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時事による明治36年11月22日の「第一回は慶応の勝ち」という記事を紹介します
同書は旧漢字を使用しており大変読み辛い文章であるために
 読み易くすることと、原文の尊重を考えた結果

1.旧漢字体は新漢字体に置き換える
  【 】は辞書で調べても新漢字の分からなかったものを文脈から推測した字です
2.明らかに現在では異なる漢字を充てているものは原文を尊重する
3.明治時代の独特な文体は原文のままとする

ことにしました


第一回は慶応の勝ち

慶応義塾対早稲田大学野球試合

 同試合は、既記のごとく昨日午後一時より、綱町蜂須賀侯爵邸内運動場に於いて催されたるが、初対面のこととて勝負いずれとも予想されず、殊に慶応の方には宮原、時任、柳なんといういわゆる東海道武者修行連あり、早稲田の方には往年神戸にて外人と戦いて名を博せし泉谷、また第一高等学校の選手を破りたる橋戸等の剛の者あるをもって、各選手の意気込みはいうまでも、実に満都野球界の注目して、私立学校の模範試合となす所なりし。さればにや、各学校より見物人約数千と註せられ非常なる盛会なりしが、今その状況を記すさんに、第一回は双方に得る所なく、第二回は慶応方の出足少しく遅れたると投手の手の狂いたるため、ようやく二点を得たるに反し、早稲田四球を出だして一挙に五点を収む。第三回は双方一点を得、第四回は早稲田の無点なるに対して、慶応二点を博し、第五、六回は双方得る所なく、第七回は双方二点を得たり。この時慶応の第二塁宮原氏足部の強直を起し、暫時試合を中止せいも間もなく継続し、第八回に至り宮原氏は身に故障あるを事ともせず、中堅と右翼との間を貫きて一挙して二点を得たるより、他の選手は大いに元気を鼓舞し、早稲田はあわれ一点を得るあたわざりしにに引き反え慶応は四点を収め、早稲田の合計八点に対して十一点を占め、大勢すでに定まりたれば、最後の第九回に於いて早稲田最も著しく戦い、慶応無点なりしに反して一点を得たるも、惜しいかな、ついに前勢を挽回するによしなく、二点の差を以って敗を取りぬ。時に午後三時三十分なり。左に双方選手の名を掲ぐ。

   
投手
遊撃
捕手
第一塁
第二塁
第三塁
右翼
中堅
左翼
慶応方
桜井弥一郎
林田峰次
青木泰一
時任彦一
宮原清
柳弥五郎
宮本熊三郎
吉川清
高浜特一
早稲田方
河野安通志
橋戸信
泉谷祐勝
森本良雄
押川清
小原益遠
久野栄
獅子内謙一
猪瀬順


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