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日本による明治37年7月11日の「常勝一高の負け惜しみ」という記事を紹介します
同書は旧漢字を使用しており大変読み辛い文章であるために
 読み易くすることと、原文の尊重を考えた結果

1.旧漢字体は新漢字体に置き換える
  【 】は辞書で調べても新漢字の分からなかったものを文脈から推測した字です
2.明らかに現在では異なる漢字を充てているものは原文を尊重する
3.明治時代の独特な文体は原文のままとする

ことにしました


常勝一高の負け惜しみ

 一高の言うところを聞くと、早稲田や慶応とマッチを試みたのは真の練習のためであって、もとよりその結果に重きを置いて居らぬ。当時のマッチに出たものはチャンの一部であって、多くはセコチャン以下の者を出したのであるから、負けたと云うても恥にならぬと云うようにすまして居る。

 事実は或いはそうであったか知れぬが、しかしその試合を実地に見たものの目からは、そは一高の逃げ口上に過ぎぬと云う断定を下す拠り所も全くないではない。すなわちもし勝敗を度外視してやった練習のマッチであれば、何故に多くの観者いわゆる野次馬が、その得意の冷評を逞しうしたか。盛んにヤジると云うのは、見方の敗北を憂うためであって、決して勝負以外神聖な地位に立って居るもののなすべきことではない。由来一高のヤジは多く味方不利の時に勃興する、かつて青山学院とのマッチを中止にしたのは、そのヤジの勢力ではなかったか。またアマチュアと横浜で戦うた時、学生の体面を汚すまで狂奔したことはなかったか。一高とヤジ、ほとんど一種の名物のなって居るものが、今日盛んに唸ったとすれば、その一言で一高の千の弁解をも打ち消して仕舞う。一高はむしろ、立派に負けたと公言する方が男らしくはあるまいか。兎に角負けたのは事実である。


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