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2002.9/10号 rockin' on Japan

文−兵庫慎司


三輪テツヤ−

田村明浩−

崎山龍男−

 

検証:か細き最強バンド、スピッツの不思議

 

スピッツがスピッツだから最強であることを示す名曲集『三日月ロック』を前に、スピッツとたっぷりこってり付き合う3号連続インタヴュー。2回目はテツヤ、田村、崎山が考えるバンド構造論と成長論。15年目にして膨張し続けるビック・バン、スピッツとは何ぞや?

 

スピッツをやれてる俺らは、すごい幸せな環境にいるけど、それはある意味ミュージシャンとして一番最悪な状況にいるってことでもある

 

 ニュー・アルバム『三日月ロック』がシャレんならないすばらしさなので3号連続ロング・インタヴューでどんどん迫りましょう企画、2回目の今回はマサムネを除く3人への取材とした。思いっきりシンプルな話から始めたい。以下の喩えにはすべて「自分が知らない曲だったとしたら」という前提がつくのだが、例えば僕はイントロを聴いただけで「あ、これエレカシだ」と当てる自信はない。初期ハスキンとハイスタを並べられても、イントロだけだったら間違うかもしれない。民生しかり。イエモンしかり。パンクしかりメタルしかり、ヒップホップしかりレゲエしかり、ギター・ポップバンドしかり。べつに、それらの人達の音楽をけなしてるわけではない。心の底から愛し尊敬している。ただ単に、普通そういうものだという話だ。しかし。スピッツだったら絶対に一発でわかるのだ。それだけオリジナルな文体を、民生バンドの演奏力の足元にも及ばないこのバンドの音は何故か待っている、という話だ。ソウル・フラワーみたいに使ってる楽器が特殊だったりするならわかる。しかし、ご存知の通りスピッツは極めてシンプルでスッカスカで風穴だらけの音を出す。3ピースのギター・バンドだ。あたりまえに思えるけど、よく考えたらすごいことだと思う。そして、『三日月ロック』が、スピッツが15年目にしてスピッツの基本に立ち返ってスピッツをやってるみたいな、意外性も裏切りも新鮮さも何にもない作品であるにもかかわらず、おそらくすばらしい名曲集になってしまっているのは、マサムネのソングライティング能力と共に、その辺にも理由があるのは明らかだと思う。ここ数年のすばらしすぎるライヴを見る度に、いつかその辺のことをテーマにした取材をやりたいとも思っていたし、その辺もしかしたら本人たちも今ひとつ分かっていないのではという気もしていたので、とにかくきいた。

 

--今回のアルバムは、何らかのテーマだったり方向性ってありました?

 アルバムは入る前に、アコースティックな肌触りにしようかとか、草野とツアーの打ち上げとかでそういう話をしてたりしたんだけど。実際曲選びの段階で、みんなで話した時に印象的だったのが、強い曲を──この曲いいね、悪いねとかっていうのは当然あるんだけど、そうじゃなくて、強い曲を選ぼうってのが今回あって。アルバムに入れたら弱いよねとか、強いよねっていう言い方で。このアルバムを作るにあたって、あまりコンセプトみたいなものがなかったんだよね。前回の『ハヤブサ』ってのは、『リサイクル』っていうベスト・アルバムを出されたことによってバンドが結束して、ある意味すごい集中というか、ささやかなる反抗でもないけど、バンド・サウンドの提示みたいなのがしたかったアルバムだったんだけど。で、『ハヤブサ』ってアルバムを作って、100本ぐらいのライヴもやって、ある程度それに対する結論が自分たちの中で出て。もう、それは終わりって。そういう意味でリセットして、じゃあ次のアルバムをどうしようかってなった時に、あんまりコンセプトがなくて

 まあ強いて言えば、バンド・サウンドじゃなくてもいいかなっていうような感じはあったけどね

 だったら草野の楽曲ってものを核にして、それを自然にアレンジしよう、その自然なアレンジっていうのはべつにバンド・サウンドにもこだわらずに、一番いい形で録ろう。で、その曲はやっぱり強いものにしよう。強いってことはみんなが楽しめたりとか、思い入れができるっていう曲なんで。ただそういうふうにした時に、ちょっとバラバラな、統一感があるアルバムには仕上がんないかなっていう不安も確かにあったんだけど、それよりはもう今回、自分たちの素を出しちゃって正直にやろうよ、ほんとにそういうムードが最初からあったから

 うん、いいムードだった。一曲目に「ハネモノ」録ったんだけど、もうそっから、こりゃだいじょうぶじゃねえかなって感じもあったし。まあマサムネん中ではアコースティック色が強い感じに、できればしたいなとかいう考えは、ちょっと最初のほうにはあったみたいだけど

 去年の暮れにYUKIちゃんのアルバムをやったりとか、はっぴいえんどのトリビュートをやったんだけど、それはすごい王道でやったのね、敢えて。それは他のアーティストが入るっていうのも意識して。ほんとにYUKIちゃんの曲とか、テツヤのアルペジオは、もうアルペジオだけで成立するような曲にして作ってたんだけど。完成して聴いてみたら、YUKIちゃんのアルバムは、草野の声はなかったんだけど、響きとしてすっごいスピッツっぽくて。で、はっぴいえんどの曲とかは、曲はスピッツじゃないのに、草野の声が乗っただけですごいスピッツだなっていう気が俺はして

 

--いや、声は意外とはっぴいえんどに近かった。演奏がすごくスピッツだったの。

 そうそう、普通にやったんだけど。普通にやってスピッツに聞こえるってのは、ある意味すごい武器だなと思って。で、普通にやって武器になるんだったら、べつに変える必要ないじゃんとか。その武器を使わない手はないなと。それは崎ちゃんのドラムだったり、テツヤのアルペジオだったりするんだけど。そういう意味で、スピッツとしての手癖というか王道の手段としての方法を、もう堂々と使っちゃえっていうのは、このアルバムはあったかな

 だから、どうだろうなあ、勢いだけでバーッて録ることは避けようかなっていう意識はあったのかもしんないね

 それはあったね

 いろんな形で、一曲一曲を仕上げていきたいなという気持ちはあったと思う。勢いだけじゃなくて。そういう意味で手癖だったりとかさ、スピッツっぽさというよりも、なんかもうちょっと違う角度から、またスピッツを見れるようなアレンジだったりとかさ。そういうことができればいいねっていうような感じだと思うんだけどね

 でも今回のアルバムって、すっごいスピッツっぽいと思ったでしょ?

 意外と俺たちのほうが、再認識、ほんとにしてると思うんだよね。そんなつもりでやんなかったアルバムが一番シンプルで、スピッツっぽくて。ほんと最初は、一曲一曲やってったから、どんなアルバムになるのかっていうの、田村もさっき言ったけど不安だったから。まとまんのかなあという。けど、曲順も今までのアルバムに比べたら結構すんなり決まったし。うん、いいアルバムができたと思うけど

 

--どんどん書く曲が変わっていくような、もしくはサウンド・スタイルがどんどんどんどん変わっていくようなタイプのバンドじゃないじゃないですか、スピッツって。

 うん

 

--っていうことは、ほんとにシングル一枚一枚、「この曲がよかったね」「今回のこのアレンジはよかったね」っていうさ、すごいシンプルなとこで勝負をしていくしかないじゃないですか。

 うん、わかる、言ってること

 

--そこで勝ち続けるのって結構大変っていうか、こうやればいいんだっていう方法論が見つけづらいと思うんですけど。

 それは草野マサムネっていう才能だったりもするわけだし、それに対する俺らの信頼とかもあるだろうし──なにしろわからないんだよね、草野の出してくる曲がいまだに俺らは好きだし。べつにクオリティ落ちてるとは全然思わないし。それがいいことか悪いことかわかんないけど、草野にとってすごくプレッシャーになりそうだけど、日常になってる

 

--曲がいいってことが?

 そう、曲がいいってことが。そこがすごいとこなんじゃないのかな。だから常に楽曲ってものがスピッツの中心に、これからもずっとあるし、今までもあり続けてきた理由だと思うんだけど。だからそれを何故と言われても

 

--そりゃそうだけど、『ハヤブサ』はいいアルバムになった道筋とか分析があったんですけど、『三日月ロック』聴いててもうわかんなくなって。もう十何年スピッツ聴いてるわけですよ。新しいのが出る度にすごく聴くんだけど、その聴いてる音自体は昔からさして変わってないわけですよ。「何故飽きん? 俺」みたいなね。

 なんなんだろうね

 

--やっぱりラモーンズ飽きるじゃない?

 でもたまに聴きたくなるよね(笑)

 あのねえ、草野の曲に対して、いまだに悩みとかがあるからじゃないかなあ。解釈とか、「この曲どうしたらいいんだろう?」っていうのはすごいあるからね。だから、「ああ、こういう曲だったらこういうアレンジね」ってふうにはできないわけよ。いまだに。それは曲がそれだけ力を持ってるってことじゃないかなと思うけど

 まあ、俺たちも全然飽きてないしね

 なんかこう、4人で音を出す時の充実感つうのはどんどん深くなっていってるっていうか、濃くなっていってるっていう基本的な感覚が、まだまだ進行形であるなあと思ったりもするんですけどね。新曲を持ってきてバンドで合わせ始めて、途中からグーンて世界が深まっていく感覚っていうのはね、やっぱあるんだよね。そこでこう、マサムネのメロディーと合致して、なんかすごいいい感じになる、盛り上がってくるっていうのはね、全然変わってないんだね。そのグーンとよくなる感覚がどんどん深くなっていってるっていうのは、まだ進行形の感じはするんですけどね

 うん、飽きたことがないからなあ

 

--あと、もちろんソングライターとしてマサムネさんという人が優れているというのもあるんですけど、3人に関してもかなり珍しいケースだな、なかなかあり得ねえって思ってて。突出したソング・ライター/ヴォーカリストがいるバンドっていうのは、最初っからある程度メンバーみんなすごいか、そうでもないかのどっちかなんですよ。何年かやってバンドが成功したりしても、この構造って結構変わらないんですよ。で、僕が十何年前に初めてスピッツのライヴを見た時っていうのは、正直言ってかなりダメだったんですよ(笑)。

 あの、はっ倒してやろうかと思ったライヴね(笑)

 

--そうそう。でも、今ってライヴ見ると日本有数のギター・バンドになってるじゃないですか。

 そうかなあ

 

--うん。「長年やってればあたりまえじゃん」って思うかもしんないけど、実はあたりまえじゃないと思うんですよ。

 草野の優しさかな(笑)。そんなわけねえか。…まあ確かに、上手くはなったけどね

 

--いや、上手い下手の話じゃなくて。

 うん、まあ確かにね

 …

 

--だってさ、もともと怒濤のアルペジオ野郎ではなかったでしょ?

 イヤだったね(笑)

 

--ねえ? でも今って聴いた瞬間に「テツヤだ!」つてわかるじゃないですか。

 う〜ん…でもどうなんだろうなあ

 (テツヤに)なんかニヤけてるよ(笑)

 

--はっぴいえんどのトリビュート聴いた時に思ったこともまさにそれで。イントロ鳴った瞬間にわかるじゃないですか、スピッツだって。

 やっぱそれはライヴの経験とかも一つの原因であったりするような気もしますけどね。ツアーのやり方も試行錯誤しながら、いい形っていうのと同時に、演奏の感覚っちゅうのも、やっぱり、考えながらやってきたっていうか

 音楽がやっぱりみんな好きで。スピッツの曲を好きで。特にここ2〜3年だと思うんだけど、各自がそれぞれの音をほんとに好きになってきてるんじゃないかな。俺はテツヤとか崎ちゃんの音が、草野のギターも含めて、すごい好きになってきて。任せれる部分は任しちゃえとか。最近はすごい、人に依存できるようになったというか。「べつにいいよ俺、ライヴで弾かなくても、この2人が弾いてくれれば」とか。…なんでそうなったかってことを、たぶん今きいてると思うんだけど(笑)

 いい出会いは多いね。場面場面で。その人たちに支えられてきたっていうのをすごい感じるよ。リスナーも含めてね、スタッフサイドも。やっぱり時間かかるバンドだってことを、最初からわかってくれてた事務所の人たち、レコード会社の人たち、今思うとほんとにすごい人たちと巡り合えたなと思うし。だって、最初ライヴ見て『うわ、ダメだ』って思ったでしょ? それを堪え忍んで今までやってきたんだから(笑)。ちゃんと段階を踏んでやらしてもらったっていう。そういういい出会いがなかったら、きっと今はなかったと思うし

 

--みんなそこまで見えてたのかなあ。「こいつら今はダメだけど、十年後には日本有数のギター・バンドになってるはずだ」みたいな(笑)

 ま、でも「ほんとにこの4人でやってく気があるの?」っていうのは最初に社長には言われたけど。そん時に「4人でやります」って言ったところからもう

 「しょうがないな」って(笑)。さっきも言ったけど、スピッツの曲が好きでさ。特に最初の頃とかは、「わ、いい曲だなあ」と思って、自分はこれだけしかできないからこういうふうなアプローチをしてるけど、もしかしたらもうちょっとよくなるアプローチがあるんじゃないかなとか、常に思ってて。常に自分にとってすごい響く曲がいつも出てくるから、それに負けちゃあいられないぞっていうか。その曲をどうにかもっといい形にしたいなってっていうの、常にあるから。俺は草野が出す曲に引っ張られてきた部分は大きいけど。それはいまだにあったりするけど。今この曲の完成形はできたけど、自分の手札の中に、もっとやれることがまだあるんじゃないかなあとか

 ま、そういう意味ではバランスがいいんだと思うの。俺なんか逆に、できねえよって最初に思うからね

 テツヤのよさは、メンバー3人が一番わかってると思うし。テツヤのほうがわかってないから。こう弾けばいいじゃんとか、ここは弾かないほうがいいよとか

 

--その構造ってこのバンド全体に言えません?

 言えるかもね

 

--ここにいない人はどうですか?

 草野はわかってないね(笑)

 うん。なるだけそういうことは考えないようにしてるからよ(笑)

 草野が指摘したりすることは、すごい明確で、リスナーとして正しいんだけど、自分のことはわかってなかったりすることが多い。プロデューサーには絶対なれないと思う

 まあ、自信があったとしても、それを強く言う人じゃないし

 

--そうきくと非常にバランスいいし、健全な感じなんですけど。でも、バンドが外的要因で煮詰まったり、「クソーッ!」ていう時は何度かあったろうけど、バンドの内的な要因で煮詰まったことって、ほんとにまったくない感じ?

 ないよね?

 今回じゃなくて?

 

--まあ今回も含めて。

 ま、そりゃあ成長する段階ではありますよ、いろいろ。あったよね。俺は特にあったかな。すぐ悩むほうなんで

 うん。悩むとすぐ出るしね、プレイに(笑)

 そうそう、出るよ

 みんなそうだけど

 俺は出るんだよ、すぐ。田村は結構そういうのバネにするほうだから。「なにくそぉ!」みたいな

 でもその直後は出るじゃん

 そいで「たりぃ」とか言って

 家で練習したりとかする

 そう、コソコソッと

 それが各自微妙にあって。それが時期がみんな微妙にズレてて。だからいい感じでこう、交わってるんじゃないですかね

 そうだねえ、上手い具合にね

 ほんとそうですね──喫茶店で言われたけどね(笑)

 ははは。忘れもしない

 俺とテツヤが「伸びてないよね」って昔言われたの。3rdアルバムぐらいの頃かな。当時の(事務所の)社長に

 

--どうそれをクリアしたんですか?

 まあその辺は素直に受け止めて

 「そっか、足りないんだ」

 「頑張ろうかな」

 そういう気持ちはあるからね、自分の中に。ないこと言われたらムカつくけど。「確かにその通りです」ってのばっか言われるから(笑)。その通りってことに対しては受け止めなくちゃいけないからさ

 劇的によくなったわけじゃないから。ほんとにゆっくりゆっくり。だから意外とね、自分でわかんなかったりするんだよね。ほんとによくなったのかなあって、半信半疑だしさ、言われても。そこまで今、強いライヴをやってるって意識ないし

 わかりやすい手応えがあるような楽曲のバンドだったらいいんだけど、自分たちでもやっててわかんないんだよね、例えばミッシェルみたいな曲とかをやってたら、盛り上がってるのとかがわかりやすいなあっていうところはあるんだけど、そうじゃない曲が多かったりするから。なかなかそういうのってわかりにくいんだよね。ライヴに関しては、正直なとこ、どうなの?

 

--例えばね──草野マサムネという人はすごく曲が書けます。他のバンドとか他のプロデューサーと組んだらいいCDができるかもしれません。と思うんだけど、もはやそんなものは聴きたくないんですよね、べつに。ていうぐらいのことに、スピッツっていうバンドはなってる気がするんですが。

 年取ったからかな(笑)

 言えてる

 そういう趣味なんじゃないの? ソロはあんまり好みじゃないとか

 

--そんなことない。ソロやってないけど、ソロ聴きたいなあって人は結構いる。

 いるよね(笑)。でも俺は草野のソロ聴きたいけどね

 「田村、ベース弾いてくんねえ?」って来たりさ

 はははは。「テツヤ、アルペジオ…」とか

 

--個々はやっぱりミュージシャンなわけで、「ほんとは俺こう行きたいんだけど、バンドと合わないんだよな」ってことって、べつにあっても不思議はないでしょ。

 奇跡的にそういうことは各自なかったけど。なぜないのかはわからない

 ないねえ。やりたいことはスピッツでもやってるつもりだし

 よく思うんだけど、スピッツをやれてるってことは、ミュージシャンとしてすごい幸せな環境にいるんだけど、もうこれ以外はできない気がするんで。ある意味ミュージシャンとして、一番最悪な状況というか。バンドをやるとしたら、この4人以外とやりたいとは全然思わないし。草野の曲を知っちゃって、草野の声を聴いちゃって、この2人のプレイを聴いちゃったら、それ以外は考えられない──っていうのは、すごい幸せなことだけど、すごい怖いことというか、不幸なことでもあるなっていうのは思う。冷静に考えたら。そう思ってこないだ笑っちゃったんだけど

 

--「他に行ったら使いもんになんねえ!」みたいなこと?

 そういうことは感じる。夢でみたりするもん。なんかね、すごい有名な外タレのライヴで、俺ギター持って立ってんだけど

 「曲知らねえよ! 俺、エアロスミス知らねえよ!」(笑)

 なんで俺ここにいるんだ?」って。「じゃあナントカの曲やるから」「ええ〜っ!?」(笑)

 「スティーヴン・タイラー、日本語で話してるよ!」(笑)

 「キーだけ教えて、キーだけ!」って。でも後ろ姿がビューッて行っちゃうの

 そういう側面もあるよね。それを俺も、こないだふと考えたんだけど…でも、うん、バンドとして、個々のプレイとか、アルペジオとかを誉められるとうれしいんだけど、そういうことよりも曲がいいねとか歌詞がいいねって誉められるのがすごいやっぱり本望だし、うれしいことで。自分のエゴとかじゃなくて。楽曲として誉められたいとか。曲のアレンジ、歌詞、歌いいねっていうのがやっぱり目標であったりとか。それはずーっとたぶん、これからも変わっていかないことだし。…ね?

 うん

 

--例えばこのアルバムを作ってみて、新しくわかったこととか気づいたこととかいうような、新しい発見はありました?

 …うーん…そうだねえ…時間かかるバンドだなと思うね、常々。ほんとに。再確認か、うん…時間かかったなあと思うね。15年だもんね

 15年か…全然感覚がないけどね

 うん。やってきたことは身になってんだろうなと

 

--他のどんなバンドにもなくて、自分たちだけにあるものって、なんだと思います?

 俺たちにしかねえもの?…そうだなあ…なんだろう…

 …自分たちの曲に対する好きさ? 自分のバンドをどれだけ好きかっていうのは、負けない気はする

 愛情度?

 愛情度。スピッツに対する気持ちとか、曲に対する気持ちとか

 そうだな、メンバー全員がねえ、そういう気持ちで15年もやってるバンドはいないんじゃないかなとは思うよ

 歌詞であったりとか、メロディーであったりとか、みんなが出す音であったりとかっちゅう。そういう愛情っていうか。そんな気はしますよね

 ほんとイヤんなったことないもんね、スピッツやってて

 うん

 例えばテレビ出るのヤだなあとかさ、そういうことはあるけど。スピッツの曲に向かい合ってる時は楽しいし。苦しい時はあるけど、それは好きだからこその苦しみだから

 

--スピッツはスピッツで充実してるけど、違うこともやってみたいなというような興味の向き方とかもない? 女の子ヴォーカルでベース弾きたいとか、トラック作ってみてえとか、自分の曲が作りたいとか。

 なんかそういう暇はなかったし。自分の中で才能がたくさんあって、溢れ出るものがあれば、そう思うかもしんないけど

 あったらもうやってるよね、きっとね。だから空想する上ではあるかもしんないけど、結局やってないから、そんなに絶対やりたいっていうことじゃない

 意味合いが違ってきちゃうんだよね、だからそれは。スピッツに対する思いとは、やっぱ一緒にはできない。それは趣味というか、スピッツとは大事さが違うよね

 うん。スピッツに持ってくるマサムネの曲とか詞には、まだまだ無限の可能性があるんじゃないかなあ。そう思うけどね

 それに対して、色のつめ方とかとか広がらせ方とかっていうのは、どんなふうにもできるから。やってけるよ。赤しか塗れないって曲じゃないから…そうだ。透明色ってみんな出せない、作れないわけじゃん。そういう透明なものを求めてやってるのかもしんないね。音楽で。まあ俺らが聴いてきた音楽、ツェッペリンだったりチープ・トリックだったりって、4人だから。フーだってあの4人だから出てたんだよなあと思う

 まあ、はっぴいえんどとああいうふうにやったのも、はっぴいえんどに対するリスペクトだよ

 聴いたことなかったくせに(笑)

 ま、そういう気持ちはずーっとこれからもあり続けるだろうと

 気がついたらテツヤがベース弾いていたとか、そういうこともあるよね

 いや、あのベースは弾けない

 


※場外乱闘

 撮影開始直前までバケツ引っ繰り返したような豪雨に見舞われながら、予定時間の30分前にぴったり晴れ上がった当日。雨上がりの蒸し暑い撮影現場、喉カラカラのメンバーの目に飛び込んできたのは、昔夏かしチェリオの自販機。「このドラッギーな色! やばいよなこれ」と口々に言いつつ、三輪=メロン/田村=オレンジ/崎山=グレープをそれぞれ購入。つられて自分も買ってみました。昔よく買ってたわけでは全くないのに、さびれた団地の雰囲気、湿った午後の空気感、近くのグラウンドでキャッチボールに熱中する子供の姿と相俟って、小学生時代の放課後のかくれんぼのような、ちょっと切ないような後ろめたいような気分にさせられました。誰もが知ってて、暴力的に懐かしくて、ちょっと毒気ありそげな色味のポップ感がある──それって『三日月ロック』のことじゃん、と考えながら彼らを眺めていた。チェリオ色に染まった舌で3人得意げにアカンベーをし合ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

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