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2002.vol.26 cast

文−笹川清彦


草野マサムネ−

 

 

本当に、素晴らしい作品である。

9月11日リリースの、通算10枚目となるアルバム『三日月ロック』。何が素晴らしいかって、スピッツ自身が、バンド史上もっとも威風堂々と王道スピッツ・サウンドを鳴らしているアルバムだからだ。

何しろ1曲目「夜を駆ける」のイントロからして、「おぉ、これぞスピッツ!」とうならせる、”泣きメロ”がグッと迫り、続く2曲目には、先行シングルでリリースされた叙情的な「水色の街」、そしてライブで映えそうな力強いナンバー「さわって・変わって」に開放感と楽しさいっぱいの「ミカンズのテーマ」と、(このまま曲順を追うとキリがないので省略するが)とにかくこのアルバムは次から次へと、スピッツならではの楽曲が飛び出してくる。

野球のピッチャーにたとえるなら、全球渾身のストレートで真っ向勝負。

それも、極めてポジティヴな姿勢で、楽しそうに投げる姿がうかがえるのも見事。

このインタビューで草野自身も振り返っている通り、前のアルバム『ハヤブサ』は”「ロビンソン」のスピッツ”というパブリック・イメージから抜け出したい思いが全面に出た作品だったがゆえに、今回の”王道オンパレード”は、我々にいい意味での衝撃と喜びを与えてくれる。

そして、彼らはそんな過程を経験してきたからこそ、シーンの流行云々とはまったく別の次元で鳴り響く黄金の歌世界を自分たち最大の武器だと自覚し、今ここで正面きって「これがスピッツだ!」という音を届けてきたのだ。

 

『CAST』は半年に一度しか発行しないわがままな本ではあるが、個人的には、その発行タイミングがこのアルバム・リリースとジャストだったという偶然に感謝したい。

音楽というものの魅力を改めて教えてくれた快作の世界を伝えるべく、久々にスピッツを表紙&巻頭に据えた今回の『CAST』。

まずは草野マサムネのインタビューから、幕を開けさせてもらう。

 

 

 

このアルバムは、「自分なりのポップ・ミュージックって何だろう?」ってことに対する、今現在の答えなんです。

 

--草野さんにお会いするのは99年以来3年ぶりになるんですが、実はそのときが4年ぶりのインタビューだったので、もはや、ほとんどワールドカップ並みのインターバルなんですけども──。

 あっ(笑)、まさに。…ホント、お久しぶりです(笑)

 

--ちなみに今年、新潟はワールドカップで大いに盛り上がったんですけど、スピッツのメンバー的な盛り上がりはどうだったんですか?

 あのね、ウチは、ベースの田村が結構サッカーが好きでね──確か、3試合くらい観に行ったんじゃないかな?

 

--へぇ。で、草野さん自身は?

 俺はもう、”にわかファン”になってました(笑)。しかも今年は、俺が本気で応援している野球の球団(福岡ダイエーホークス)が首位に大差をつけられているということで──半ばサッカーに逃げるように応援してまして(笑)

 

--うん、気持ちは分かる気がします。確か、首位の西武ライオンズに10ゲーム近く離されてますもんね?

 ええ。10ゲームどころか、昨日現在、12ゲーム差になってますから

 

--細かくチェックしてるわ(笑)。…で、にわかサッカーファンとしては、ワールドカップのどんな場面に一番盛り上がったんですか?

 もちろん日本チームのことは応援してましたけど…、それ以外にも、例えば、知らなかったおもしろい選手を発見したときは──技の美しさなんかも含めて──見ていて感動的なものはありましたよね

 

--そうですね、あと、僕は、韓国のナショナリズムの凄まじいパワーを感じた大会ではありましたけども。

 ああ、アレはすごかったですよねぇ。実は俺ら、去年、2回ほど韓国へライヴをしに行ったんですけど、それが蘇る感じでしたから。アレってね、ナショナリズムというよりも、とにかく一体となって盛り上がるパワーがすごいんですよ。何か、韓国の人は、その場を最大限に盛り上がって楽しもうとする人たちみたいで──ホント、俺らのライヴもあんな感じでしたもん(笑)

 

--じゃあ、やっている間も、相当気持ちよかったでしょう?

 気持ちいいですねぇ、いろんな意味で。「…えっ、この曲でノッちゃうの?」みたいに感じる場面も多々あって(笑)。もう、「ロビンソン」でヘッドバンキング状態ですから(笑)

 

--…と、ちょっとした雑談でしたが。ただ、冷静に考えると、サッカーが盛り上がっていた6月という時期は、今回のアルバム『三日月ロック』の追い込み時期と重なってたんじゃないんですっけ?

 ああ…そうかも。終わってたか終わらないかくらいの時期だったかな

 

--レコーディング作業の終盤戦って、サッカーを気にする余裕すらなくなるものでもないんですか?

 いや、俺らは(サッカーをテレビで)見てましたよ(笑)。特に、たまたま日本戦のときとかは、レコーディングの予定が入ってなかったりして──。…今思うと、スタッフがいい具合にスケジュールを組んでくれてたのかもしれないんだけど

 

--(笑)そんな話を聞く限り、レコーディングの終盤でも、精神状態がイッちゃってる状態ではないようですね? ちなみに僕なんか、締め切り間際なんて「頼むから俺に触らないでくれ!」ってくらい、ピリピリしたイヤな状態の人間になるんですけど。

 (笑)うん、きっと皆さんの締め切りっていうのとは、また違うのかもしれないです。僕らの作業は、何か、後半に差しかかるに当たって、かえって気持ち的に盛り上がっていって、どんどんハイになってくる感じで──そこから「ラストスパート!」ってところはありますよね。…だから、まあ、本職の人からするとたいしたことないんでしょうけど、俺も原稿を書いたりした経験があって…、そういう場合の締め切りは、かなり憂鬱になってしまいました(笑)。あの感覚はやっぱり、レコーディングとはちょっと違いますね。レコーディングはもっともっと楽しい感じかな

 

--今回のアルバムレコーディングもそうだったと?

 そうですね、ホント、楽しかったですよ

 

--でね、僕はこのアルバム『三日月ロック』の何が一番素晴らしいと感じたかって言うと、スピッツ自身が堂々とスピッツ・サウンドを鳴らしていることで──自分たちの音に対して、「これで俺らはいいんだ!」という曇りの無さが全編を通じて表れているなと。

 はい、まさに。気持ちとしては”俺らにしかできないものは何か?”っていう、それをできるだけ濃い形にして届けるアルバムにしたかったんです。で、そういうことがかなり納得した状態で出せたアルバムだとは思っているんですけどね

 

--なるほど。ただ、その”俺らにしかできないもの”ってのは、別に今作に限らず、毎回考えてことでもあるでしょう?

 うんうん。…でもね、今回は特にそうだったと言うか。結局、一回リセットした感じは強かったので──前のアルバム『ハヤブサ』を作ったことでかなりの達成感はあって…その後、長いツアーを行ない、その時点で「ある程度、やり尽くしたな」っていう感覚はあったんですよ。なので、ここで一回リセットして、「自分たちの音楽って何なんだろう?」と俺自身が再確認したうえで、曲作りを始めたんです。何と言うのかな…振り返ると、あの『ハヤブサ』ってアルバムの頃は、わりとラウドな音楽にしたいとの欲求もあって。「メモリーズ」とかが典型例なんですけど、”はみだし感”みたいなところをバンド自体が求めていたところがあったんです。まあ、かと言って今回は全然はみ出してないわけでもないんだけど…

 

--それは、何からのはみ出しだったんですか?

 ずばり言えば、”「ロビンソン」のスピッツ”というものからはみ出したい欲求が強かったと思うんですよ。自分が考えている──まあ、そう思い込んでいたという部分もあるのかもしれないけど──そういうスピッツのパブリック・イメージみたいなものから抜け出したい気持ちは、正直あったし。だから、できるだけバンドとしての振り幅を大きく持っていこうとして作ったんですよね、『ハヤブサ』っていうアルバムは。「メモリーズ」もそうだし、「いろは」とかもそうだけど、”脱・メロディ”という部分での挑戦的な意味合いはあったという

 

--それが、あのアルバムでの強いバンド・サウンド表現につながったわけですね。そうすると、草野さんの中では、そういう『ハヤブサ』を満足いく形で作れたことでひとつの達成感があり…、じゃあ、すぐには「次の曲を作ろう」とかいうモードにはならなかったんだ?

 そう、「しばらくはツアーに専念」って感じでした。…それから、何となく「次は何をやろうかなぁ」と思ってても、あまり浮かばないような日々が続き…

 

--実際、昨年のスピッツはツアーを頻繁に行なって過ごしていたじゃないですか? それは、単にツアーをやるのがおもしろかったのか、変な話、次に向けての曲を作るモードになってないからライヴに向かわざるを得なかったのか、その辺はどんな感じだったの?

 もともと、ツアー中に曲を作る気分にはならないたちで──でも、まあ、ひらめいた言葉とかメロディはずっと溜めていたりして。で、去年の年末にツアーが終わって、その辺を整理したり組み立ててみたりする作業は今年に入ってから始めた感じなんで(笑)、まあ、曲という形には何とかなるんだけど、それがこれから向かうべきスピッツの音楽かどうかはあまり自信が持てなかったりとか、そういう…何か、曖昧模糊(あいまいもこ)とした日々を送ってたんです。…で、そこから、「何となくやれそうかな」って思えた曲をメンバーみんなに聴いてもらい、今回のプロデューサーの亀田(誠治)さんとスタジオに入って、一緒に音を出し始めてから、「ああ、こういう風な考え方でいくといいかも」ってことが、ようやく見えてきましたね

 

--それはいつくらいの話なんですか?

 えーっと、今年の3月でしたね

 

--もう少し言葉を続けてもらうと、「あっ、こういう風な考え方でいくといいかも」ってのは、具体的にどんな方向性だったのかなと?

 そうですね…まあ、基本にあったのは”自分なりのポップ・ミュージック”ってことかな。それは、ツアーをずっと小さい町から大きい町までいろいろ廻ってきて、お客さんとコミュニケートしたうえでの、「自分なりのポップ・ミュージックって何だろう?」ってことに対する今現在の答えと言うか。ライヴをやりながら「あっ、こういう曲をみんなは聴きたいのか」と気づいた部分を踏まえ──だけど、それにあまり迎合しまくるわけでもなく、自分自身のこだわりみたいなものとも折り合いをつけつつ、いい曲ができないかなと。…何かね、『ハヤブサ』のときまでは、世の中にあるスピッツ以外の音楽も何となく気にしつつってノリだったんですけど、最近はあんまり気にならなくなったと言うか、そういう意識が薄くなってて。なので、いい意味で”俺らは孤立している”という意識のもと(笑)、「より独自な感じでやっていっても、いいんじゃないかな」ってところがあるんですよ。言ってみれば、「(スピッツは)もはや王道というものに、結果的にはなっているんだ」と思ってね

 

--それは僕も同感ですね。…ただ、今の話で気になったのは、「『ハヤブサ』のときまでは、世の中にあるスピッツ以外の音楽も何となく気にしつつ〜」ってところで──。確か、3年前の取材のときも、当時シーンに出てきたばかりのトライセラトップスやグレイプバインの話で盛り上がったんですが…、僕の印象としては、そういう動きがスピッツとして気になるとかではなく、草野さんが、いち音楽ファンの立場で「最近、こんなおもしろいバンドが出てきましたよね」的なノリで話されていたような記憶があるんですけども?

 結局、それがより強くなってきている感じですよね。例えば、ここ最近でおもしろいと思えたひとつのキック・ザ・カン・クルーにしても、彼らのCDを聴いた後、「これって、おもしろいなぁ」と感じても、それを自分たちの音楽的にどうこうとかは別に思わなくて。これ、全然たとえにならないのかもしれないんだけど、「ああ、この人って、こんなにおもしろい小説を書いているんだ。…じゃあ、俺はうまいトマトを作ろうか」みたいな(笑)、もはや業種が違うってくらいの感覚なんですよ

 

--まあ、同じ音楽というフィールドではありつつも──。

 うん。そういう意味での刺激は受けるけども、自分の音楽にそのまま反映されるような感覚で聴いているかと言うと、そうじゃなくて。本当に、普通の、一般リスナーとしてキック・ザ・カン・クルーを聴いている感じなんですね。…で、実際、今はもう、世の中の音楽に対するみんなの趣向というのも、すごく多様化しているから。それは流れとしては当然のことなので、俺がそんな聴き方になっているのも、別に悪いことじゃないとは思っているんですが

 

--そういったところで”スピッツならではのもの”を自覚しつつ、ツアーを廻る中で気づいた”ファンが求めるもの”との折り合いも、今回のアルバムでつけようとしたこと。そこをもう少し聞きたいんですが、おそらく曲を作る瞬間にはまっさらな状態だろうし、それを仕上げていくうえでファンの求めるものとかを意識したってことですか?

 うん、基本的にはそうですね。最初の段階は自分の中でのひらめきから作り始めますから、そこに(ファンへの)サービス精神とかが入る余地はないんですけれども、言われた通り、それを組み立てていくうえで、の話でしょうね。で、そのサービス精神──何か、サービス精神なんて言うと軽くなっちゃうんだけど──リスナーのことを想定する姿勢ってのが、より強くなっているのかなと。まあ、それっていうのも、基本は「もし自分がスピッツのリスナーだったら」と想定したりとか、そんな感じではあるんですけど。「俺がリスナーだったら、長いイントロはイヤだな」とかね(笑)

 

--それプラス、俺らはいい意味で孤立している──草野の書くメロディはこれでしかない、というのを自覚できた曲作りであったという。

 そうですね。はい

 

--そんな”草野メロディ”が、メロウなナンバーもアップな曲も、どの楽曲でもきっちり聴こえてくるアルバムになったというのは、アレンジ面もメロディ重視の姿勢だったことになりますよね?

 結局、それもさっきの話の続きになっちゃうんですが、スピッツが持っているものをより濃く出そうとすると、メンバーの演奏的にも、遊びの部分なり余白の部分がなくなっていくわけですよ。それは、今回の狙いというか、敢えてそうした部分でもあるんですけど──例えば前作に入っていたインストの「宇宙虫」みたいな、ああいう曲をやるっていう発想自体が今回はなくて。もう、どの曲をシングルにしてもいいくらいの気持ちでしたから。何というか…より、せっかちな俺がせっかちなファンに向けて作った、っていうような──

 

--もう、全部が全部直球勝負、みたいな?

 (笑)そうそうそう。それも、感覚的にはほとんど間合いをおかずに投げ込んでいったような気持ちでしたね

 

--しかし、そんな作り方をアルバムって、以前にはあったんですか?

 …できあがりがそうなっちゃったっていうものはあるかもしれないけど、今回ほど初めから意識していたことはないんじゃないかな。まあ、ホントの初期の頃は、アマチュア時代の延長で、完璧に自己満足的なところが強かったわけだけど…あの頃はまだ、コンサートもやってなかったですしね。で、それ以降、ある程度の経験を積んでからは、例えば「これはちょっとスピッツ的すぎるかな」っていう曲ができたとしても、それを(ストレートに出さずに)ちょっとはぐらかしたい気持ちが強かったんです。でも今回は「まあ、それはそれでOK。これをひねりたいなら、別の機会でいくらでもできるし」みたいな気持ちになってて──。結局、ずーっと何年もやってきて、表現する方法をいっぱい得ることができた分、その辺での余裕も出てきたってことじゃないですかね。だって、「ハネモノ」のメロディなんか、「これ、今まで何度も出てきたメロディと言われても、おかしくないよな」と、自分でも感じますもん(笑)。そういう意味でメロディ自体は王道なんだけど、ただ、それをアレンジで今までにはちょっとないような感じに仕上げていると思うんですよ

 

--ええ、そうですね。そんな”スピッツ王道のメロディ”を自覚して向かった最新型アルバムだってことは本当によく伝わるし──僕なんか、もう1曲目の「夜を駆ける」のイントロを聴いた瞬間に、「これはヤバい!」と思いましたから(笑)。

 ああ(笑)、そうですか

 

--スピッツらしいセンチメンタリズムがイントロから大爆発している曲であり…、で、2曲目にこれまた切ない「水色の街」が続くという、このオープニング部分からして、前作の『ハヤブサ』とはまったく印象が違うアルバムですよね?

 そうですね。まあ、はっきり言うと、単純にこういうのがやりたかったんですよ。スピッツの場合、こういう雰囲気の始まり方って、意外にありそうでなかったじゃないですか? むしろね、今回のエンディングの「けもの道」みたいな(力強い印象の)曲で始まり、「夜を駆ける」でアルバムが終わるっていうイメージの曲順が多かったように思うんです

 

--それは、乱暴に言うと、メロウでセンチメンタルな感じの楽曲でアルバムが始まることをメンバーみずから避けていたんでしょうね。

 そう、それはありましたね。何か、”アルバムは短かめでテンポの速い曲で始めたい2っていう──。きっと、照れもあったからだと思うんですけど、今回はそういう照れもなくなり…

 

--それ、何に対しての照れだったんですか?

 やっぱりリスナーに対して、でしょうね

 

--メロウなタイプの曲でアルバムを始めてしまうと、「これじゃ、ひねりがないな」と言われそうだと?

 (笑)ええ、そういうこともあるだろうし…まあ、そのセンチメンタルな感じっていうのが自分の本質なのかもしれないけど、それをあんまり最初っから見せるのも、ちょっとはしたないかなって

 

--(笑)草野さんらしい話です。でもそれを今回はやれたし、実はいつかはやってみたかったことでもあったという。

 うん、やりたくても何となくできなかったことなんですよ。で、それを今回やれてしまったのは…ひとつには、単純にこの「夜を駆ける」って曲のできあがりを非常に気に入ってたってことが、まず大きいんですけど。それとね、アルバム全体の印象を、すごくポジティヴなものにしたかったんですよ。それは、例のテロ事件以降、自分の中での物の見え方が変わってきた部分があって──何かこう…ニヒルに構えることがあまり楽しいことではなく、かえって、むなしい感じがしてきて。だったら、「俺らなりにポジティヴな逃げ場がある音楽を鳴らせたらいいな」と思ったんです。…なので、曲順ひとつとっても、アルバムの頭から最後に至るまで、そういう意志が強く出るものを望みましたよね、今回は

 

--思うにね、1〜2曲目のようなセンチメンタリズムもスピッツの本質であると同時に、3曲目「さわって・変わって」や4曲目の「ミカンズのテーマ」で聴かせる力強いサウンドもまたスピッツらしいなと。だから、一般的には「ロビンソン」に代表されるメロウなイメージが強いのかもしれないけど、それだけでなくポップで力強い音もバンドの本質だと伝え、その両面が高い次元で響き渡っているアルバムだと思うんです。

 ああ。ホント、うれしいっスね、そんな風に言われると(笑)

 

--いや、別にお世辞じゃなくて。どの曲もメロディが素晴らしいとはいえ、決してセンチメンタリズム100%の、しみじみとしたアルバムではないですからね。

 そうそう。最初はね、そういう感じも──もっとアコースティックな雰囲気のアルバムという作り方もありかな、とは思っていて。でも、やっぱり無意識のうちに、今、言われたような両面のバランスを取っちゃうんですよね。砂糖ばかりブチこむんじゃなく、ちょっと塩も交えた方が、より甘みも増す、みたいな(笑)、ただ、そのバランスを意識して取ろうとしたわけでもなくて、…正直、作ってる途中は、そんなことも考えずに、とにかく1曲1曲やっていくうちに、自然とそうなっちゃったアルバムなんです。自分で全体を見回したのが、もう12曲くらいできて、あと1曲くらいだっていうときに、「ああ、実はこんなことになってるわ」って感じで気づいて

 

--じゃあ、曲作りの作業を通して、そんな草野マサムネというソングライターの資質を改めて確認したところもあったんじゃない?

 そう…ですね。あとは、「まだまだやれるな、俺も」みたいなところは再確認したし(笑)

 

--裏返すと、「もうやれないな」なんて感じたときもあったと?

 やれないっていうか──今回、曲作りを始めたくらいのときに、前のアルバムでの達成感もあって、いろいろ作っていても「これでいいのかなぁ…これで燃えられるのかなぁ?」ってところはあったんですよ。で、一時期、気分を帰る意味もあって、ワールドミュージックみたいなものとか、ジャズ系とか映画音楽とか、”非・ロック”的なものを中心に聴いたりしていて

 

--そういう”非・ロック”的なものを聴くことが、ちゃんと刺激になったんですか?

 うん、結果的に、なってるんですね。出てきたものは、従来の自分のものがより濃く出てきちゃったんですけど、きっとそれも、違うフィールドに触れることで刺激されて出てきたところはあるんじゃないかなと。…まあ、考えてみるとちょっと不思議ではありますけどね。レコーディングが始まっても、しばらくそういうモードだったにもかかわらず、結局、それでジャズっぽいものが出てきたり、ガムランとか、沖縄音楽的な要素が入ってくるわけでもなく(笑)

 

--草野さん、根はやっぱり、相当な頑固ものなんでしょうね?

 そうですね(笑)。実はエラく保守的なんだと思います(笑)

 

--で、改めて「俺も、いい曲書けるよなぁ」と再確認し──。

 いや、そういう風には思わないですね(笑)

 

--そこで否定されると、インタビューが盛り上がらないんですが。

 あっははははは(笑)。というか、実際、ロック以外の音楽を聴くと、「まだまだすごい人はいっぱいいるなぁ」って、さらに思っちゃいますから。ホント、世の中には、すごい人がたくさんいるんです

 

--(笑)でもそれは、自分とあまりにもフィールドが違うがゆえの”俺にはできない=すごい”っていう感覚じゃないんですかね?

 いや、そういうことでもないんですよね。やっぱり、音を鳴らすことで人生が進んでいる人たち、という点では一緒だし──何か、その辺も性格なのかもしれないんだけど、「ああ…やっぱり、俺ももっと頑張らなきゃ!」って思うし

 

--はい。ただ、今作で”メロディ重視”の方向を打ち出したということは、結局、自分の書くメロディに自信を持っているってことに直結しちゃう気もしますけども?

 まあ、自信はありますよね。それと、バンドの自信も大きいと言うか俺も「本当にいいバンドになってきたな」と思うし、スピッツというバンドそのものへの自信は持ってますから。実際、メンバーに対して、すごい信頼してますしね

 

--なるほど。でね、草野さん、自信と言えば、草野さんは”自分の声=ヴォーカル”とうものに対してどれだけ自信を持っているのか、一度聞いてみたかったんですよ。僕自身は、草野さんの声って、少しくぐもった独特の質感を持っている反面、決してシャウトするタイプのロック・ヴォーカリストでもないし、歌の世界をじっくりと歌い上げて聴かせるシンガー・タイプでもない気もするし…何か、おもしろい位置にいるヴォーカリストだなと、感じるんですけども?

 うん、そうなんですよねぇ。実は俺、最初はギタリスト志望だったんです。ただ、まあ、他にヴォーカルが見つからなかったので、しょうがなく歌い始めて──そんな経緯もあったんで、自分の声については、初めてバンドの中で歌って、そのテープを聴いたときから、すごく嫌いだったんですよ。「…俺って、歌う人ではないかもしれない」って、マジで思ったくらいで(笑)。だから、言われたように、ロック・ヴォーカリストとしてシャウトする姿に憧れてたし、かといって平井堅くんみたいに、ものすごくテクニックもあって感情も歌に込められるようなヴォーカリストでもないし…どっちかといったらツルンした歌唱だと思うし(笑)。そこに正直、コンプレックスを持ってるところはあるんです。だけど、ありがたいことに「これがいいんだ」と言ってくれる人もたくさんいて──それは、最初の頃のプロデュースをお願いしていた笹路さんにも言ってもらえたんで、その辺からねコンプレックスを持ちつつも、ある意味、自分たちの武器になるんだなと思いながら今もやってる感じですよね

 

--ホント、唯一無比のヴォーカリストなのかもしれませんね。

 まあ、たまに誰々に似てるって言われますけどね。最近だと、「エレカシの宮本さんに似てる」とか言われたり…

 

--…ああ、それはどうだろう?

 ですよね?彼はね、シャウトもできるし、俺とはちょっと違う気がしていて。だから、そういう歌唱のタイプも含めると、あんまりいないかもしれないですね(笑)。…あと、そうだ、俺の声を”超音波系”って言う人もいて(笑)、それここそユーミンさんと同じくくりで語られたこともあるんですけど──

 

--それも…いいやら悪いやらって気もしますが(笑)。

 いや、でもある意味ユーミンの歌唱の在り方とかは、目指すところではあるかもしれないと思って。決してテクニック重視の歌い上げるタイプではないんだけれども、でもユーミンの声じゃないとあの歌が成立しないじゃないですか? そこは俺らも、似たようなところはあるかもなって

 

--なるほどね。で、声にまつわる話をもうひとつ聞いておくと、例えば「遥か」のオープニング部分での”ひとりア・カペラ”や、「ミカンズのテーマ」の中間部の厚いコーラスなどを聴くと、意外と自分の声を重ねるのが好きな人なのかな、とも思いましたが?

 あのね、それは単純に、ウチのバンドはコーラスが上手じゃないから(笑)──まあ、「ミカンズのテーマ」に関しては他のメンバーの声もちょっとは入ってるんですけど──基本的には、俺が重ねるしかなかったという背景もありまして

 

--そんな身もフタもない答えを(笑)。

 (笑)あと、自分が(コーラスを重ねるのが)好きだとかそういう以前に、俺の声とうまく溶け合う声の人があんまりいないってこともあるんですよね。実際、外からスタジオの歌手の方とか呼んできても、例えば「Woo」って一緒にコーラスをやっても交ざりが悪いというか。逆に俺の声が聞こえなくなっちゃったりとかして(笑)

 

--独自な声であるがゆえにね。

 うん。だからこの間、椎名林檎さんのアルバムで一緒に歌ったときも(彼女のアルバム『唄ひ手冥利』収録の「灰色の瞳」でデュエット・ヴォーカルを披露)、「俺のいつもの歌い方だと、他の人と溶け合うのはすごく難しいんだろうな」と思って…かなり低いキーで、一生懸命頑張っちゃったんですけど(笑)。まあ、それくらいの声なんで、バンドでやるときのコーラスは、大好きで重ねていると言うより「自分でやるのが一番いい方法だから」って理由はありますね。…それと、「草野くんは倍音がちょっと人にはないところにあるね」とエンジニアの人によく言われるんですけど、自分でハモったりすることで、それがおもしろいくらいに増幅されたりするので、そういう効果を狙ってるところもあるかな

 

--どことなく漂うサイケ感にひと役かってるところもあると。

 ああ、そうだとうれしいですね。サイケ感って好きな言葉なんで──”サイケ=めくりめくような感じ”が(笑)

 

--でね、今作は、そういう声も含めた歌と、演奏がともに前に出て聴こえてくるところが大きなポイントだと感じましたが?

 それはもう、ここ何枚か、サウンド面に於いてすごく課題にしていた点なんです。で、いろんなエンジニアさんにお願いしたりしつつ、試行錯誤してきた中で、今回はかなりいい形で出せた自負はあるんですけどね。…その過程で、今回、エンジニアさん云々よりもひとつ大きかったなと思うのは、プロデューサーの亀田さんから「歌詞を早めに作った方がいいよ」と言われて──大体、スタジオでみんなで音を合わせる頃にはもう歌詞ができあがってるつていうのを目標にして。早いものは、デモ・テープの段階ですでに歌詞が入っている、というつもりで作ってまして──

 

--へぇ。歌詞の有る/無しが演奏面にも影響が出るんですか?

 まずね、声の出方が違うんですよ。”ラララ”(仮歌)で歌うと弱くなっちゃうんだけど、言葉がちゃんと入ってると、声も強く出ますし、歌のリズムっていうものが明確に出ますよね。で、それによって、演奏も変わってくるんです。あと、完成した歌詞で何回もリハーサルするわけですから、いざ本番のレコーディングするときには、歌い方もこなれてるし、演奏よりも良くなってる部分があって。もう、最高に忙しい時期は──『インディゴ地平線』(96年リリースの7thアルバム)の頃なんて、演奏はすべてできあがっていて後はヴォーカルを録るだけっていう、そんな歌入れ当日の朝に「やっと歌詞ができました!」みたいなこともあったので──特に歌がこなれてないままレコーディングしていた頃もあったんですけど、今回は詞も先に書き、それを解消して臨めた分、より歌も立っているけど演奏も立った状態になれたという。そういうことだと思うんですよ

 

--それを気づきつつもできなかったというのは…やはり、作詞は大変な作業なんだ?

 そうですね。だから今回は「大変に思わないようにしよう」と思って、やりました(笑)。曲ができたときに「もう、その場で歌って出てきた言葉も使っちゃえ!」みたいな作り方もやったし。「海を見に行こう」なんかは、そういうケースだったんですけど、あの詞は、ホント、10分くらいで書いちゃったりとか──場合によっては、歌詞もひらめき重視で作ったりしていたってことですね

 

--しかし、詞を書く作業って、創作的に楽しい作業なのか、それとも自分自身には結構つらい検証行為なのか、人によっていろいろケースはあると思うんですけど…、その点、草野さんは前に「”空想の中でのひとり遊び”みたいなところがある」って言われていて、ただ、さすがに年齢的にも30代半ばになってくると、いつまでも”空想の中でのひとり遊び”だけでは片付けられない、作詞に対する向かい方も出てきているんじゃないですかね?

 ああ、確かに(笑)。もちろん、空想の中で自分なりのストーリーを描き、それを出していくってところが基本的にはあるんですけども、それを表に出すときに、特にデビュー時はとにかく内に内に向かっていたものが、そうでもなくなってきたと言うか。自分の根幹はさほど変わってないとは思うんですよ。ただ、その見せ方が、ちょっとチラリとみんなに見せるようにはなってるっていう。…ホント、チラリと、ですけどね(笑)

 

--はい(笑)。

 それとね、今は…より機能的な歌詞と言うのかな。言葉の響きだとか、「こういう風な言葉だと歌っていて気持ちいい」とか、そういう機能性も重視して歌詞を作るようになってきて。例えば「ミカンズのテーマ」だと、サビの「ミカンズ」つて歌うところが、「”ミカ〜ン”ならいいけど、”レモ〜ン”にしちゃうと、間の”モ”って部分がちょっと弱いな。それよりも、”カ”の方が強くて、伝わるな」とか──それこそ、意味云々よりも言葉の機能性の問題なんですが──そこまで言い出すと、本当に細かいこだわりが随所にたくさんあって。俺にしか分からないような微妙な韻の踏み方とか──最近のヒップホップの人ほど(韻を)踏んではいないんだけど、俺なりに踏んでおかないと気が済まない、みたいな(笑)。歌うときのリズムを出すうえでも、微妙にそういう作業が必要だったりするんですよね

 

--分かりました。ではこの後は、そういう詞の世界を中心に、アルバム収録曲をいくつかピックアップしつつ話しを進めたいと思うんですけど。まず1曲目の「夜を駆ける」──草野さんらしい光と影を伴った空想上のスケッチ的な詞と言えるんですが、”君と遊ぶ 誰もいない市街地”っていうフレーズなんかは、”誰も触れない 二人だけの国”と歌ったあの「ロビンソン」を彷佛とさせる印象も受けまして。

 ああ、なるほど

 

--ただ「ロビンソン」では、その後、主人公の二人は”ルララ 宇宙の風に乗る”と空へ飛んでいくっていう、ある種ファンタジックな詞の展開だったのに対し、今回の「夜を駆ける」は決してそうではない──”でたらめに描いた バラ色の想像図 西に稲妻光る 夜を駆けていく 今は撃たないで”などと歌う通り、痛くて、鋭さを伴ったフレーズを織り込みつつ、むしろもっと現実的な世界観を歌っているように感じたんです。

 うん、まさにそういう感じですよね。「夜を駆ける」は、より、こう…何と言うんだろう、”手で触れるような現実感”とでも言うか、そういうものを何となく意識して作ってるところはあるでしょうね。改めて、自分で自分を分析してみると

 

--すいませんねぇ、わざわざ分析させちゃって。

 (笑)いえいえ、全然大丈夫ですよ

 

--で、この「夜を駆ける」の詞は、ご本人の中ではどういう状況で、どんなインスピレーションが沸いて出てきたものなんですか?

 これね、話すとちょっと長くなるんですけど──昔、まだ18〜19の頃かな、俺が東京へ出てきて間もない時期にアルバイトをしていたことがあって。そのバイト先は、ゲームセンターとバッティングセンターが一緒になってるような店で、立川という街にあったんですけども…、ふと暇なときに、何か、そこのことを「あそこって今もあるのかなぁ?」とか思い出して、行ってみることにしたんですよ。ホント、十何年も行ってなかったんで。そうしたら、まず駅の周りの状況が、再開発か何かで、ものすごい変わってて──でも、そのゲーセンだけ今も残ってたんですね。で、「うわぁ、残ってるわぁ!店長とかいるかな?」なんて思いつつ、中に入って。…そりゃ、店長はいないですよね(笑)。で、ひとしきりバッティングとかして、「じゃあ、そろそろ帰ろうか」ってなったときに、どうせだから変わった街でも見て行こうと思い、プラプラ歩き始めて──。そうしたらね途中にニュータウンみたいなエリアができていて…駅の周りは今も昔もすごくガヤガヤしてたのに、そこに入ると急に誰もいなくなるんですよ。新しい街ではあるんだけど、シーンとしてて。で、そのエリアの中へ入っていったら…もう、夜だったんですけど、暗い中でも子供たちがスケボーとかしながら遊んでいて──その場面っていうのが、すっごい自分の中に残っちゃったんですよね

 

--ああ、そんな街のイメージがあるから、”冷たいコンクリートの感じ”なんて詞が出てくるわけだ?

 そうそう。しかも、それが。すごくオアシス的に残ったという。その冷たい感じが、ネガティブな方向ではなく、そういう広いニュータウンみたいな所の中で子供たちが遊んでいる姿を見て、ちょっと安心したところがあったんです。で、ちょうどこの曲の歌詞を作らなきゃいけないタイミングだったので、その光景にインスパイアされたところはあるんじゃないかなと。何と言うか…人間の持つ有機性と言うか…

 

--人がちゃんと生きてる感じ?

 うん、そうそうそう

 

--だから、ファンタジックな感じではない、現実感もちゃんと落とされているという。

 そういうことだと思うんですよ。俺の場合、現実をそのまま切り取って作品にするようなタイプではないので──そういう詞が存在する意味ももちろんあるんだろうけど、俺はそうじゃなくて、何となく、現実の中にある幻想みたいなものをうまく織り交ぜながら、詞も濃い作品ができたらいいな、と思って作っているんですね。で、これが「ロビンソン」の頃は、もっと…夜空を見てボーッとした雰囲気は押さえられているかなと。そんな感じが、この曲とかにはよく表れている気がします

 

--なるほど。続いては、先行シングルとしてもリリースされた、アルバム2曲目に収録の「水色の街」。これは逆に、”君に会いたい”という気持ちを幻想感を強く交えながら綴ったタイプの楽曲だと思うんですが…、その中でも”会いたくて 今すぐ 泥まみれの靴で”なんてフレーズを入れ込むあたりが草野さんらしくて。

 そうっスね(笑)。これはどういう歌詞にしたかったのかな…そうそう、マーシー(真島昌利)の「アンダルシアに憧れて」って曲があったじゃないですか? ああいう感じにしたかったんですよ。ただ憧れだけを歌うんではなく、「本当はもう会いに行けないんだけど…」っていうような悲愴感が、どことなく含まれてる歌。だから、その”本当はもう会いに行けない…”って感じを、ヴォーカルの深いリバーブ感だったり、あと、ドラムの激しいビートとかでサウンド面でも表せたらいいなと思ったんです

 

--ええ。で、これは、歌詞単体で見ると、出てくる言葉がとても少ない歌でもありますよね?

 うん。「少ない言葉数でいろいろイメージを広げられる歌にしたいな」とは、初めから考えていて。…当初の予定では、もっともっと短くなるはずだったんですよ(笑)

 

--へぇ。意外と、そういうパターンの詞も珍しいと思いましたが。

 そうですね。基本的に「(詞の)繰り返しはなるべく使いたくない」って意識はありましたし、そういうパターンは避けようとしていたところはあったんですけど、この「水色の街」は、たまたまいい感じでそれがやれたかなと。…”たまたま”なんて言っちゃうと、何か、申し訳ないんですけども(笑)

 

--あっはははは(笑)。

 でも、本当はこういう曲ばっかり作りたいんですよね、できることなら。よく「曲全部がサビみたいな曲を作りたい」なんて言ってるんですが──例えば「愛は勝つ」(KAN)とか、「僕たちの失敗」(森田童子)みたいに、とにかく歌詞も短くて、ブリッジとかコーラスがなくヴァースの部分ですべてが成立しているような曲──それが理想なんですけどね

 

--草野さんが、KANさんの「愛は勝つ」に憧れてるわけですかぁ。

 (笑)うん、アレもすべてサビみたいな曲でしょう? という意味で、「よくできてる曲だなぁ」と思うし。…ホント、あんな曲を一回は書いてみたいですよね。まあ、ひらめかないと絶対無理なんでしょうが

 

--書こうと意識して書けるものではないんだ?

 そう思います。一生かかっても何曲かしか作れないって思いますよ、ああいうのは

 

--おもしろいものですね(笑)。…で、スピッツのアルバムに話を戻すと、「ババロア」で”奥の方にあった傷あとも 今は外にさらす”と歌っていて──実はこの”さらす”って言葉は「エスカルゴ」にも”新しい光に姿さらす”という具合に使われているんですが、これは、空想なり幻想の中のストーリーが基本にありつつも、その中で”外にさらそう”とする意志も強くなってきたってことですかね?

 ああ、より外向きになっているってことですよね? それも結局、さっき話した「ポジティヴなアルバムにしたかった」ってことにつながっているんじゃないかと思います。結果的にそういう言葉が偶然集まったというよりも、多分、ポジティヴにしたいという気持ちが先にあったからこそ、出てきたものなんじゃないかとか、そこで迷ったりもするんだけれども、その答えをどこに見いだすかっていうのは、もう、好き嫌いでしか判断できない部分もあるんじゃないですか? で、俺も「それでいいんじゃないか」と感じるんですね。結局は、自分自身でしかない──そう思いつつ、「で、少なくとも今の俺はポジティヴなのが好きなんだよ」っていう。そんなところは今回の詞全般に出ているのかもしれないなと

 

--そういうポジティヴさは、「ババロア」の”輝くためのニセモノさ だから俺は飛べる”もそうだし、「ミカンズのテーマ」の”がんばってやってみよう 上向いて〜ミカンズ 俺達 虹色の橋を渡ろう”もそうなんだけど、今作ではすごく能動的なフレーズがやたらと多く出てくることにつながりますよね?

 まさに! で、それは俺だけじゃなく、バンドの気分もそういう感じになってきてたし。『ハヤブサ』の達成感からもう一度リセットして「またバンドを始めるんだ!」っていう意識があったと思うんですよ。今、例に出された「ミカンズ」のフレーズには、それがすごく強く出ているし──しかも、無理やり出してるわけじゃなくて、そんな気分に自然となっているという、そこがうれしいところですよね。…まあ、そこには亀田さんの力も大きかったと思うんです。亀田さん自身がすごくポジティヴな雰囲気を持った人だし、そういう人と一緒に作ることで、それがすごく俺らにも伝わってきたし

 

--なるほど。という意味では、「ミカンズのテーマ」って楽曲は、イコール”今のスピッツのテーマ”とも言えそうな詞かもね?

 実際、「”スピッツのテーマ”ってタイトルにしようか」ってことも考えたんですが…、さすがにこれだけ長くやってると、今さら正面切ってそう言うのも照れるなと(笑)。インディーズの頃にスピッツのテーマみたいな曲もあったんですけどね。それがまたすごく恥ずかしい曲で(笑)。だから今回、ミカンズという架空のバンドを作って、あんな風に歌ってみたという。…でも、まあ、実質、スピッツのテーマですよね、これは。”青いボトルの泡盛を 濃い目に割ってカンパイしよう”なんて歌ってますけど、アレなんかも、レコーディングで沖縄に行ってたときの雰囲気をそのまま歌詞にしてるっていう。それで泡盛なんだから…思いっきりベタな気もしますけど(笑)

 

--(笑)で、そんな能動的な詞が多いということは、結局、バンドがより先へ行こうとの意欲に満ちたアルバムだと感じさせるんです。

 ホント、この作品はある意味、新しいスタートでもあると、気分的にはそういう感じでいますよね。「まだまだ、これからだ! また次もあるぞ」っていう

 

--ずばり、「旅の途中」なんて曲も入ってますし。

 そうそう。これが『ハヤブサ』のときはね、「この次はない!」ってくらいの感じで作ってたと思うんです。アルバムを作って、ツアーに出て…、でもその先は考えられないような状態まで行ってたんですけど、今回の『三日月ロック』は、本当にこれが始まりっていう感じですよね、俺らにとっては

 

--しかし、オリジナル・アルバム10枚目にして「これが始まりだ!」という感覚を得られるってのは、すごくうれしいことでしょう?

 そうですね。やっぱり、恵まれてますよね、スピッツは

 

--周りの環境的に?

 うん、周りの環境もそうだし…。あとね、体力的にはもはやジジイなんだけど(笑)、気持ちはそんなジジイじゃないんだって確認できたところが良かったかなと。そんなこと言ったら40代や50代の人に「おまえ、何を言ってるんだ!」って怒られそうだけど(笑)、本当にこのアルバムを作れて「ああ、まだ大丈夫だったんだ。まだまだ行けるんだ」って確認はできたので──。正直、『ハヤブサ』で出し尽くしたがゆえに、「…ひょっとして、このまま枯れちゃった方がカッコいいのかな」なんて思ったときもあったんです。でも、そうじゃなかった。まあ、考えてみれば、枯れるっていうのも、自分の意識でわざわざ枯れるってものでもないですからね

 

--ええ。同じ30代の人間としては、そこで変に枯れられるよりも、”あきらめないで それは未来へ”と歌う「けもの道」じゃないけど、そういう現実に立ち向かっていく姿勢を打ち出してもらった方がうれしかったりしますから。

 そうですね。だから今回は、ぜひ30代の人にも聴いてほしいし

 

--ちなみに僕、アルバム全部を終えた後に、何となく自分自身に「よっしゃー!」って気合い入れたくなったのね。

 ああ、そんな風に感じてもらえたら、マジで最高ですよ。こっちも、そういう風に届けばいいな、と思ってましたからね

 

--アルバム最後の「けもの道」で”フレ フレ フレ”と歌っているのも、我々聴き手にエールを送っているようにも聴こえました。

 でも、アレってのは、結局は自分自身に言ってることなんです。”フレ フレ フレ”と、まず自分に、自分たちに──30代になった、生き物としての俺たちに対してっていう、そんな感じじゃないかな。これが例えば、前々回のアルバムだと『猿がいく』みたいに(同じようなテーマを表現するにしても)俯瞰で、しかも、ちょっと揶揄するような詞になったりしてたんだけど、今回はそういう心境ではなくて。むしろ「猿、最高!」みたいなストレートさがあったかなと(笑)

 

--まあ、アルバムの最後には、今までも比較的ポジティヴなトーンの強い曲を持ってきていたバンドではありましたけどね。

 ええ。ただ今までは、どっちかというと、まったりとしたポジティヴさだったんだけど、今回の「けもの道」は、わりとイケイケで──イケイケなんて死語ですけど(笑)──そんな強いトーンはあるんじゃないかと思います。また、ちょうどこの頃、バッド・レリジョンとかを聴いて盛り上がってたんでね(笑)

 

--…意外と、気分に影響されやすいバンドなんだな(笑)。

 はははははは(笑)

 

--まじめな話、そのポジティヴさを打ち出すきっかけとしても、さっきのテロ事件の影響も大きかったようなことを言われてましたが?

 あのね、テロが大きかったという言い方よりも…、実は俺ら、あの事件の起きた次の日にライヴがあったんですけど、それはすごい複雑な心境というか…もう、「俺らがやっている音楽って、何なんだろう?」みたいなことを感じちゃったし。で、俺らの事務所は原宿にあるんですけども、その日は一回原宿に集合して、そこからライヴ会場である千葉に移動する行程だったんです。でも、何か、原宿では何も変わらずに買い物に集う若者たちがたくさんいて──「えっ? 買い物できるの、君たちは?」っていう風にも見えたりしたわけ。その一方で、「いや、買い物をしていいんだよな」なんて思ったり…いろいろ自分の中でグルグルしちゃって。で、結局たどりついたのは、音楽をやる意味とか、そんなことを考えてる場合でもないっていうか──「もう、俺らは音楽をやるしかないんだな。今、自分がやれることはそこしかないな」って、答えはそっちの方に行ったんですよね。まあ、さすがに、曲を作る心境にはしばらくなれなかったんですが…。でも今、こうやって歌えているっていうのは、すごいラッキーなことだし。何と言うのかな…「ちゃんとした生き物として、ここにいるんだな」ってことを確認できる、それはすごく贅沢なものだなと思えたし。ある種、ミュージシャンとして謙虚になれた機会ではあったんですけれども

 

--まあ、確かに、贅沢と言えば贅沢ですよね。

 うん、そうなんですよ。ホント、そのときはね、後ろ向きに考えれば「音楽なんて暇つぶしに過ぎないんだし…」と思ったりもしたんだけど、どうせなら、いい暇つぶしにしたいじゃないですか? 何か、それを、俺らの音楽を聴いてくれた人にもポジティヴな意味で伝わるとしたら最高かな

 

--分かりました。となると次に聞きたいのは、そういったアルバムに『三日月ロック』というタイトルをつけた点なんですが?

 「タイトルにできるような、いい言葉はないかなぁ?」とずっと探してんですよ。今回、曲のタイトルから選ぼうとしても、全体を象徴するようなものがなくて。…で、俺の感覚的には、ちょっと光ってるようなもの──太陽とか満月ではなくて、でも流れ星みたいに消えるものではなくて、もっと生命感を持って続くようなものがいいなってことで──それで”三日月”という言葉を選んだんです。…逆に、このまま消えちゃう三日月ってイメージもあるのかもしれないけど(笑)

 

--いやいや、このバンドは大丈夫ですって(笑)。今後もどんどん満月に向かって膨らんでいく決意ってことですね?

 そう、そういうポジティヴな希望が持てるじゃないですか。という、いろんな意味合いからしても、いいなと。ただ「三日月だけだとちょっとしんみりしちゃってクラいかな」って気もしたんで、『三日月ロック』と、ロックという言葉を語呂的に付けて。「思わず”三日月ロック”と口に出して言いたくなるようなタイトルだといいな」ってところもありますね

 

--その”三日月”って言葉は、シングルのカップリング曲「SUGINAMI MELODY」には”三日月に想いはせる”ってフレーズがあるんですが、実はアルバム収録曲の中には、どこにも出てこない言葉だったりするんですよね?

 そう、実は出てこないんですよ。…だから、次のアルバムで三日月の曲を作ろうかなって思ってます(笑)

 

--そんな、あまのじゃくな(笑)。

 でも、まあ、「今回のアルバムって、何か全体を通して三日月なイメージじゃないかな」と俺は思ってたんですけどね。で、メンバーからも異論はなかったし

 

--やはり、基本的には満月とか太陽っていう感覚のバンドではないってことなんでしょうね?

 ホント、スピッツの存在自体がそういう感じなのかもしれないですね。何か、ちょこっと光っているという

 

--当の本人的にも、例えば”太陽みたいな燦々と輝くような存在になりたい”とか、そんな欲もないんじゃないですか?

 うーん…そうですね、確かに(笑)。よく言えば控えめだけど、言ってみれば、ちょっと弱気で、中途半端な感じも俺らには合ってる気もするし。だって、これが”太陽ロック”なんてタイトルを付けたら…ゆらゆら帝国みたいですよね、それじゃ(笑)。彼らみたいな”あからさまな狂気”も、俺らにはないし

 

--そんな中、言葉尻をとらえて何なんですが、”ロック”という言葉を今、正面切って使ってきた点も興味深かったりするんですけど?

 それにはちょっと逃げもありますかね、自分らに許しを与えるような

 

--逃げ、というと?

 ロックという言葉を使ったことに対して、なんですけども。例えば、これが”三日月ソングス”とかにしちゃうと、”ソングス”なんて、ちょっと責任が重くなる気がするじゃないですか(笑)?

 

 

--(笑)でも”ロック”って言葉にだって、それなりの責任と決意を抱えた印象を受けましたが。これだけシーンが多様化している中で、スピッツは敢えてロックという言葉に正面切って向かっていくぜ、みたいな言葉とも受け取れなくもないんですけど?

 ああ、でもね、ロックって言葉は…何か、自由度が高いんですよね。俺自身の中では、ロックって、そう言う風にきちんとカテゴライズしたくないものがあるんです。何か、どうにでもやれちゃうのがロックという、非常に自由な、とても自分勝手にできる音楽だと思っていて。だからこそ(ロックを)聴くことによって、楽しくなったり、癒されたりできるんだろうしね。…実は最近、ジャズ・ギターの教則本とかを見ながら、コードの押さえ方とかを試したりしているんですけど──別にスピッツに活かす気もなく、趣味としてやってるだけなんだけど──そこで感じたのは、ジャズ・ギターって、わりとロック・ギターに比べて法則みたいなものが多くて。それは多分、クラシックとかにもきちんとした弾く方があるんだろうし。で、三線(さんしん)とかも弾いたことがあるんですが、アレにも薬指を使わないとか、押さえ方の決まりがあったりするんです。でもロックのギタリストなんて、みんなギターの押さえ方がバラバラでしょう?自己流が全然OKっていう面でも、やっぱりロックは自由度が高いし、それが俺、「好きだなぁ」って思える部分でね。だから、別にスタイルがバンド・サウンドでなくとも、自己流で表現しているものはロックの範囲内かなと、俺は勝手に思っちゃってるところがあるんです

 

--まあ、確かにどんな音楽がロック的かというと、いろいろな捕らえ方があるわけで──。

 そうそう。普通に、”ロック=ミッシェル・ガン・エレファント”みたいな音を思い浮かべる人もたくさんいるでしょう 

 

--で、そういう中には「スピッツはロックバンドだ」なんて思わないような人もいるかもしれませんが…。

 うん、かもしれないですね

 

--でもね、さっきの話も含め、別にそんな声があったって気にならないくらい、スピッツはスピッツであり、それ以外の何ものでもないと強く自覚したロックバンドであるということを、このアルバムは声高らかに主張している印象を受けました。

 うんうん。…確かにそうですね、俺もそう思います。というか、もう、ブランドですからね、スピッツは

 

--出ましたね、「スピッツはブランドだ」発言(笑)。

 (笑)まあ、「ブランドです!」なんて言いきっちゃうってのは、ちょっと…半分冗談なんだけど、半分本気でそう思ってるという。結局、まさに言われた通り、スピッツはスピッツであり、それ以外の何ものでもないという──その辺はしっかり自覚できたし、これで15年やってきた老舗としてね、これからも頑張りたいなと(笑)

 

--はい。後をついてくるようなバンドは当分、出てきそうもないですけども。…と、今日の話で、まだまだ前へ転がっていく決意をしている点を確認できたわけですが、これ以降、気持ち的な部分として何を大事にしながらスピッツは転がっていくつもりですか?

 「これをやることに意味がありそうだ」とか、そんなことを考え始めると、本当に義務で音楽をやるような感じになりそうで…ある意味、そうなっちゃうと最低だと思うんですよ。だから、その時々の好きか嫌いかの判断だけでやっていくというのが大事なんだろうし、どうせやるなら、自然な流れの中で音楽をやるのがいいよなって。実際、今まで、そういう風にやれてきているのでね。まあ、一時期、「もっと売れなきゃ」とか、「シングル集(『リサイクル』)へのカウンターとなるオリジナル・アルバムを作らなきゃ」とか意識したり──それが『ハヤブサ』だったりしたんですが──そういうことはこれからもあるのかもしれないんだけど、でも基本的に、あんまり考えこまないで、ただ音楽を鳴らそうっていうことかな。ホント、そういう意味でも、「ロックは自由なものなんだ」と俺は思ってるし

 

--分かりました。しかし、今日改めて感じましたけど、これだけ売れて、評価されているバンドにもかかわらず、本当に大御所的な感覚というのがないバンドですよね、スピッツって。

 うん、そうなりたいとも思ってないし。大御所なんて言われると、妙にくすぐったい感じがしますもん(笑)。まあ、さすがにベテランと言われることはあるんですけれども──

 

--そうでしょうね、”結成15年を迎えた”とか”アルバム10枚目”なんてキーワードが並んでくると。

 でもね、その点でも「まだまだだな」って思ったのがね、去年の年末、テレビでたまたま小田和正さんの特番を見て──俺はオフコースや小田さんの音楽とかって、CDを買ったことないし、全然通ってはいないんです。しかも、年令的には俺らより全然上の世代じゃないですか? でも、それを見たら「何か、カッコいいなぁ」と、すごく輝いて見えちゃって。…不覚にも(笑)。そのときに、「ああ、やっぱり俺なんてまだまだだ」とマジで感じたんですよ。だから、それでまた自覚しましたよね、「あれくらいMCもうまくなりたいな」って

 

--それ、MCはまた違う話だって気もしますが。

 あっははははは(笑)

 

--たださ、そういう意味での大御所感はないにせよ、メロディにせよ詞にせよサウンドにせよ、スピッツならではの、他の誰とも違う唯一無比の輝きってのは、このアルバムで強烈に感じられるのは間違いないですね。

 ええ…。これで一歩、小田さんに近付けたかな(笑)

 

--小田さんの話はもういいですって(笑)。だから、存在感は確実にあるんだけど、別に妙な敷居の高さも感じさせないという。そこもまたスピッツらしさかな。

 やっぱりね、基本的に…人間的には、素人ですから

 

--うん? 何ですか、素人って?

 あ、それだとちょっと言い方が変か(笑)。何と言うかな…やっぱり、音楽をやるうえでは仕事という意識は持ちたくないし、実際、遊びの延長でやってる意識は常にありますから。そういうところでね、変に大御所になっても…”遊びの大御所”つて変じゃないですか(笑)?そこをちゃんとキープしながら、これからもやっていくつもりですよ

 

--はい。ということで、今日はいろいろありがとうございました。…じゃあ、次にインタビューできるのは、また3〜4年後くらいですかね(笑)?

 いやいや(笑)、次(のアルバム)は、そんなにはならないでしょうから。実際ね、今は「毎年アルバムを作れ」って言われれば作れると思いますよ。それくらい、曲作り自体は煮詰まることなくやれちゃう感じなんです。…でも、そうなると、その分ライヴのの本数は減っちゃうんでしょうが

 

--それもそれで困るな(笑)。では草野さん、今度は年末から始まるツアーでお会いしましょう。

 はい(笑)。ぜひ、いらっしゃってください

 

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