと思うんですよ。やっぱりどこか慎重なんだけど凄く空想癖があるような。そうじゃない空想もするけどそういう世間で言われているような淫らな空想もするわけで。それをちょっと外に出してやるっていうのは凄く気持ちいいんですよ。ちょっと回り道して表現した方がやっぱり凄いいいだろうなっていう気持ちもあるし。よく歌でほら「おまえはセクシー・ガールだぜ」みたいな、そういうんだと全然セクシーじゃないですよね(笑)

 

--でも、《君から盗んだスカート 鏡の前で苦笑い》って(笑)、考えてみればめちゃくちゃ過激な歌詞だけれども、凄く女の子に受けてますよねえ。

 そうなんですかね? どうなんだろう、受けてないと思ってたけど(笑)

 

--いや、受けてるよ。だから、それはある意味女の子の方がディープにスケベだからだよね。

 そうですねえ。あと、多分本当に男的なスケベな感じっていうのとも多分違うと思うんですよ。漫画とかで言うと、それこそ男向けのポルノ漫画──

 

--『劇画エロトピア』ではないよね。

 そうそう。そういう世界を歌ったんじゃあ興奮しないんですよねえ。うん。なんかよくわかんないけどフランス映画的なエッチなのとかに興奮する自分がいるし

 

--そしてまた草野正宗っていうものの持つ対外的な清潔な楚々としたイメージと違う温度差っていうのは──。

 それは得してるなあと思いますよ。だって日常の生活においてもなんかちょっと下ネタとか話してもあんまりエッチにとられなかったりとかいうことあるんで。俺は得なキャラクターだなあと思うことは多いですね(笑)

 

--その代わり気安く女の子のお尻触ったりとか何とかっていうのは──。

 それはないです。それがないからこういう歌詞になっちゃうんですね。だからやっぱりねえ、ヘアヌード写真集とかあっちゃならないんですよ(笑)。その、草野正宗の詞の世界においては、そういうのがあるとね、もう、違うんですよね。だから日本がフリー・セックスの国になっちゃうと、歌詞とかどうなっちゃうんだろうなっていう(笑)。なんかこう秘め事的な部分っていうのがやっぱりないと、何事もイヤらしくなくなっちゃうんで。その辺がかなりちゃんと出てる曲なんだと思います

 

--そういうところに愛とか、人間関係の基本的な有り様──人との距離感とか、もっと言ってしまうと孤独とかさ、人を愛することとか、要するに人と交わることみたいなものの皮膚感が──例えばペニスケースでもいいし盗んだスカートでもいいし、そういうような形で「あ、俺は表現できるんだなあ」っていうのも手応えとして感じてきたのかな。

 ああ、それはありましたね。これを俺は歌うんだなっていうのは

 

--人と交わるっていうことはそう簡単なこっちゃないよ、ただセックスすりゃいいってもんじゃないよ、みたいな。それで共有したり分かり合えたと思われちゃ困るんだよなあという。

 うん、でも片思いばっかりでも困るし(笑)

 

--そうそう。だから凄く上手いなあと思ったフレーズで《僕に傷ついてよ》という非常に的確な表現があるけども。

 ああ、そういう歌詞だったなあ

 

--「僕に傷ついてくれ」っていうのは究極の我儘だよね。

 そうですね(笑)。自分の存在価値っていうのはそこで確立されるという

 

--掠りもしなけりゃ悲しいよね。

 (笑)「何で俺はここにいるの?」って感じですよね

 

--でも、あなたとつきあう女の子は大変かもしれないですね。

 それはそうでしょうね(笑)。う〜ん…いや、大変だと思いますよ

 

--溜め息ついて言われてもね(笑)

 いや、マジでねえ、大概の女の子、俺に近寄ってきても不幸にする自信ありますもん、俺

 

--はははは、どういう自信だよ!

 いや、当たり前の浮気癖があるとかそういうことではなくてですよ

 

--半端ではない対応を迫りそうですからね。

 うん、そうですねえ…うん(笑)

 

--あとこのアルバムにはSF的な要素っていうのが結構入ってますけども。

 そうですね、元々SF読むの好きだったので、で、その頃、アイザック・アシモフの──タイトル忘れたんですけど、宇宙人の話で男性と女性とかじゃなくて性が三つあるっていう設定の話があって、すっごいおもしろくて。で、なんか俺はそれに凄いエロなものを感じて。そういうのの影響とかも出てるかもしれない

 

--へえ。おもしろいね。アシモフって凄い理論的な話を書くからね。

 そう。アシモフは割とそういう、性的な部分とか全く描かないようなイメージがあったからかえって新鮮で。でも高校ぐらいの時からSFは好きで、それこそアーサー・C・クラークとかあの辺のちょっと哲学入ってるやつを一時期読んでたんですけど。一歩間違うと神秘主義に入っちゃうような(笑)。高校生ぐらいだと凄いそういうのを必要としますからね。「何で俺ここにいるんだろう?」っていうこととか

 

--ただ表現者はそれをずっと持ち続けてないと。正宗君はそれがやっぱり一番大きなテーマですよね。

 うん

 

 

「夢じゃない」

「何でミスチルみたいな曲やるの?」って言われてショックだったけど、「俺はこれで行くしかない」って

 

--次に、93年の9月に『Crispy!』という明らか方向性の変わった非常にコマーシャルな方向の作品が生まれるわけですけれども。これについては何度か訊いてるんですが、実際のところどうだったんですか? ここへのシフトチェンジっていうのは。

 …あの、いや、売れるバンドにはなれるだろうっていう確信もあったんですけど。やっぱり魂を売るっていうことに近いのかなっていうような不安感も確かにありましたね。で、『惑星のかけら』を出したあとに渋谷のオンエアーでマンスリー・コンサートを6回やったんですけど、割とお客さんの反響も大きくて、いい手応えを掴んだってお客さんもバンドも思ったはずなのに「何でこれ?」っていう反応が(笑)。『惑星のかけら』をさらに進化させたやつを期待してた人が多かったと思うんですよ。で、「何で?」っていう

 

--みたいですねえ。で、なんかそれだけ気合いを入れたのに売れなくて、著しく落ち込む草野正宗がいたみたいだけれども、ショックだったんだ?

 そうですねえ、”無視された”っていう。だからそれまでの自分にとっての実績っていうか、なんとなくカルトな人気みたいなのも得られるようになってきたっていうのを全部、もう関係ないって捨てちゃって、ついてこれる人だけくればいいっていう気持ちだったんで。で、新たに何かを掴もうと思ったらそれも掴めずに捨てたものを取り戻すこともできず、もう何もなくなっちゃうんじゃないかなって

 

--取りかえしのつかないことをしてしまったと(笑)。

 (笑)なんかねえ、もっといい仕事があるからって会社やめたら新しい働き口に「君の働くところなくなったから」って言われたような(笑)

 

--だから、非常に優れたアルバムなんだけど、本当に優れたポップなアルバムを作ると──本当にどのバンドもそうなんだけど──それは売れないんだよ。次から売れるんだよ。

 うん、次からなんですよね。みんな知らないわけですからね、それまでのこと

 

--で、笹路さんをプロデューサーとして迎えて作った中で、何でこの「夢じゃない」をピックアップしたかというと、要するに人々に受け入れられるものマサムネ節みたいなものをこの段階から掴んだような気がするんだよ。その一番典型的なのがこの「夢じゃない」だという気がして。だから笹路さんのプロデュースの一番大きな効果というのは、アレンジとかレコーディングの仕方とかではなくて「正宗君これだろう」という、メロディ・ピックアップをやってくれたのが一番大きかったんじゃないかという風に想像したんだけれども、それはどう?

 いや、特にメロディに関しては何も言われなかったですけど…ただ、そうですね、最初にこういう曲できたんですけどってテープ聴いてもらった時に──正確にそうだったかどうかは覚えてないけど「メロディはあんまり考え込まずに作ったほうがいい」「出てくるものを自然に出しちゃう感じでコード進行とかそういうのに捕われないで作った方がいいんじゃない」っていうことを言われて。で、これはなんか売れ線過ぎるからとか、これは誰々っぽいからっていうのは全く考えずに初めて作れたアルバムだったんですよね。だから「夢じゃない」は『惑星のかけら』までの中で出てきてたら多分、自分の中ではもうアウトだったと思うし。「君が思い出になる前に」とかもそうだけど。泣きメロ自体は好きなんだけど余りになんかポップ過ぎるメロディっていうので、多分それまでだったら排除してたタイプの曲だと思います

 

--だから本当にスピッツのアルバムを聴いてると、そんなに大きくは変わってないんだよね。1枚目から3枚目までアングラなことをやってたかっていうと、そんなことはないわけで。

 そうですね、実はね

 

--それなりにポップなものを作っていたんだけども、大衆との接点が上手くアジャストできてなかったんですよ。で、この『Crispy!』においてガチャッでギアが入ったんだよね。で、それはメロディだったなあという。作っていてどうだったんですか? 今までNOって言っていたメロディを全部OKにしちゃったっていう感じなの?

 そうですね。『Crispy!』で解放したっていうのは今思えばありますね。最初は悩んで作ってたけど笹路さんのアドバイスとかによって、それまで手つかずだった領域っていうのもどんどん使えるわけですよ、方法論として。新たになんか無限に広がる感じですね。だから『Crispy!』『空の飛び方』あたりはもう、曲を作るのに新しいネタを使うっていうところで凄い楽しんでやってた記憶があります

 

--何で抑圧していたんだろうね、そういうものを。やっぱりそういうものをやっちゃいけないと思ってたんだ。

 うん、そういうのはカッコ悪いと思ってたんですね。で、これは別にミスチルを嫌って言ってるんじゃないんですけど、「夢じゃない」を最初にライヴでやった時に「何でスピッツなのにミスチルみたいな曲やるの?」ってアンケートとかに書いてあって。その頃ミスチルはブレイクはまだしてなかったんだけど認知度はかなり高いバンドになってたから、それをなんか真似して追っかけてるみたいに思ったっていう人とかもいて。それはそれでかなりショックだったんだけど、もう自分の中で戻れないと思ってたし。「俺はこれで行くしかない」っていいう風に当時は思ってましたけど

 

--確かに桜井君とメロは似てるよね。

 似てるところはあるでしょうね。世代的に一緒だし、うん。だから、やっぱなんとなく、当時桜井君とか黒沢君(L⇔R)とかに対してなんかこう、離れたい離れたいと思ってたけど、やっぱり括られちゃう部分っていうのは認めざるを得ないんですよね

 

--非常に世代的なもんなんだろうなうという感じがする。

 うんうん

 

--独特のメロディのフックというか、そういうのは非常に素晴らしいことだと思うよね。まさに世代のメロディっていうのを自分の中に持っていてそれを体感しているんだなあっていう気はするよね。

 そうですね、世代ですよね。きっと聴いてきたものはあんまり似てないと思うんですよ。それなのになんかこう近いものを感じられてしまうという

 

--じゃあそういった自分の中のポップなものをどんどんどんどんアウトプットして、自分の中も浄化されて解放されていくっていう感じだったんだ。

 そうですねえ。それによってこう、即座に売れることによってなんとか自分のアイデンティティっていうのを保たなきゃと思ってたわけなんだけど、即座にはそういう反響はなかったことによってちょっと揺らいでたんだけど、まあなんとか次のアルバムとかは自分が思ってた以上に反響があったし

 

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