◆老子小話from有無 no-27
善人者、不善人之師、
不善人者、善人之資。
<第二十七章>
(善人は不善人の師、不善人は善人の資なり。)
善人は、不善人の師となり、
不善人は、善人の助けとなる。
資とは、宝物(もとで)であり、(もとでを与えて)助けること。
老子は、そもそも善と不善の境界はないといっているので、
善人、不善人の表現自体が矛盾するように見える。
これは世にいうところの善人、不善人であろう。
善人は、不善人の手本となるように、人としてのあるべき姿
を見せている。
では、不善人は役立たずかというとそうではなく、善人の
助けになっている。
何故なら、不善人の言動や行動が、善人に「この世の中は
善人だけでない」ということを教えてくれる。
不善人を見て、己の善不善を知るからである。
善が陽なら、不善は陰であり、陰を見て、己の陽を知るのと
同じである。
光の下で、善・不善が互いを補って、世を成している感覚が
大切だろう。 全くの善人も全くの不善人もこの世にいない。
善と不善の差は紙一重で、境界を設けること自体が愚かなこと
ではないか。
善・不善を分けている境界を取り除き、万物ことごとく師であると
ともに資であることを悟ることが、一なる道への回帰といえる。
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